サラは今日も光魔法族の情報収集に赴いている。
魔力が弱く、戦闘には向かないことを理解していたサラ達は戦闘以外の魔法を発達させた。たとえばより効率よく魚や動物を狩るための魔法。寒さや暑さから身を守る魔法。植物の成長を促し、木の実などを少しでも多く得るための魔法。そういった生きていくために必要な魔法を少しずつだが生み出していった。
一方、サラが生み出した魔法は諜報活動のための魔法だ。闇魔法族がこの先も生きていくためには光魔法族との協力が欠かせないと考えていたサラは、光魔法族の情報を効率よく得るためにこの魔法を生み出した。たとえば短時間だが姿を消す魔法。設置した場所から確認できる会話や音、映像をサラに送る魔法などといったものである。
現在の光魔法族には少数の魔法少女しかおらず、ほとんどは魔法が使えない。だからサラの諜報活動は充分な成果を上げた。しかし、入ってくる情報はどれもサラにとっていいものではなかった。

光魔法族の現状は魔法を使えない者達が主導権を握り、少数の魔法少女達が命がけで戦っているというものだ。主導権を握るトップの者達は、ほぼ全員が魔法を使えない者だった。しかも、その中枢にいるものの多くは「非魔法主義者」と名乗るような者達だ。魔法を使える者を憎み、排斥しようとしている強硬派の者達。以前は魔法使い達の抵抗が強かったが、数の少ない魔法少女達にはまともな抵抗など出来ない。魔法少女達の立場は悪くなっていく一方だった。
そんな状況で闇魔法族が協力を得られようはずも無い。むしろ、ほとんど生き残りのいない今を狙って魔法少女達に殲滅を命じるかもしれなかった。一体どうすればいいのか…。このままではヴァイスへの復讐どころではない。サラは全く答えを見つけ出せずにいた。


その頃、光魔法族の城では非魔法主義者達の会合が開かれていた。
「状況を報告してもらおうか。」
横に長く伸びたテーブルの中央に座る老人が口を開く。すると、その前に整列する十名ほどの若い男の中の一人が一歩前に出た。
「はい。モニカに関してですが、多少の進展が見られます。杏という少女がこれからどう役に立ってくれるかが問題というところでしょう。」
言い終えたその男は元の位置に戻る。すると、テーブルに座る他の老人達が話し始めた。
「穢れた血を持つ者にはそれなりの罰を与えねばならん。そのための大義名分は必要だからな。」
「あの男はどうだ?我々の動きに抵抗はしていないのか?」
「長か。奴にそのような度胸はないだろう。理想ばかり描いていても、結局は何も出来ぬ役立たずよ。」
「役立たずではないぞ。我々の思うように動いてくれるのだから、その点は評価してやらねば。」
老人達は下品な声で笑い出す。

整列する男達の中の一人、ケンゴは憤りを感じていた。自分は一体何故このようなところにいるのか。ケンゴは理想を持って今の立場についたはずだった。魔法を使える者に比べてどうしても待遇の悪い、魔法を使えない者達。その立場を少しでも向上させることだけを夢見てきたのだ。しかし、現実はどうだ?今の彼らは残された数少ない魔法少女達を排斥しているだけだ。自分達は彼女らのおかげで生きていられるのにも関わらず。本来なら、一族が一つにならなければならない時だ。魔法少女達を支援し、なんとしてもヴァイスを打ち倒さなければならないというのに。
老人達は魔法少女達を酷使し、戦場に立たせていた。ヴァイスと共倒れになればいいとでも思っているのだろう。あまりにもその見通しは甘すぎる。自分達が遂に一族の主導権を握ったことに浮かれているのだろう。現実が見えていないのだ。状況はもっとひっ迫している。魔法少女達をなんとかサポートしなければ、一族全てが滅んでしまう。魔法を使える使えないなど一切関係なく。
それでも、ケンゴは今の立場に残り続けなければならなかった。いつか機を見て、今の状況を変えなければならない。その時、きっと自分の立場は役に立つはずだ。ケンゴは歯を食いしばり、拳を握り締めながら、この馬鹿げた集会の終わりを待っていた。


杏とモニカとの距離は、前回のやり取りを機に少し縮まったと言える。モニカはリビングに下りてくることはしないまでも、食事を運んできた杏と共に食事を取るようになっていた。以前までの質素な食事とは違い、ここでまともな食事を取るようになったためか、やせ細っていた体は少しだけ健康的になったように思える。杏が約束通りに買って来た漫画もモニカは気に入ったようだ。娯楽など全く無い生活をしてきたであろうモニカにとってはどんなものでも面白いらしい。

前回の葵との戦闘から一週間が経っていた。あれ以来、葵は戦いに現れていない。もう低級の魔族など意味が無いと感じたのか、高位の魔族が何度か現れたが、どれもカザミと杏によって撃退されていた。
杏は前回の戦いによってさらに力を使いこなせるようになっている。未だイヴィルアイを倒した時のような力は出せないものの、今やカザミに迫るほどの力を身につけていた。
「戸惑ってるんじゃないかな?」
カザミがリビングのソファーに腰掛けてながら言う。
「戸惑ってる?」
杏は聞き返した。
「一体どうすればいいのか。あまり強い魔族を出すのも躊躇われる。だって杏には秘められた力があるから。魔力を注ぎ込んだ魔族がやられてしまったら損失は大きいからね。」
「それにしたって、もう少し強い魔族を出してきてもいいんじゃない?」
杏は疑問を持っていた。いくらなんでも、今の杏やカザミにとってはあまりにも弱い魔族ばかりだった。この程度の魔族で今の自分達を倒すことは出来ない。それは向こうも分かっているはずだ。
「高位の魔族は大抵同じような強さだからね。この間のゲルドみたいに、後から魔力を吸収したような奴以外は。」
「どういうこと?」
「高位と最高位の魔族は根本的に別物なの。高位の魔族の強さは個体間であんまり変わらない。その差はどれぐらい魔力を吸収して進化したかってことなの。」
紅茶を入れて持ってきたカナタが割り込むような形で解説する。
「高位の魔族が少しぐらい魔力を吸収したところで、最高位の魔族には到底及ばない。それぐらいの大きな差があるんだ。」
「そして、魔力を吸収した魔族ってのは大抵そのまま戦いを続けてる。新しく契約できるような奴はあんまりいないんだよ。」
カザミが後を引き継いで言う。
「そう。だから、高位の魔族の次はグッと必要な魔力量が上がる最高位の魔族と契約しないといけないの。それはあっちにとっても結構な賭けなんだ。」
「もし賭けに出てこられたら、あたし達も危ない。その強さは確かなものだからね。だから、杏の力をもっと自在に使えるようになっておきたいところなんだけど…」
杏は肩を落とす。
「ごめんね…まだ全然分からないや。どうやったらあの時みたいな力が出せるのか…」
何度も修行を積み、力の使い方を学んでいたが、あの時のような桁外れの力は全く出る気配が無かった。
「仕方ないよ。だって、杏ちゃんはまだ使いこなしてない魔力も残ってるんだから。あの力を使いこなせるようになるには、まず持ってる魔力を全部活用できるようにならないとね。」
杏の魔力は強大だった。蓄えられた魔力はカザミよりも多いだろう。それを使いこなせば相当な力になる。その上にまだ秘められた力を持っているのだ。これほど心強い戦力もそういないはずだ。
「確かに。まずは魔力を使いこなせるようになってもらわないと。それだけで随分戦力アップになるだろうし。」
カザミは言うと立ち上がる。
「よっし!それじゃあまた修行に励むか。行くよ、杏。」
そういうと意気込んで歩いていく。もうすっかり傷は癒えていた。杏もその後を追うようにしてリビングを出て行く。


「あ!杏お姉ちゃん。」
最近、杏が食事をモニカの部屋に持っていくと、モニカは可愛らしい笑顔を見せてくるようになった。
「はい。晩御飯だよ〜。相変わらずおいしそうだよねぇ。」
モニカもその匂いを吸い込んで笑顔になる。
「うん。この家に来てから、本当においしいご飯が食べられるようになったよ。」
その表情も声も、以前とは全くの別人のようだ。しかし、これがいつも続くわけではない。
モニカは杏に心を許しているようで、何処かで一歩踏み出せずにいるような部分があった。こんな明るい表情を見せながらも、時折、自分が幸せを感じていることに罪を感じるかのように落ち込むことがある。
一体そこにどのような理由があるのか、杏には詳しくは分からなかった。ただ、やはりヴァイスのことが頭にあるのかもしれない。心のどこかで責任を感じているような雰囲気はあった。

食事を終え、ベッドに腰掛けていたモニカは、何処か神妙な面持ちで杏に話しかける。
「あのね…杏お姉ちゃん…」
「ん?どうしたの?」
杏は緩い笑みを浮かべながら受けた。
「わたしね、杏のお姉ちゃんのこと、すごく信頼してるんだ。たぶん、わたしのこと本当に思ってくれてると思う。」
杏は無言で耳を傾ける。
「だけどね、わたし、やっぱり不安なの。わたしの知ってることを全部話したら、杏お姉ちゃんもわたしのこと嫌いになるかもしれない。杏お姉ちゃんは優しいからきっとそんなことないと思ってる。だけど、どうしても…どうしても不安で、怖くて…」
モニカは体をガタガタと震わせ始めた。杏は近寄ると、そっと肩を優しく抱いてやる。
「大丈夫。無理しなくていいよ。私はモニカちゃんのこと絶対嫌いになんてならない。でも、焦ること無いよ。何か知ってることがあるなら、話せると思ったときに話してくれればいい。しょうがないよ。今まで、酷い扱いを受けてきたんだもん。そんな簡単に人を心から信用することなんてできなくても当然。私は待ってるから。焦らず、ゆっくりね。」
正直に言えば、モニカが一体何を知っているのかを知りたくて仕方が無かった。一体何がモニカを苦しめているのか。どうしたらその苦しみから解放してあげられるのか。それを知ることが出来るかもしれない。
「でも、きっと早く伝えた方がいい。分かってるの。だけど、怖い。怖いよ…。杏お姉ちゃんにまで嫌われちゃったら、わたし、また一人ぼっちだもん…」
モニカの瞳から涙がボロボロと零れ、落ちる。涙の雫はモニカが着ている、カナタのお下がりのローブに小さな丸い染みを作った。
「うん…。怖いんだね。一人ぼっちが。でも、大丈夫だよ。私は、どんなことがあっても、モニカちゃんの味方だから。」
杏はモニカをきつく抱きしめる。震えるこの少女を少しでも勇気付けてあげたかった。
モニカは杏の胸に顔を押し当てたまま、しばらく静かに泣き続ける。そして、ゆっくりと顔を上げた。杏の顔を見上げるようにして見つめる。
「あの…あのね…。お兄ちゃんのことなの。」
「お兄ちゃんって、ヴァイスのこと?」
モニカは頷く。
「お兄ちゃんがあんなことをしたのは、もしかしたらわたしのせいかもしれない。」
「えっ!?」
杏は戸惑う。モニカは、また罪悪感にかられてしまっているのか。やっと、自分を責めるようなことは言わなくなったというのに。
しかし、モニカはゆっくりと頭を横に振る。
「あのね、妹だから責任があるとか、そういうことじゃないの。もしかしたら、原因はわたしにあるのかもしれない。ずっと思ってたんだ。」
「なんで!?だってモニカちゃんはヴァイスと、三歳の時に光魔法族の集落に連れて行かれて以来会ったこともないでしょう?」
モニカは頷く。
「うん。でもね…わたし…わたし…」
モニカはその先の言葉がどうしても口に出来ない。何とか勇気を振り絞って声を出そうとするが、上手くいかなかった。体が大きく震えだす。杏がきつく抱きしめても抑えられないほどに。
「わた…しっ…!!わたしぃっ…!!!」
モニカは完全に取り乱していた。顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくり、震える体で杏にしがみ付く。
「いいよ、モニカちゃん!今日はもういい!また今度にしよう。無理しちゃダメ!」
杏は必死に話しかける。しかしモニカに声は届いていないようだ。仕方なしに、杏は魔法を使った。
「あ……」
急にモニカの力が抜ける。そのまま杏に寄りかかるようにして眠りについた。
「ふぅ…」
杏はため息を付く。モニカに使ったのは眠りの魔法だ。起きた頃には落ち着いているだろう。
(それにしても…)
モニカの言ったことは気にかかった。ヴァイスの行動はモニカが原因? モニカには何かそう考えるだけの理由があるのだろうか。しかし今の様子を見る限り、無理に聞き出すわけにはいかない。少しずつでも、モニカの心を開かせてあげなければ。やはりそれが杏の今の一番の目的だった。


リビングへ戻ると、カザミとカナタはソファーに座り、なにやら話し合っていた。
「あ、杏ちゃん。モニカちゃんはどうだった?」
杏に気づくと、カナタは訊ねてくる。自分で面倒を見てあげることが出来ていない分、気になっているようだ。
「うん…。普段は元気なんだけどね…」
杏は今あったことを二人に話した。
「なるほど…ヴァイスの行動がモニカのせい、ねぇ。」
カザミは腕を組み、天井を見上げるような格好で考え込む。
「それは、思い込んでるわけじゃなくて?自分のせいだってずっと責められてきたから…」
カナタは杏に訊ねる。
「それは違うって言ってた。妹だから責任がとか、そういうのではないって。」
カザミもカナタも、そして杏も一体どういうことなのか考えてみるが、答えは出ない。
「まぁ、考えてても分かるものじゃないんでしょ。仕方ないよ。本人が話してくれるのを待つしかない。」
カザミは早々に考えるのをやめて言う。
確かにそれはその通りだった。考えれば分かるというものではないかもしれない。杏は、なんとかモニカの心を開かせてあげたいと、ただそれだけを考えていた。

真夜中、モニカは目を覚ました。いつの間に眠ってしまったのかと考えると、杏の前で取り乱したことを思い出す。
(そっか…わたし、取り乱してたから、魔法で眠らされてたのかな。)
この気だるさには覚えがあった。昔は、モニカも非常識な扱いを受ければ憤慨していたものだ。その度にモニカは魔法をかけられ、強制的に眠らされていた。
(でも、杏お姉ちゃんは違うよね…)
杏はきっと、自分のことを心配してくれたのだ。そういう風に考えられるようになっただけでも、自分は随分変わったと思う。
(結局言えなかったなぁ…)
自分の抱える大きな秘密。それを伝えることに大きな意味は無いかもしれない。それに、もし本当にそれが兄の起こした惨劇の原因となっていたならば、せっかく見つけた安らげる場所すらも失ってしまうかもしれない。それが本当に恐ろしかった。今も、考えるだけで体が震えだす。
それでも、きっと伝えるべきなのだ。しかし、どうしてもその勇気が無い。自分に情けなさを感じながら、モニカはそっと目を閉じた。


突然、暗闇の中に人の気配がいくつも現れる。
「む!!!んむぅぅぅぅ!!!!」
モニカは叫ぼうとするが、それより先に大きな手がモニカの口を塞いだ。すぐに他の手がいくつも伸びてモニカの全身を拘束する。
モニカは精一杯体を揺すった。ローブのポケット入れられた鈴が音を立てる。影の一人が水晶玉を掲げると、モニカを連れて影は姿を消した。

鈴の音が聞こえる…。カナタは目を覚ました。
カナタがモニカに渡した鈴。かなり遠く離れていなければ、カナタの耳には届くようになっている。何かあったら鳴らすように言ってあった。こんな深夜に一体何があったというのか。
カナタはモニカの部屋に向かう。そのドアを開けて言葉を失った。モニカの姿はない。ベッドは乱れ、争ったような形跡が残っていた。
「お姉ちゃん!杏ちゃん!」
カナタは部屋を飛び出し、カザミと杏それぞれの部屋の扉を叩く。

真夜中、三人はリビングに集まっていた。皆一様に厳しい顔をしている。
「どういうこと?モニカが連れ去られたって…」
カザミが口を開いた。その声は低く暗い。
「部屋の様子を見たらそうとしか考えられないの。モニカちゃんは転移の魔法も使えないし、それに鈴が鳴った。きっとモニカちゃんは必死で私達に知らせようとしたんだと思う。」
「でも、誰が?モニカちゃんを連れ去る必要がある人なんているの?」
杏は疑問を口にする。
「…きっと、魔法界の人たち。それもトップの人たちじゃないかな…。」
「は!?」
カザミは声を荒げる。
「あいつらはモニカを追い出したんでしょ!無茶苦茶な罰を科して!なんでそれをまた連れ去る必要があるの!?」
「…昨日、杏ちゃんとした話が原因じゃないかな…」
カナタは暗い声を出す。杏は戸惑った。自分との話が原因?
「どういうこと!?」
「トップの中には非魔法主義者っていう人達がいるの。お姉ちゃんは知ってるよね。その人達は、私達を排斥しようとしてる。彼らが主導権を握ったとこで、その力は凄く強くなった。モニカちゃんを追放したのも多分その人達。」
「だったらどうして!!」
杏は怒りに満ちた声を出す。
「多分、モニカちゃんを追い詰めるだけの何かが欲しかったんだと思う。モニカちゃんはヴァイスの妹。何かを知っている可能性がある。私達に保護させることで、心を開くかもしれないと考えたんじゃないかな。そして、何かを話し出すかもしれない。詳しくは話さなくても、何かを知っているっていうことが分かればいい。それだけで、モニカちゃんを追及する理由になる。」
「……」
カザミも杏も口を開かなかった。
「モニカちゃんをヴァイスの妹だからって理由で迫害することには、みんなが賛同してるわけじゃない。でも、ヴァイスに関する何かを知っていて隠しているとなったら、反対の声も押さえつけることができるかもしれない。きっと、モニカちゃんのことを監視してたんだよ。私達に気づかれないように。」
「そんなの……」
杏は怒りで体が震え出す。必死で自分の感情が爆発するのを抑えていた。
「問題は、私達がこれからどうするのかっていうこと。」
「どういうこと?」
カザミが訊ねる。
「モニカちゃんを救いに行くなら、光魔法族のトップを丸々敵に回すことになりかねない。それでも行くのか、っていうこと。」
「そんなの決まってるでしょ!助けに行くよ!絶対に、私達が助けてあげないと。」
杏はすぐさま答えた。迷うことなど何も無い。しかし、カザミ達はすぐには賛同しなかった。
「そんなに簡単なことじゃないんだよ。」
カザミは冷たい声で言う。
「私達は今でもギリギリの戦いをしてるの。内部で対立を生んだりするのは極力避けないといけない。だけど、私達が面と向かってトップに歯向かったら、火がついてしまうかもしれないの。実際、私達魔法少女と非魔法主義者の間には結構緊張した雰囲気が漂ってる。一度火がつけば、爆発してしまうかもしれない…」
「そんな……」
杏は言葉を無くした。それなら、モニカを見捨てるということか。光魔法族のために、また犠牲になれということか。
「でも…」
カナタは小さく、しかしはっきりとした口調で言う。
「私は助けに行きたい。これまでモニカちゃんに手を差し伸べてこなかった。だから、今度こそ…。今を逃したら、きっとずっと悔やんで生きることになると思う。だから、お姉ちゃんがそれを許してくれるのかを聞きたかったんだ。少なくとも、私達が今より辛い立場になるのは間違いないから…。」
カナタはカザミの顔を見つめた。俯いた顔には影が落ち、表情は読み取れない。 しかし、カザミはすぐに顔を上げる。そこには決意に満ちた表情が浮かんでいた。
「カナタがいいなら何も問題はないよ。あたし達はモニカに何もしてやれなかったんだ。今度は絶対に助けてあげなきゃ。もし、そのせいで大変なことになったとしても、それは一族全体の責任だよ。ずっとモニカを苦しめてきた責任。」
それを聞いてカナタも杏も同じように決意の表情を浮かべる。モニカを助けに行くのだ。


モニカは暗い部屋で目を覚ました。
「やっと起きたか。」
男の低い声が部屋に響く。石の壁に囲まれた部屋だ。
「あなた…誰…?一体何のつもりなの…?」
モニカは恐怖に震えながらもなんとか口を開く。
「お前、ヴァイスに関する何かを知っているな…」
男は答えずに、逆にモニカに問い返した。視線が鋭くモニカを貫く。
何で知っているのか。自分達の話を聞いていたということか。モニカの胸に疑問が沸くが、今はそれどころではない。モニカは鎖によって手足を縛られ、壁に拘束されていることに気がついた。この男は自分を拷問してでも吐かせるつもりなのだ。ヴァイスに関する情報を。しかし、モニカは絶対に言いたく無かった。これを話すとしたら杏達以外にはいない。初めて自分に優しく接してくれた人達。彼女らに話せなかったのに、こんな男に話してたまるものか。
頑として何も話さないモニカの態度に男は苛立ったようだった。いつしか手にしていた鞭を思い切り地面に叩きつける。鋭い音が響き、モニカはビクッと体をすくませる。
「なあ、俺はお前のことが本当に憎いんだ。お前の兄貴のせいで、俺は大切な仲間を失った。あいつの仇を討つために、俺は非魔法主義者なんていう馬鹿げた集団に入った。そして、お前を尋問する立場に名乗り出たってわけだ。」
仇…。自分がその誰かの仇だというのか。モニカは冷めた目で男を見る。仇は自分の兄のはずだ。本人には敵わないから、弱い自分を変わりにいたぶろうとしている弱い男にしか思えなかった。それでも、兄の行動の責任は自分にあるかもしれないのだ。少しだけ心が痛んだ。しかし、この男はそれを知らないのだ。自分に対する怒りは八つ当たりでしかない。やはりこの男には何も話す気になれなかった。
「お前は知っていることを全部話す責任がある。わかるな?どんな手を使ってでも吐かせてやる。俺はお前を好きする権限を与えられてるんだ。上の奴らはお前がいなくなればいいんだと。お前のことが心底憎いみたいだな。だから、尋問の中に手違いで死亡、なんてことになったって構わないわけだ。死ぬ前に話しといた方が懸命だぞ。」
男は熱っぽく話す。
モニカは内心、震え上がっていた。自分がこれから一体どんな目に遭わされるのか。考えただけで目の前が暗くなる。しかし、きっと知っていることを話したところで同じなのだ。この男は自分を痛めつけて殺すことしか考えていない。それならば、話したって無駄だ。ただ耐えるしかない。杏達が自分を助けに来てくれる。そんな微かな希望にすがりついて。
何も話さず、逆に男を鋭い目で見つめ返す。男はその視線に怯えたのか、怒りを覚えたのか、大きく鞭を振りかぶり、思い切りモニカに向かって振り下ろした。


サラは目を覚ました。何かが自分の心に訴えかけている。一体何かと戸惑うが、それは自分の仕掛けた魔法だということに気がついた。光魔法族の城の中に姿を消して何度も忍び込み、少しずつ設置した魔法。その一つから映像が送り込まれてきている。
普通はサラが自ら確認しなければならないものだが、何か大きな出来事があればサラへと自動的に送られるようにしていた。それは大きな音であったり、強い魔力の発現であったりしたのだが、今回きっかけとなったのは叫び声だ。
モニカが鞭打たれ、悲痛な叫び声を上げている。サラはその映像に飛び起きた。モニカがよく思われていないことは知っていた。しかし、まさかここまでするとは。サラはいてもたってもいられなくなる。怒りがこみ上げた。こんな小さな子になんてことをしているのか。だからサラは小屋を飛び出し、光魔法族の集落へと向かい転移した。城のすぐ後ろの茂みの中に姿を現す。
(どうにかして助け出さないと…。でも、どうする…?)
サラにも多少だが攻撃の魔法は使える。弱い魔法の武器を装備している程度のガードマンぐらいは倒せるはずだ。しかし、一対一ならばともかく、複数に囲まれてしまったらサラの魔力では太刀打ちできないだろう。姿を消して城に忍び込むしかなかった。
しかし、この城は酷く入り組んでいる。はっきりとした場所も覚えていないため、たどり着くのには時間がかかるだろう。しかも、こんな夜に突然飛び出したサラには長時間姿を消しているだけの魔力が残っていなかった。自分を苛む空腹が憎い。
(やるしかない。あんな目にあってる子を放ってはおけない。)
サラは迷いを振り切って魔法で姿を消すと、城に向かって飛び出した。

ケンゴは葛藤していた。彼らは老人達の命令でモニカを捕らえた。そして、彼女は今尋問にかけられている。老人達は、彼らの忌み嫌うものの象徴とも言うべき光と闇のハーフであるモニカが無残な最期を迎えればそれでいいのだ。尋問などとは言葉だけで、実際は拷問だろう。しかも情報を吐いたところで、彼女は殺されてしまうに違いない。自ら尋問の役目に志願したあの男はモニカを心から憎んでいた。憎む相手が違うだろうとケンゴは思ったが、それを口にしたことはない。
老人らの身勝手な思想のために犠牲となるであろうモニカ。ケンゴには彼女を救ってやることも出来るはずだった。しかしそれをしてしまえば、確実に今の身分を失ってしまう。今モニカを助ければ、今の光魔法族のおかしな状況を変えるという目標は果たされなくなってしまう。
だからといってモニカを見捨てるのか。ケンゴは罪悪感に苛まれていた。自分は今何をするべきなのか。それを判断しかね、葛藤しながら城の中をウロウロと歩いていた。
(ん…?)
ふと、ケンゴは違和感を感じる。しかし、その違和感の正体が何なのかは分からない。すると突然、何も無かった空間に人の影が現れた。

サラは慌てる。ちょうど人に出くわしたところで魔法が切れるとは。
しかし、もうここまで来たら迷っている暇はない。相手に先んじて、サラは飛びかかった。