* * * * *

―――昨晩、人里から少しばかり離れた人気のない『裏々山』で、黒はいつも通り日課を行っていた。

「こちら地球ー……こちら地球ー……ただ今より、メッセージを送ります……
 ……☆↓◇△○◎&※▽〜〜〜……」

説明していなかったが、黒は宇宙人&UFOマニアである(重傷、周知の事実)。
そして、そんな黒の日課というのが…この『交信』なのだ。

「±∞↑◆▲▽→@◎〜……」

黒はこの日も坦々と『交信』を続けるのだった。

古書等で調べ上げた魔法陣を地面に大きく描き、
その上をぐるぐると歩きながら宇宙語(自作)を唱え、
周期的に不思議な手の振りや、奇妙なステップを交えながらそれは進行していく…

…勿論、通報された事は数知れず。
『警察の者です。署までご同行お願いします』
これも当然というか、必然というか、黒には聞き慣れたセリフである。

当たり前だが、本人には全く反省する様子はない。


* * * * *


「→〒※▼▼□〜〜………これで交信を終了します……」

開始からぴったり30分。黒は汗でびっしょりになりながら、本日の日課に終わりを告げた。

「…ふう…今日は届いた気がする……」

全身を覆っていた黒マントを脱ぎ、顔にメイクした無数の宇宙文字(自作)を濡れタオルで拭きつつ、呑気に呟く黒。
……根本的に異常である。


「…あ……今日は満月なんだ……」

ふと空を見上げると、綺麗な満月が雲の切れ間から顔を覗かせていた……


……と、黒がその見事な満月に見とれていると……

「?……」

何かに気付いた。
…何だろう、強い光を発する物体が空からこっちに近づいて、どんどん近づいて―――

ドガアァァァァン……

「きゃあああっ…!?」

―――まさに一瞬の出来事。物体は決して小さくはない音を立て、黒のすぐ側へ落下した。
衝撃で大きく吹っ飛ぶ黒。
辺りには大量の土埃が立ちこめている。

「…いたた……な、何なの…?」

一気に視界が悪くなった中、吹っ飛ばされて仰向けに倒れたままの黒は目一杯の思考を巡らせる。

(今のは?今、私の近くに落ちたモノは何?……もしかしてUFO?
 …いや、違う。彼らはもっと華麗に着地する。
 そう…それは美しく、荘厳で、神々しく…
 ハァハァ……ハァハァハァハァ……!!

 …ということで…今、無様に大地に墜落したモノは…『隕石』?)

結論に辿り着くまでの過程はともかく、黒ブレインは一般の善良な方々の大多数が導き出すであろう答えに行き着く。
…そしてそれは、おそらく正しい回答である。

30秒も経たない間に土埃は薄くなり、物体の落下地点が黒の目に映り始める。
黒が倒れている所から少し離れた場所に、直径にして約2メートルの円状の穴が出来ていた。
肝心の隕石は…黒の位置からは見えない。

「…ん……よいしょっ…!」

あ、意外と怪我はないみたい……と思いながらゆっくりと立ち上がる黒。

…自身の後頭部から血が吹き出している事には気付かないようだ。
少しドジっ子かもしれない。


さて、黒はUFO&宇宙人マニアである。隕石は守備範囲外だ。
……といっても、人並みの興味はある。勿論、どんなモノか見てみることにする。

ととととっ、と軽い足取りで穴の前まで小走りして、その中を覗き込む。
小型クレーターとでも呼ぶべきその穴は、テレビや本で見慣れた通りの形をしていた。
例えるなら、落下物を頂点とした薄っぺらい逆円錐型である。

……と、穴の形を説明している場合ではない。
大事なのは落下物…隕石である。……で、その隕石についてだが。

「…光ってる…」

はっきりと光っていた。禍々しく、濃い紫色に…


黒はその光に操られるかのように穴の中に足を踏み入れ、隕石に近づく。
おそるおそる隕石に手を伸ばす。熱くは…ない。
指が触れ、そしてそのまま摘み上げた。

「…………」

手の平に乗せ、黒は無言のままそれを観察する。
大きさがパチンコ玉程度の歪な球体だが、その見た目に反してかなり重い。レアメタルの類だろうか。
…というか、何故に光っているのだろう。

(…もしかして…UFOの欠片だったりして…
 …ふふっ…ふふふっ……)

ポジティブな考えが頭をよぎり、乙女の片思いの如く淡い期待を抱く黒。
思わぬお宝入手の可能性に表情が緩む。


しかし、それが…その夢の塊が自分の運命を大きく変えるとは、この時黒には知る由も無かった…


それはそうと…黒はさっそく隕石をお持ち帰りすることに決めたが、この日本には法律がある。

(…確か、山に落ちた隕石は…その山の所有者のモノになるんだっけ…?
 ……まあ、いいか。きっとこれは、宇宙人さんから交信を頑張ってる私へのプレゼントだろうし…
 …よし…誰にも見られていない内に早く帰ろう…)

黒の前では、法はあまりにも無力であった。

そして黒は、ぎゅっと隕石を強く握り締め、さっさとその場からトンズラしようとした……と、その時だった。

「!!………」

ふっ、と背後に強力な気配を感じた。
しかし、黒が振り向く時間を与えられることは無かった。

ドッガアアアアン!!!

「!!!!!」

本日二度目の轟音が黒の耳を貫いた。
しかも、一度目とは比べものにならないぐらいの巨大音だ。

「…っ…ぅ……今度は…何なの…?」

驚きと耳の痛みで顔をしかめながら、黒は後ろを振り返った。
…いや、『振り返ってしまった』が正しいだろうか。

「!………」

つい今まで、何もいなかったはずの場所には『トカゲ』がいた。
おそらく、ほぼ間違いなくそれは『トカゲ』である。

ただし、
成人男性ぐらいの背丈。
二足で立ち上がっている。
背後から四本の触手が生えて蠢いている。
…という三点を除けばの話だが…


不思議な隕石を拾ってから僅か数分後。黒の運命は早くも狂い始めたのだった…



つづく