男が椅子にどっかと座って手持ち無沙汰にしている。男の屈強な肉体には
質素な椅子が少々窮屈に見え、男から漂う風格と身形は彼がそれなりの地位
にいることをうかがわせた。半時ほどして
「お待たせいたしましたスランゴール将軍」
と背後から声がしたので男が振り向くと部屋の入り口にもう一人の人物が
入ってくるところであった。こちらは男とは対照的な痩身である
「いや、イグシャム長官も多忙な中、こちらの尻拭いをしていただいて
こちらの方こそ申し訳なく思っている。ところで……」
二人の会話からさっするに双方かなりの地位にいるようだ。
「ええ、その件ですが所在が不明になっていた実験体の所在が判明しました」
「さすが情報部は精鋭ぞろいだな」
「ですがその場所が問題で……。実験体は破壊された状態でアレが転移した
先の世界で発見されたのです」
スランゴールの表情が驚きで僅かに変化した。
「実験体には空間転移の能力は無かったぞ」
「ええ、つまりただの脱走ではなく何者かの介在があったと言う事になります。
さらに実験体が戦闘で破壊されたとすればその騒ぎに気づいたアレが
逃亡するかもしれません。空間転移なら痕跡がはっきり残るので追跡は
容易ですがそれ以外の方法でなされた場合、伝の一切無い異世界での
捜索は困難を極めるでしょう」
「まるで何者かとやらが“計画”を妨害する為に仕組んだようではないか
“計画”なくして我らの繁栄は無いというのに」
「“計画”の為にわれらも全力を尽くすつもりです。ところで将軍
異世界へ送り込める人員は諸般の事情でそれほど多くありませんが、
荒事が発生した際の用心に将軍の配下で何人かをすぐに送り込めるように
していただけ無いでしょうか」
「うむ、協力は惜しまぬつもりだ。心利きたる者を選抜しておこう」
力強く請け負うと将軍は長官の下を辞去した。
さて、問題のマロード達はといえば……
散々焦らされた挙句に目の前に差し出された“それ”はあまりにも大きく
少女はごくりと唾を飲み込んだ。貪る様に口に運び硬いものを舌で舐めまわす。
嚥下したものが食道を蹂躙する感覚に少女は陶然とした表情を浮かべた。
そんな少女の口元をつつっと指がなぞった。
「本当に理利はこれが大好きよねえ」
そう揶揄すると声の主は理利の口元を汚していた白いものが付着した指先を
見せつけるように理利の目の前にかざすとぺろりと舐め取った。
遅まきながら自分の狂態に気が付いた理利は俯くと耳まで赤くなって、
「だって、ここのパフェ大好きなんだもん」
とか細い声でつぶやいた。
約束どおり友人たちと遊びにでかけて喫茶店に立ち寄ったのだ。
「まあ理利が甘党なのは今に始まったことじゃないけどね」
(僕は理利の欲求に忠実なところ好きだよ)
かけられる言葉にますます縮こまる理利。と、そこへ救いの手が差し伸べられた。
「ねえ理利〜、私の体験がほんとだって吉美に理利のほうからも言って頂戴よ」
そういった少女は本庄繁子といって先日蟷螂頭に襲われていた少女だ。
理利はうなずくと
「自分でもいまだに信じられないけど繁子が怪物に襲われたのは確かよ」
と、理利をからかった人物、藤田吉美に事実であると証言して見せた。
「ふーんそれで颯爽と繁子の危機を救ったのよね。かっこいいなー惚れそうだわ」
「そうそう、腰が抜けた私のために自分がおとりになってくれたのよ」
盛り上がる友人達に控えめにうなずいて見せた。
一歩間違えたらというより何かの間違いで変身した為助かったものの、
普通は助からなかったのではあるまいか。
(ところで理利)
(なに?マロード)
(あの蟷螂頭次の日影も形もなくなってたけどどうしてだろう)
(警察か何かが回収したんじゃないの?)
(あんな君達から見て正体不明の怪物回収するにも異臭騒ぎがおきたとのように
避難勧告が出てもおかしくないよ防疫部隊とかが動けばニュースになりそうだし)
理利にはマロードの意見が当を得ているかどうかわからなかった。
しかし、心に不安が雲の如く広がるのを感じた。