夏休みを目前に控えた7月の日曜日。空は快晴。
「撫子さん」
大和の呼びかける声に、待っていた撫子は微笑みで返す。
「おはよう大和くん」
「おはよう。ごめんね、遅くなって」
「ううん。まだ時間より早いし」
ここは遊園地の前。大和は待ち合わせ時間の30分前に到着したが撫子はすでに待っていた。
今日の撫子は、涼しげな白いサマードレスに白い日除け帽子。艶々した長い黒髪が白い帽子と服によく映えていた。
「うん。撫子さんは今日も綺麗綺麗」
「もう」
くすっと微笑し、撫子は自分から大和の手を取る。白いすべすべした手の感触に、それだけで胸が高鳴った。
「行こうか」
「はい」
二人仲良く手を繋いで遊園地に入っていく大和と撫子。
その後ろからは、4人の魔法少女が尾行していた。
「人がいっぱいだね」
行列に並びながら、大和は横に並ぶ撫子さんにちらっと視線を向ける。長い髪からサラサラと良い香りが漂ってきた。
「あの、撫子さん」
にこっと笑顔でこちらを見る撫子。その大和撫子な美貌につい見惚れてしまう。
「この後さ……。ホテルに行かない?」
ドクン、と撫子の体温が一気に高まるのが繋いでる手から伝わってきた。
「え、ええと……」
カーと赤くなる顔を帽子で隠し、
「もう。大和くんたら冗談ばかり言って……」
「冗談じゃないんだけどな」
カーと赤くなって帽子に隠された撫子の顔。その顔がこくんと頷く。
「それじゃあ、遊園地の後でね」
今は遊園地を楽しもう。その後はホテル。
「それにしても、人がいっぱいだね」
列に並びながら、大和は話題を変える。
「う、うん。最近ね。この遊園地に魔法少女が来るんだって」
「へー」
それで人が集まるのか、と大和は少し嬉しくなった。
しばらくすると、ようやく順番が来る。二人が入っていくのはお化け屋敷。
「わるいこはいねかー」
脅してくるナマハゲに、きゃっと撫子は大和に身を預ける。彼女の黒髪の流れる背中に手を置き、大和はすたすた歩いていった。
「ぎゃー!」「こわい〜」「作り物じゃない。なに怖がってるの」
後ろからは、すごくよく聞き慣れた声。大和は努めて無視して進む。足元ではお化け草履がうろついていた。
「大丈夫?」
「うん」
きゅっと手を握り、撫子を安心させるように大和は微笑した。
幼馴染の少年に手を引かれながら、撫子は胸をドキドキさせながら歩いて行く。
この後はホテル……。
「きゃー!」
後ろからの悲鳴にビックリし、撫子は大和の手を強く握る。
お化け屋敷から外に出ると、夏の太陽がさんさんと輝いていた。
「ぐぬぬ」
ギリギリと歯を鳴らしながら、ありさは手を繋ぐ大和と撫子を見ていた。真っ赤に血走った目で。
「あの泥棒猫……。今日という今日は」
後ろでへたれ込んでいるリリムとリリスをきっと睨む。二人ともお化け屋敷が心底怖かったらしい。エステルだけは平然としていた。
「あなたたち。今日の作戦を開始するわよ」
ぴんぽんぱーん
大和と撫子がジェットコースターから降りると、丁度園内放送が鳴った。
『ただいまより、イベント会場に、魔法少女がお越しになります。
素敵な魔法少女たちの活躍を、どうぞご覧ください』
「えー!?」
「どうしたの大和くん?」
「い、いや。なんでもない」
おかしいな。今日は『遊園地のイベント会場を占拠しよう大作戦』の予定はないんだが。こうして大和はデートしてるわけで。
園内放送を聞いて、周囲の人たちは早速イベント会場に向かっていた。特に女の子と大きなお友達が多い。
「わー。他の場所が空いてるよ。行こう」
イベント会場に人が集まれば、その分他の場所は空く。
「私、魔法少女が見たいな……」
恥じらいながらも、撫子は控え目に、しかししっかりと言う。
「な、撫子さん……」
嫌な予感がする。とても。
「駄目?」
しかし。撫子さんに見つめられて言われると、否とは言えないわけで。
「う、うん。見に行こうか」
仕方無しに、大和も頷いた。
まあしかし。小さな女の子だって見てるのだ。早々無茶はしないだろう。と大和は楽観的に考えていた。
イベント会場はもう人でいっぱいで。大和と撫子は後ろから立って見ることにした。
「はー。すごい人気だな」
後ろから見ると、小さな女の子や大きなお友達でいっぱいで。魔法少女の人気の高さがうかがえる。
「大和くんは、魔法少女見たことあるの?」
不意に撫子に聞かれ、大和は胸がドキッと鳴った。
「う、うん。見たことあるよ」
見ただけでなく、犯したりしてるのだが。
「撫子さんは?」
「うーん」
こくんと首を傾げる撫子。長い髪がさらさらと揺れる。
「見たと思うんだけど。よく覚えてないのよね」
「はは。そうなんだ」
まさかあんな事があったなんて言えやしない。
ステージを見ると、司会のお姉さんがマイクを持って準備していた。いかにも急に決まったというように慌てた感じ。
魔法少女はいつだって神出鬼没。
そして、みんながまだかまだかと待ちわびた頃、
「ナイトメア☆リリム、ただいま参上ー」
「ナイトメア☆リリス、ゆっくりと参上です〜」
二人の悪の魔法少女が颯爽とステージに登場!
ピンクのツインテールのリリムに、同じくピンクのセミロングのリリス。
「きゃー!」「リリムちゃーん!「「リリスちゃーん!」
わーっと沸き上がる歓声に、二人ともにこにこと笑顔で手を振って応える。
「なかなか人気者じゃないか」
悪の魔法少女ながら、可愛い美少女のリリムとリリス。小さな女の子から大きなお友達まで大人気。
「わー」
隣の撫子さんは目を丸くして、二人の魔法少女を見ている。呆れてるのか驚いてるのか。
そして、二人の魔法少女の後からは、悪魔もやって来た。張りぼての。
「ナ、ナイトメア☆ヤマト、優美、じゃなくって、邪悪に参上」
どすーん
ド派手にずっこける大和に、撫子はさらに目を丸くする。
「だ、大丈夫、大和くん」
「うん……。大丈夫」
なんとか立ち直りながら、ステージを見た。そこにはダンボールで作ったような黒い張りぼてが動いてる。
どうもナイトメア☆ヤマトのつもりらしい。頭には角。
(中身はエステルか……)
彼女だけはこの作戦にあまり乗り気ではなかった。顔を隠した張りぼてのヤマト役になったのだろう。
どう見ても張りぼての悪魔に、会場はザワザワとざわつく。その声を無視し、司会のお姉さんがマイクで声を張り上げた。
「さあ、みんなー。悪ーい悪魔と悪の魔法少女が来ちゃったよー」
アドリブでよくすらすらと言えるな、と客席の後ろで大和は感心していた。
実は司会のお姉さんとは打ち合わせしていない。
「どうしようかー?」
そのアドリブで必死に司会進行するお姉さんの呼びかけに、前列の小さな女の子を中心に声が上がる。
「アリサちゃーん」「アリサちゃんまだー」「アリサー」
「うん。よーし。みんなで呼ぼう。せーの」
司会のお姉さんに合わせ、観客が一斉にその名を呼ぶ。大和も。
『マジカル☆アリサー!』
「はーい!」
みんなの声に応え、バトンをくるくる回し、栗色のツインテールの魔法少女が颯爽とステージに駆けて来る。
「マジカル☆アリサ、ちゃきちゃき行くよー」
「きゃああああー!」「アリサちゃーんん!」「アリサー!」
可愛い正義の魔法少女の登場に、会場は一気に盛り上がる。今までよりも一際大きな歓声。
「わー。すごい人気」
「う、うん」
撫子さんの声に大和はごくっと生唾を飲み込んで応える。
何故だろう。バトンを回すアリサがこちらを見ているような。それも殺気を含んだ視線。
「可愛いー」
しかしその視線に気付かず、撫子はステージに立つアリサを見ていた。
「でも、なんだかありさちゃんにそっくり」
「う、うん。そうだね」
撫子が見てもマジカル☆アリサは大和の妹のありさにそっくりらしい。でも正体はばれない。
「わはは。よく来たなー。マジカル☆アリサ」
リリムがびしっと指を突きつけて言うと、
「よく来たな〜」
ワンテンポ遅れてリリスも繰り返す。
「今日こそは負けません」
「負けない〜」
すると二人はいきなり観客席へと降りていく。
「きゃー!」「リリムちゃんー!」「リリスちゃんー!」
歓声とともにぺたぺた触ってくる観客を突っ切り、リリムとリリスはひたすら奥へと向かった。
「あっ。こっち来た」
二人が目指してるのがここだと気付き、大和は人知れず緊張する。今は人間の姿。
何かとんでもないことをするんじゃないかと冷や冷やして、間近に迫ったリリムとリリスを見つめる。
そんな大和をきっぱり無視し、リリムとリリスは隣の撫子を左右から挟み込んだ。
「さあ、あなた。人質になるのですよ」
「ひーとーじーちー」
「えっ? えっ!?」
リリムが右手、リリスが左手を掴み、撫子を引っ張って行った。
「えっ!? ちょっと待て」
という大和の声はやはり無視。ここで強く命令すれば聞くのだろうが、それでは関係性がばれてしまう。
「あ、あのー」
戸惑う撫子を引っ張り、リリムとリリスはステージに戻って来た。
「さあ、マジカル☆アリサ。こっちには人質がいるんですよ」
「ひーとーじーちー」
そして撫子を前に、アリサと対峙する。張りぼてヤマト(中身はエステル)は後ろで突っ立ってるだけ。
「おっとー。悪の魔法少女は、人質作戦に出たー」
司会のお姉さんが的確に実況。観客からは「ずるーい」「ひきょー」などの褒め言葉が出ていた。
「う〜」
人質役にされステージに連れて来られた撫子は、正義と悪の魔法少女に挟まれ、赤い顔で緊張していた。たくさんの観客がこっちを見ている。
「あなたたち。人質なんて許さない」
くるっとバトンを回し、アリサは高らかに宣言。その瞳が身を縮める撫子と合う。
「えっ!?」
ビクンッと自然に体が震えた。寒さで。夏だというのに。
何故だろう。マジカル☆アリサのこちらを見つめる視線に、怒りが籠もっているような。それも本気の。
「きゃー!」「アリサちゃーん!」「がんばれー!」
アリサの怒りに気付かず、飛び続ける歓声。観客で気付いているのは大和だけだった。
「許さない……絶対許さないんだから!」
ギリリっと歯軋りの音が撫子まで聞こえてくる。アリサは回転させるバトンを止め、撫子に向けた。リリムやリリスではなく。
「マジカル☆ダブルトマホーク」
するとどうだろう。アリサの魔法のバトンの先端のハートマークがぎゅいーんと伸び、鋭い刃になる。
なんと。魔法のバトンが魔法の斧になったのです。
鋭い両刃の斧になったマジカル☆ダブルトマホークを見て、観客から驚きの声が上がる。
「わー!」「はにそれー!」「すごいすごーい!」
無邪気に喜ぶ観客とは反対に、大和の背筋に冷たいものが流れる。
「なにあれ!? なんで刃物?」
しかもその刃が向いているのは撫子さん。
「いや、しかし、まさか……。小さな女の子も見てるんだし」
最前列では小さな女の子が「がんばれー」と無邪気に声援を送っている。そんな女の子の前で無茶するはずが……。
「だ、大丈夫だよな」
周囲の熱気に反し、ツーと冷や汗を流しながら大和はステージに祈るような視線を向ける。
そこでは、バトンから変化した魔法の斧をアリサがぶんぶん片手で回していた。
「ふふふっ」
斧になってもよく手になじむ。これならバトンと同じように扱える。
アリサは考えました。自分も刃の付いた武器が欲しいと。軽量でパワー不足を補うには、刃物が一番。
そう考えているうちに、魔法のバトンが変化したのです。それがこのマジカル☆ダブルトマホ−ク。投げにも使える。
「ダブルトマホークブーメラン!」
回転する魔法の斧がアリサの手からごうっと音を立てて放たれる。真っ直ぐ
前に。
リリムとリリスは掴んでいた手を離し、撫子からさっと離れた。後に残された撫子に高速で回転する斧が迫る!
「伏せろ!」という大和の声が聞こえたかどうか。
「きゃあっ!」
飛んで来る斧に驚き、撫子は思わず腰を屈めた。そのすぐ頭上を斧が通り過ぎる。白い帽子のほんの上を。
回転する斧はそのまま空を通り過ぎ、Uターンしてアリサの手に戻って来た。
「ちっ」
驚きで腰を抜かす撫子を、憎々しげに見下ろすアリサ。
「あ、ああ……」
ギラギラ輝く瞳に見つめられ撫子は身がすくんでしまった。
どうして? なんで正義の魔法少女に睨まれてるの?
撫子には訳が分からない。ただ身の危険だけははっきり分かった。
座り込む撫子に、つかつかとアリサが歩み寄った。リリムとリリスはもう離れている。
「やったー。人質を救出したぞ」
司会のお姉さんにはそう見えたらしい。観客にも人質に取られた撫子を、アリサが救出したように見えただろう。
「待て」
ただ一人大和が焦っていた。本気で。
アリサの撫子に向けられた視線。そしてぐっと握られる魔法の斧。
「小さな女の子だって見てるんだぞ!?」
その女の子たちは、手に汗握ってステージを見上げていた。正義の魔法少女の活躍を。
撫子を冷たく見下ろすアリサが手を振り上げる。その手に握られるのは魔法の斧。
「ひっ……!」
冷たい眼差し、そして鋭く光る刃を、撫子は怯えた眼差しで見上げていた。
観客はその怯えには気付いていない。
「くそっ」
正体がばれるのを覚悟で、大和が変身しようとした、まさにその時。
「わんわん〜」
突如として、ステージに男の子が飛び込んでくる。金髪に犬耳の生えた可愛い男の子。背中にはリリムたちと同じ小さな黒い羽。
その男の子が急に眼前に飛び出し、アリサの手が止まった。撫子に振り下ろされようとしていた斧も。
突然の乱入者に観客もしーんと静まり、
「きゃー!」「かわいー!」「わんわんだー!」
わっと歓声が上がる。
確かに金髪犬耳の男の子は可愛かった。仔犬のような愛くるしさ。
「あいつは?」
変身を止め、大和も犬耳男の子に注目する。この前、川原で会った魔物だ。
「おっと、こうしちゃいられない。今の内に」
観客を掻き分け、大和は前に進む。
「あーっと。ここで新キャラの登場だーっ!」
マイクを手にステージに上がる司会のお姉さん。もちろん犬耳男の子にインタビューするためだ。
観客と歓声に驚き目を丸くする犬耳男の子にマイクを向け、お姉さんは優しく聞く。
「はい。あなたのお名前は?」
「ナイトメア☆ルゥ、わんわんと参上わん」
素直に名乗る犬耳男の子のルゥ。
「きゃー」「ルゥくーん」「かわいー!」
早速歓声が飛ぶ。主に大きいお姉さんから。
「はい。ルゥくんは何が出来ますか?」
「わ、わんわん。歌えるわん」
「ではどうぞ」
マイクを向けられると、ルゥは尻尾と手を振って歌いだす。
「ルゥくん おうたを うたいましょう
わんわんわん わんわんわん
ルゥくん おどりを おどりましょう
わんわんわん わんわんわん」
「きゃー!」「かわいー!」「ルゥくーん!」
歌って踊りだすルゥに、キャーキャーと歓声が飛び。
同じステージ上の魔法少女たちは、取り残されたようにぽかんとしていた。
斧を手にしたアリサも。人質役で連れて来られ、座り込む撫子も。
「撫子さん、撫子さん」
そこにステージの下から大和が声をかける。なんとかここまで進んで来た。
「今の内に」
「う、うん」
大和に手招きされ、撫子はそろそろとステージから降りていく。みんなルゥに注目していて気付かない。
「あっ。しまった」
アリサが気付いたときには、撫子は大和と手を繋いで、イベント会場から抜け出していた。
「遠くに逃げよう」
「う、うん……」
どうして逃げないといけないのかはまだよく分からないが、撫子は大和に連れられるまま小走りで逃げて行く。
引っ張るその手が頼もしくて、表情にはつい笑みがこぼれていた。
「ぐぬぬ」
並んで逃走する二人にアリサはギリリと歯軋り、斧を握る手に力が籠もる。
だが今は動けない。正義の魔法少女だから。人質に取られた撫子をうっかり間違えて亡き者にする作戦はここに潰えた。
「はーい。それで、ルゥくんはここに何をしに来たのですか?」
「はっ。そうだったわん」
司会のお姉さんに聞かれ、使命を思い出したらしい。ルゥは同じステージ上のリリスとリリムを指差し、
「リリスとリリム。ようやく見つけたわん」
「わたしたち〜?」
「何か用ですかー?」
首を傾げるピンク髪の姉妹に、ルゥは肉球のある手を向けて宣言した。
「ご主人様のダミアンお兄様の元に連れて行くわん。わんわん」
「おーっと。ルゥくんが、リリスちゃんとリリムちゃんに宣戦布告だー」
司会のお姉さんが観客に解説してくれる。
「負けるなー」「がんばれー」
相変わらず観客からは熱心な声が飛ぶ。今はどっちを応援してるのか。
「そういや、誰か探してたわね」
悪魔のヤマトに扮した張りぼてを被りながら、エステルが呟く。さらに、リリスとリリムを探していたデカルトやブラストル。
一体何故リリスとリリムは狙われているのか?
「わんわんパ〜ンチ」
その疑問を聞く間もなく、ルゥが仕掛ける。肉球のある掌がリリムをぽふっと殴った。
「はふーん」
するとぐらぐらとリリムの腰が落ちる。すっかり脱力していた。
わんわんパンチ。殴られた者は骨の髄から脱力して腰砕けになる恐るべき攻撃。
「わんわんパ〜ンチ」
「あ〜れ〜」
さらにリリスにも肉球でぽふっとパンチ。だがこちらは崩れない。
「なんだか〜、ふわふわ〜」
骨の髄まで脱力しながら、リリスは普段と変わらなかった。普段から脱力系のリリスには通じないらしい。
「はわわ。効かないわん〜」
「リリス〜バズーカ〜」
反撃とばかり、リリスがピンクのバズーカを出現させて構える。アリサと被り物を被ったエステルは黙って見ているだけ。
「う〜ん」
バズーカを構え、リリスは珍しく悩んだ様子で首を傾げた。ルゥの背後は観客席。
「がんばれー」「まけるなー」
そこには無邪気に応援すえる小さな女の子たちが座っている。
「え〜い〜」
撃つのをやめ、リリスはバズーカの砲身を持って殴りつける。ゆっくりした動作だが、がつーんとルゥの頭に命中した。
「痛いわん〜」
バズーカで殴られ涙目になりながら、ルゥも反撃。
「わんわん尻尾〜」
お尻を向け、半ズボンから生えている尻尾をふりふりして、リリスをくすぐる。
「くすぐったい〜」
身をよじらせるリリス。バズーカがぼとっと手から落ちた。ルゥの尻尾の上に。
「はう〜」
ふりふりしていた尻尾がバズーカに踏みつけられ、ルゥは飛び上がる。
「よいしょ〜」
落ちたバズーカを持ち上げ、リリスは砲口をルゥのお腹に向けた。この距離なら外さない。
「そ〜れ〜」
どかんとバズーカを発射。
「わ、わんわん〜」
お腹に零距離射撃を受け、どかーんと爆発が起き、ルゥは空中高く吹っ飛ばされて行く。
「わんわん〜」
そしてぴかっとお星様になりました。
「勝ちました〜」
ピンクのバズーカを掲げ、勝ち鬨の声を上げるリリス。
「すごーい」」きゃー」「ルゥくーん」「ひどーい」
観客席からは、絶賛と非難の声が両方聞こえてくる。
「えー。それでは、勝利者のリリスさん、一言どうぞ」
司会のお姉さんにマイクを向けられ、リリスはゆっくりと言う。
「リリスは〜、勝ちました〜」
「はい。リリスさんの勝利者インタビューでした」
『わあああああああああああああーっ!!!』
ファンから一際大きな歓声が上がる。
遊園地のイベント会場を占拠しよう大作戦は今日も大成功。
手に手を取って逃走した大和と撫子さんが、あれからどうしたかというと。
「はわー。ラブホテルの中ってこうなってるんだ」
一緒にラブホテルに入っていた。高校生の身で!
宿泊ではなく二時間の休憩コース。ピンクの内装に彩られた部屋。大和は室内を珍しそうに眺め、撫子は帽子を握り締めて固まっていた。
立ち尽くす撫子の和風な美貌はもう耳の先まで赤くなっている。
「ベッドも大きいー」
ぱんぱんとベッドを叩き、そこに腰を降ろす大和。手を伸ばして撫子を呼ぶ。
「おいでよ」
かーっと赤くなっていた顔がとうとうくらくらしてくる。
「大丈夫?」
「う、うん」
ベッドから呼びかける大和に、しっかりと頷き、撫子はふらつく頭を押さえた。まだ目の前がぐるぐる回ってるが。
大きなダブルベッドに座る大和はじっと撫子を見ている。
「あ、あの」
「なに?」
至って落ち着いている大和に、撫子はおずおずと訊ねた。
「そ、その。するん……だよね」
「うん。交尾ならするよ」
交尾。そのはっきりした物言いに、また頭がくらくらしてくる。
「子供できたら何て名前にする?」
「うう〜」
平然としてる様子の大和に、返って緊張が増してきた。
「で、でも、あの、その。ま、まだ早いと思うの」
「大丈夫。子供ができたらちゃんと育てて責任取るよ」
それが女を抱く男の責任。その覚悟がないなら女を抱いてはいけない。
「そうじゃなくて〜」
ぶんぶんと帽子を持った手を振る撫子。
「わ、私たち……その、えと、キ、キスも……」
「ここですればいいじゃない」
ラブホテルのベッドに腰掛けながら、大和はあっさりと言う。
「ムードとか……考えてよね」
「うん」
普段と全く同じ表情で頷く大和。滅多な事では取り乱さないことを幼馴染の撫子は知っていた。
それだけに、告白したときの取り乱しようが印象に残る。もっともあのときは、撫子自身も極限まで緊張していたが。
よくあんな思い切ったことが言えたと自分でも思う。
告白したときの事を思い出し、少し心が軽くなった。
ドキドキ高鳴る胸の鼓動を耳に、大和の隣にゆっくりと腰掛ける。
持ったままの帽子をベッドの脇に置き、彼の方を見た。大和もじっと撫子を見ている。
「あっ……」
間近に彼の瞳が迫り、撫子の瞳が震える。
その大和の瞳は訴える。
『いい?』
撫子は瞳を閉じて応えた。
ちゅっ、と唇に触れる生暖かい感触。背中に回される手。
彼に、キスされて、抱かれてるんだ。
カッ、と体の奥底から熱くなる。全神経が唇に集まったかのように、重なる唇の形まで感じ取れた。
「んっ」
目を開けると彼の瞳は間近。ギラギラと輝く欲望にまみれた瞳。
その瞳を見た瞬間、
「いやぁっ!」
口を離し、撫子は拒絶していた。
それでも大和は抱きしめた手を離さない。腕の中の幼馴染の少女が震えるのを感じ、優しく抱いてやった。
そしてそのままベッドへと押し倒す。
「いやああっ!」
もう一度悲鳴。さっきよりも大きく、悲しく。
大和の熱い体温を上に感じ、靴を履いたままの足がじたばたともがく。
「や、やめ……お願い……」
目に涙が浮かび、声は震えていた。長い黒髪がベッドに広がる。
大和は怯える撫子を見下ろし、広がる黒髪を撫でてやった。
「怖い?」
「ご、ごめんなさい……。今は……」
震える唇で何とかそれだけを口にする。
覚悟は出来てた。そのはずなのに。でも、いざとなると怖くなってしまった。
どうしてかは分からない。まるで体が男の人を怖がっているかのように。
「ごめんなさい……」
閉じた瞳から涙が一筋こぼれる。身も心も捧げたいのに。そうするはずだったのに。
土壇場で拒絶する自分が悔しくて、情けなかった。
涙を流す撫子を見下ろしながら、大和の胸は昂ぶっていた。欲情に。
マジカル☆ナデシコを陵辱したときのことを思い出す。泣き、叫び、そして絶望して、全てを忘れた魔法少女。
またあの時のように犯すのもいい。泣き叫ぶ撫子さんを、瞳が虚ろになり、心が壊れるまで嬲るのもいい。
「好き……」
今にも襲い掛かろうとする大和を、少女の言葉が押し留めた、
「大和くん……好き、です」
瞳を開き、真摯な瞳で撫子は見上げてくる。あの日、告白してきたときのように。
いつもおしとやかで清楚な撫子さん。幼馴染だからこそよく分かる。
それだけに、急に告白してきたときは本当に驚いた。取り乱すほどに。
撫子さんがあそこまで言うとは思いもしなかったと、今でも思う。
告白されたときを思い出し、少し心が軽くなった。胸に溜まった欲情も。
「僕こそ、ごめん」
ごろんとベッドに寝そべり、見下ろす形から撫子さんの横になる。
「慌てなくてもいいよね」
横から見ながら、撫子の髪を撫でていく。さらさらで気持ちよくて。ずっと触っていたくなる。
「ごめんね……」
「謝らなくてもいいよ」
そっと口を寄せ、頬を舐めた。そこに流れる彼女の涙を。
「キスはいい?」
少し遅れて撫子は頷く。恥じらいがちに。
横から彼女を抱き寄せ、そっと口を重ねた。唇を重ねるだけの軽いキス。
今度はじっと見詰め合ったまま、口を重ねたまま、動かなくなる。
熱い。重なる唇が。胸が。股間が。どうしようもなく熱い。疼く。
互いの高まる熱を感じ合いながら、今はそれ以上の行為に及ぶことはなかった。今はまだ。
「ふー」
口を離し、大和はふっと息を吐いた。
そして見詰め合う撫子とくすっと笑い合う。
「撫子さん。好き」
撫子の顔がさらに赤くなる。
「大和くん。好き」
大和の表情は変わらない。
ラブホテルのベッドの上。靴を履いたままの足を宙に投げ出し、幼馴染は熱く見詰め合っていた。
「好き」
「大好き」
「僕も」
ただ好きと言葉を交わし、くすっと笑う。
大和の手が撫子の白い手を取り、自分の口に持っていった。その指の先端を、ぱくっとくわえる。
「あっ……」
いきなりの事に声が漏れる。でも拒絶はしなかった。
ちろちろとくわえた口の中で舌が指の先端を舐めていく。指紋の形をなぞるように。
「んっ」
くすぐったさに撫子は微かに身をよじった。指先がこんなにも敏感だと初めて知る。
指をしゃぶられながら、撫子も大和の手を取った。同じように口に持っていく。
「お返し」
そして大和の指をぱくっとくわえた。
大和の指先は硬くて逞しくて。ちゅっと口に含んで、先端をちゅるちゅると舐める。
「んぅ」
むず痒さに笑みを浮かべながら、大和は自分の指を舐める撫子さんを潤んだ瞳で見詰める。
今は指だけど、これがちんこだったら……。
くちゅくちゅと指先を舌が回り、指紋に添って唾液を付けていく。
大和も負けじと、口の中のしなやかな指をちゅーと吸った。
「んふっ」
「ふふっ」
お互いに指を舐めながら、微笑を浮かべ合う。
ラブホテルに入ってやることが指の舐め合い。なんだかおかしい。
でもそれが、二人ともなんだか嬉しかった。今はそれでもいいと。
でも。いつかは。
ちゅーと指を舐めながら、むず痒さに身悶え、さらに強く吸っていく。
結局、二時間が過ぎるまで指を舐め続け、ラブホテルを出る頃にはすっかりふやけていた。
「ふふっ」
大和に散々しゃぶられ、ふやけた指先を見詰め、撫子はその指を大事に抱える。
そんな撫子を横目に、大和は別の事を考えていた。
帰ったら、妹にお仕置きしないと。
「ただいまー」
「お兄ちゃん、遅かったね」
家に帰ると、早速ありさが出迎えてくれる。微妙な笑顔で。
「見て見て。遊園地の無料乗り物券もらっちゃった」
イベント会場を占拠した報酬なのだろう。
「ありさ。こっち来なさい」
硬い表情で呼ぶ大和。
「なーにー?」
無防備に近付く妹に、大和は右手を振り上げ、
ぱちーん
甲高い音が響いた。
「きゃっ」
見ていたリリムが思わず目を背ける。リリスは目を丸くしていた。エステルは動じない。
「え……?」
信じられない、と言った感じでありさは目を丸くし、自分の頬を押さえる。
兄に平手打ちされ、赤くなった頬を。
叩かれた、という認識とともに、じんと痺れてきた。
「お、お兄ちゃんが……お兄ちゃんがぶった……」
ぽとりと涙がこぼれる。痛いからじゃない。兄にぶたれたというショックで。
「今日のはやりすぎだぞ。撫子さんをみんなが見ている前で」
「う、ううぅ……。うわああああぁぁぁーん!!!」
大声で泣きじゃくると、ありさはだだっと階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込んでいった。
「わああぁーん。うわああああぁぁぁーん」
二階から聞こえてくる泣き声に、大和ははぁと盛大にため息。ありさを叩いた手の平をじっと見詰める。撫子さんに舐められていた指先も。
「うわー。ご主人様、ひどいですー」
呑気に言うリリムに、じろっと大和は目を向けた。
「お前らも同罪じゃー」
そもそも、撫子を人質に取ったのはリリムとリリスである。
「リリスはー、ルゥくんにー、勝ちましたー」
「うん。それは凄い」
あの後を大和は見ていない。ルゥはリリスに負けたようだ。
「お仕置きとご褒美だ。リリスは脱げ」
「は〜い〜」
ピンクのドレスをゆっくりと脱ぎだすリリスの横で、リリムはうーと指を咥えている。
「リリムはー?」
「だからお仕置き。見てるだけの」
「えー。ご主人様の悪魔ー」
「悪魔だよーだ」
そして大和は、まだ脱ぎかけのリリスを抱きかかえるのだった。
その頃。リリスに吹っ飛ばされたルゥくんは。
「う〜んわん〜
公園の木の枝に引っかかり、ぐるぐると目を回していた
「あらあら。まあまあ」
そこに近付く一人の若い女性。
「やーん。かわいー」
喜色を上げると、女性はよいしょっとルゥを担ぎ、お持ち帰りしてしまう。
「うふふ。今日は良い日だわー。こんな可愛い子を拾うなんて」
ルゥの貞操に危機が迫る……!
(つづく)