ケンゴはあっという間にサラに組み伏せられた。背が高く屈強な男が少女に歯が立たないといった光景は一見不思議なものだ。
サラにはあまり魔力が残っていなかったが、身体能力を強化する程度の最低限の余裕はまだある。
「く…お前、一体何者だ…」
少女なのにこの力、確実に魔法使いのはずだ。しかし、ケンゴはこの少女に見覚えが無かった。魔法少女の数は少ない。こんな赤毛の魔法少女がいれば覚えていてもおかしくないはずだ。
「まさか…闇魔法族か!」
考えた結果、ケンゴはその結論に至る。
「そんなことはどうでもいいの。光も闇も関係ない。私はあの子を助けに来たんだ。」
サラは慌てていた。他の連中に見つかったら終わりだ。なんとか魔法でこの男の気を失わせるか…。しかし今魔法を使えば、モニカを助けるための魔力すらなくなってしまう。
「あの子…まさか、モニカのことか…?」
ケンゴは戸惑う。何故それを知っているのか。それに一体何故、闇魔法族の少女が助けに来るのか。しかし、すぐに納得する。
(そうか…種族なんて関係ないか…)
そう。あんな非道なことが行われていることを知れば、光も闇も関係なく止めようとするのかもしれない。

全く予想だにしなかったサラの存在は、ケンゴにとっては渡りに船といったものだった。自分ではサラを助けることが出来ない。ならば、この少女に託せば…。
「君は、あの子を助けてくれるのか?」
思いもしないケンゴの言葉に、サラは呆気に取られる。
「は?どういうこと?あなた達があの子を拷問してるんでしょう。」
「我々も一枚岩ではない。俺は止めたいが、立場上どうしてもそれが出来ないんだ。君が助けてくれるのなら、協力しよう。」
サラは困惑する。この男の言うことを信用していいものか。しかし、サラには他に選択肢が無かった。
「わかった。場所を教えて。」
立場に縛られて助けられないなど、馬鹿馬鹿しいことだとは思ったが、そんなことは今はどうでもいい。
「地下だ。この先を曲がったところの階段を使って行けば、あまり人とも出くわさずに済むだろう。部屋にいるのは一人だけだ。あまり大きな騒ぎにさえしなければ、帰りもその階段前の窓からすぐに脱出できる。」
サラはケンゴから手を離すと、真っ直ぐに走り出した。
ケンゴは痛む体を抑えながらサラを見送る。他の者がこの道を通らないように見張っておく可能性があるだろう。サラの成功を祈り、ゆっくりと立ち上がった。


サラは急いで廊下を進む。地下へと進む階段を一気に飛び降りると、微かにモニカの悲鳴が聞こえてきた。数本の松明の明かりが灯るだけの暗い通路を駆け回り、その出所を探す。モニカの声がする部屋を探り当てると、少しだけ息を整えてから思い切り木製の扉を蹴破った。扉はそのままの形で倒れ、暗く陰鬱な雰囲気の漂う監獄のような部屋にバン!と大きな音が響き渡る。
鞭を握り締めた男が何事と振り向いた。しかし、男が何が起きたのかを理解する前に、サラは右手に込めたありったけの魔力を男の顔面に打ち付けた。男の体を電撃が走り、少し痺れるように体を震わせた後、床に倒れこむ。完全に気絶していた。
「大丈夫っ!?」
サラは壁にはりつけられているモニカに駆け寄る。
モニカは酷い有様だった。鞭でつけられたと見られる傷で肌はズタズタに切り裂かれている。体を包んでいたローブは、前面が完全に失われ、ボロボロのコートのようになっていた。鞭の傷は顔にさえ及んでいる。辛うじて残る下着は失禁の跡で湿っているのが分かった。
サラはモニカの手足を拘束する鎖を力任せに引き千切る。急に自由になった体に、モニカは自分を支えることも出来ずにサラに向かって倒れこんだ。
サラはモニカの体を抱え、すぐさまこの場を去ろうとしたが、急に目の前が眩む。
(く…っ…まずい…魔力がもう限界…)
怒りのあまり、男を倒すのに魔力を使いすぎてしまったか…。このままではサラを連れて逃げることもままならない。どうすればいいのか、悩むサラの服をモニカの手が掴んだ。
「あれ…あれを…鳴ら…して…」
モニカは机を指差し、途切れ途切れになりながらも声を絞り出す。
サラが机の上を見ると、小さな鈴が置かれていた。一体それを鳴らすことで何になるのかサラには分からなかったが、今はどんな小さな希望にもすがるしかなかった。サラは鈴を鳴らすが、特に何が起こることもない。ただ普通の鈴の音が、モニカの体から流された血の匂いが漂う部屋に響いた。

しかし、それは確かにカナタの耳に届く。
「聞こえた!感じる…。城の地下だよ。そこにモニカちゃんがいるはず!」
先程魔法界に到着したばかりの杏達はモニカがどこに連れて行かれたのかが分からず迷っていた。だが、鈴の音がモニカの居場所を示した今、迷うことは何もない。杏達は城内へと侵入した。どうせ、モニカを救い出したなら杏達の仕業だと知れるはずだ。それならば、見つかったところで大差はない。杏達は人に見られることも気にせず、城内を走り抜けた。しかし、地下へと下る階段へと続く道の途中で、男がその道を塞いだ。
「おい!何をしているんだ。この先は無関係なものが立ち入っていい場所ではないぞ!」
ケンゴは声を上げる。モニカが助け出されるまで、他の者を通すわけには行かない。しかし、杏達の姿を見ると驚きに目が見開かれる。
「お前達…!」
「お願い!どいて!私達はモニカちゃんを助けないといけないんだ!」
杏は叫ぶ。カザミは実力行使も辞さないとばかりに両手を前に構えていた。
ケンゴは安堵する。この少女達もモニカのことを案じて助けに来たのだ。これで確実にモニカのことを助けてやれる。
「分かった。だが、お前達が無理に押し入ったとなったら、うちの老人どもが黙っていないだろう。老人どもが気づく前に、長に事態を任せる必要がある。俺は立場上、老人どもに面と向かって逆らうことは出来ない。お前達が直接長に魔法で知らせておいてくれ。」
「あんた、非魔法主義者の一人でしょ?顔を見たことある。なのにあたし達に協力するの?」
カザミは訝しげな目でケンゴを睨む。
「俺はあいつらの思想には賛同していない。ただ、目指すもののために利用しているだけだ。俺はお前達魔法少女を極力サポートするべきだと考えている。」
カザミはその言葉の真意を探るようにしばらくそのままケンゴを見つめた。
「わかった。とりあえず、今はあんたの言葉を信用する。長に任せて大丈夫なのね?」
どうせ、全面的に対立することも覚悟していたのだ。それならば、少しでもマシになる可能性のある方法に賭けてみてもいいだろう、と判断した。
「ああ。あの人はあくまで中立の立場だ。老人どもに流されがちではあるが、モニカを救出できればさすがに今回の出来事に黙っていることはないだろう。」
モニカが死んでしまった後なら何を言っても遅いだろう。彼らによって、穢れた者は裁きを受けた。その事実のみが一族に蔓延することなるはずだ。
「わかった。カナタ!お願い。」
カザミに言われると、カナタは手の中に光を作り出す。それは長へのメッセージとなり、長のもとへと飛んでいった。
「モニカはおそらくもう助けられているはずだ。さっき、一人の少女が救出に向かった。だが、まだ戻ってきている気配はない。警報の魔法が使われていないから、返り討ちにあったということはないだろうが、一応気をつけておいてくれ。」
ケンゴのその言葉を最後まで聞くことなく、三人は走り出した。地下に降りると、モニカのいる部屋を探す。すぐに、扉の蹴破られた部屋を見つけた。中に入ると、そこには気を失った男が倒れている。
そしてその横には、傷だらけのまま苦しみの表情を浮かべるモニカと、その体を支えるサラの姿があった…。