深夜、うなされてカザミは目を覚ます。三年前、ヴァイスとの出会いの時の夢を見た。
(なんで忘れてたんだろう…)
精神を酷く病んだカザミは治療のため、魔法でその時の記憶を封じられていた。周りとの齟齬を起こさないための客観的事実、つまりヴァイスと遭遇し、犯され、一人だけ生き残ったという記憶だけを残して。しかし、先日のヴァイスと再会がカザミの記憶を呼び起こした。
(あの少年が、ヴァイス…)
ヴァイスはまだ幼い少年だったのだ。いや、それは知っていたはずだ。モニカと同じ歳なのだから…。だが、今のヴァイスは歳相応には見えない。その魔力のせいなのか、魔族を取り込んでいるからなのか。
海を見つめていたヴァイスは普通の少年だった。ただ、どうしようもなく空虚な心を持っていた。その姿と今のヴァイスは重ならない。だが夢の後半、カザミを犯したヴァイスは今の姿そのままだったようにも思えた。
(もしかして、あの時が契機だったの…?)
あの日、海岸でカザミとほんの少しだけ話をしたヴァイス。彼はカザミに対して何か特別な感情を持ったのか。愛であるとか恋であるとか、そういうものではなかったかもしれない。だが、カザミを自分の味方になってくれる人間だとみなしたのかもしれなかった。
(「あなたも僕の敵になるの…?」か…)
彼はそれを裏切りと取っただろうか。そして、束の間抱いた希望を失い、絶望したのか?しかし、それ以前に彼は両親を殺し、闇魔法族を滅ぼし、光魔法族を壊滅状態に追いやった。その彼にそんなセンチメンタルな感情があるというのか?
(わからない…)
しかし、彼がカザミに執着しているのは確かなようだった。もしかしたら、自分が彼の何かに火をつけてしまったのか…。そんな不安を胸にカザミはもう一度眠りにつくが、それは熟睡には程遠い寝苦しい夜だった。


イヴィルアイを撃退して以来、高位の魔族は街に現れていない。以前と同じように低級の魔族が複数現れ、人を襲っていた。
しかし杏もその力を伸ばし、うまく操れるようになってきた今、そのほとんどを撃退することが可能になった。状況はカザミたちにとって有利な方へと傾いていた。
しかし、ここで一つの問題を抱えることになる。

「光魔法族の長が来る?」
杏はカナタが用意した少し遅い朝食を頬張りながら声を上げた。
「そう。昨日連絡があったの。」
カザミは昨日届いた手紙を杏に手渡す。魔法で転送されてきたものだ。その中には『今日の正午にこの家を訪問する』という内容以外には何も書かれていなかった。
「長ってどういう人なの?」
杏は訊ねた。大人の魔法使いはほとんど全滅したと聞いていた。ならば今の長はどういう人物なのか。
カザミは少し眉をひそめる。あまりいい印象を持ってはいないようだ。
「魔法を使える大人がみんなやられてしまったから…。今の長は、魔法を使えない人の中の代表。」
「魔法を使えない人?そんな人がいるんだ。」
杏は魔法界について、詳しいことをあまり知らなかった。
「魔法族って言っても、みんなが魔法を使えたのは昔のこと。今は魔法を使えない人も多いんだよ。半分ぐらいかな?」
「へぇ〜、それは知らなかったなぁ。」
「魔法を使える人たちと、使えない人たち。二つのグループで別々に階層を作っててね。両方に長がいたんだ。」
カナタが補足するように話す。
「そう。今はその体制も崩壊して、どっちも混ぜこぜになっちゃったけど。今、魔法を使えるのは私たちぐらいの女の子と、もっと小さい子、後は家庭を持ったお母さん世代以上の人たちぐらいだからね。」
コーヒーを飲みながらカザミがその後を受け継いだ。飲み終えてから、また続ける。
「でも、お互いがお互いのことをあんまりよく思ってなかった節があってね。」
「そうなの?」
「うん。魔法を使えない人たちは、使える人たちに対して劣等感を持ってたっていうか、そういうところがあって、結構あからさまに嫌ってたの。魔法を使える人たちも、そんな人たちにあんまりいい感情は持ってなかったみたい。まぁでも、大人の世界の話だけどね。私たち子供はあんまり関係なく遊んでたよ?」
「だから魔法を使える大人がいなくなって、自動的に今の魔法族全体の長になったあの人は、私たちに対してあんまり好意的じゃないのよ。」
「嫌いなんだ?」
杏がストレートに訊く。
「嫌いね。」
カザミもストレートに返す。
「そんなこと言っちゃ駄目だよ?お姉ちゃん。あんなでも目上の人なんだから。」
そういうカナタは、自分が遠まわしに失礼なことを言っていることに気がついていないようだ。杏とカザミはそんなカナタに少し笑うが、本人は一体なぜ笑われているのかがわかずに、オロオロと戸惑っている。
カザミは、幸せを感じていた。魔族との、ヴァイスとの絶望的な戦いの最中にあって、こんな風に笑える日が来るとは思わなかった。それもこれも杏のおかげだろう。戦力が増え、魔族との戦いに余裕ができたこともあるが、それだけではない。杏はいつも、空気を少しでも明るくしようとしていた。無理にではなく、自然にだ。杏も辛い思いをした。その心は決して穏やかではないはずだ。それでも、明るく笑って見せた。そのおかげでカザミにもカナタにも笑顔が増えた。カザミは心から杏に感謝していた。決して言葉には出さないが。


正午ちょうど、長はカザミたちの家へとやってきた。だが、一人ではなかった。その姿に驚き、カザミは声を上げた。
「モニカ!?」
モニカと呼ばれたその少女は、その声に怯えたようにビクッと身を震わせた。
「モニカちゃん…」
カナタもその姿を見て驚いたようだった。
杏は一人事情を飲み込めていなかった。あの少女は誰なのだろうか?少女は煌くような長い金色の髪をしていた。その髪の輝きと対照的に、服装は古めかしいローブを着ただけという貧相なものだった。その仕草からは随分と幼い印象を受ける。そして、その体は相当やせ細っていた。
「長、なぜモニカがここに?」
カナタは声に滲む不信感を隠そうともせずに訊ねた。
「それはこれから話す。まずはゆっくりと話せる場所に行きたいんだがね。」
長もそういったカザミの対応には慣れているようだ。意に介したそぶりもない。
「わかりました。私が承ります。こちらへどうぞ。」
カザミは長とモニカをつれ、応接間へと入っていった。
残された杏はカナタに訊ねる。
「あの子はなんなの?二人ともなんか驚いてたみたいだけど…」
カナタは俯いた。どう話そうか思案しているようだ。
「あの子、モニカちゃんはね、ヴァイスの双子の妹なの…」
カナタは小さな声で言った。
「いもうと……妹!?」
杏は驚く。この戦いの元凶、ヴァイスの妹?しかも双子の。あの痩せこけた少女が?
「そう。あのね、ヴァインとモニカちゃんの母親は光の魔法使いだったの。その人は、ある日突然いなくなった。後になって、それは闇の魔法使いの仕業だっていうことがわかったの。それが二人の父親。その女の人の親は、自分の娘が攫われたことに怒って、数人の魔法使いを従えて二人を探し始めたの。」
「攫われた?でも、二人は一緒に暮らしてたんでしょ?」
そして、ヴァイスに殺されたのだ。そう聞いたはずだ。
「本当のところはよくわからないの。でも、その親は攫われたって信じてたんだと思う。そして四年後、ついに二人を見つけたの。その時、何があったのかはわからない。でも、そこから帰ってきた魔法使いたちはモニカちゃん一人を連れて帰ってきたの。モニカちゃんが三歳の頃の話。」
なんでモニカだけだったのか、杏は疑問に思ったが、きっとそれはカナタにも分からないのだろう。
「あの子が、いなくなった女の人とその人を攫った闇の魔法使いの子供だっていう噂はすぐに広まった。あの子を見る周りの目は酷いものだったの。お祖父さんはすぐに家から放りだして、孤児院がその身を引き取った。光と闇、相容れない者同士の間で生まれたあの子は迫害されてきたの。」
あの貧相な服とやせ細ったあの体はその為だったのだ。そして、おそらくあの怯えるような瞳も。
「酷いね…。あの子にはなんの責任もないのに…」
杏は唇を噛みながら言う。
「私たちの世界は対立だらけ。光と闇。魔法を使える使えない。それに、同じ立場同士でも。そういったものに、モニカちゃんは巻き込まれてしまったの。みんながモニカちゃんを迫害してたわけじゃない。でも、手を差し伸べる人はほとんどいなかった。」
きっと、カザミとカナタもそうだったのだろう。悪気がなくても、他人の火の粉が自分の身を焦がすことを人は嫌う。
「ヴァイスが現れたことで、モニカちゃんに対する迫害は一層強くなった。その一方で、モニカちゃんに期待する声も高まったの。」
「期待?」
ずっと迫害してきた少女に、一体何を期待するというのか。杏は苛立ちながら訊ねた。
「モニカちゃんもヴァイスと同じ光と闇の魔法使いのハーフ、しかも双子。なら、ヴァイスと同じように凄い力を持っているんじゃないかって。でも、駄目だった。それどころか、ほとんど魔法を使えなかったの。全く、ではないけど…」
「何なの、それ!?」
杏は怒っていた。
「ハーフだってことで迫害して、今度はハーフの持つ力を期待する?いくらなんでも勝手すぎない!?」
「そう…。勝手だと思う。あの子はかわいそう。それに、ここに連れて来られたってことは多分…」
カナタは言葉尻を濁した。
「多分…何?」
杏は不安げに訊ねた。

「モニカはもう何も期待されていない。」
応接間の椅子に腰掛けた長はカザミに告げる。本人がすぐ横にいるのに、全く気にしていないようだ。
モニカもそれには慣れているようだが、それでも、悲しそうに俯き、身を固めた。
「どういうことですか?」
カザミは苛立ちを隠しもせずに訊ねる。いきなり何を言い出すのか、と言いたげだ。
「ヴァイスの双子の妹として、その秘められた力がいつか芽を出すのではないかと期待されていた。だから、皆もモニカを追放せずにいたのだ。」
よく言う。追放されたほうがマシなような扱いをしてきたくせに。カザミはそう心の中で毒づく。しかし、自分も手を差し伸べなかったのだ、非難できる立場ではないのかもしれない。
「それで、何故ここへ?」
「モニカの追放が決まった。だが、それだけでは民は満足しない。だから、その罪を断じることにした。」
「罪?断じる?」
モニカに罪などないはずだ。あるとすればそれは自分たちのはずなのに。カザミは叫びたいのを必死で堪えていた。
「ヴァイスは何故かこの街によく出没しているらしい。モニカへの罰は、ヴァイスの手で殺されることだ。」
「ふざけないで!!!」
カザミはついに堪えきれなくなった。立ち上がり、長に詰め寄る。
「何でこの子にそんな罰を与えないといけないの?この子はただの被害者じゃないの!」
長はそんなカザミの激昂も予想していたのか、落ち着いたまま話す。
「何も、本当にそうしろと言っているわけじゃない。形だけでいいんだ。それで、満足する者たちがいる。今、私たちは一つにまとまらなければならない。この子の存在はそれを妨げているのだ。」
「よく言いますね、一つにまとまろうなんて思ってもいないくせに!」
そう言い放った後、カザミは少し自分を落ち着けた。モニカが怯えている。
「でも、分かりました。モニカは私たちが預かります。あのまま魔法界にいたところで、酷い扱いが待っているだけでしょうから。」
カザミは皮肉を込めて言ったが、長には全く堪えないようだ。
「では、話は終わりだ。この街を襲う魔族たちへの対応は任せる。」
そういうと長は、魔力がこもった透明な玉を握り締め、姿を消した。魔法を使えない彼らのような者は、魔力を込められた道具を使うことで生活をしているのだ。あとには怯え縮こまるモニカと、まだ怒りの収まらないカザミが残された。

カナタが杏の質問に答えようとしたとき、応接間からカザミの叫び声が聞こえた。二人が応接間へと駆けつけたときには、もう長は姿を消していた。
怯えるモニカと怒りに打ち震えるカザミ、杏は答えを聞かずとも、モニカが見捨てられたのだということが分かった。


カナタは空いていた部屋をモニカの部屋にすることにして、モニカを案内してやった。
「今日から、ここを使ってくれるかな。あるものは何でも好きに使っていいよ。…って言っても、今はまだ大したものないけど…」
モニカは無言でうなずく。
「トイレとお風呂はこの廊下をまっすぐ行って、突き当りを左に行ったところだから。あと、ご飯はこの部屋に持ってくるけど、気が向いたらダイニングに一緒に食べにきてね。ダイニングは…」
カナタは忙しなくモニカにあれこれと教えている。どこか余裕がない感じだ。
「それじゃあ、私たちは行くね。何か用事があったら…」
カナタはポケットから小さな何かを取り出した。
「この鈴を鳴らしてくれれば、ちょっとぐらい離れてても分かるから。遠慮なく鳴らしてね。じゃあ、ゆっくりしてて。」
そう行ってカナタと杏は部屋を出た。
「どうしたの?カナタちゃんらしくないよ?なんか慌ててるたい。」
杏に言われると、カナタは少し肩を落とす。
「うん…とりあえずリビングに行こう?」
そう言って足早に歩き出した。杏もその後に続く。

リビングではカザミが待っていた。
「ご苦労様。どうだった?」
「うん。特に何も。」
カナタの答えを聞き、カザミはほっとした様なため息をつく。
「さて…」
カザミは早速話を切り出した。
「杏はモニカのことどこまで聞いた?」
杏は突然話を振られ慌てるが、頭の中を軽く整理して答える。
「えっと…あの子はヴァイスの双子の妹で、三歳の時に一人だけ光魔法族のところに連れてこられた。だけど、ハーフだってことを理由に迫害を受けてきた。ヴァイスのことがあって余計に迫害は酷くなったけど、その一方でヴァイスと双子だから同じような力があるんじゃないかって期待されてた…」
カザミは軽く頷く。
「そう。そして、あの子はバッサリと切り捨てられたの。あの子には何の罪もないのに、あの子を責める奴らの声は次第に大きくなる。だから、それがこれ以上大きな問題になる前に、ヴァイスの手で殺される、という罰を背負わせてここに追いやった。それで奴らの気も収まると思ったんでしょ。」
杏とカナタは耳を疑った。
「ヴァイスの手で…って何!?お姉ちゃん!」
「ちょっと!いくらなんでもそれは許せないよ!」
カザミは怒る二人をなだめるように言う。
「まぁ落ち着きなよ。それはあの子を追いやるための口実で、実際そこまでするほど非情じゃないし、度胸もないよ。口だけでもそういっておけば満足する奴らがいるってこと。」
「信じらんない…!」
杏は服の裾を強く握って怒りを堪えた。

いつまでもこの空気ではよくないと、カザミは話題を変えた。
「さて。で、これからのことだけど。」
「どうするの?モニカちゃん、ずっとここで閉じ込められてるのかな?」
カナタは悲しげに言う。
「まぁ、魔法界には帰れないだろうね。こっちであんまり外に連れ出すのも気が引けるし、しばらくはこの家の中でいてもらうことになると思う。」
「なんかかわいそうだね…」
カザミは俯く杏の肩を叩いた。
「かわいそうと思うなら、一つやってもらいたいことがあるんだけど。」
「え?」
「モニカの世話役、やってくれないかな?話し相手になってくれればいいんだけど。」
カザミは顔の前で手を合わせ、拝むようにして杏に頼んだ。
「うん。それはいいんだけど…。二人とも、あの子のこと嫌いなの?」
先程から気になっていた。どうも二人とも、極力モニカに関わるを避けているように見えたのだ。
「う〜ん、嫌いってんじゃないんだ。あの子は本当にいい子だし、どちらかと言うと好きだよ。あたしも、多分カナタも。」
カナタも頷く。
「でもね、私たちはあの子が…なんていうか、怖いんだよ。」
「怖い?それってヴァイスと双子だから、ってこと?」
カザミは首を横に振る。
「違う。そうじゃないんだ。」
「杏ちゃん。私たちはね、あの子が迫害されてきた時、いつでも助けてあげられるぐらい近くにいたの。でも、それをしなかった。だから、あの子は私たちに心を許さないと思うんだ…」
「あたしたちはあの子に拒絶の態度を取られることで、自分たちの罪を思い知らされるのが怖いんだよ。情けないけど。」
二人は俯き、言葉をなくす。
「そっか…分かった。あの子のことは私に任せて!」
杏は二人を励ますように明るい声で言った。
彼女らには複雑な問題があるのだ。自分が少しでも手助けできるのなら喜んでするつもりだった。しかしその日はモニカも気持ちを落ち着ける必要があるだろうからと、一人にしておくことにした。


そしてその夜、ついに高位の魔族の魔力反応があった。ゲルドだ。
「ついに来たね…」
カザミは神妙な面持ちで呟く。
杏も同じ気持ちだった。ついにやってきた。二人の宿敵とも言えるゲルドと、ここで決着をつけなければならない。杏が処女を奪われたあの陵辱の恐怖から完全に解放されるためには避けて通れない道だった。カザミに加えて杏の魔力も吸収した今、ゲルドは敵の中で最も強力な魔族であるはずだ。ジリジリと魔力を削られていく状態の敵は勝負に出てきたのだろうか。今、カザミも杏も万全の状態にある。この勝負を受けない理由はない。
二人は魔力を解放し、戦いのコスチュームに身を包んだ。
「お姉ちゃん…杏ちゃん…」
カナタが心配そうに二人を見つめていた。
「大丈夫だよ、カナタ。絶対勝って帰ってくるから。」
「そうそう。サポートよろしくね。派手にやるから、ヤワな異空間じゃ吹き飛ばしちゃうよ!」
二人ははカナタを励ますように明るく笑い飛ばす。二人とも、心の中は不安で一杯のはずだった。その二人が笑って見せているのだ。サポート役の自分が不安な顔をしてはいられない。
「わかった。頑張ってね。絶対。絶対無事に帰ってきてよ!」
二人は笑顔でカナタに答え、現場へと向かってその姿を消した。
残されたカナタは祈るように手を組み合わせ、強くその目を閉じていた。

深夜、誰もいない公園にゲルドは一人立っていた。彼にはすでに十分な魔力があり、わざわざ人を襲いながら誘い出す必要はない。魔力を解放し、それに魔法少女たちが気づいてやってくるのをただ待っていればよかった。
その姿は以前とはまた違っていた。杏の魔力を吸収し、取り込んだことでまた進化したのだ。前回背中に出来ていた、触手を中に持つこぶは消えていた。その巨大で屈強な体は相変わらずだが、その皮膚は爬虫類のようなものではなく、より人間に近くなったような印象がある。
「来たか…」
どこからともなく姿を現したカザミと杏に、ゲルドは呟く。
二人は隙なく身構え、ゲルドを見据える。
「今度は負けない!」
「この間のお返しは十分にさせて貰うからね!」
二人はゲルドを睨み付けながら言い放った。その心の内にいまだこびり付いている恐怖を振り切るように。
あれだけの陵辱を受けながら、よくここまで虚勢を張れるものだとゲルドは敵ながら感心する。
「ここで決着をつけてやろう。次にお前たちの魔力を吸収すれば、もうお前たちでは俺に歯が立たないだろうからな。」
それはカザミたちにも否定できなかった。なんとしてもここでゲルドを打ち破らなければならない。

ゲルドは少し笑みを浮かべると、目の前に大きな光の魔力球を作り出した。それは突然弾け、無数の光の矢が雨のように二人に襲い掛かる。
カザミはそれを大きく避けて交わし、杏は魔法障壁でそれを防いだ。二人は別方向へと散り、各々のタイミングでゲルドに魔法を放つ。しかし何度放っても、ゲルドはその魔法を素手で受け止めてしまった。
(効かない!?)
二人が戸惑うと、その隙にゲルドもまた魔法を放つ。以前のゲルドは肉弾戦タイプだったが、今は完全に魔法タイプになっていた。魔法少女二人を同時に相手にするなら、肉弾戦タイプでは荷が重いだろう。
ゲルドの攻撃を掻い潜りながらも、二人は隙を狙いゲルドに魔法を放った。しかしやはりほとんどがその手で受け止められてしまったし、体に当たった数発も、効果をなさず消えていった。
ゲルドの放つ魔法の全てを避けきることは出来ず、ついに一筋の光の矢が杏を捉えた。
「あああああああああぁぁぁっっ!!!!」
衝撃で杏は吹き飛ばされ、抉るように地面へと衝突する。
「う…あぅ…」
その威力に杏は小さく呻くことしか出来ない。
ゲルドは杏に追撃の魔法を放った。今までのような光の矢ではない。強力な雷の閃光だった。
カザミは慌てて杏を庇うように閃光の前に立ちふさがり、魔法障壁を作り出す。
「くううぅぅぅぅぅっっっ!!!!」
魔法がぶつかり合い、凄まじい光を放つ。カザミは何とか閃光を防ぎきり、その場に立っていた。しかしあまりに強力なその力に、大きく魔力を削がれていた。杏に駆け寄り、回復魔法を掛ける。応急処置だが、それで杏も動けるまでには回復する。
ゲルドは余裕の表情で、二人の様子を見ていた。
「どうしよう…魔法が通じない…」
杏は弱ったような声を出す。魔法が通じない相手をどうやって倒せばいいというのか。
「いや、通じないわけじゃない。通じないなら、手で受ける必要もないはず。きっと体中に継続的に魔法障壁を張り巡らせてるんだと思う。」
「じゃあ、それを貫ければいいんだ。」
「でも、そう簡単にはいかない。杏、やっぱりこの間みたいな力は出せそうにない?」
カザミは訊ねる。イヴィルアイを倒した時の、あの圧倒的な力だ。あれがあれば、ゲルドも倒せるはずだった。
しかし杏は悲しげに首を横に振る。
「だめ…どうやったらあんな力が出せるのか、分からないよ。」
カザミも顔をしかめる。
「どうした!?もうかかってこないのか!?」
大きな声でゲルドが叫んだ。
「…分かった。このままじゃ埒が明かないし、賭けに出るしかない。」
「賭け?」
杏は聞き返す。
その作戦をカザミは杏に耳打ちするが、杏は反対する。
「駄目だよ、危険すぎる。」
「でも、これしかない。あいつさえ倒されば、しばらくは大丈夫なはずだから。」
杏は渋々承知する。他に方法がないのは分かっているのだ。

二人はゲルドに向かって飛び出した。カザミは一直線にゲルドに突っ込んでいく。ゲルドはこれを撃墜しようと、再び無数の光の矢を放った。
カザミはそれを避けようとしない。渾身の魔法障壁を体にまとい、魔法の中を駆け抜けていく。
「なに!?」
ゲルドはこの捨て身の行動に怯む。しかし、避ける隙も与えず、カザミはゲルドの身にしがみ付いた。すると、カザミは体中の魔力を全てかき集め、そこで爆発させた。ほとんど自爆のようなものだ。
「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
「っっっっ!!!!!」
二人はその爆風に吹き飛ばされた。カザミは背中から地面に激突する。その服は爆発でボロボロに千切れていた。
ゲルドは何とか地面に足を突いた。カザミの自殺行為にも等しいこの攻撃でその魔法障壁は破られ、ゲルドの体は血を滴らせていた。
そして、ゲルドが体勢を十分に立て直す前に杏が迫る。ゲルドはそれに反応し、手をかざす。
杏は魔法による反撃を想定していた。すぐさま魔法障壁を身にまとう。そして、魔法を防いだ後にはすぐさま攻撃に移れるよう備えていた。
しかしゲルドのかざした手から魔法は放たれなかった。その代わりに、無数の触手が伸び、杏を襲った。
「なっ!?」
全く予想の出来なかった攻撃に杏は焦る。魔法障壁は物理攻撃には弱い。触手は障壁を貫き、杏を拘束してしまうだろう。杏は慌てて魔法を放ち、触手から逃れようとした。魔法が触手に衝突し、大きな爆発を生む。煙が辺りを覆い隠した。