「えーん。えーん」
 泣きじゃくるシルクの黒髪のおかっぱに、優しく手が乗せられる。
「もう。なんでシルクが泣くのよ」
 絵理華の手だ。彼女はもうすっかり泣きやんでいる。シルクが泣いてるのを見て、早々に立ち直ったのだ。
「ほら。涙拭いて」
「ふわーい」
 絵理華がハンカチで顔を拭いてやり、シルクもこくこくと頷いて泣き止んだ。大きな垂れ目はまだ真っ赤。
「はぁ」
 ふと漏れるため息一つ。絵理華は自分の部屋を見回し、鞄を拾い上げた。
「葵ったら、忘れちゃって」
 葵の鞄だ。飛び出すときに忘れていったらしい。
「あのー。届けたらどうですか?」
「なんで私が……。向こうが謝ってくるまで許さないんだから」
 いきなり押し倒して、あんな……。思い出しただけで、頬がカーと熱くなる。
「とにかく。葵が謝るまで許さないんだから」
 同じ言葉を繰り返し、絵理華は葵の鞄をそっと握り締めた。
「だから……早く来なさいよ。葵」
 だがその頃の葵はそれどころではなかった。

「きゃあっ……んっ!」
 その四葉 葵ことマジカル☆アオイは……悪の手に落ち、嬲られていた。
 暗い玄室の中。猫耳魔法少女のミャアが乳首を舐め、全裸のダミアンの手がパンツの中にまで忍び込む。そしてアオイの敏感な箇所を指で撫でた。
「くっ……! うぐぅ!」
 歯をギリギリと噛み締めて声が出そうになるのを抑えるが、隙間から漏れ出すようにくぐもった熱い息が出てしまう。
 両手両足を魔法封じの銀の縄で縛られ、身動きできないアオイに、容赦なく愛撫が襲い掛かった。
 猫のザラザラした舌が乳首を丁寧にしゃぶる。もうビンビンに勃起し、ピンと尖っていた。
 青いスカートの中のさらにパンツの中にはダミアンの手。人差し指がすりすりと割れ目に沿ってなぞっていく。
「んぅっ! こ、このへんたい……そんなところ、触るなぁ……!」
「へんたいとは無礼な。お主も友に同じ事をしたのであろう」
 ダミアンの言葉にアオイはびくんっと身を震わせる。甘い官能にではない。
 思い出したからだ。絵理華を押し倒し、パンツの中にまで手を入れたのを。
そして絵理華の泣き顔を。
「それは……んっ、あ、あんたとは違う!」
「何が違う。ほれ、このようにして泣かせたのだろ」
 ダミアンの指が割れ目の上辺に微かに潜り、きゅいっとクリトリスを抓る。
「ひぎゃっ!」
 顔を仰け反らせ、アオイの全身がばたついた。電撃を流されたような痺れに。
「ほほほ。ちと刺激が強すぎたかのう」
 抓るのをやめ、ダミアンは肉芽を優しく撫でる。
「んんぅ。はんっ……」
 痺れるような痛みはないが、代わりに甘く疼くような股間からの官能に、アオイの腰が悶えた。
「こうしたかったのであろう。友に」
「違う……違う。違うっ!」
 ダミアンの言葉を、身悶えながらも、アオイは必死に否定する。
「あ、あたしは……ただ、一緒にいたかっただけ」
 口に出して気付いた。何がしたかったのか。

「なるほどの。一緒にいたかったのか」
 クリトリスを愛撫する手を止め、ダミアンが囁く。
「その望み、余が叶えてやろう」
「えっ?」
 下半身への愛撫はとまったがミャアはまだ乳首を舐めたまま。その甘い感覚にも大分慣れてきた。
「一緒にいたいのであろう。二人とも余の同志となれ。そうすれば一緒におられるぞよ」
「だ、誰が……!」
 萎えていた目に力が籠もる。絵理華が今のあたしと同じような目に遭う。そんなのは嫌。
「優しくするぞ。お主も気持ちよいであろう」
「誰が……んっ、気持ちいい、もんですか……。んっ」
 必死に否定したものの、細かく喘ぎながらでは説得力がない。アオイの顔はもう真っ赤に染まり、紅潮した肌には汗が浮かんでいた。
 そして舐められる乳首は勃起し、ダミアンに触られた股間もしっとりと濡れている。
「よいよい。これから、男の良さをたっぷりと教えてやるぞよ」
 ダミアンの手が足首に伸びる。きゅっと身を固くしたアオイだが、ダミアンは足首の縄をほどいただけだった。
 足が自由になった瞬間に蹴ってやろうと思ったが、その足に力が入らない。
「動かぬか」
 アオイの心を見透かし、ダミアンの手がスカートを捲る。
「きゃっ」
 そして白と青のシマシマ模様のパンツに手をかけ、一気にずり下ろした。
うっすらと陰毛の生えた秘裂が丸見えになる。
「やめ、やめなさい……。見るなぁっ!」
 すぱっとパンツをずり降ろすと、ダミアンはそのパンツを手にくんくんと匂いを嗅いだ。
「やめろぉ! へんなことするなぁ!」
 パンツの匂いにやや顔をしかめたものの、そのパンツを頭から被った。

「ナイトメア☆ダミアン・パンティーフォーム」

「いやーっ! へんたーい!」
 その自分のパンツを被ったダミアンが迫ってくる。だが手は後ろ手に縛られている。足は自由だが力が入らない。
「ミャアよ、もうよいぞ」
「にゃーにゃー」
 乳首を吸うのに飽きてきたミャアはすぐに離れた。尻尾をふりふり振りながら、アオイに覆い被さるダミアンを見る。
「やめろっ! ばか! へんたい!」
 自分のパンツを被ったダミアンの顔が近付いてくる。アオイは思いつく限りの罵声を浴びせながら、ぽろぽろと涙のこぼれる瞳はふるふると震えていた。
 胸は破かれ、捲くられたスカートからはパンツを脱がされたアオイ。大事な部分だけが晒され、全裸よりも扇情的だった。
 ダミアンの手が小振りの乳房を揉み、パンツの布越しにコーホー、コーホーと呼吸音。
「いやだってばぁ!」
 あまりの変態ぶりに身がすくむ。未成熟な乳房の柔らかい感触を手の中に、ダミアンは身震いするアオイをパンツ越しに見下ろした。
「何を怖がる」
「怖いわよー!」
 素直にアオイは怒鳴った。声を張り上げていないと、恐怖で押し潰れそうになってしまう。
「そうか。余が怖いか」

 そのダミアンの声はどこか寂しそうで。でもアオイには分からない。
「ふおおおおーっ!」
 パンツを被ったダミアンがいきなり奇声を発する。ようやくパンツが馴染んできたらしい。
「これは……お主のパンツ、なかなかのパワーである」
 ぴきゅーん、ぴきゅーん。パンツの奥の瞳が赤く底光りし、耳からふしゅーと赤い煙。
「いたっ!」
 胸を掴む手にも、ぎゅーと力が入り、乳房を潰さんばかりに握り締めてしまった。
「すまぬな」
 すぐに手を離し、ダミアンはその手の平をじっと見る。自分の体内に満ちるパンティーパワーに戸惑っているのか。
「ううぅ。やだよー、いやだよー」
 アオイはもうすっかり涙でぐしゃぐしゃだった。次から次に変態パワーを発揮するダミアンに完全に圧倒されている。
「にゃにゃー」
 唯一見ているミャアも、猫耳を押さえて丸くなっていた。大恐怖。
「ゆくぞ。余のパワー、受けてみよ」
 きゅいーん。通常サイズの、それでれも人並みの倍はある勃起がドリル回転。
「え? ちょ、ちょっと待ってよ」
 それまでの快感が嘘のように引き、すっと汗も引く。青ざめたアオイに、容赦なくちんこドリルが突き出される。

「ひぎゃあああああああああああああーっ!」

 肉のドリルが乙女の花園を掘り、血を撒き散らせながら、肉の壁を突き破った。
処女肉をあっという間に血で染め、抉り、さらに掘り進む。
「ぐぎゃあああーっ! ぎゃあああああーっ!」
 下半身をちんこのドリルで貫かれ、アオイは文字通り身を引き裂かれる痛みに、背筋を仰け反らせた。
目は白目を剥き、口からはぶくぶくと白い泡が拭く。
「あぐうううぅ! やめて! 死ぬ! 死んじゃうーっ!」

 ぎゅいーん。ぎゅいーん。

 ずりゅりゅとちんこドリルが処女肉を引き裂き、奥まで到達して、ようやく止まった。
「死んじゃうーっ! 死ぬぅぅぅーっ!!!」
 ドリルが止まったのにも気付かず、アオイはぶくぶくと白い泡を拭かせながら白目で叫び続ける。
 先程のパフェはかなり大げさだったが、今度のアオイは確かに死んでもおかしくなかった。
 股間をドリルで貫かれたのだ。もう少しちんこがドリル回転してたら、子宮をぶち破って本当に死んでたかもしれない。
 だがちんこドリルはきっちり膣内で止まり、限界を越えてまで掘り進もうとはしなかった。
「はぁ……あああっ」
 まだお腹にずっしりと異物を感じるが、とりあえず回転は止まって、アオイは安堵した。
 助かった。死ななくて済んだ。命だけは残った。
 だけど。
 犯された。処女を奪われた。レイプされた。男が胎内に入った。
 それもまた事実。
「イヤアアアアアアアアアアアアァァァァーッ!!!」

 命の危機が去ると、今度は処女を奪われたショックで叫ぶ。そのアオイを、
ダミアンは性器を結合させたまま、腕を組んで見下ろしていた。挿入しながら、パンツの奥の顔は汗一つかいていない。
「いやああっ……ああっ、抜いて、抜いて、抜いてよぉー!」
「駄目じゃ」
 血にまみれたアオイの膣肉はそれでも暖かく、そして固い。
 アオイの下半身は血で濡れそぼり、もうほとんど感覚はなかった。ただ異物が
お腹いっぱいに埋まっている圧迫感がする。それが恐怖となってアオイに叫ばせた。
「いやぁ……。ああ、絵理華、絵理華ーっ!」
 アオイの目はもうダミアンを見ていなかった。涙で霞む瞳は現実を見ずに、親友の姿を追い求める。
押し倒し、泣かせた幼馴染を。
「ごめん……ごめんね、絵理華……」
 謝りたい。もう一度逢いたい。犯されながら、アオイの心は遠くにあった。
「直接謝るのじゃな」
 アオイの意識が自分から逃げているのに気付き、ダミアンはぐっと下半身に力を籠める。
 フル射精、そしてさっきパフェに射精したばかりだというのに、ダミアンの金玉はまだまだ精子を製造していた。
「だすぞ」
 どくんっ、と血で染まった膣肉に、白いものが流される。
「アアァ……ううがあああぁーっ!!!」
 アオイの腰がばたつき、そして硬直。
「いやっ! 嫌アアアアァーっ!!!」
 口から出た白い泡が固い床に落ち、ぶっといちんこの突き刺さった股間から血と一緒に白い液体が漏れ出す。
「絵理華ああああぁーっ!!!」
 親友のサラサラの金色の髪を脳裏に浮かべ、アオイは意識を手放した。

「葵?」
 ふと顔を上げる絵理華。そこにはきょとんとした表情のシルクの童顔があるだけ。
「どうしました?」
「ううん……」
 きゅっと葵の鞄を握り、絵理華は頭を振る。呼ばれたような気がしたのだ。葵に。
 でもすぐに気のせいだと思い直す。
「もう。葵ったら遅いんだから」
 外を見ると、日は西に傾き、夕日になりつつある。葵はまだ来ない。鞄はここにあるのに。
「持って行ってあげたらどうです?」
「なんで私が……」
 そこまで言いかけて、絵理華は立ち上がった。
「うん。葵、きっと照れ臭いと思うから」
 そうと決めたら、絵理華はすぐに外出していく。葵の鞄を持って。
 絵理華のサラサラの金髪を、シルクは笑顔で見送った。

 ぴんぽろりん

 と、シルクの修道服の懐から電子音。
「はい。もしもし」
 携帯電話の着信音だ。ごく普通の白い携帯電話。魔法天使は天界を出発したときに全員が支給されている。
「あら? パフェさん」

 それはパフェからの電話だった。ただし地上からではなく天界から。
「え、えー!」
 そしてパフェからの電話の内容にシルクは飛び上がった。白い翼を羽ばたかせて。

「う、ううぅ……」
 犯され、魔力を奪われ、マジカル☆アオイは変身が解けて葵に戻った。
 学生服はびりびりに引き裂かれ、ぽっかり割れた股間からは血と精液。勝ち気に輝いていた瞳は光を無くし、ただ虚ろにむせび泣いていた。
「余の命令を聞くのじゃー!」
 その葵に、ちんこを抜いたダミアンが服従の呪いをかける。
 今度は抵抗されることなく葵の中に、青い魔力が流れ込んでいった。
「ふむ。一度で済んだか」
 もっと抵抗するかと思ったが、そうでもなかったようだ。
 ダミアンはパンツを被ったままで言う。
「どうじゃ、今の気分は」
「痛い……。気色悪い。暗い」
 呆然と呟く葵。その目はまだ虚ろだった。玄室の中は真っ暗で何も見えない。
魔法少女だったときは暗視できたのだが。
「そうか。すまぬな」
 すぐさま魔法で治癒し、服も戻し、膣内射精した精液も浄化してやる。
「付いてくるがよい」
 処置が済むと、立ち上がったの手を引き、ミャアを連れてダミアンは歩き出した。
 ダミアンが進む先、黒い石壁の一部がさっと左右に開く。その先は広い空間。
巨大な女神像の見下ろす本殿だった。
「これに触れるがよい」
 ダミアンの手に導かれるまま、女神像の足元の黒い魔力球に触れる。
「どうじゃ」
「はい。魔力が回復しました」
 ダミアンに奪われた魔力が一瞬で回復した。瞳にもやや光が戻ってくる。
「変身してみよ」
「マジカライズ」

 ぴかっ

「マジカル☆アオイ、しゃきっと行くよ」
 青いドレスに刀、変わらぬ姿の正義の魔法少女がそこにいた。
「マジカル☆アオイよ。今より、そなたは我が同志ぞ」
 服従の呪いをかけた者でも、ダミアンは同志と呼ぶ。下僕ではなく仲間と思っているから。
「うん。ダミちゃんよろしくね」
と言ったアオイは、もうすっかり元通り。虚ろだった瞳に力が戻っていた。
「ダミちゃん? まあよかろう」
 聞き慣れない呼びかけに苦笑し、ダミアンは黒い魔力球を通じて神殿内に呼びかけた。
「あーあー。新しいお友達を紹介する。みんな本殿に集合するように。
 繰り返す。新しいお友達を紹介する。みんな本殿に集合するように」
 ダミアンの声が神殿中に響き渡り、魔物がわらわらと集まってきた。
 その数およそ15。まだまだこれから増える。
「えー。というわけで。今日から、皆と一緒に戦うマジカル☆アオイじゃ」
「マジカル☆アオイです。正義の魔法少女です。よろしく」
 ダミアンからの紹介を受けて、アオイがぺこりとお辞儀する。魔物たちはぱちぱちと拍手。
「皆の者。正義の魔法少女だからとて、仲間外れにするでないぞ」
『はーい』

 素直に返事する一同。すると居並ぶ魔物たちを見渡し、アオイが言う。
「いいことみんな。あたしが仲間になったからには、悪い事は許さないからね」
『え、えー』
「なによ。なにか文句あるの」
『い、いいえー』
「よろしい」
 無数の魔物たちを前に、アオイはにっこりと微笑んだのだった。
「よろしくね」
『はーい』
 こうしてマジカル☆アオイはダミアン軍団の一員となった。
「ところでダミちゃん」
「なんじゃ」
「パンツ返して」
 ダミアンはまだパンツを被ったパンティーフォームのまま。
「いやじゃ」
「ああん?」
「家に戻って、着替えを取ってくるがよかろう」
「じゃ、そうする」
「すぐに戻って来るんじゃぞ」
「学校はどうするの?」
「休学届けを出しなさい。お家の人にも言っておくのじゃぞ」
「うん。ダミちゃんところにいるって言ってくるから」
「おーいグスタフ。アオイを送って行ってあげなさい」
 そしてアオイはグスタフに乗ると、一旦街に戻った。すぐにまた戻って来るために。

「もう。葵たら、どこ行ったのよ」
 ぷーと頬を膨らませ、絵理華はぷんすかと歩いている。葵の家に鞄を届けに行ったのだが、まだ帰っていなかったのだ。
 仕方なく戻っていると、上空から声がする。
「絵理華! 大変、大変です」
 シルクだ、飛んで来たらしい。
「ちょっと。こんな所で」
 誰かに見られたらどうするの、と慌てて周囲を見回す。幸い夕暮れの路地に人影はない。
「それどころじゃないの。さっき、パフェさんから電話があったんです」
 天界からのパフェの電話。その内容をシルクは手短に伝える。
「えーっ! パフェちゃんと……葵が魔物に捕まったって!」
「え、ええ……。それで、その、え、エッチなことされて、パフェさんは天界に戻ってしまったの」
 さすがにそこは言いにくそうにシルクは説明した。
「それじゃあ……葵は? 葵はどうなったの!」
「落ち着いて!」
 肩を掴んで揺さぶってくる絵理華を、シルクはぴしゃっと一括する。涙目で。
「魔物と遭遇したのは山の中だそうです……。数は多くて、かなり手強いと」
 淡々と、そうしていないと泣きそうな調子でシルクは話した。
「連れ去られた葵さんが、すぐに殺される……ことはないと思います」
 殺される、とうところでびくんと肩が揺れる。シルクも絵理華も。
「で、でも……何かされるんでしょ!?」
「それは……」
 大きな目に涙をいっぱい溜めてシルクは口ごもる。
 パフェは処女を奪われて天界に帰った。葵だけ何もされないということはない。
「ごめんなさい……。こんな事になってしまって」
「謝ったって仕方ないでしょ!」
 つい怒鳴ってしまう絵理華。彼女の目にも涙が溜まっていた。

「あれー。どうしたの」
 固まった空気を割るような呑気な声。
「葵!」
「葵さん!」
 絵理華もシルクも驚きに固まってしまう。話題にしていた葵の姿がそこにあった。
「もう何よ。二人とも泣いちゃって」
「葵の馬鹿っ! 心配したんだから」
 涙を拭い、絵理華が駆け寄ろうとする。
「来ないで」
 だが冷たい葵の声に、足がぴたっと止まった。
「葵?」
 そして絵理華は気付いた。葵が大荷物だということに。背中と両手に大きなバッグを持っている。
「どうしたの、それ?」
「うん。ちょっと遠くに行くからさ」
「遠く? どういうこと?」
 また泣きそうな顔になる絵理華に、葵は寂しそうに微笑んだ。
「そんな顔しないでよ。絵理華だって引っ越しするって言ってたじゃない」
「そうだけど……」
「だからね。絵理華より先に、あたしが遠くに行くの」
「なに……なに言ってるのよ!」
「あ、そうそう。鞄持ってきてくれたんだ。ありがと。でも、学校はしばらく休むから。みんなによろしく」
 それから一呼吸置いて、本当に伝えたかった言葉を口に出す。
「それと……さっきは、ごめんね」
 さーと二人の間を風が通り過ぎた。葵の短い黒髪、絵理華の長い金髪が揺れる。
「シルクちゃん。絵理華のこと、よろしくね」
「え? ええ?」
 シルクにも何がなんだか分からなかった。
「葵!」
「来ないで!」
 我慢できずに駆け出そうとする絵理華を、葵の声が止める。泣き声だった。
「今来ると……絵理華を連れて行っちゃう」
 本当はそうしたかった。絵理華も一緒にダミアンの仲間にしてしまえばいい。
そうすればずっと二人一緒にいられる。
「でも……そんなの、ダメだよ」
 葵が背中を向ける。大きなバッグを背負った背中。
 後ろを向いてるのは見られたくなかったから。泣いてるのを。
「さよなら」
 そして葵は駆け出す。走りながら、「マジカライズ」と変身していた。
「待って! 待ってよ!」
 絵理華も走り出す。だがアオイの姿はもう見えなかった。
「くっ」
 こちらも変身しようと右手を上げる。その手をシルクが止めた。
「止めないでよ!」
 涙を振り飛ばす絵理華に、シルクはふるふると首を横に振る。
「なんで……なんでよ!」
 がくっと力が抜け、絵理華はシルクに寄り添った。自分より小柄な天使の少女に。
「葵……葵ーっ!」
 金髪の少女の叫びが、夕暮れに木霊する。
「絵理華、ごめんね」
 グスタフに乗りながら、アオイは一度だけ遠ざかる街を振り返った。
 その彼女の耳にも絵理華の叫びは聞こえている。

 6月の日の出来事であった。

 それから、ルゥとミャアが買ってきた地図に、ダミアンが魔界の文字で注釈をつけ、デカルトとブラストルがリリスとリリム捕獲のために旅立つ。
 だがデカルトはレイズに倒され、道に迷ったブラストルが何とか戻って来たのが7月になってから。
 報告を受けたダミアンは、今度はルゥとフォックスを派遣した。

 そして現在に至る。

「というわけだわん」
 ルゥの長い話を聞き終えた一同は、しーんと静まり返っていた。
 大和の家のリビング。大和もありさもリリムもリリスもエステルも明美先生も黙り込んでしまう。
「まあ、しかし。なんだ」
 沈黙を破ったのは大和だった。腕を組んで言う。
「服従の呪いで言うこと聞かせるなんて、ひどい奴だな」
「はい。ひどいです」
「ひーどーいー」
「最低ですわ」
 大和の言葉に、深く頷くリリムとリリスとエステル。
「ええ。服従の呪いなんて最低よね。ねえ、ルゥくん」
「はいわん」
 明美先生とルゥも、顔を見合わせてしっかりと頷く。
 ただ一人、ありさだけが肩をすくめていた。服従の呪いならお兄ちゃんたちも一緒じゃない、とは声には出さない。
「んー。ルゥの他にも、リリムとリリスを捕まえに来てるのか」
 腕を組みながらじっと考え込む大和。
「はいわん。フォックスお兄様が来てるわん」
 ルゥとは別にキツネ型獣人のフォックスも行動中である。
 狙われてる当の本人のリリムとリリスは身を寄せ合って、震えていた。
「でもさ。なんでリリムとリリスが狙われてるの?」
「それは、可愛いからですよ」
 震えながらもリリムが口を挟む。
「うん、そうだね。お前は黙ってろ」
「それはボクも知らないわん」
「まあ、それはあとで考えるとして。今はそのフォックスはどうにかしないと」
 しかし話によると、相手は消音機能と光学迷彩を併せ持つ魔物。見つけ出すのも容易ではない。
 と、それまで黙っていたありさが立ち上がり、力強く右手を上げた。
「大丈夫。ありさにお任せだよ」
 会心の笑みを浮かべるありさ。何か策があるようです。

(つづく)