しかし、透はその考えを曲げなかった。自分はそうやって今日まで生きてきたのだ。こんな少女の考え一つで、これまでの自分を否定されて、自ら否定してたまるものか。
透はあることを思いついた。それは自分にとっても、彼女にとっても悪くないもののはずだ。
「一つ提案がある。」
透は葵に語りかけた。
「提案…?」
葵は透の意図がつかめずに警戒して身を固める。
「お前が俺に協力すれば、俺がお前に魔力を供給してやる。どうだ?」
葵はこれをすぐさま拒否する。
「どうだ?じゃないわよ。それは人を襲って生きていけってことでしょう。それが嫌だからこうして…」
「まぁ落ち着け。お前は今すぐ死にたいようだが、それは不可能だ。俺がお前を犯すことを了解しないからな。」
葵の顔が落胆に沈む。
「だから俺はお前に最良の選択肢を与えてやろうというんだ。俺がお前に魔力を与えるだけならば、魔力を結合せずとも出来るだろう。それでお前は正気を保っていられるはずだ。」
「でも、あなたに協力するって言うことは、人を襲うってことなんでしょう?」
「お前が協力しなくても人は襲う。そして、お前が襲うのは人じゃない。」
「人じゃない…?」
「ただの人ではない、だな。光の魔法使い。魔法少女。俺たちの敵だ。」
葵は首を振る。
「同じよ。人を傷つけたくない想いは同じ。それが魔法使いであろうと。」
「だが、普通の人間を襲えば十中八九死ぬ。魔法少女ならそう簡単には死なない。これがお前にとっての最善の策だと俺は思うがな。」
葵は悩んだ。確かに、それは本当だろう。透が葵を殺さない限りは。
「でも、ずっと人を傷つけながら生きていくなんて私は嫌。どうしても。」
そういうと、透は笑みを浮かべて返す。
「誰がずっとだと言った?」
「え…?」
葵は顔を上げ、透を見つめた。
「俺の魔力がお前などものともしないほどになれば、そのときはお前を犯して殺してやろう。」
「ほ、本当に…?」
葵はかすかな希望の光を見つけたような表情になった。死という希望の光を。透は笑みを浮かべたまま続けた。
「それだけじゃない。そのお前の力があれば、ただの人間に戻ることも出来るかもしれないぞ。」
「え……」
ただの人間に戻れる?誰を襲わなくても、普通に生きることが出来たあの頃に戻れる?葵は今まで思いもしなかったその魅力的な言葉に強く惹かれた。

「どういうこと?ただの人間に戻れるって!?」
葵は必死になって透を問い詰めた。期待通りの反応。透は答えてやった。
「お前の力、上手く伸ばせば、あのヴァイスを倒すことも出来るかもしれない。俺たちを闇の魔法使いたらしめるその魔力の持ち主が死ねば、その魔力は俺たち自身のものとなるそうすれば、俺たちはただの人間に戻ることも可能になるだろう。自由になれるわけだ。もっとも、望めばそのまま闇の魔法使いでいることも可能だがな。」
それは魔族を通じて得た知識だった。魔族の中には魔力と交換に知識を与えようというものがいる。
「魔力を奪ってもそう簡単に死にはしない魔法少女。奴ら襲えばいい。どうせ奴らの魔力は回復するんだ。それでお前は死が得られる。もしかしたら人間に戻ることも出来るかもしれない。いい取引だろう。」
葵は少しの間戸惑う。この男が自分を犯さないならば、それが最良の選択に違いなかった。
そして、葵が次に顔を上げたときには心は決まっていた。
「わかった。あなたに協力する。でも、絶対に魔法少女以外は襲わない。それだけは絶対に曲げられない。」
「いいだろう。これでお前は俺の仲間だ。仲良くやろうぜ。」
透はその結果に満足した。使いようによればかなり便利な戦力を手に入れたのだ。後々どう処理するかはそのときに考えればいい。
「まずは、力の使い方を覚えてもらおうか。その魔力をかき消す能力、活用できれば大きな力となるはずだ。」
葵はこの選択が正しかったのか、まだ少し迷っていた。だが、人間に戻れる。その可能性を信じてその迷いを振り切った。人間に戻れば家族に会えるのだ。そして杏にも。
葵は思い切り、魔族の群れの中へと足を踏み出した。