透の放った魔法は家を貫いた。家は支えを失い崩れだす。砂埃が舞い、辺り一面を覆った。
地面に投げ出されたモニカとサラは絶望的な思いで辺りを見回した。視界はなかなか晴れない。
「良かった……間に合って……」
砂埃の中から微かに声が聞こえた。幾つかの影が動いているのも見える。
「何でだ……どうして来た!?」
透の声が辺りに響いた。怒りと戸惑いと悲しみが入り混じったような叫びだ。
杏達三人は魔法が直撃する寸前で葵に助けられていた。硬く閉じていた目を開いた杏は、自分を抱きかかえる葵の姿をぼんやりと見つめる。
「葵…ちゃん?」
次第に思考力が戻ってくる中で、杏は涙が溢れるのを堪え切れなかった。
(やっぱり葵ちゃんは敵じゃないんだ。私を助けてくれたんだもの)
安堵で体から力が抜け落ちそうになるが、すぐに今の状況を思い出す。涙をグイと拭い立ち上がると、再び透に向かい合った。
透は呆然としている。葵がこの場に現れたことが信じられないような表情をしていた。
「俺はお前のために、ヴァイスを倒そうとしていたんだ。なのに、なぜお前が邪魔をする?」
葵に訊ねる。
「もういいよ。私のためにこれ以上杏ちゃんたちを傷つけないで。私は友達を犠牲にしてまで人間には戻れない」
その言葉に透は混乱した。自分の全てを捨ててでも葵を救おうとしたのだ。しかし、差し伸べた手は払われてしまった。そこには一体何が残るのだろう。自分は誰のために戦っていたのか。何のために存在していたのか。絶望。悲しみ。憎しみ。そんな感情がいくつも混ざり合ってこみ上げてくる。
「うおおおぉぉぉぉっっ!!!」
気が付くと透はがむしゃらに杏に襲いかかっていた。混乱の中で正常な判断能力はなく、抑え切れない感情の爆発に身を任せたのだ。
そのような状態では力を充分に発揮できない。今の透が杏に敵うわけが無かった。
杏は透の放った魔法を受け止めると、さらに自分の魔力を注ぎ込み、透へと打ちはなった。
それは透を直撃する。地面が振るえ、煙が立ち込めた。

煙が晴れたとき、そこにあったのはボロボロに傷つき倒れた透の姿。集中力の低下で障壁すらもうまく維持できなかった透はその一撃で深く傷つき、すでに魔力の大半を失っていた。
「終わりだね……」
杏が小さく呟く。この街を魔族に襲わせていた透は杏に敗れた。この街での戦いはひとまず終わりを告げたのだ。
カザミやカナタ達を縛っていた闇の束縛もいつの間にか消えていた。皆ヨロヨロと杏の元へと集まる。
透は仰向けに倒れたまま、暮れた空を見つめていた。体はもうあまり言うことをきかない。しかし、最後の力を振り絞って何とか立ち上がる。そして無言で杏達に背を向けると、覚束ない足取りで歩き去ってゆく。
杏達はどうするべきか分からなかった。あの様子ではもう人を襲い魔力を奪うことも出来はしないだろう。
だが葵は透の後を追うように駆け出した。
「葵ちゃん!!」
杏は必死で呼び止める。やっと手の届いた葵を失いたくなかった。
葵は一度足を止め振り返る。
「ごめんね、杏ちゃん。私はあの人を支えてあげなきゃいけない。でも、絶対にもう人は襲わせたりしない。それは約束するから」
葵は透と杏の会話を聞いていた。自分のために透はヴァイスを倒そうとしたのだ。その方法は間違っていたかもしれないが、葵に今の透を見捨てることはできなかった。
杏は葵の決然とした表情に何も言うことができず、ただ俯いた。
「きっと、いつか帰ってくる。だから、また」
葵はそういい残すと透を追いかけて走り去っていった。


「どうして付いて来た。もう俺には力がない。お前が俺といる意味なんてないだろう」
フラフラと歩く透の体を支える葵に、透は反発するように言う。しかしその言葉には覇気がなかった。
「私とあなたは仲間だもの。ヴァイスに呪いをかけられ、共に苦しむ仲間。放っておけないよ」
葵は優しく言う。透はきっと人の心を残していたのだ。今までも心のどこかで苦しんできたのではないか。このまま一人でいれば力が枯渇して死ぬだけだ。非力な人間を襲うだけの力も気力も残っていないことはすぐに分かった。
「私と一緒にいよう。きっと、人間に戻る方法があるよ。諦めないで」
「それは無理だな」
そう言い放ったのは透ではなかった。葵は現れた気配に身構える。振り向くとそこにはヴァイスが立っていた。
「俺を倒そうなどとは無理な話だ。例え同じだけの力を手に入れようと、その力を使いこなせるだけの能力もないだろう」
葵はヴァイスを見据えながら極限の緊張状態にいた。透が自分を倒そうと企んだことをヴァイスは知っている。透と葵の命の保障はどこにもなかった。
だが、ヴァイスは二人には興味をなくしたように目をそらす。
「お前達にはがっかりしたよ。役立たずの死に損ないに興味はない。どこにでもいけ。そこでのたれ死ねばいい」
ヴァイスはそのまま姿を消した。葵は急に緊張の糸が切れ、その場に座り込む。透も支えを失って倒れこんだ。
「お前だけでも魔法少女達と一緒にいればいい。奴らはお前のことを受け入れるだろう」
弱々しい声で透は言う。だが葵は首を横に振った。
「だめ。あなたを見捨てることは出来ない。私決めちゃったもの。あなたと一緒に、人間に戻るって」
葵は微笑んだ。透はその笑顔に胸を締め付けられた気持ちになる。
「大丈夫。私に考えがあるから。まだ道はあるよ」
言うと葵は再び立ち上がる。そしてまだ起き上がれていない透に手を差し伸べた。
透は少しためらいながらもその手を取り、何とか立ち上がる。
二人はゆっくりと歩き出した。