―――その日、女子大生の黒神黒(くろがみ くろ)は少しの期待と多くの後悔を心に秘め、通い始めて数か月になる某美大へ登校した。
校門をくぐり、自分の教室へトボトボと歩を進める。

…彼女自身は気付いていない訳だが、
今時珍しい、所謂牛乳ビンの底の様なメガネ。
肩辺りまで無造作に伸びたボサボサの黒髪。
夏だというのに、ぶかぶかのトレーナー、地面すれすれの長さを誇るスカート(しかも上下ともに真っ黒で、所々に謎の白い文字が刺繍されている)。
…という常人とは到底思えない出で立ちの彼女が、肩を落として歩いている訳で…
彼女の横を通り過ぎる学生達は、その異形の生物を完全に無視するか。凝視してしまうか。の二択を迫られるのだった。


「おはようございます」

グイッ

「ふぎゃ…」

カメの様な速さで歩いていた黒の頭を、後ろから近づいてきた男が丁寧な挨拶と共に突然上方から手で押さえ付けた。
思わず黒が足を止める。

「…あ…おはようございます…光君…」
「はい、今日も良い天気ですね。黒神さん」

黒の頭を押さえ付けている男は、黒の方を見るわけでもなく、無機質な挨拶を無機質な表情のまま繰り出した。


――男の名は白川光(しらかわ ひかる)。
この大学で1、2を争う程の美男子だ。
身長は180を少し越え(ちなみに黒との差は約30cm)、この世の物とは思えない程の整った顔をしている。
…ただし、いつも全身を白い正装でビシッとキメている…という、何だかよくわからない欠点があったりするが。

「…あの…そろそろ放してほしいんですけど…」
「おっと、失礼しました」

ぱっ、と光は黒の頭から手を放す。

「…えと、何か用ですか…?」
「はい。一緒に教室まで行こうと思いまして」
「あ…わかりました…」

周りから見れば「天使と魔女」の様な二人がゆっくりと歩いていく…

…補足しておくと、この全く違うように見えて、何処か似ている二人が一緒に居るのは珍しくは無く、
「カップルだったりして…」
という噂は絶えない。

…実際は全くそんな事は無いのだが。


(゜Д゜)(゜Д゜)(゜Д゜)(゜Д゜)(゜Д゜)


「…?…誰も居ませんね…」
「そのようですね」

教室に到着して、中に入ったとたんに二人が声をそろえて言った。
授業開始時間まで、あと5分だというのに誰も居ないのだ。

不審に思い、二人は教室内を見回し……そして、黒が先に気付いた。

「…光君…黒板見てください…」
「ん」

割と広めの教室にある、大きな黒板の端っこに真実が記してあった。

『先週お伝えしたように、本日は休講です♪』

…二人はしばらく無言で立ち尽くした。
お互いに(人の話を聞かない人間だな)と思いつつ。



「…光君、暇になったことですし…私のバカな話を聞いてもらえますか…?」

…2、3分経っただろうか、黒がいきなり口を開いた。

「はい、いいですよ」

何の前触れも無く始まった、黒の「バカな話していいかな」を躊躇い無く受け入れる光。
このツーカー加減が
「こいつらデキてんじゃねえの?」
と言われる原因だと今の二人は知らない。

二人は手近にある椅子に腰を掛け、机を挟んで面と向かい合う。
そして、

「どうぞ、お話ください」
「…実は…昨晩の出来事なんですけど…」

と黒が話し始めた……その時だった。

ガシャーン!!!

教室のドアが物凄い音を立てて開き…

「よっしゃああああ!!ギリギリセェェェーーフッ!!!」

三人目のバカが入室した。
少し遅れて授業開始を知らせるチャイムが虚しく響く…



――三人目のバカの正体は赤松花園(あかまつ かえん)。
燃えるような赤い瞳と髪が印象深い……一応、女の子だ。

「おおっ、オカルト女に真っ白野郎!今日も朝からラブラブだなっ!」

花園は二人を見るなり元気よく声をかけた。

…どうやら、二人しか居ないという事の異状には気付いていないようだ。
本物のバカだ。

「それでは、お話をどうぞ」
「あ…はい、実は……」
「あっ!お、お前ら無視すんなよっ!オレ達友達だろぉ!?」

喚くバカに完全無視を決め込み、黒は昨晩起こった奇妙な出来事を語り始めるのだった…



つづく