二二三二年三月二十四日、日本・関東州のある国立大学の研究棟。
「応接室」とプレートが掛った一室の前に白衣姿の一人の男がやってくる。やや細身で、
背丈は百八十センチと少しくらいだろうか。やや縁の薄い眼鏡をかけており、正確な顔立
ちはうかがえないが、明らかに絶世の美少年のそれである。
その男が応接室のドアを二、三度ノックすると、中から、どうぞ、という返事があった。
男は安心したのか、一息つき、ドアを開けた。
「どうも、クリスさん、お待ちしておりました。」
室内にはスーツに身を包んだ男が一人。スーツの男の態度と、クリスと呼ばれた白衣姿の
男の反応を見るところ、顔見知りのようだ。「いつもお世話になっております、竜崎さん」
クリスはスーツの男(竜崎というようだ)にあいさつを返し、部屋のソファに座ると、竜
崎は先ほどまで座っていたソファに座り直す。すぐさま、竜崎は彼の左にあった鞄から超
小型レコーダー(二センチ四方の音声録音機)を取り出し、眼鏡をおもむろにいじる。そ
して、すぐさまインタビューを開始した。
「それじゃ、インタビューを始めさせていただきます。まず、先日発表なさった論文に関
連したことなんですが……」
質問は多岐にわたった。
一週間前に発表した、新たな素粒子に関する論文に対するもの。
とある会社で発表された新技術についてコメントを求められたり。
あるいは彼の所属する「サブカルチャー・サイエンス・アソシエーション」や、最近の
アニメについて語ったりもした。
そして、インタビューの締めくくりに、
「SSA(ソーシャルサイエンスアーツ)とWTW(ワールドテクノロジーウェブ)の対
立構造をどう思われますか?」と竜崎が質問したとき、小さな異変が起きた。
ずっと流暢に話を続けてきたクリスが言葉に詰まったのだ。すぐさま、苦笑いして
「どういう立場になるか分からない私がコメントをすべきではないと思いますよ」
と答えたために、竜崎はその顔に陰りがあるのに気がつけなかった。
そして、質問を終えた竜崎は一礼すると、部屋を出ていった。
クリスは応接室にしばらくこもり、カップ一杯の紅茶を飲むと、左
腕に着けた時計を見た。時計の針はもう四時を指そうとしていた。クリスは部屋を出ると、
研究室にある自分の荷物を取りに行き、荷物を取ると、大学を後にした。
クリスは、相変わらずあの人は鋭い、と思った。あんな質問をしてくるということは、
僕が関わりのある人物だとバレてるのでは、とも。だが、クリスは、それでも竜崎にはど
う関わっているかまでは分かるわけがないことも理解していた。
クリスは家路を急ぐことはなかったが、どこにも立ち寄ろうとはせず、ひたすら歩いて四キロ先の自宅へと向かっていた。
もっとも、クリスは腹を空かしてしたようで、二キロ程歩いたところでコンビニに立ち
寄り、買い食いをしていたのだが。
この時すでにある異変にクリスは気づいていたが、他の者はおろか、異変の主でさえ、すでに察知されていることに気がつけていなかった。
買い食いしたあと、クリスはまたしばらく歩き続けていた。駅前を抜け、市街地からも
遠ざかり、後一キロも歩けば自宅に到着しようというところで、クリスは急に立ち止まる。
そして……
「ね……ねえ、」
と小さな声で誰かに呼びかける。さらに、
「ね、ねぇ、隠れてるのは分かってるんだよ?とりあえず、姿を現してほしいんだけど。
今度は、誰だい?」
誰の姿も見えない中で、先ほどより大きいが、やや弱々しい声でクリスは誰かを呼ぶ。他
が見たら、頭が狂ってしまったように見えるこの光景だが、クリスだけは真剣だった。なぜなら……
「いつ気配が分かったっていうのよ?」
何もないはずの場所から声が聞こえてきた。十二、三歳くらいの、少女の声だ。
「……大学を出て五分くらいだよ。あの程度で身を隠せたつもり……だったのかな?」
すると、
「まあ、すぐにバレると思ってたけど。ま、それなら話は早い。何で私がこんなとこにい
るかは分かってるわね、クリスティーナ?」
クリスは黙っていた。分からないわけがないのだ。もう、すでに何度も経験していたから。
「で、どうするつもりなの?」
「クリスティーナ=ヤヒコ=エド参考人、日本国名江戸弥彦、国家最高裁判長の認可の下、私、リリエルが……」
だがクリスはリリエルと名乗る声を遮り、
「えーっと、あれだよね、まさか他にも五人くらい来てたりしないよね?」
と言った。すると周りからいくつか動揺したような声が上がってきた。どうやら図星らし
い。
「とっ、ともかく、私リリエルと、」
「リーヴス」
「ターコイズ」
「シャマシュ・ワン」
「ワンダー」
「は、貴方に対し貴方が所有する、仮面型人格所有魔力封印装置と、その中に封印された
人格所有魔力、通称『エージェント』の返還を求めます。」
「従わなければ?」
「お分かりのはずでしょう?追いかけられるのはこれが初めてじゃないんだし」
そう、リリエルは冷たく告げ、五人が姿を現す。
リリエルは五人の中で一番年長らしい。見たところ十四〜五歳だろうか。真っ白なドレ
ス様の衣装で、右手には剣の形をした物が握られている。
残りの四人であるが……それぞれ、名前にちなんだ色の衣装を身に纏っているが、四人
とも胸に大きなリボンのついた、同じデザインのジャケット様の衣装を着ているに過ぎな
いのを見る限りまだ下っ端だろう、とクリスは思った。実際、あまり強い力は感じられな
い……リリエルからも。
見たところ、リーヴスとターコイズは姉妹のようであった。よく似ているのだ。リーヴ
スが姉で十二歳、ターコイズが十歳と言ったところか。
シャマシュとかいったのは少々大人びてる感じがあったが、実際は十歳になるかならな
いかだろう。
ワンダーは明らかに幼く、八歳ぐらいだろう。
いずれにしても、僕の好む所であるのに変わりはない。
そこまで考えている内に時間を食ったらしく、リリエルが苛ついた様子で、
「早くしてください。この命令に従うつもりはあるのですか?」
と、迫ってくる。
クリスは一つ、ため息をついて、言葉を紡いでいった。
「そりゃ、こんな力捨てちゃいたいよ。作った人達のことも、この力のことも、僕が知ら
ないとでも思ってるのかい?」
「それならば、……」
とリリエルが割り込もうとしたがクリスは話を続ける。
「でもさ、これを手に入れたとき、僕は、これはチャンスなんだって、思ったんだ。臆病
者の僕が変われる最後のチャンスなんだって。
僕は表では天才とか、ギフテッドとかもてはやされてるけど、やっぱり上には上がいた
んだ。所長には太陽が西から昇ったって及ばないしさ。だがら、オンリーワンになりきれ
ない僕には、こ
「太陽が西から昇る?」
ターコイズが何気なく言う。
「あくまで例えだってば、突っ込まないでよ。……とにかく、この性格を変えるには、こ
の力が必要なんだ、だからっ……」
「だから?」
とリリエルがオウム返しする。
「だから、答えはいつも同じなんだっ……セットアップ!」
そう言って懐から仮面を取り出し、装着した。
そして、白衣を脱ぎ捨て、ズボンの腰に据えつけた黒い棒に触れると、たちまち姿を変
え、剣の柄のようになった。
そして、声を太く変え、仮面の上半分をグローブらしきものを着けた右手で隠し、敢然と宣言する――
「だが断る、とな」
それを聞いた五人の少女は覚悟を決めたように身構え、リリエルは
「そうですか……仕方ないですね、貴方を公務執行妨害と禁止兵器所有の容疑で逮捕しま
す、場合によっては、抹殺いたします」
と言い、五人は攻撃を開始する。
彼は遅いかかる魔法弾も刃も避けようとはしない。命中しても全く効く様子がないのを見
る限り、相手との差は歴然としているようだ。
今度は逆に、剣の柄のようにした黒い棒を真ん中から二つに分けて一振りすると、ピン
ク色の刃が現れた。そして、一気に空中に飛び上がり、空中にいた
だが、斬られた瞬間、少女たちは奇妙な快感に襲われた。そして、あげた声は悲鳴では
なくて。
「ああん!」
「ひゃああ!」
といったあられもない矯声だった。一番幼く見えるワンダーも、身をよじって悶えていた。
今度は銃の形をしたものからピンクの魔法弾が放たれ、少女達を貫く。再び矯声が上がる。
そして、双剣の柄の両端から、銃の発射口から、今度は実体のあるエネルギー体が現れ
、少女達を縛り上げていく。少女達を縛るその触手様のエネルギーはどんどん伸びていき
、女性の敏感になりやすい所を通っていく。そして、意思があるかのように、少女達を締
め上げると、彼女達は快楽の声で鳴き始めた。
「へ〜え、みんなMっ気あるんだな」
などとつぶやきつつ、今度は呪文のようなものを言うと、エネルギー体の色が濃くなって
いく。そして、少女達を守る衣装に触れる所に達すると、衣装はどんどん溶けて、肌の露
出が増えていった。そして、気がつけば衣装は用を成さない程に消え去っていた。
「さあて、快感で、抵抗しようなんて気を焼ききってやろうか」
そうつぶやくと、エネルギー体の先端は少女達の体をはいずり回り、胸を、尻を、太股、そしてその根本を撫で回す。
五人は少しずつ快感に溺れ、戦うどころか意識が朦朧としていた。中には下着が役に立た
ない程に濡れて、太ももまで蜜を滴らせる者も出てきた。
そして、秘所にエネルギー体を挿入して、いつものように子宮から魔力を奪おうしたそ
の時、エージェントは大きな力が迫ってくるのを感じてエネルギー体を引っ込める。
すぐに白い、胸に赤いリボンをつけた衣装の少女達が十人やって来た。
その姿から、少女達は最下級の魔法少女、メイジであると分かり、エージェントは困惑し
た。それならばあの力はどこからきたのか、と。
その疑問はすぐに解決した。紛れもなく、その少女達の中の一人、十二歳の少女から大
きな力を感じ取れた。これまで出会った中でもダントツの魔力――その時、エージェント
にある考えが浮かんだ――
もはや意識もほとんどない状態の五人が白い衣装の少女達の手で姿を消し(どこかへ転
送したと盗み聞きした)た少女達は一気に襲いかかる。さすがに十人相手ではエージェン
トも力量以前の状況であり、うまく立ち回れないまま大きく後退し、立て直しを図ること
にした。
ヤツのこともある、と考えたエージェントは、ある決意を固めた。
少女達が、フォーメーションを作り、再び襲いかかる。魔法弾を打ち込み、一気に決着を
着けようとする。
一瞬、少女達は体の主の声を聞いた気がした。
ごめんね……と。
次の瞬間。少女達の白い衣装が真っ赤に染まった。皮肉にもエージェントのお目当ての
少女は最後列で、刃に裂かれることなく、友の血を浴びていた。