女子高一年生、四葉 葵(よつば あおい)と千堂 絵梨華(せんどう えりか)は、正義の魔法少女、マジカル☆アオイとマジカル☆エリカである。
 彼女たちは今日も地球の平和と正義のために戦い続けるのだ。

「ナイトメア☆デカルト、どらっと参上」
 6月。早朝から雷のような声が空から響き、続いて本当に雷が振ってきた。
 誰もが見上げると、上空に赤いドラゴンが飛んでいる。全長3メートルほどの。
ドラゴンとしては小型なほうだろうが、それでも翼から放出される雷は脅威だった。

 ばりばりー!

 翼から雷を落下させながら、道路の真上を通過。通勤途中の車がたちまち真っ黒こげにされていく。
「きゃー!」「逃げろー」「助けてレンタヒーロー」
 たちまち街は大混乱!
 車道では車の列が一直線に燃え、逃げ惑う人々が歩道に殺到。
「がはは。絶好調」
 空を悠然と飛びながら、デカルトは逃げ惑う人間どもを見下ろし、上機嫌で雷を落としていった。
「マジカル☆アオイ、しゃきっと行くよ」
「マジカル☆エリカ、優美に行くわよ」
 すると前方の歩道橋から声。見れば、可憐なコスチュームに身を包む少女二人組みがいた。
 黒のショートヘアに青いリボンとドレスのアオイと、金髪のロングヘアにピンクのリボンと白とピンクのドレスのエリカ。
「「とうっ!」」
 その二人が鮮やかに宙に舞い、足を揃えてデカルトに向かう。
「「魔法少女ダブルキーック!」」
 幼馴染ならではの息の良さ。二人の足が同時にデカルトの竜の頭を蹴りつける。
「ぐはっ!」
 バランスを崩し、きりきり舞いに落下するデカルト。道路の真ん中に。
 どすーんと巨体がアスファルトの道路に激突。幸い真下に車はいなかった。
「ぐ、ぐぬぬ」
 よろめく頭を持ち上げて四本足ですぐに立ち上がる。
「貴様ら。正義の魔法少女だな」
 そしてすたっと降り立つ可憐な二人の少女を睨み付けた。向こうも毅然として睨みつける。
「きゃー! 魔法少女だー」「がんばれー」「負けるなー」
 すると、アオイとエリカの後方から声援が飛ぶ。送迎バスに乗っている幼稚園児からだ。
 この幼稚園の送迎バスに雷が落とされる直前に、デカルトは蹴り倒されていた。危機一髪。
 そのバスを庇うようにアオイとエリカは立ち塞がる。
「ふん、なるほどな」
 正義の魔法少女が何を守ったかを悟り、デカルトはにやっと口を歪める。
「ならばこれでどうだ。デカルトサンダー!」
 大きく赤い翼が開き、雷が放たれる。今までよりも太くて大きい。
「きゃー!」
 間近で炸裂する雷の閃光と轟音に、幼稚園児たちの悲鳴が重なる。
 後ろに子供たちがいるアオイとエリカは逃げられない。逃げるつもりもなかった。

「ローゼスビット」
 エリカのピンクのロングスカートがふわっと拡がり、バラの花が飛び出した。
「守って」
 その願いに応えるように、バラの花が集まり壁となって雷を受け止めた。

 ばりばりー!

 赤い竜から放たれる野太い雷を、バラの壁が防ぐのを、子供たちはしっかりと目に焼き付ける。
「はぁっ!」
 続いてアオイが刀を一閃。雷に向かって。
 すぱっ。斬れた。雷が真っ二つにされ、消えてしまう。
 後に残ったのはしゅうしゅうと煙を上げるバラの壁と、うろたえるデカルト。
「ぬうっ。我が雷を防ぐとは」
「あいにくと。ここで子供たちを蒸し焼きにされるわけにはいかないの」
「目覚めが悪いしね」
 すっと腰の鞘に刀を収め腰を落とすアオイと、レイピアを正面に向けるエリカ。
 鞘に収めた刀に青い魔力が集まり、レイピアにバラの花が集まっていく。
「おのれっ。まだまだ」
 デカルトはなおも雷を放つ。今度は魔法少女を直接狙って。

「マジカル☆刀・ファイナル居合い!」
「マジカル☆レイピア・ファイナルローズ!」

 さっと抜かれたアオイの刀は青い魔力で雷を切り裂き、エリカのレイピアから放たれたバラの群れは巨大な花となり、雷を押し返す。
「なにぃ!」
 そして青い斬撃と赤いバラの花は、デカルトの本体をも巻き込み、天高く吹っ飛ばす。
「おぼえてろ〜」
 ありきたりな捨て台詞とともに、ぴかっとお星様になって空に消えるデカルト。
 アオイとエリカを顔を見合わせると、にこっと微笑んで後ろを向いた。
 そこではバスに乗った幼稚園児たちが、目をキラキラ輝かせている。
 二人は刀とレイピアをくるっと回し、ウィンクして見せた。
「「マジカル☆」」
「わー!」「きゃー!」ありがとー!」
 子供たちの歓声を一身に受け、アオイとエリカはさっと飛び去る。
 正義の魔法少女の勇姿は、子供たちの胸に深く刻み込まれていた。

「あー。朝から疲れた」
「でも良かった。子供たちに何もなくて」
「そうだね」
 少し離れた公園で元に戻り、葵と絵理華は無事に魔物を倒せたのをとりあえず喜ぶ。
 今は6月。女子高の制服も半袖の夏服に衣替え。
「行こうっか」
「うん」
 仲良く手を繋ぎ、葵と絵梨華は登校して行く。
 絵梨華が少し寂しそうな笑顔を浮かべているのに葵は気付いていたが何も言わなかった。
 二人の間に隠し事はなし。何でも教えてくれると信じてるから。

 一方。吹っ飛ばされたデカルトは。
「ぐるーん」

 山中でぐるぐると目を回していた。周囲に木の枝が落ちている。
「ぐるーん」
 いつまで地面に転がって、目を回していただろうか。
 遠くから、ずりずりと音を立てて何かがやって来る。重いものを引きずって。

「ナイトメア☆グスタフ、輸送に参上」

 それは巨大な白いダンゴムシだった。ただし体は硬い金属製で、戦車ほどの大きさがある。
 グスタフ。魔界の生物の中でもっとも固い殻を持つ魔王の子供の一人だった。
見たまんま母親はダンゴムシである。
 おとなしい性格で武装は全くなく、戦闘には不向きだが侮ってはいけない。
その硬い体はどんな悪路も平然と進み、輸送任務には最適である。そして輸送を軽んじては戦争には勝てない。
 今も道なき山中を木をへし折りながらどんどこと進み、デカルトに着実に近付いていた。
「わんー。こっちから匂いがするわん」
 グスタフが牽引するコンテナに乗っている金髪の犬耳男の子が、デカルトのいるほうを指差し、道案内。
 ルゥくんだ。犬だけあって鼻が良い。猫耳魔法少女のミャアもにゃーにゃー鳴きながら一緒に乗っている。
 四月にダミアンの配下になってから二ヶ月。仲間は着実に増えていた。
 この白いグスタフも仲間にした一人。服従の呪いではなく、ダミアンがコマンド『説得』で仲間にした。
 ルゥとミャアは今、グスタフとともに、本拠地にしている黒の神殿近くに落っこちてきた魔物の回収任務に就いているのだ。
「いたわんー」
 くんくん匂いを嗅いでいるルゥが指差す先、デカルトが倒れていた。
 グスタフは木をばきなき倒しながら突き進み、コンテナに取りつけている作業用アームでデカルトを掴むと、ルゥとミャアのいるコンテナに乗せて回収。
「帰るにゃー」
 ミャアの声で方向転換して、グスタフは来た道を戻って行く。己が切り開いた山道を。
 やがてグスタフの前方に、巨大な黒いピラミッドが見えてくる。
 魔法で隠され、普通の人間には決して見つけられないピラミッド。その前方にぽっかり開いた巨大な入り口からグスタフは入っていく。
 全長18メートルの巨人やモビルスーツでも立ったまま楽々入れる巨大な入り口だった。。
以前は固く閉じられていたが、ダミアンが開放して、今は開きっぱなしにしている。
 この二ヶ月、ダミアンの手により、遺跡だったこの黒の神殿はその機能を取り戻しつつあった。だがまだまだ完全ではない。
 巨大な入り口をくぐると、そこはだだっ広い空間だった。下は敷き詰められた石畳。神殿の内部も、外と同様に黒い石を積み上げて構成されていた。
 照明はなく中は真っ暗だが魔物には関係ない。みんな暗い所でも目が見える。
 入り口のだだっぴろい空間の奥、上に行く階段がある。グスタフでも上がれそうな巨大な階段だが、一旦その手前で停止した。
『あー、あー。ご苦労。そやつを本殿まで連れてまいれ』
 不意に天井からダミアンの声がする。神殿内放送だ。
 グスタフが前進を再開。階段を無数の脚でがたごとと上がり、神殿の奥に進む。
 大小様々な部屋、幾つもの通路を抜け、まただだっぴろい空間に出た。
 入り口よりもかなり大きい空間。
 その奥の壁に、巨大な像がめり込んでいた。顔の削られた女神像。
 その像の足元にダミアンはいた。その左右には大きな黒い球。人ひとりがすっぽり入れるほどの球だった。

「ご苦労であった」
 ダミアンは鷹揚に頷き、グスタフが運んできた魔物を見やる。相変わらず全裸でちんこがぷらぷら。
「デカルトであったか」
 この近くに、魔物が落っこちて来たのを神殿のレーダーが感知し、ルゥたちに回収に行かせたのだ。
 戦闘になったらこのメンバーで大丈夫なのかって気もするが。
「降ろすがよい」
 ぐいーんとコンテナの作業用アームが動き、デカルトを無雑作に石畳へと降ろす。
 ダミアンは自らデカルトに近付き、いきなり術をかけた。
「余の命令を聞けーっ!」
 目を覚ましているデカルトだったらあるいは抵抗したかもしれない。だが今はぐるぐる目を回し、意識を失っていた。
 ダミアンの手から送られる青い魔力は、すんなりとデカルトへ流れ込んでいった。
 服従の呪いがかかったのを確認し、ダミアンはライブの呪文でデカルトを癒してやる。
 目を覚ました赤き雷竜に、ダミアンはちんこをぷらぷらさせながら告げた。
「デカルトよ。余が今日からそなたの主人とダミアンじゃ」
「ははー」
 竜の頭を地に伏せて平伏するデカルト。
「まだ全快ではなかろう。この魔力球に触れるがよい」
 ダミアンが手で示したのは、女神像の足元にある二つの黒い球。確かに絶大な魔力を感じる。
 恐る恐る、といった感じでデカルトはその黒い球に触れてみた。
「おおっ」
 するとどうだろう。傷が全快し、消費した魔力もたちまち満タンになる。
「うおおっ。これであの正義の魔法少女どもをこてんぱんにしてやるぜ」
「まあ待つがよい」
 猛るデカルトをなだめ、ダミアンも黒い球に触れた。回復だけがこの魔力球の使い方ではない。
「あーあー。ブラストル、ブラストル。ただちに本殿まで来るように。
 繰り返す。ブラストル、ブラストル。ただちに本殿まで来るように」
 魔力球に呼びかけるダミアンの声が天井からも聞こえてくる。神殿内放送もこの球で出来るのだ。
 黒い魔力球はこの黒の神殿の制御装置でもあるのだ。しかしながら真の用途は別にある。
「ナイトメア☆ブラストル、とらとらとらと参上」
 すぐに黒い虎男が姿を現す。グスタフ同様、説得で仲間にしたブラストルだ。
「うむ。ブラストルとデカルトよ。使命を与えよう」
 手下の中でも戦闘向きの二人に、ダミアンは命令を伝えた。
「リリスとリリムをここに連れてくるのじゃ。生きたままでな」
「誰ですかそれ?」
 すぐにブラストルが聞き返す。
「ナイトメア☆リリスとナイトメア☆リリム。余らと同じ父上の子供じゃ」
 特に慌てた様子もなくダミアンは説明してやる。そしてちんこの皮に手を伸ばし、そこからみゅーんと一冊の雑誌を取り出した。
 なんと。ダミアンのちんこは物入れにも使えるのだ。どういう構造だ。
 そうして取り出した雑誌は『ザ・埼玉ガイド あなたの街の魔法少女特集』。表紙は栗色のツインテールの魔法少女、マジカル☆アリサである。
「これじゃ」
 そしてダミアンが開いて見せたページには、ピンクのツインテールの魔法少女と、
ピンクのセミロングにバズーカを構えている魔法少女の写真が掲載されている。

「こっちのツインテールがリリム。こっちのバズーカを構えたのがリリス。よいな」
「承知」「ははー」
 ブラストルもデカルトも日本語は読めないが写真を見て理解したようだ。
 言葉はほんやくこんにゃくの魔法で通じるけど、文字までは読めない。
 ちなみにダミアンはこの短期間で日本語を習得している。すっごく頭は良いのだ。いつも全裸でちんちんぷらぷらだけど。
「この本によると、リリスとリリムは埼玉県あけるり市という所にいるらしい。
 連れて来てくれんか。くれぐれも生きたままでな」
「承知」「ははー」
 そしてブラストルとデカルトはリリスとリリム探索の任に就く。どうして、とは聞かなかった。ダミアンが連れて来いと言えば連れて来るのみ。
 しかし3歩歩いたところで、その探索は中断された。
「それで、その『さいたまけんあけるりし』というのは、どこにあるのですか?」
 振り返ったブラストルの問いに、ダミアンはちんこをぷらぷらさせて鷹揚に頷いたものだった。
「よいよい。今、地図を持たせてやるから」
 ふんぬーとちんこの皮を引っ張って手を伸ばすダミアン。
「確かあったような……ううむ。見つからぬ」
 しかし地図は出てこない。代わって、一万円札を取り出した」
「ルゥとミャアよ。このお金で、人間の本屋に行って日本地図を買ってくるのじゃ。お釣りは全部使ってよいぞ」
「やったにゃー」
 さっと万札を奪うように受け取るミャア。ちんこに入ってたのに。ところでこのお金、どうやって入手したのか。
「おつかいわんー」
「なに買うかにゃー」
 グスタフのコンテナに乗りながら、ルゥとミャアは何を買おうかあれこれ考える。
 ルゥは骨付き肉とかっぱえびせん、ミャアはカツオ節とマグロを丸ごとを買うつもりでした。
 魔物は魔力さえあれば食べなくても平気だが、美味しいものを食べるのはやっぱり嬉しい。
「いやいや。一万円じゃマグロ丸ごとは買えないから」
 ミャアの思考を読んでダミアンがすぐに教えてやる。
「それじゃあ、缶詰にするにゃー。グスタフのお兄ちゃん出発にゃー」
 ルゥとミャアを牽引するコンテナに乗せ、グスタフがかしゃかしゃと進み出す。
「気を付けていくのじゃぞ」
 送り出しながら、ダミアンは日本語が読めない彼らに買い物が出来るのかと少々不安を覚えていた。
かといってダミアンは人間の街に買い物には行けない。公衆猥褻罪で捕まるからだ。
 ともあれ、ルゥとミャアはお使いに行きました。この世界で初めてのお使い。
上手くできるかな。
 そしてルゥとミャアは、グスタフに牽引されて山のふもとの街を目指す。はにはに市を。

 通学途中でデカルトをぶっ飛ばし、女子高に行った葵と絵梨華は。
「あーあ。学校休みか」
「葵、嬉しそうじゃない」
 デカルトが暴れた影響で女子高は臨時休校。通学してすぐに帰路に着いていた。
「ね、絵梨華の家行って良い?」
「うん」
 そして絵梨華の家へ。

 日本人の父とフランス人の母のハーフで金髪碧眼に白い肌の絵梨華。その家も洋風建築のい二階建てだった。
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
 家に帰っても共働きの両親は不在で、絵梨華は葵を連れて二階の自室に上がる。
 絵梨華は一人っ子。葵には二つ下の弟が一人いる。
「飲み物持って来るね。紅茶でいい?」
「うん」
 鞄を置いて着替えはせずに、絵梨華はすぐに下に戻っていく。
 一人残った葵は、ぼんやりと部屋を眺めた。女の子らしい可愛い部屋。あたしとは大違いだ。
 小さな頃から葵と絵梨華は親友だった。
 男の子よりも元気いっぱいの葵に、金髪でおしとやかな絵梨華。性格も容姿も全く違う二人だが、妙に気が合い、ごく自然にいつも一緒にいる。
 正義の魔法少女になるのまで二人一緒なのだから。
 だから。はっきり聞かないと。絵梨華が何を悩んでいるのか。
 葵には分かっていた。ここ最近、絵梨華が何かを悩んでいるのを。
 今までは向こうから言い出すのを待っていたけど、絵梨華は何も言わない。
 言い出しにくいことかもしれない。だからあたしから聞こうと、葵は決めた。
「おまたせー」
 紅茶とビスケットを持ってきて、絵梨華が戻って来た。
 小さなテーブルを挟んで直接床に座り、葵はじっと絵梨華を見る。
「なに?」
 紅茶を淹れながら絵梨華が聞いてくる。葵に絵梨華が悩んでいるのが分かったように、絵梨華にも葵が何かを聞きたいのが分かった。
「ねえ絵梨華……。何か悩んでる?」
「……うーん。やっぱ分かる?」
 隠すでもなくあっさりと認めた。
「な、何?」
 妙にドキドキしながら続けて訊ねる。なんだろう。このドキドキは。
 もし、誰か好きな男が出来たとかだったら……。
「それがさ」
 絵梨華が何か言いかけたとき、
「わっ。良い匂いがします」
「ごめんくださいー」
 窓の外からこんこんとノックがする。
「はーい」
 すぐに絵梨華が窓を開けてやる。そこから白い翼を持つ少女が二人入ってきた。
 葵と絵梨華を魔法少女にした魔法天使だ。
「今日は早かったわね、二人とも」
と言ったのは、葵を魔法少女にしたエンジェル☆パフェ。金髪のおかっぱ頭に白い修道服を着ている。童顔で体形も幼い。
「魔物が暴れてね。学校休みになったの。あ、でも、その魔物はもうやっつけたから」
「まあ、そうだったんですか」
 葵の言葉に頷くのはエンジェル☆シルク。絵梨華を魔法少女にした魔法天使。
黒髪のおかっぱ頭に白い修道服を着ている。童顔で体形も幼い。
 童顔、おかっぱに修道服とよく似た容姿の二人の魔法天使だった。
「お茶どうぞ」
 その二人の分のカップも持ってきて、絵梨華は紅茶を淹れた。
「おいしそうです」
「ありがとうございます」
 無邪気に喜ぶパフェに、丁寧に頭を下げるシルク。
「それで。本日は、お二人に聞いてほしいことがあって来ました」

 神妙な面持ちで正座するシルクに、葵と絵梨華は顔を見合わせる。
「最近の魔王の子供たちの動向ですが。どうもこの近くに集結しているようなのです」
 続く言葉に、二人とも眉をしかめた。由々しき事態。
「彼らが何を考えてこの近くに集まっているのは、まだ不明ですが。私たち魔法天使や正義の魔法少女も、力を合わせる必要があるかもしれません」
 シルクの話はそこまでだった。パフェは紅茶を味わいながら飲んでいる。
「その、魔物ってどれぐらい集まってるんですか?」
「まだよく分かっていませんが、十体以上はいるものと思われます」
 絵梨華の問いにシルクは申し訳なさそうに答える。曖昧な答えしか出来ないのを心苦しく思っているのだろう。
「大変だね、こりゃ」
 腕を組んで葵も深刻そうに言う。
「で、他から援軍を呼ぶの?」
「近くの魔法天使たちに呼びかけてはいますが、皆さんいろいろと大変らしくて」
 そこでシルクは悩ましげに瞳を伏せる。天界に帰ってしまった魔法天使もいると聞いているからだ。
 魔法天使が任務途中に天界に帰る。それは処女を奪われたことを意味している。
「とりあえず、仲間を集めるまでは被害が出ないように努めましょう」
 そこまで言って、シルクも紅茶に口をつけた。ほんのりと暖かくなる。
「うん、がんばらないと。ねっ、絵梨華」
「う、うん……」
 組んでいた腕をとき手を打ち合わせる葵に、絵梨華も笑って見せる。寂しげに。
 それでまた胸がドキッとなる。さっきの続きを聞きたくて。
「ところでさ。さっきの続きなんだけど……」
「う、うん……」
 小さく顔を伏せて、絵理華がパフェとシルクに目配せする。
「行きましょうシルクちゃん」
 その視線を受けて、ビスケットを頬張っていたパフェが腰を上げた。
「え? でも」
「いいから。それじゃ、パトロール行って来るから」
「はぁ。そうですね」
 来たときと同様、パフェとシルクは窓から出て行った。
 その窓をしっかり閉めて、絵理華は葵に向き直る。彼女の正面に正座して、思い切ったように口を開いた。
「家ね。引っ越すの」
「へー」
 小さく呟いてから、葵はぽかーんと口を開け、
「ええええええーっ!!?」
と叫んだ。
「ひ、引っ越して? いつ? 学校は?」
「お父さんとお母さんの仕事の関係で、夏休みに引っ越すの。学校は一学期までこっちにいるって」
「えええええー!??」
 驚くだけでなく、目に涙が溜まってくるのを自覚した。
 絵理華がいなくなる。ずっと一緒だった絵理華が。
「こんな大変なときに悪いと思うけどさ。引っ越す前には、こっちの魔物の問題も片付けないと」
 一人でうんと頷く絵理華。魔物がたくさん集まっているのにこの街から離れるなんて出来ない。
引っ越す前にはこのお問題も決着したかった。
 しかし葵には絵理華の言葉は耳に入っていなかった。呆然とした視線を向けている。

 サラサラの長い金髪に碧い瞳の絵理華。小さな頃は本当のお姫様だと思っていた。
 ううん。今でもお姫様。大事で大切で、そして大好きな絵理華。
 その絵理華がいなくなる。いなくなっちゃう。
 ぷつん、と何かが頭の中で切れた。
「ね、ねえ、絵理華」
 立ち上がると葵はベッドに腰を降ろす。絵理華がいつも寝ているベッド。
「ちょっと、こっち座って」
 そうして自分の横に手を置いた。
「う、うん」
 素直に葵の横に絵理華は座る。二人の少女が同じベッドに腰掛け、

「ずっと前から好きーっ!」

 葵はいきなり絵理華に抱きつき、ベッドに倒した。押し倒したのだ。
「きゃっー!」
 上にいきなり葵が圧し掛かり、訳が分からないうちにベッドに押し倒され、絵理華は悲鳴を上げることしかできない。
「ちょ、ちょっと葵。いきなりなに……」
 抗議を上げようとする桃色の唇に、ちゅっと同色の唇が押し当てられる。
「!」
 触れる唇と唇。それはただ単に口の粘膜が触れ合うだけのことだったけど。
 絵理華の目が見開かれる。驚きで。
 葵は目を閉じて強く強く唇を押し当て、絵理華を抱きしめた。

「うわー」
「きゃー」
 窓の外。一旦外に出た魔法天使二人は、ぱたぱた飛びながら隠れるようにして覗き込んでいた。
「い、いきなり押し倒しちゃいましたよ」
「しっ。黙ってて」
 単純に驚いてるのはシルク。口に指をあて、じっと見入ってるのはパフェ。
「うーん、やっぱりね。そういうことか」
「あ、あのー。止めなくていいんですか?」
 なにやら一人で納得してるパフェに、シルクが指をもじもじ絡ませながら聞いてみる。
「いいのいいの。これはあの二人のプライベートなことなんだから」
「はぁ。そうですか」
 そうして魔法天使の二人は、じっと覗き込むのだった。じー。

「いやっ!」
 顔を横に振ってキスから逃れる。その目は涙で潤んでいる。
 目を開けた葵は、絵理華の潤んだ目を見て胸が痛んだ。でも、もうやめられない。
「絵理華……」
 再び唇を寄せようとするが、絵理華は頭を激しく振って近づけない。長い金髪が宙に舞い、キラキラと輝いていた。
「だ、駄目だよ葵。女の子同士で、こんな……」
「男とだったらいいの?」
「そ、そうじゃなくて……」
「絵理華は……あたしのこと、嫌いになった? だから転校するの?」
「ち、違うわよ! だからお父さんとお母さんの仕事の都合だって……」
 そんなことは葵にも分かっている。分かってはいるが、口から出るのは逆の言葉。
「嘘。絵理華、あたしが嫌いなんでしょ。男のほうがいいんでしょ」
「違うって! もう!」

「じゃあ……」
 動きを止めた絵理華に、葵は顔を寄せる。葵の目も涙で潤んでいた。もう元には戻れない悲しさで。
「しよ」
 ちゅっ、と再び唇が重なる。
「んー!」
 今度はぎゅっと絵理華が目を閉じる。
 口を合わせながら、葵の手がするすると下に伸びた。
 二人とも同じ女子高の夏服。その夏用の薄いスカートの中に、葵の手が伸びた。
「きゃあっ!」
 驚きで目を開け、顔を振って口を離させた。葵の手がパンツの中に忍び込んできたのだ。
「だめ、ダメーっ! 葵ちゃん、そんなとこ……」
「わあ。絵理華ちゃんのここ、生えてる」
 パンツの中に入れた手に微かに毛の感触がする。二人ともいつしかちゃん付けになっていた。小さな頃のように。
「は、離してよ。もうっ……」
 涙目で訴えると、小さい頃の葵ちゃんは大抵やめてくれた。でも今は止まらない。
「だーめ。絵理華ちゃん可愛いもん」
 手に触れたあそこの暖かさにうっとりしながら、涙を溜める絵理華ちゃんの表情にぞくぞくしてしまう。
 小さな頃は絵理華ちゃんが可愛くて、つい泣かしてしまうことがあった。
そんなとき、涙顔の絵理華ちゃんにやめてと言われると、葵はすぐにやめた。友達だから。
 でも男の子が絵理華ちゃんを泣かせると、すぐに葵ちゃんはその男の子を叩きのめしたものだ。
絵理華ちゃんを泣かしていいのは、自分だけだから。
 そう。絵理華ちゃんはいつもあたしのもの。男になんか渡さない。
「んんっ!」
 葵の手が強く秘所を押し付け、絵理華の腰がビクつく。
 手の平全体で割れ目を押し、続いてその縦筋に人差し指を添えた。
「あ、葵ちゃん……。駄目だったら、本当に駄目なんだから……」
 ベッドの上で絵理華の金髪が乱れ、微かに揺れる。その金髪から漂う甘い香りに胸をときめかせながら、葵はパンツの中の指に力を籠めた。
「だめっ!」
 股間への圧迫感に本能的な恐怖を覚え、絵理華は身を強張らせた。指に押さえれる股間も。
 きゅっと硬くなる縦筋を指に感じ、葵は微笑んだ。優しく。
「よかった。絵理華ちゃん、まだなんだね」
 そう。まだに決まってる。絵理華に近付く男は全て排除してきたから。
「あたしもね。まだなんだよ」
 右手をパンツの中に潜ませながら、左手は絵理華の胸に伸びる。ふくよかな膨らみ。
「だから。一緒に。ね」
 そして制服の上から胸を揉んだ。むにゅっと柔らかい。
 へー。こんなにおっぱいて柔らかいんだ、と葵は感動すら覚えた。男が胸に触りたがる気持ちも、よく分かる。でも絵理華ちゃんの胸は渡さない。
 股間に触れる指をくりくり回転し、胸を揉んで行く。
「んーっ!」
 愛撫し、涙顔で嫌がる絵理華の真っ赤な表情を見ている内に、葵はますます胸を熱くさせた。
 可愛い絵理華ちゃん。あたしのお姫様。あたしだけの。
「好き。絵理華ちゃん好き。ね、一緒にしようよ」
「い、いやだったら!」

 股間の入り口を指に押され、胸を揉まれ。絵理華は涙を振り飛ばして、両手を前に突き出した。思いっきり。
「きゃっ」
 精一杯の抵抗に葵は突き飛ばされ、ベッドから落ちて尻餅を着いた。
「あっ、ごめん」
 つい謝ってしまい、絵理華は身を起こしてから間抜けな表情をする。
 悪いのは葵ちゃんなんだから、謝る必要ないじゃない。
 絵理華は胸を隠すように両手で自分を抱きしめた、頬が熱い。真っ赤な顔をしてるんだろうなと思った。
「絵理華……」
 ベッドの上で、紅い顔で自分を抱きしめる絵理華を見上げながら、葵はまた胸のドキドキを覚えていた。
 絵理華を抱きしめたい。抱かれたい。きゅんと胸が疼く。甘く切なく。
 あたしが男のだったら……。ううん、女の子同士だからいいんだ。
 葵は気を取り直して、立ち上がった。後悔の気持ちはない。ただ絵理華への申し訳なさはある。
 立ち上がった葵に、絵理華はぎゅっと身をすくめた。そして自分がまだベッドの上だと気付く。
「う〜」
 どうしようと唸り、絵理華は横を見た。そして見る。
「えーと。天使様、見てるんなら助けてくださいよ」
 葵も横を見る。シルクとパフェ、二人の魔法天使が窓の外にべたーと張り付いていた。真っ赤な顔で。
 どうも覗き込むのに夢中になって、身を乗り出したらしい。はぁはぁと息が荒いのはどうしたことか。
「うわ〜ん!」
 不意に葵が部屋を飛び出していく。そしてあっという間に玄関から出て行った。
「あっ。外出ちゃいました」
「早っ」
 ようやく我に返った天使二人が、猛然と走り去る葵の背中を見送っていた。
「パフェさん、早く追いかけてください」
「え? 私?」
 シルクに言われ、パフェは自分を指差す。
「葵さんを魔法少女にしたのはパフェさんでしょう」
「それとこれとは関係ないような気がするんだけど」
「いいですから。私は絵理華さんを……」
 ちらっと部屋の中を見ると、ひとり残された絵理華は、ベッドの上でぽたぽたと涙をこぼしていた。
「うっ……うっ……。うわ〜ん」
 小声でぽたぽたと涙を落とし、すぐに大声で泣きじゃくる。
「は〜い。そっちよろしくね」
 泣き声から逃げ出すようにパフェは白い翼をぱたぱたさせて飛んで行く。
 シルクは窓を開けようとして、鍵が掛かってるのに気付いた。開かない。
「絵理華さーん」
 泣いてる絵理華に小声で呼びかけるが気付いてもらえない。
「お、おじゃましまーす」
 仕方無しにシルクは葵が飛び出して行った玄関から入り、靴を脱いで上がった。
「え、絵理華さん。えーと」
 そしてベッドの上、両手で顔を覆って泣いている絵理華を見て、慰めようとしたシルクはこちらも泣きそうな顔になる。
「え、えーと。その」
 恐る恐る近寄るが掛ける言葉が見つからない。こんなときに何を言えばいいのか。
「ひくっ……えーん。ひくっひくっ」

 結局、泣きそうな顔をしていたシルクも、一緒になって泣き出すのだった。
「う、ううぅ……」
「えーん。えーん」
 一緒になって泣く魔法少女と魔法天使。こんなときには泣けばいい。

 外に飛び出した葵はというと。
「ううっ……」
 こちらもまた泣いていた。公園の木の下で、幹に手をつきながらぽたぽたと涙をこぼしている。
「葵ー」
 その横ではパフェが困ったようにやれやれと肩をすくめていた。こちらは泣いていない。
「わんわんわん。お使いわん」
「にゃーにゃーにゃー。お買い物にゃー」
 そのとき、わんわんにゃーにゃーと無邪気な声が聞こえてくる。
 この声は……。
 真っ赤な瞳で顔を上げた葵は、歩道を呑気に歩く犬耳男の子と猫耳少女を見た。視界が涙で霞む。
 どちらも以前戦ったことがある。魔法少女になったばかりの四月に。
 ダミアンの命令で地図を買いに来たルゥとミャアです。グスタフは近くの山中で待機。
「むっ。あいつら」
 魔物を見てきらーんとパフェの目が光る。あいつらを討伐するのが魔法天使の役目。
「待って」
 涙を拭き、今にも飛び掛ろうとするパフェを葵が制した。幸いルゥもミャアもこちらには気付いていない。
「このまま追いかけて。あいつらの本拠地を見つけましょう」
「なるほど。そうしましょう」
 そうしてこちらの魔法少女と魔法天使は、ルゥとミャアの尾行を開始。

 二人は知りませんでした。これから待ち受ける運命を。

(つづく)