伊万里の家族はといえば、たった一人母親のみである。
名を、冬代コトリ。
朝から晩まで働き、しかしその疲れを一切見せずに、伊万里に笑いかける。そんな女性である。
基本的にまったく怒らないのだが、公園での死闘の後、こっそり戻ってきた伊万里と、そしてアリスも彼女の前で小さくなっていた。
衣服など、守護闘衣を解除した後は元に戻るので、表面的にはまったく無傷で問題のない二人。
だから単純に夜遊びをし過ぎたのだとコトリは判断した。
長い間怒り、最後には泣きながら抱き締められて非常に申し訳ない気持ちになった二人だった。
「ごめんね、おかーさん」
「ごめんなさい、コトリさん」
「反省したのなら良いの。さあ、ご飯を食べましょう、もう大分冷めてしまったけれど」
叱るべき事柄が終われば、いつもどおりの母に戻っている。
こういう切り替えがしっかり出来る大人に、アリスは非常に好感を持っている。
夕食を食べた後、シャワーを浴びて、二人は部屋に戻って一緒のベットに入った。
向かい合って横になる。いつもなら直ぐに眠ってしまう。普段ならとっくに眠る時間なのだから。
「本当……何から何まで悪いわよね……」
「え?」
「ここにいること」
怪我をしてここに運び込まれて、アリスはコトリに魔術にて記憶の操作をした。
この場所に住んでも問題のないように、アリスはここにいて良い存在なのだと操作したのだ。
だから平然とこの家に出入りしているのだが、最近コトリの人の良さに罪悪感を覚え始めていた。
「おかーさんは何も気にしていないよ?」
「それは、私が記憶を操作したからであって……」
「そうでなくても、おかーさんは気にしたりしないよー」
「……あなたも巻き込んだし」
「それも、大丈夫」
真剣な目でアリスが言うと、伊万里は少しだけうつむき加減に言った。
「でも、……怖かった」
「ん、そうだね」
小さく震えている。ここまで耐えてきたのだろう、魔族による陵辱があったのは、まだ数時間前なのだ。
ここまで彼女が耐えられる理由がわからないが、少なくとも自分よりも心が強い存在なのだとアリスは思えた。
震えている両手を、自分の両手で包むようにすると、伊万里は顔をクシャリと歪めてアリスの胸に顔を埋めた。
それを抱きかかえ、泣き疲れて眠るまで、そうしていた。
●
「アレがお前の妹……?」
横目で深い紫色の外套に身を包んだ少女が、エリスに静かに呼びかけた。
だが反応がない。
そして反応がないエリスに振り返り、首を傾げた。首に取り付けられた、紫色の首輪が小さく揺れる。
名前は存在しない。正確には人間ですらない。
酔狂な魔族の一人が、捕らえた人間や、優秀な魔法使いの赤子などを解体し、良い部分だけを再構築して作り上げた少女だ。
魔族の肉すら使われているため、身体的に人間とは違う部分が存在する。
それは普通の耳よりも、獣の耳のほうが攻撃的な行為に非常に役立つと、前方に集中できる耳が付いていたり。
腰からは敵を打ち据える、もしくはどこかに掴まるなど優位に働く、太く強靭な尻尾が生えていたり。
それ以外は肉体的に完全に人間の女と変わらない身体を持ち、内包する魔力はエリスに及ばないまでも、その質は恐ろしく高い。
手に持っているのは、先端にギミックの付いた杖。漆黒色でオレンジの宝石が小さくあしらわれている。
ロッドに見えるが、本来の力を今は秘められていた。
エリスに付いて、当分は自分の実力を把握しろと創造主に言われた。生まれて初めて創造主に与えられた命令だ。
だから彼女が動かなくては何も出来ない。なので黙ってエリスを見つめる彼女。
「……ごめんなさい」
一体誰に向けた言葉なのか、エリスはそう言って飛び上がった。目標がいる場所とはまったく反対の方向へ。
その行動の意味は理解できないが、彼女もエリスの後に続いた。
エリスは蹂躙された。体の全てをむさぼりつくされた。
それでも精神と心とその意思だけは保ち続けた。恐るべき精神だった。
だが、そんなエリスにも長く魔族に犯されているかな『弱点』を作ってしまった。
その弱点を巧みに利用し、エリスを懐柔した。
そしてその魔族が自分に下した始めての命令が、妹を捕らえて来い、という物だった。
そもそもその魔族は、エリスが隠していたアリスの存在に気が付いていた。
結界は破けないまでも、手段はいくらでもあった。だがアリスの能力にそれほど興味を示さなかったのだ。
その時は。
だが今回、エリスに付いてきている少女の、さらに高位なる存在を作りたいと、酔狂な魔族が良い始めた。
はじめはエリスを引き渡せといってきたのだが、エリスの主である魔族はそれを拒否。お気に入りだから駄目だといったのだ。
エリスの『かけら』とも呼べるべき存在を引き渡したが、それでは足りないと言う。
だったら、代わりに彼女の妹ならばどうだろうと、そう持ちかけた。
その結果、アリスを連れてくることになった。
素体自体が良いらしく、精神は必要ないから崩壊させてでも無傷で連れ帰って欲しい、というのが今回の命令だった。
必要なのはアリスの身体。その身体に最高の魔力を秘める力と、精神を詰め込むらしい。
しかし、三年ぶりに見たアリスの顔で、エリスに躊躇が生まれた。
時間はまだある。だから少し覚悟を決める時間が必要だった……。
●
「ん〜〜〜っ、おはよっ!」
「…………おはよう」
朝一番、昨日の泣き顔などまったく感じさせない元気な顔で、ベットから抜け出して伸びをしている伊万里。
それに、めちゃくちゃぼさぼさ頭のアリスが答える。
とても低血圧なアリスだ。ぼけぼけと細めた目でふらふらとベットから抜け出した。
「よぉっし! 朝のランニングだよ!」
「……まだするんだ。前にも言ったけど、あまり体力とかは関係ないよぉ……?」
伊万里は、アリスに力を貰ってから、毎日体力をつけると早朝ランニングを欠かさない。
だが、そもそも守護闘衣を着て戦うことは、体力よりも魔力の消費に焦点が置かれているため、
いかに魔力配分がうまく出来るかが勝負の分かれ目になるのだ。
「だーめ、アリスちゃんもいくのっ!」
「うう……だっこ……、そうしてくれればいく」
朝一番のアリスは、とてもわがままで甘えん坊だったりする。
「しないー」
「じゃあ眠る……二度寝、おやすみぃ」
冬代家では、母コトリが朝早くに出勤するため、誰も起こしてくれない。伊万里ですら、一人で起きなくてはずっと眠りっぱなしになるのだ。
なので伊万里は朝が強い。母に迷惑をかけないようにと、そう思っているからこそ朝早いのだ。
一度抜け出したベットに、またダイブするアリスを引っ張り出す。
「いーくーのー」
「いーやぁ〜」
二人のこのやり取りを毎朝十分は繰り返す。時間的にまだまだ余裕のある朝だと言っても、
たとえ今が夏休みなのだと言っても、アリスの駄々っ子ぶりには流石に伊万里も呆れていたりする。
。
何とか外に連れ出し、町内を軽くランニング。
そして家に戻って朝食を食べる頃にようやくアリスのエンジンが掛かり始める。
朝食を作るのは伊万里の仕事だ。お弁当すら作る万能ぶり。
魔力の制御技術以外では、全て負けるだろうなとアリスは思っていた。
(瞬間的なら、私よりも強い一撃を放てるだろうしな……)
そう考えるなら、そもそも武器の形が大鎌ではもったいない。
(形状変化……。出来るのかな)
そもそも魔族の武器であるそれを、変化させようなどとは考えない。そのまま使ったほうが使いやすいからだ。
そして何より、自分の一族はそれを扱うための訓練を続けてくるのだ。
その武器を扱うための訓練だからこそ、その武器以外に変質させる必要性がない。
しかし伊万里の場合、どう考えても大鎌では問題があるのだ。戦闘スタイルと言う考えで行くならば、伊万里は遠距離砲撃が良いだろう。
制御力はそれほどうまくないから、小回りの利く遠距離射撃ではなく、強力な遠距離砲撃。それが伊万里らしいスタイルだと思われる。
(やろうと思えば、月光閃華と組み合わせで、……できるかな)
考えてみるのも悪くないかもしれない。
ともかく伊万里はパワータイプである。瞬間的魔力放出が強いのならば、武器自体を突撃系にしても良いかもしれない。
ロングレンジで高威力砲撃、
クロスレンジで突撃。
頭の中で思い浮かべると、しっくりと当てはまる伊万里の姿だった。
(もう、あんな目に遭わせたくない。だから、もっと強くなってもらう)
自分自身も含めて……、それがアリスの考えだった
某所ホテルのスイートルーム。要人御用達の防音完備の高級な部屋。
「魔力を集めておくことにしよう」
そう言って彼はいつも通り、変わらぬ顔でその黒玉を取り出した。
エリスはそれを見るだけで真っ青になる。
男がそれをワインレッドの上品な絨毯の上に放ると、直ぐに……そう、表現するなら黒い光を撒き散らしながら膨張していく。
マグマが煮え立つような音を立てて膨張し、その形を猫背の化物に変えていく。
腕の太さのみでエリスの体二人分の質量はあるだろう、その巨躯。
口内は暑いのだろうか、冬で温度が調整された室内でも蒸気が溢れ出ている。
内包する魔力の熱膨張が体の中で起こっている証拠だった。
大きさは三メートル強。室内の天井に当たりそうなほどの高さだ。
「また、……大きくなってる……」
「それはそうだろう。お前の魔力を吸って生きているんだ」
「そ、んな……だって、前はもっと、小さかった……」
以前見た姿とは全然違うその存在に、エリスの顔は青ざめる。
その化物は、黒玉から本来の姿を取り戻した瞬間、こんなことを口に出した。
「……ママ……」
その呼び名にエリスの身体が硬直した。
口を開き否定する言葉を吐き出したかったが、出来なかった。
「ジャバウォック、魔力を蓄えろ」
言われるまでもなかったのだろう、目の前のエリスを見てその化物は“そうすることしか”考えていないのだから。
「うそ……いや、無理です……」
びちゃり、と指だけでエリスの頭蓋を砕くことが出来そうな手が、ゆっくりと彼女の頭に触れた。
圧倒的な大きさの違い。
「う、くっ……やっ!」
そしておもむろに引き寄せる。
手に入れたおもちゃを喜び弄ぶように、ジャバウォックと呼ばれた化物はエリスの身体を抱きかかえた。
腹部が存在する場所には、口とはまた別の、大きな漆黒の口が開いている。
「やだ……やだっ……無理……っ」
「何を言っている、一度お前がひり出したものだろう? 受け入れるのも簡単だ」
男は相変わらず冷酷に笑ってみせる。
「いわ、ないでっ! 言わないで言わないで言わないでっ!」
否定したい現実だった。
この存在が、自分が生み出した存在だと、エリスは否定したかった。しかしいくら否定しようとも、この存在はエリス自身が生み出した存在だ。
「いわな―――くっ、あ……ふわああぁあああっ!」
両手をまとめて片手で掴み上げられ、片足を握りこまれ股を開かされた。そして秘所に向かい太く長い触手が一本突き刺さった。
「あぎっ、うっ、うああああッ!! やあーーッ!」
瞳孔を凝縮し、始めの痛みに悲鳴を上げる。
ごつごつとした触手は一本、エリスの奥へ入り込む。これはまだ愛撫のレベルだった。
ジャバウォックは己が触手を使い、エリスを弄んでいく。
「はっ、はっ、はっ、んんあぁあああああッ!」
ゆっくりと抜き差ししながら、時折子宮を貫かんばかりの勢いで叩き込む。
「やあああッ! いッ、いたいぃッ! いやあああああッッ!」
一通り楽しんだのか触手を引き抜き、ジャバウォックはエリスのベットの上に下ろしうつぶせにする。
抵抗する術を持たないエリスは、成すがまま腰を抱き上げられる。
「……ッ!? や、なに、それ……っ」
今まで大量の魔族に蹂躙された身であるのに、その大きさはいまだかつて見たことのない太さ。
ジャバウォックの男根。腹部から突き出したその太い存在は、出した瞬間熱気を感じさせた。
波打つたびに焼けるような熱さを肌に感じる。
「やだ、やだやだっ、そんなの入れないでッ! ふ、わああッ! あつ、あついひぃッ!」
触れただけ。秘所の入り口に男根の先端が触れただけで、焼けるような熱さをエリスは感じ取った。
破壊と回復が繰り返されるエリスの身体はまだ美しく、その秘所も昔と変わらない縦筋でしかない。
太い物を受け入れるたびに、処女のときと同じような痛みに襲われる。いつまで立ってもなれない行為。
その上で、この巨大な男根と、その熱さ。
エリスは恐怖する。今まで何度も味わってきた陵辱の中で、最も恐怖するのは、
もう一度同じように何かを産む事になってしまうことと、
それが自ら生み出した存在により、行われること。
背徳的なその行為に、エリスは恐怖する。
「だめッ! 入れないで、おねがい、ねえっ! 駄目だよッ、こんなことしちゃ駄目なんだよっ!」
必死に訴えかけるが、自分が生み出した存在だと言うのに一度たりとも言うことを聞いたことはない。
止まってくれない事などわかっているのに、それでも必死に訴えかける。
「だめぇええええっ! う、くぅあああッ、あつ、熱いッ! やだやだ、いたあああああっ!」
掴まれたと言うか、握りこまれた腰が無理やり引き込まれる。小さい穴に無理やり入れ込もうという行為に、
ジャバウォックは子供のような興奮を覚えている。
「ママ……」
「ひやああああああッ!」
呼ばれるだけで、エリスは悲鳴を上げた。
叫ぶエリスの口内に、背後からジャバウォックは長い舌を挿入する。大きな口はエリスの顔を人のみ出来るほどだ。
「うッ、うッ、んぐううぅうッ!」
涙を流しながらその行為を受け入れる。
そして両足を巨大な手で握りこみ、大きく水平に開いてしまう。
「うぐぅうッ!?」
そして一気に腰をたたきつけた。
「うぎぃっぃぃぃぃぃいいいッ!」
膣道を焼きかねない熱さを持った男根は、エリスの中奥深くへ入り込んだ。
「熱いッ、熱いのッ、やだああぁああっ! う、ひぎぃッ!!」
ずるん、と抜かれる。
「あぎっ!?」
そして同じ速度で貫かれる。
大きな化物が小さく小柄な少女を蹂躙し続ける。
「は、はひゃああッ! ひくっ、ふわっ、んくうっッ!」
そして一時間ほど同じように蹂躙され続け、痛みや熱になれた頃、
「ママ……デル……」
「……ッ!? や、だめっ、それだけはッ、やだぁああッ! ひくっ、ふわっ! だ、さないでおねがいやだっ!」
必死に叫ぶが、ジャバウォックはただ出すためだけに腰を動かす。
「動かしちゃ駄目、駄目なんだからっ、いぎっ!! 」
一番奥に、叩きつけられる。そしてそのまま動かなくなる。
「あ……あぁ……―――!!! あつついぃいいいいッ! ひやぁあッ! あつい、熱いのッ!
もう出さないで出さないで、おねがいもういやッ、産みたくないのっ! やだーーーーーッッ!」
もがき叫んでも、エリスを助ける物など存在しなかった。
「う……ぁ、ひ、ヤ……、おね、がい……もう、いや、なの……」
そんなエリスを、じっと部屋の隅で見つめている少女。
紫の外套と、紫の首輪の少女だ。
行為が終わったあと、ベットに沈み込む彼女。疲れ果てて気絶するように眠っている。
(名前……なんて言ったかな。エリスか)
未だに良くわかっていない。
名前からなにから。いや世界そのものを理解していない。
なにがどう、なのか。
よくわからないのだ。
理解しているのは自分の創造主と、自身の持っている武器『シルバーライニング』のことだけだ。
漆黒の杖は、魔力を込めることでその形状を変える。黒き刃が伸びて剣となるのだ。
魔族の武器ではなく、彼女の体の中に“誰か”が使っていた武器であるらしい。だから扱うための素養は持っていた。
「おい、お前……。名前はなかったんだったな?」
ジャバウォックをしまいこみながら、男は問うてきた。
「……うん」
名前の必要性を感じないから、気にもしていなかった。
「不便だ。名前を考えろ。俺のことも、こちらの世界ではクロウと呼べ」
「……クロウ。わかった。でも私は名前はわからない」
「適当に考えろ」
適当に考えろ。
適当とは適切に当たるということであり、ふざけた態度で考えることは許されない。
知識はある。ただ、それを活用できる柔軟性が、彼女には存在していない。
自分は紫だ。装飾から何から全てが紫色。肌の色を除けば金髪と碧眼のみが、彼女の色だといってもいい。
そんなことを考えている彼女の前で、クロウは立ち上がってコートを羽織った。
「俺は出かける。長期でこちらに居座ることになりそうだからな、少し視察だ。エリスが起きたらそう伝えておけ」
「うん」
頷く。
出て行く彼を目線で見送り、そしてまた考える。
結果、彼女は名前を思いつくことがなかった。
○○○
結論からして、アリスは月光閃華を捨てることにした。
簡単に言えば、伊万里にはブラッドサイズを杖とし、月光閃華を付与することで砲撃が出来る存在として生まれ変わった。出力部分を月光で追加し、エネルギーの充填はサイズで可能とする。
瞬間的に排出されるエネルギー還元率を最大にし、魔力砲撃を可能としたのだ。
それが一つの形。
もう一つは、その砲撃エネルギーを瞬間的に固めて、光の穂先を作り出すことも出来る。
完全にまとめることが出来なかったエネルギーは伊万里の身を包みこみ、突進力と防御力を追加する怪我の功名となった。
アリスはその効果を見て、自分の戦闘スタイルも変更することにする。
防御力を引き上げたその力を利用し、己がブラッドサイズの形を直剣として加工し、その力で包むことで威力を増大。
瞬間的に放出することで、遠くにいる存在に斬撃を与えることも可能となった。
守護闘衣の各部に、小さな光の翼が生えているのは、加速性を高め、伊万里とは違う小回りの利いた器用な動きを可能とした。
二人とも、その戦闘スタイルに合わせた戦い方を、徐々に掴みつつあった。