「ナイトメア☆リリム、ただいま参上」
 早朝からリリムの声が元気に響く。しかしその声を聞く者は誰もいなかった。
「あれー?」
 いつもなら幼稚園の送迎バスが来る時刻。しかし道路には誰もいなかった。
園児も母親も。
「みんなー。リリムですよー」
 しーん。呼びかけても返事はない。無人のようだ。
「うーん」
 首を捻りながらリリムは帰って行く。今や我が家と同然の千巻家に。
「ただいまですー」
 たたっと玄関を上がり、居間に行くと、
「はわー。ご主人様がいます」
 大和がテーブルに座っていた。新聞を読んでいる。
「おはようリリム」
「お、おおおおお、おはようぎざいます。ど、どどどど、どうしたんですかご主人様!?」
「なんだよ。そんなに慌てて」
「だってだって。今日は平日なんですよ。どうしてまだお家にいるんですか?」
「夏休みだから」
「夏休み!?」
「ああ。今日から8月31日まで学校はずっと休み」
「ずっと休み!」
 ぴょんと跳び上がったリリムは、そのまま大和の膝の上にお尻を乗せた。新聞を潰して。
「それじゃあ、今日からはずっと一緒なんですね!」
「ああ、まあ。夏休みの間は」
「わーい」
 ぎゅっと抱きつき、リリムはキラキラと瞳を輝かせていた。
「じゃあ、じゃあ、ずっとお家でリリムとエッチし放題ですね!」
「いや、あの。そんな駄目人間な」
 それもいいかな、と思いつつ、大和はリリムを抱き返しながら言った。
「いいかリリム。夏休みにはいっぱりやる事があるんだぞ」
「なんですか?」
「コミケにワンフェス、JGCとイベント盛りだくさんなんだ。遊んでるひまはないのだよ」
 それは遊びじゃないのか。
「わー。それじゃあ、リリムもいっぱいお手伝いします」
「うん。何もしなくていいから」
「えー。リリムは役に立ちますよー」
 本当かよ、とは大和は思った。思っただけ。
「そっか。夏休みですか」
 大和の膝の上で、リリムは何度も頷き、
「それで、幼稚園のバスが来なかったんですね」
 幼稚園も夏休み。
「幼稚園のバスって……何するの?」
「はい。リリムは毎朝、『幼稚園のバスを乗っ取ろう大作戦』を実行してるんです」
「あー……。それで、幼稚園のバスを乗っ取って、どうしてるのかな?」
「はい。幼稚園まで一緒に乗って行って、それからお家に帰るんです」
 それを乗っ取ると言うのだろうか。大いなる疑問を感じる大和である。
「そうか。リリムは悪い子だな」
「はい。リリムは悪い子なんですよ」
 膝の上でリリムはにこにこ笑いながら、言うのだった。
 リリムは悪の魔法少女です。

「おーい、ありさ。朝ごはんまだー」
 リリムを膝に乗せながら、台所にいるはずの妹に呼びかける。だが返事はない。
「ありさ?」
 ふと不穏な空気を感じ、リリムを降ろして台所へ。
「どうお兄ちゃん? 美味しい? そう。美味しいの。良かった」
 一人でボソボソと呟きながら、ありさは鍋をかき回している。……包丁で。
「ありさ?」
 そっと近付いて大和は鍋を見た。中身は空。
「うん、そうだよね。お兄ちゃんはありさのご飯しか食べないもんね」
 からからと空鍋をかき回しながら、ありさはぼそぼそと喋り続ける。隣の兄ではなく、誰か別の人と会話してるように。
「おーい、ありさ」
 小さな肩を掴み、無理矢理にこちらを向かせる。
「もうお兄ちゃん。朝からそんな」
 ありさの目は目の前の兄を見ていない。小さな手がするするとエプロンを外した。
「でもいいよ。いっぱい子供作ろうねお兄ちゃん」
 そのまま服まで脱ごうとする。
「ありさ! しっかりして、ありさ!」
 さすがに変だと思い、がくがくとありさを揺さぶった。
「あれ……?」
 ぼやけていた目の焦点が合い、しっかりと目の前の兄を見る。
「おはようお兄ちゃん」
「うん、おはよう」
 揺さぶるのをやめ、大和はじっと妹を見下ろした。いつもの無邪気な笑みを浮かべるありさを。
「どうしたの?」
「い、いやなんでもない。朝ごはん頼む」
「うん。玉子焼きと目玉焼き、どっちがいい?」
「玉子焼き」
「任せて」
 足元のエプロンを拾うとさっと身に付け、ありさは冷蔵庫から卵を取り出す。
 一応は正気な様子に、大和はとりあえず安堵した。平手打ちして以来、どうもありさの様子がおかしい。
 何もなければいいが、と真剣に願う。だが願うだけでは駄目なのだ。

「わんわんわん。わんわんわん」
 明美が目を開けると、笑顔で尻尾を振るルゥの姿があった。
「おはよう」
「おはようわん」
 挨拶すると返事してくれる同居人がいるのは嬉しいものだ。
 小学校で保険医をしている明美も今日から夏休み。
 明美が布団から這い出ると、ルゥがすぐに畳んでくれる。一緒に生活するようになって、ルゥはよくお手伝いしてくれた。
「ふわー」
 うーんと背伸びし、朝食の準備をする。ルゥは魔力があれば食事は要らないそうだが、
それでは味気ないので、いつも一緒に食べさせていた。
「はー。昨日も良かったわ」
 ふんふんとエプロン姿で鼻歌を歌いながら、昨夜の情事を思い出す。ルゥとの犬耳緊縛耳掃除羞恥プレイを。
 当然ながら、ルゥの魔力はすでに吸収済み。
 悪の魔法少女になったものの、明美は特に活動はしていなかった。あまり興味はないからだ。
このままでも不便はないし。ルゥも積極的に魔王になるつもりはないようだ。

「でも、そうも言ってられないわよね」
 ルゥの言葉を思い出す。明美以前にルゥを服従させていたダミアンの企みを。
その企みが真実ならば間違いなく世界の危機。
 でも今は、
「ルゥくんごはんよー」
 可愛い犬耳男の子との生活を楽しもう。この世には正義の魔法少女もいることだし。
 朝食を食べると、ルゥと一緒に布団を干す。汗でびっしょり。
「うーん。良い天気ね」
 空は快晴。布団もすぐ乾くだろう。
 横にいるルゥを見下ろすと、はっはっと息を弾ませ、尻尾を振っている。明美といるだけで嬉しそうだ。
 自分になついてくれるルゥを見てると、愛しくて可愛くて。それが服従の呪いによるものだとしても。
「一緒にお買い物行きましょうか」
「わんわん」
 ルゥが嫌というはずもなく、一緒にお買い物へ。

「お兄ちゃん」
 朝食を食べ終え、洗濯物を干すと、にっこりとありさが笑いかけてきた。
「お買い物行こ」
「うん」
 ちらっと横を見ると、リリムとリリスは熱心にTVを見てる。録画しておいた深夜アニメを。日本語は読めなくてもTVとビデオの操作は覚えたらしい。
エステルはノートパソコンに向かっていた。学校に行っている間、いつもこうして過ごしているのだろう。
「それじゃあ、買い物行ってくるから」
 はーいと返事する悪の魔法氏少女たちを残し、大和をありさはお買い物へ。
 空は快晴。外に出ると、すぐさまありさは兄の腕に抱きついてくる。
 大和は苦笑しながらもありさの好きなようにさせ、腕を絡めながら歩いて行った。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「いつまで、あの3人置いとくの?」
「いつまでって……魔王選抜戦が終わるまでかな」
「ふーん」
 すりすりと兄の腕に頬を寄せるありさ。それからじっと見上げてくる。
「な、なに?」
「お兄ちゃんは……人間に戻りたいんだよね」
「あ、ああ」
「まだ戻れそうにない?」
「うん」
 魔力を吸収する度に呪い解除は試みているのだが、全く解除できなかった。
呪いをかけた魔王との差はまだまだ大きい。
「呪いが解けたらさ。あの3人は殺していいよね」
 咄嗟に反応できなかった。何を言われたか瞬時には理解できなかったから。
「いやいやいや。そんな、殺すなんれ」
「いいじゃない。化け物なんだし」
「そうは言うけどさ」
「マジカル☆アリサは正義の魔法少女なんだよ」
 そう言うありさを、大和は恐る恐る見下ろした。兄の腕を掴み、しっかり前を見るありさ。その瞳は暗い情念に燃えていた。
 やがて商店街に着き、ありさは八百屋に行こうとして、
「わんわんわん。わんわんわん」
 そんな声が聞こえて、足を止める。
「あっ。あの子」

 肉屋の前、尻尾を揺らして立っている男の子がいた。金髪に犬耳。
「この前の、ルゥとかいう子」
 撫子さんを惨殺直前に乱入してきた魔物。あいつさえ現れなければ……!
「お兄ちゃん、ちょっと待ってて」
 大和から離れ、ありさはさっと路地裏へ。
「ありさ?」
 兄が呼ぶのも聞かず、ありさの姿が消えて行く。大和はため息を吐き、事の成り行きを見守ることにした。
「マジカライズ」
 誰も見ていないのを確認し、ありさは変身した。正義の魔法少女へ。

「わんー。お肉だわんー」
 肉屋の前、ルゥは尻尾を振って、涎を垂らしていた。明美はコーヒーショップでコーヒー豆の買い物。
コーヒーの香りに目を回したルゥは、外で待っていることにしたのだ。犬だけあって鼻が良い。良すぎるのが問題になる事もあった。
「わんわん」
 良いご主人様で良かったわんとルゥは心底思う。明美なら服従の呪いにかからなくても、一緒に暮らせただろう。
 でも、その為にも、ダミアンお兄様の企みをなんとかしないと。放っておいたら大変な事になるわん。
「わん〜?」
 考え事をしていたルゥは、近くに感じた魔力に横を見る。そこには栗色のツインテールの魔法少女がいた。
「マジカル☆アリサ、ちゃきちゃき行くよー」
 そしてバトンをくるくる回し、びしっと向けた。ルゥに。
「わ、わん〜!」
 毛を逆立てて飛び上がり、ルゥは周囲を見回す。
「あっ。アリサちゃんだー」「きゃー」
 突如出現した魔法少女に、商店街全体がわっと盛り上がるようだった。明美の姿はない。
「街で暴れる悪い魔物! 正義の魔法少女、マジカル☆アリサが成敗するんだから!」
「ボ、ボクは何もしてないわん〜」
 肉球のある手をぶんぶん振るが、アリサは容赦しなかった。
「うるさい。黙れ」
 ばしっとバトンで顔を殴ってくる。
「きゃう〜ん」
 いきなり殴られ、ルゥは路地に倒れてしまった。涙目でうるうると見上げる。
「や、やめてくださいわん〜」
「うるさいの」
 さらにげしげしと蹴りつけるアリサ。
「わん〜」
 ルゥは腕で頭を庇い体を丸め、ただ蹴られるまま必死に耐えた。頭を庇う腕の上から、ありさは容赦なく蹴りつける。
「わんー。わんー」
 げしげし蹴られながら、悲しげな声を上げるルゥ。見ている人からザワザワと声が上がる。戸惑いと非難の声。
「かわいそー」「ちょっと、やりすぎじゃない」「でも、正義の魔法少女だし」
 そんな野次馬の声は無視し、アリサは冷淡な表情で体を丸めるルゥを蹴りつけた。
「このっ。このっ。あんたがいなけりゃ」
 撫子お姉ちゃんを惨殺できて、お兄ちゃんを独り占めできたのに。その憎しみを込めて、
アリサは可愛い犬耳男の子を蹴りつける。
「きゃう〜ん。やめて、やめてわんー。

 げしげし蹴られるルゥの鳴き声は悲痛で。アリサ以外の誰もが、胸を痛めていると、
「やめなさい!」
 さっとアリサの前に、立ちはだかる黒い影。
 若い女性だった。真っ直ぐ背中に流した茶色の髪。肩が剥き出しの黒いドレスに、手にはでっかい注射器。そして背中には黒い羽。
 大きく張り出した胸は、服のサイズが小さいのか今にも弾けそうで。男たちの視線はそこに集中していた。
「だ、誰よ!」
「えーと。ナイトメア☆アケミ、癒して参上」
 びしっと注射器を構え、名乗りを決めるアケミ。蹴られているルゥを見て、すぐに変身して駆けつけてくれたのだ。
「ご主人様〜」
 ボロボロにされ、涙目で見上げるルゥにアケミは優しく頷く。
「よしよし。もう大丈夫よ」
 笑顔から一転して、険しい表情でキッとアリサを睨み、
「うちのルゥくんに何するのよ! 酷いじゃない!」
「ふん。悪が何言ってんの」
 そう。向こうは悪。こっちは正義。
「マジカル☆アリサは正義の魔法少女なのよ」
「だからって酷すぎ。この子は何もしてないのよ」
「してからじゃ遅いのよ」
「むー」
 言葉じゃ埒が明かないと判断したか、アケミは注射器を向けた。
「おいたをする子にはお仕置きです」
「やってみなさいよ」
 ニッと口の端を歪めるアリサ。
 ばちっと火花を散らして睨み合う正義と悪の魔法少女。しかしどちらも既視感を覚えていた。
(この人、どこかで見たような)
(この子、どこかで見たような)
 アリサもアケミも相手を知っているような気がしたのだ。小学校で見たような。
(そっか。明美先生にそっくりなんだ)
(そうよ。ありさちゃんにそっくり)
 そしてお互いにすぐ気付く。目の前の魔法少女が誰に似ているのかを。
 でもすぐに他人の空似だろうと判断した。声もそっくりだがただの偶然だろう。
「きゃー」「がんばれー」「アリサちゃーん」
 突然の魔法少女同士の対決に、周囲の人たちも俄然盛り上がる。アケミを魔法少女と呼んでいいかは判断の分かれる所だが。
 先に動いたのはアケミだった。
「ナイトメア☆注射ー」
 いきなり後ろを向いて、倒れているルゥのお尻にぷすっとでっかい注射器を刺す。
「わんー!」
 ばっと跳び上がるルゥ。着地する頃には体の傷が治っていた。
「わんー。痛くなくなったわん」
 それどころか、力がみなぎるようだ。これがアケミの注射の威力。
「隙あり!」
 背中を向いて隙だらけのアケミに、アリサが仕掛ける。
「マジカル☆シュート」
 ほんの小手調べの一撃。バトンから赤い光が放たれ、アケミの黒い羽の生えた背中を直撃。
「いったーい!」
 べたっと前のめりに倒れ、アケミは背中から煙を出していた。

「もう。後ろからいきなり何するのよ」
「後ろを向いたそっちが悪いんじゃない」
 言いながら、アリサは倒れたアケミに追撃するのはやめておいた。
「わんー。ご主人様、大丈夫かわん」
 今にも泣き出しそうなルゥに、アケミは大丈夫よと微笑む。
「さあ。反撃よ」
「わんわん」
 立ち上がるアケミに、ルゥも肉球の手を上げて横に並ぶ。
「ナイトメア☆包帯」
 注射器を持っていない左手からいきなり白い包帯が伸びる。包帯はアリサの魔法のバトンに絡みついた。
「わんわんパ〜ンチ」
 そこにすかさずルゥの肉球パンチ。注射でドーピングされたおかげかいつもよりキレがある。
 だがそのパンチは虚しく空を切った。魔法のバトンだけが路地に落ちる。
「わん〜?」
「上よ!」
 アケミの声に見上げると、アリサの足の上が見えた。バトンを放して素早く跳躍したのだ。
 スカートの中を見る暇もなく、足の上がめきっと可愛い顔にめり込む。
「わん〜」
 ばたっと倒れ、ルゥはぐるぐると目を回した。顔にははっきりと靴の跡。
「ルゥくん!」
 叫ぶアケミだが駆け寄れなかった。包帯でぐるぐる巻きにされたバトンを取り、アリサが横目でこちらを見る。
 その目に睨まれた瞬間、びくっと背筋が震え、一瞬息が止まった。それは黒い殺意。
「マジカル☆ダブルトマホーク」
 そして魔法のバトンの先端がハートの形から分厚い斧の刃に変わり、魔法の斧となって包帯を引き裂いた。
「くっ。ナイトメア☆注射連射」
 アケミのでっかい注射器から、普通サイズの注射器が連続で発射される。
その注射器にも何かの薬が仕込まれているのだろう。だがアリサに命中することはなかった。
 赤い光がアリサの全身を包み、注射器を全て防いだのだ。
「マジカル☆スパーク!」
 その赤い光をまとったまま、斧を手にアケミに突進してくる。
「きゃー!」
 激突の寸前、赤い光だけがアリサから飛び出し、赤い光の球となってアケミを直撃!
「あーれー」
 どかーんと吹っ飛ばされ、アケミは野次馬を飛び越えて、空の彼方に飛んで息、きらっとお星様になった。
「わ、わんわんー」
 ようやく立ち上がったルゥが、吹っ飛ばされるアケミを呆然と眺め、切なげに鳴き声を上げる。
「あなたはどうするの?」
 ぎらっとアリサに睨まれ、毛を逆立てて飛び上がったルゥは、
「こわいわんー」
と鳴きながら、アケミの後を追いかけて走り去って行った。そのルゥを、上空から黒い影が追う。
 そして悪の魔法少女と魔物を追い払った正義の魔法少女マジカル☆アリサは、魔法の斧を回して、ぱちっとウィンク。
「マジカル☆」
 ぱち……ぱち……と、周囲の人々からまばらに拍手が送られる。
 だがその中に、大和の姿はなかった。

「わんー。わんー」
 商店街から駆け出したルゥは一目散にアケミを追いかけていた。どんな遠くに離れていても匂いで分かる。
 だがアケミを追いかけるのに夢中になっていたルゥは気付かなかった。上空からの追跡者に。
 やがてルゥは街から離れ、山の中へ。道もない場所をひた走り、やがて止まった。
「わんわん」
「う〜ん〜」
 藪の中へと尻餅をついたアケミがそこにはいた。ぐるぐると目を回している。
 美しい顔に葉っぱが落ちている。ルゥはその葉っぱをどき、ぺろぺろと頬を舐めてやった。
「うぅん」
 やがてアケミの瞼がぴくぴく蠢き、ゆっくりと開いた。
「あっ。ルゥくん」
 可愛い顔を見たアケミの瞳が、安堵に輝いた。
「良かった。無事だったのね」
 あのマジカル☆アリサに八つ裂きにされないで良かった。本当に良かった。
 アケミはルゥをしっかりと抱きしめ、そして藪から抜け出す。
「ここ、どこかしら?」
 周囲はぐるっと木に囲まれている。大分飛ばされたらしい。
「山の中だわん」
「そう。にしても、酷い目に遭ったわね」
 お互いにボロボロのまま、くすりと笑い合う。生きてて良かった。
「さ、帰りましょうか」
「わん」
 笑顔を取り戻し、帰ろうとした矢先、
「まだ終わりじゃないぜ」
 さらなる不幸が襲い掛かる。
「ナイトメア☆ヤマト、邪悪に参上」
 上空から、黒い悪魔が舞い降りて来たのだ。
「わ、わんー!」
 その姿にルゥが飛び上がる。以前も見たことがあるのだが。
 大きな黒い肌の巨体に、頭には二本の角、背中には大きな黒い翼。邪悪な姿の悪魔。
 ルゥの後を密かに尾行して飛んでいたヤマトだ。
「くっ」
 よろよろと注射器を手にアケミは立ち上がる。しかし膝ががくがくと震えていた。
「ルゥくんには……手出しさせない」
 怯えるルゥを庇うように前に立つアケミを見て、ヤマトは誰かに似ていると感じていた。アリサと同じように。
 そしてすぐに思い出す。誰に似ているかを。
(そっか。明美先生にそっくりなんだ)
 小学6年生のときに保険医だった明美先生。彼にとっては忘れられない女性である。
 しかしすぐに他人の空似だろうと思った。
 一方のアケミは、ヤマトを見ても誰かに似ているとは微塵も感じなかった。
そもそも悪魔の姿のヤマトは人間とは大きく異なっている。
「ふむ」
 ヤマトの視線がアケミの胸に注がれる。はちきれんばかりの豊かな胸。ありさはもちろん、今までの誰よりも豊かな胸だった。
「どうする気よ」
 ヤマトの視線を真っ向から受け止め、アケミは片手で胸を隠すようにして、注射器を向ける。
「犯す」

 簡潔に述べ、ヤマトは仕掛けた。
「デビルサンダー」
「きゃー!」
 角から放たれた電撃がアケミを打ち据え、ぽろっと注射器を落としてしまった。
「わんー。ご主人様ー」
 それまで震えるだけだったルゥが背後から飛び出し、肉球のある手を向けてきた。
「わんわんぱ〜んち」
 だがその肉球が当たるよりも早く、
「デビルサンダー」
 電撃が今度はルゥを直撃し、ビリビリと痺れる。
「わん〜」
 ぐるぐると目を回し、ルゥはばたっと倒れた。白い煙を上げて。
「ルゥくん!」
 倒れたルゥに膝をついたままよろよろと寄るアケミ。その前に野太い足が立ち塞がる。
 悪魔の太い手がアケミの腕を捻り上げ、持ち上げる。
「いたっ」
 片手で持ち上げたアケミに顔を寄せ、ヤマトはくんくんと匂いを嗅ぐ。茶色の
髪からは女の濃い香りが漂った。乳房がぷるるんとメロンのように揺れている。
「は、離しなさいよ」
「デビルサンダー」
「きゃあああーっ!」
 至近距離から再びの電撃。目の前でアケミの豊満な肢体がばたばたとばたつく。
 そして動かなくなると、無造作に放り出した。
「放したぞ」
「あ、うぅ……」
 仰向けに倒れたアケミは電撃で痺れ、顔も上げられなかった。その剥き出しの白い肩を悪魔の手が掴む、ドレスの端を。
そして一気に下に降ろし、黒い布を引き裂いた。
「きゃっ」
 豊かな胸がぽろんとこぼれ、露になる。先端は真っ赤な蕾。
「や、やめ……」
 体が痺れ、悲鳴を上げる力すらない。揺れる乳房を見下ろしながらヤマトは目をにやけ、ズボンを脱いだ。
「きゃっ」
 目の前に剛棒のようなイチモツが差し出され、思わず目を閉じる。根元からの陰毛が汚らわしい。
 目を閉じて微かに震えるアケミの上に、ヤマトは覆い被さっていった。上に悪魔の重みを感じ、アケミの全身がきゅっと緊張する。

 むちゅっ

 唇に押し当てられる分厚い感触に思わず目を開けた。悪魔の顔が眼前に迫っている。その大きな口が自分の唇に当たっていた。
「!!?」
 目をぱちくりするアケミから口を離し、唇に付いた口紅をぺろっと舐め取るヤマト。
「これが口紅の味か……」
 なんだか酸っぱい。これが大人の味なのかと思った。
「嫌っ!」
 目に涙を浮かべ、アケミは顔を逸らした。
「嫌か」

 ヤマトは横をちらっと見る。
「それじゃあ、あっちにするか」
 すぐ横で、ルゥが倒れていた。電撃に痺れ、まだぐるぐると目を回している。
「ちょ、ちょっと。ルゥくんは男の子よ」
「あんだけ可愛ければ、男の子でもいい」
 本気か冗談か脅迫か。アケミには判然としない。
「分かったわよ。私にしなさい。その代わり、ルゥくんには何もしないで」
 涙を溜めた瞳で悪魔を見上げ、アケミは毅然と言い放った。
「いいだろう」
 悪魔の大きな手が無雑作に乳房を掴む。その手でも覆いきれない豊かな膨らみ。
「くっ」
 胸がぷるるんと震え、アケミはきつく唇を噛んだ。声なんか出してやるものか。
 長い爪がぐりぐりと先端の乳首を弄り、こね回す。
「んっ」
 アケミは声をあけることなく、微かに息が漏れただけだった。
 ぐりぐり乳首を弄っていっても、アケミはじっと宙を睨み続けた。
 眉をひそめ、必死に耐えるアケミをヤマトは愉快そうに見下ろし、その胸の上に怒張を突きつけた。
「きゃっ」
 豊かな胸の谷間に、悪魔の野太いペニスが挟まれる。ヤマトは左右から乳房を押し付けて、挟んだものをしごいた。
「んうっ。やっ」
「くー。いいねぇ」
 嫌悪感で美貌を歪めるアケミに対し、ヤマトは愉悦に浸っていた。白い乳房に指が食い込み、挟んだ怒張を優しく包み込む。
 悪魔の姿になると性器も人並みはずれて肥大化し、パイズリはなかなかできないが、
アケミはその悪魔をパイズリできる稀有な豊乳の持ち主だった。
 白い膨らみを揺らすように左右から押し付け、コリコリと勃起をしごく。
 ふわふわと綿菓子に包まれたような浮遊感を股間から感じ、ヤマトは全身が浮きそうな錯覚に陥った。
 ペニスの先端の赤黒い割れ目は、もうぴくぴくと蠢いている。
「ん〜」
 それが近いのを悟ったか、アケミは目を硬く閉じて嫌悪に身を震わせた。
 明美先生にそっくりなアケミの嫌がる姿に、ヤマトはびくびくと胸に挟んだ
怒張を震わせる。

 どぴゅっ

「きゃっ」
 熱いものが顔にかかり、咄嗟に横を向いた。だが茶色の髪に白く濃い液体がかかるのは止められない。
「ふぅ」
 胸の狭間で射精し、アケミの顔が、髪が、白く染まるのを見ながら、ヤマトは新たな劣情を催す。
 射精したばかりのペニスはまだまだ膨らんでいて。
 アケミの香水の香りに混じって、ぷーんとイカ臭い匂いが周囲に広がっていた。
それでもルゥは目を回していて目覚めない。
 顔にかかった精液に眉をしかめながら、アケミはイカ臭い匂いに鼻が曲がりそうだった。
ただこの匂いを嗅いでると、きゅっと股間が熱く潤う。
 ああ、きっと濡れてるんだろうな、私。ふとアケミは自己嫌悪に陥った。
「あ、はぁ……。終わり?」

「まだこれからだよ」
 胸から腰を上げたヤマトは、すぐに彼女の長いスカートを引き裂いていく。脚の付け根まで。
「きゃっ。もう」
「脚を開け」
「もう」
 容赦なく衣服を破くヤマトに口を尖らせながら、アケミは言われた通りに脚を開いた。
 黒いスカートは根元まで破け。脚を拡げると、股間を隠すものは何もない。
パンツはない。
「へー」
 足の付け根、成熟した女の股間を眺め、ヤマトは目を細める。
 思ったよりもきれいな形と色の秘所。ふさふさと生い茂る茶の陰毛も、美しいとさえ感じた。それは無駄毛を処理しているからこそなのだが。
 アケミは脚を拡げたまま、ぐっとたりと身を投げ出している。諦めたかのように。抵抗すると痛い目に遭うだけなのを分かっているように。
ただその口はきつく結ばれていた。
 ヤマトの指がそっと股間の割れ目に触れる。赤い蜜肉に触れると、微かに腰が震えた。だがそれだけ。
「うん。いい感じ」
 すでにそこはしっとりと濡れている。精液の匂いで濡れたのか。
 指が離れ、続いて、硬い肉の巨棒がそこに触れる。
「んっ」
 きゅっと股を締めて緊張するアケミ。入り口が硬くなったのを感じながら、ヤマトは腰を強く鋭く突いた。
「ひぐっ……!」
 叫びそうになる口を両手で押さえる。アケミの瞳から涙がこぼれた。
「んー。んんー」
 巨棒が遠慮なく膣を満たし、一気に奥まで貫く。衝撃で叫びそうになるが、必死に堪えた。
 すぐ横でルゥが倒れている。彼に聞こえないように。知られないように。
「んんーぅー!」
 両手で口を押さえ、むせび泣くアケミを下に、ヤマトは笑みを浮かべながら、腰を使い、愉悦に浸っていた。
 柔らかく暖かいアケミの胎内。悪魔の巨棒もしっかりと受け入れ、包み込むようで。
 太ももをしっかりと掴み、腰を前後に振ってピストン運動をはじめる。じゅぶじゅぶとペニスが柔らかい膣肉を行き来し、刺激を与えていった。
「んんっ! んんふぅー」
 アケミの腰が浮き上がり、ガクガクと揺れた。その振動がヤマトにも伝わる。
それでも口を押さえる手は離さなかった。ルゥに聞かせないために。
「んんぅー!」
 悪魔が自分を犯している。ルゥのすぐ横で。容赦なく身体を蹂躙していく。
 溢れる涙が地面までこぼれ、両手で押さえる口から鮮血が流れて来た。強く噛み締めすぎて、血が流れたらしい。
 しかし繋がる股間からはじゅぶじゅぶっと淫らな音が響き、子宮の奥から熱くなる。
「んんふー。んんんぅー!」
 バタバタと背筋がばたつき、息が上がるのを感じた。肌に汗が浮かび、紅潮していく。
 感じてる。それを否応もなく自覚させられ、アケミは悔しさでいっぱいだった。
こんな悪魔に感じるなんて。その悔しさがさらなる涙となって流れる。
「んんふー。んんぅー」
 茶色の髪を振り乱し、両手で口を塞ぎ必死に声を抑えるアケミを見ている内に、ヤマトもまたどんどん昂ぶっていくのを感じる。

 アケミが明美先生にそっくりだからだろうか。小学6年生のとき、好きだった保健室の先生。
 今思えばあれが初恋だった。でもあのときは何もできなかった。
 キスも抱くこともできず、逃げ出してしまった。子供だったから。
 でも。今なら。
「くうぅ!」
 甘酸っぱい思い出が胸をよぎり、あのときにはなかった性欲が下半身を支配する。
 さっき胸で射精したばかりなのに、再び達するのは早かった。
 どくっ、と二度目の射精が膣内に放たれていく。
「んんぅー!」
 掴んでいるアケミの太ももが緊張し硬くなり、次いで全身が仰け反るのを直に感じる。
 溢れる悪魔の精液が、たちまち胎内を満たし、結合部から溢れた。
「はぁ。はぁ」
 射精が止まり、気だるい余韻が襲ってくる。爽快感はなかった。
「うっ、ううぅ……」
 ようやく口を塞いでた手を離し、アケミの硬直した身体から力が抜けていく。
 射精が終わったからだけではない。魔力が奪われていくのだ。
 ナイトメア☆アケミから魔力が流れてくるのをヤマトも感じる。
「ふー」
 小さく息を吐いて萎えた肉棒を引き抜く。なんだろう。この罪悪感は。
 悩む間もなく、アケミの変化に目を見張った。
 魔力を奪われたアケミが黒い闇に包まれたかと思うと、衣装が変わっていく。
ごく普通の女性のように。その服も破れたまま。
 しかしその美しさはそのまま。茶色の髪が一本に束ねられる。
 そして、その顔は……。
「明美……先生」
 大和の初恋の先生がそこにいた。悪魔に犯され、股から精液を流した姿で。
「うぅ……」
 ぐっと唇を噛み締め、豊かな胸が大きく上下している、涙を溜めた瞳はそれでも強く輝き、その目に映すのは悪魔の姿。
「ああ…あぁ……」
 明美の目に映る悪魔が狼狽する。何をそんなに驚いているのか理解できなかった。
 ヤマトはしばし混乱していた。でも混乱する頭でも分かることはある。

 ナイトメア☆アケミの正体は明美先生で、

「そんな……こんなのって……」

 僕は、明美先生を犯したんだ。

「がああああああああぁぁぁぁーっ!!!」

 悪魔の叫び声を、ヤマト自身はどこか遠くに聞いていた。

(つづく)