杏は辛くも触手の攻撃を逃れた。しかし、このままゲルドを追撃する余裕はない。いったん身を引き、カザミの元へと駆け寄る。カザミは今日はもう戦えない。杏はカザミを家へと転送した。
振り向くと、ゲルドは怒りに身を震わせていた。杏の放った魔法によりその腕から伸ばされた触手は千切れ、ボタボタと赤紫の血液を零れる。。
「まさか、自爆とはな。俺をここまで傷つけるとは思わなかったぞ。」
ゲルドの魔力の多くはその身を守る魔法障壁に充てられていた。それを失ったことは痛い。一方、杏はまだ十分な魔力を残していた。
(大丈夫。今ならあたし一人でも倒せるはず。)
そう心に強く信じ、杏はゲルドに一対一の戦いを挑んだ。

光の矢を避けながら、杏は威力は弱いが命中力のある魔法を幾つか放った。それがゲルドの体に命中すると、ゲルドは確かによろめいた。
(魔法が通じる!なら、このまま畳み掛けるしかない!)
そう思った杏はもうゲルドの魔法を避けることを考えなかった。杏の持つ魔力の全てをゲルドにぶつけるしかない。杏は自らの魔法でゲルドの放つ光の矢を相殺する。威力は互角だった。どちらが他方を圧すでもなく、両方の魔法がちょうど対消滅する。
このまま続けていても仕方がないと思ったのか、ゲルドは一旦後ろに下がりその右手に魔力を集め始めた。これで終わりにするつもりだ。再び強力な雷の閃光を放ち、杏を打ちのめそうとしていた。威力は先程のものとは比較にならない。
杏もその気配を読み取り、詠唱を始める。勝つためには、この一撃を耐え抜かなければならない。なんとしても。
そして、ついにゲルドはその魔力を真っ直ぐに杏へと放った。杏は魔法障壁を張り、必死に耐える。杏のコスチュームは防御力上昇の特性をもつ。きっと耐え抜けるはずだと考えた。ひたすら魔法障壁へと魔力を送り込む。
雷の閃光が姿を消した時、杏はまだそこに立っていた。耐え抜いたのだ。杏は魔力の消耗にガクリと膝を折る。
そこに、ゲルドが飛び込んできた。ゲルドは肉弾戦をこなすだけの余力を残していたのだ。
ゲルドはその拳を杏の体めがけて打ちつけた。杏は必死で体を腕で庇うも、ゲルドの巨大な腕にはかなわず、吹き飛ばされる。
「うああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
杏の体は地面で何度も跳ね、転がり、そして塀に衝突して止まった。
「う…っ…」
杏の左腕を強烈な痛みが襲う。確実に折れている。いや、粉砕されているのかもしれない。
ゲルドは倒れこむ杏の前に立ち、見下ろす。
「終わりだな。やはり俺の勝ちだ。」
杏はまだ諦めていないのか、その右手の拳には小さな魔力の光が宿っていた。
「無駄だ。今のお前では俺に魔法を当てることも出来ないだろう。」
その通りだった。今の杏の体では、ゲルドの動きを追うことは出来ないはずだ。
「まぁ、下手に抵抗されても困るからな。その右手も折ってから魔力を頂くとするか。」
ゲルドが杏に手を伸ばしかけたその時、ゲルドの後方から魔法の球が現れ、ゲルドを打ち抜いた。
「なあああああぁぁぁぁっ!!!!」
他の魔法少女が現れたわけではないはずだった。それならば気配で分かる。
杏は魔法障壁を張る直前、別の魔法を詠唱していた。時間差で発動する魔法。それを足元に溜めていたのだ。そして機を見計らい、発動させた。ゲルドはその衝撃と驚きにその動きを止める。
動かない相手に魔法を当てることなら、傷ついた杏でも可能だった。その拳に溜めた浄化魔法を渾身の力でゲルドの額へと打ち込んだ。
「ぐあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
凄まじい雄たけびを上げ、ゲルドの体が崩れていく。それはまさに断末魔の叫びだった。三十秒もしないうちにゲルドの体は消滅し、その叫び声はもう聞こえなくなった。静寂が辺りを包む。
「やった…」
静寂の中に杏の呟きが小さく響く。ゲルドを倒したのだ。自らの悪夢と正面から対決し、打ち負かした。
体はボロボロでもう動かない。だが、待っていればカナタが来てくれるはずだった。その勝利の喜びに酔うよりも、ただ、凄まじいまでの疲労に身を任せ、杏はその目を閉じた。