「ええい!不愉快だ下がれ!」
怒気も露にバムは奇跡の石の捜索――を名目とした略奪――の結果を報告
した部下を怒鳴りつけた。脱兎の如く立ち去る部下を忌々しげに見遣ると
おもむろに中断していた食事を再開しようとして舌打ちする。握っていた
銀食器が歪に変形していたのだ、どうやら知らないうちに手に力が入っていた
らしい。八つ当たり気味に床に投げつけたものの、ぶつかった際の甲高い音
ですら癇に障った。
「おのれ未開の蛮族の分際でたてつきおって、捕まえたら絶対にこの世に
生を受けたことを後悔させてやる」
代わりの食器を用意させているあいだ彼は歯噛みしつつそうつぶやいていた。

下校する生徒や部活動にいそしむ生徒が放課後の校庭をにぎやかにしている。
北条理利の所属する女子剣道部も外でランニングを行っていた。
だが平和な光景は絹を裂くような悲鳴によって終りとなる。悲鳴のする方角に
目を向けた人が目撃したのは、巨大な――どう見積もっても犀くらいの――
イソギンチャクが見た目からは想像もつかぬ速さで校庭に侵入してくる光景だった。
われに返ると蜘蛛の子を散らすように逃げ出す生徒たち。その中でも
理利は最も早く走り出した口である。もっともその目的は変身する為に物陰
に駆け込もうとしたからであるが。
三度目ともなれば変身もある程度慣れてくる。これまででもっとも短い時間で
変身した理利は急いで怪物の元へ向かった。そんな彼女の視界に飛び込んで
来たのは一人の女生徒が怪物に飲み込まれる姿だった。
物陰で隠れて変身しようとしなければ彼女はこんな目に遭わなかったのではないか?
理利の心に後悔の念がよぎる。だが、と彼女は考え直す。あの怪物は咀嚼せずに
丸呑みしていたから彼女はまだ生きているのではないか?
急げば助けられるかもしれない!
そう己を鼓舞し右手に剣を形成した。
怪物の方も自分に気づいたのだろう。近くにいた男子生徒には目もくれずに
こちらに向かってきた。


女生徒を救わんと意気込む理利だが、意気込みとは裏腹に劣勢を強いられる
ことになった。まず女生徒が飲み込まれている以上不用意な攻撃を加えることは
出来ない。解剖学に詳しいわけでは無い――まして異界の怪物である――
彼女ではぱっと見では女生徒がどの辺りにいるのか判らないし、嗅覚や聴覚で
判別することなど出来様はずも無い。ならば、と怪物との戦いで活躍する
奇妙な感覚で探ってみるもまったく判らない。どうやら自分や怪物
の発するエネルギーをほかの人は出していないということだろうか?
一方怪物には遠慮をする必要は一切無い。触手を伸ばして攻撃してくるのだが
これがまた洒落にならないほど強いのだ!考えてみて欲しい、触手は
本体の思うがままに動くのだ。しかも複数である。理利はたった一人で
大勢の鞭の使い手と戦っているようなものであった。
「ああもうっ、間に合わなくなっちゃうじゃない」
そう言いながらも襲い来る触手をある物は切り落とし、またある物はかわす理利。
その戦いぶりは相手のリーチと手数が勝ることを思えば客観的にみて善戦とすら
いえるものであるが、それだけではだめで彼女は女生徒を救わなくてはならない。
そのためには細心の注意を払いながら怪物を解体しなくてはならないが、
無数の触手を伸ばす怪物の抵抗を退けつつそんなことをするのは困難であろう。
怪物の腹の中には消化液だの消化のために飲み込んだ石だのがあるかもしれない。
女生徒は無事だろうか?
そんな焦りが判断を狂わせたのか、理利は切り落とした触手を踏んでバランスを
崩してしまう。とっさに地面を転がって攻撃をかわそうとしたのだが……。
(え……)
突然体が痺れ動きが鈍くなる。理利は気がつかなかったが怪物の触手には
神経毒を撃ち込む刺胞が存在し、転がった際に理利の皮膚に切り落とした触手が
触れて毒を撃ち込まれたのだ。
(こん……な……ことって……)
怪物はその隙を逃さなかった。無数の触手が理利を包み込んだ……。












(理利大丈夫?)
(自分でも信じられないけど何とかね)
触手から開放されて徐々に感覚が戻ってくる。意外なことに彼女が放り込まれたのは
生物の体内でありながら柔らかい粘膜ではなく硬質の何かで出来た空間である。
光の一切入らぬ闇の中を手探りで周囲を確認すると、よろめきながらも立ち上がり
剣を形成する。剣からもれたエネルギーが光となって周囲をぼんやりと照らし出した。
「わぁ……」
(へえ……)
思わず感嘆の声が漏れる。実際その光景はちょっとした見もので壁面全体が
光を受けて真珠色に輝いていた。
「っといけないこんなことしてる場合じゃなかった」
倒れている女生徒を見つけあわてて生死を確認する。
外傷はなく呼吸も鼓動も行われているようだ命に別状は無いだろう。
(なんとなくだけどこの怪物は捕獲用のものみたいね)
(どうしてそう思うの)
(あの触手痺れる毒があるみたいだけど、強力な神経毒は自律神経すら麻痺させて
呼吸困難で死に至らしめるの、私もあの人も全身触手に包まれても命に別状は
なかったわ。もともと人を死なせないように調整してあるんじゃないかしら)
それに、と壁面を指して言葉を続ける。
(食事にしては消化液が出てこないし、真珠はもともと貝が体内の異物から
身を守るために異物を分泌物でコーティングするのを利用して作るの
こいつも粘膜を保護する為に粘膜をコーティングしてるんじゃないかしら)
女生徒の無事と所在を確認した以上ためらう理由などない。
例の感覚で怪物のエネルギーの中枢を探知する。体内にいるとはいえ
なにぶん巨大な怪物なので少々遠い位置だ。届くように剣の長さを調整する。
試行錯誤はあったがどうにか成功したようだ。壁面の強度が判らないので
出力も上げる。エネルギーの密度が上げられなかったのでその分太くなった、
周囲がさらに明るくなるのはエネルギーにロスが有る証拠だ。
理利の放った突きは壁面を貫き深々と突き立った。彼女の感覚は
怪物からエネルギーが失われるのを捉えていた。
そのまま怪物を切り裂くと光が差し込んだ。外に出られる!
人が通れる位切り口が大きくなったのを確認し、女生徒を連れ出そうと
思った瞬間彼女は総毛立った。外にまだいるのだ。恐るべき、何かが。