星結中等学園に通う二年生の甘味葵は若干美少女である。
 いや、見た目は掛け値無しの美少女なのだ。背は低く胸も控えめだが、
それを魅力に変える幼さという名の魔法をまとっている。
 淡く青い髪はツインテールで、目は大きいが躍動感のある作り、
血色のいい唇は小さく、まるで人形のような顔立ちである。
 紫を基調にした学園の制服は気持ちダブダブで、それがまた彼女のいじらしさを際だたせている。
 しかし、その幼い体のつくりにギャップを生み出しているもの、それは臀部だ。
 一見中学生然とした体つきではあるが、臀部だけは人並み以上に大きく、
 脚も張りこそあるものの太めである。太っているわけではない。
 何故なら彼女は陸上部、特にマラソン分野のエースであり、足腰が鍛えられているのである。
 そのアンバランスさがまたマニア受けするらしく、
マラソン大会に出場するたびにカメラ小僧が集まるほどだった。
 全体的に見て、それは幼さの上で成り立つ美貌であり、それはひどく危ういバランスの上で成り立っていて、
見ているだけでハラハラさせる何かがあった。
 それはつまり、今の美貌が完成された美しさであることを示していた。
 さて、それでは見た目以外の問題とはなんなのか。
 それは彼女の内面、男が大嫌いなことに起因している。
 通っている星結中等学園は共学であるが、彼女は男と話しをすることすら拒んだ。
 教師であろうともそれは同様で、何が何でも断固無視(あるいは無視よりも傷つく罵声の連続)
であることに誰もが呆れ、授業中に彼女を指名する男教師などこの学校には存在しない。

「別に女がこう……好み、ってわけじゃないんでしょう?」

 星結中等学園二年A組の教室。
 放課後の黄昏の中、新聞部副部長、赤原理香のインタビューを受けていた葵は溜息をついた。

「なんでこう、何でもかんでも色恋沙汰にしようとするのかな。女の方が話しやすいってだけだし。
変な目で見てくる女がいたら、それもそれで嫌がるから。そう、ちょうど今の貴方みたいにね」
「そりゃ結構、こっちも仕事だしね」
「たかだか部活動でしょ?」
「あら、心外ね。部活動だからって馬鹿にしないでよ」
「部活動なら人に不快感を与えていいって訳?」
「あ〜……はい、ごめんなさい」

 よろしい、と目を閉じて腕を組み、胸をそらす葵。
 現在、『雑誌にも目をつけられる我が校が誇る美少女、甘味葵の謎に迫る!?』
という題名のインタビューを受けている最中である。
 学生新聞である月結マンスリー新聞にこの記事が載るのは、
夏休みを前に控える来月号の事らしく、発行部数が一年の内で一番伸びる号なのだそうで、
どうしてもスクープ記事が欲しいの! と新聞部の下っ端をしている親友、
同じクラスの星野林檎に土下座されたのは昨日の話。
 その新聞でさらし者になる私にとってみれば、
たくさんの人の目に触れる新聞で見せ物パンダになるのは遠慮したい所だったが、
友人たっての頼みということで、嫌々ながらもこうしてインタビューを受けている、
という次第である。

「じゃあ改めて」咳払いをする理香。「では、男が嫌いな理由は何なのでしょう?
聞くところによると、雑誌にも登場するほどに人気が出ているそうですが」
「だからさっきも言ったけど、それだけは書かないで。記事名も変えて」


 葵は身を乗り出して頼み込むものの、理香はばれっこないわよ〜と言ってなかなか要望を聞いてくれない。
確かにそれは事実だし、ばれっこないという理屈もわかる。
 しかし問題は葵自身のプライバシーに関する点なのである。
 葵が取り上げられた雑誌、それは一八歳未満購入を禁止されているいかがわしい雑誌なのだ。
 いわゆる投稿写真を載せるだけの雑誌であり、そんな雑誌を購入する連中、
及び雑誌に投稿する連中の人間性を疑う内容に違いないのだが、
その雑誌に毎月のように葵が登場していることが判明したのである。
 主に葵がマラソン大会に出る際に体操着を着ている写真だ。
 葵自身は知らなかったのだが、月結中等学園の体操着は他校と違いブルマーが未だ採用されており、
それがマニア心をくすぐるらしい。
 また幼児体形でありながら臀部が大きく、また太ももが筋肉質な葵がブルマーを着る姿は、
一部の変態にとって非常に扇情的に映るらしいのだ。
 あんないやらしい雑誌に何の許可もなく毎月掲載され、
更に多くの変態共に観察されていると考えると、吐き気すら覚える。
 確かに、その雑誌は一八歳未満が購入することを禁止されているし、
また学生新聞も中等学園内のみで配布する為、
取り上げられている雑誌がいかがわしい雑誌であることがばれることなどありえないはずだ。
 しかし、現に新聞部の連中には調べがついているではないか。
 今はインターネットもあるし、また学生でも法律を守ろうとしないアホがその雑誌に手を伸ばさないとも限らない。
 また、教師や学内で勤める大人の存在も気がかりである。
 もちろん、教育の場で勤める大人達がモラルを持っていると信じたい。
 しかし最近は教師のセクハラなんて珍しくないし、パン食堂や購買に勤める大人は教師という訳ではない。
 そもそも葵はその気性から、少なからずの男性教師から嫌われているし、
 実際いやらしい目で教師から見られることも少なくなかった。
 故に、雑誌に登場していることを公表したくなかったのだ。

「……さて、こんなもんかな。どうもありがとうございました!」
「ちょ、待ってよ! その見出しを訂正するって約束して!」
「じゃあ部長と相談の上でってことで、さようなり〜〜〜!」

 そう言って理香はテープレコーダーと筆記用具を片付けると、逃げるように教室を出て行った。
 葵は大きく溜息をついて下校の準備をすませると、もはや人影まばらな校舎を出る。
(……あ、部室)
 今日は陸上部は休みだったが、陸上部の部室に体操着を置き忘れていたことを思い出す。
 夏前とはいえ六時を過ぎれば太陽は低く、
暗い中を校舎裏の部室棟にまわるのを不安に思わないわけではなかったが、
汗のしみついた体操着を放っておいては明日の体育の時に不快である。
 鍛錬ついでに小走りで部室棟に向かった。

 部室棟につくと、陸上部の部室は明かりがついていなかった。
 しかし、その隣の水泳部の部室の明かりがついていた。
 通り道だったので興味本位にそのガラス戸を覗き込むと――。


 二人の男女が抱き合っていた。女性は向こうを、男性がこちらを向きながら。
 女性は、一学年上にあたる水泳部の選手、甘口苗さん。
 水泳部の中ではぱっとしない選手であり、大会などにも出たことのない人だったけれど、
部室棟周りの掃除をよくしている事から葵とよく話す間柄になっていた。
 性格は引っ込み思案で、人と付き合うことが苦手そうだったが、礼儀正しく、
口だけ達者な社交的と呼ばれる連中よりもよっぽど付き合いやすいと葵は思っていた。
 顔立ちは可愛いというよりも美しく、どこか退廃的なムードを漂わせており、
葵にはない大人の魅力を持っているように見えた。
 何より目を引くのは胸が豊かな所であり、葵より若干高い程度の背には似つかわしくないほどに豊満で、
女である葵が言うのもなんだが、見ていてドキドキしてしまうほど扇情的な体のつくりだった。
 対し、その彼女を抱き留めている男性は、苗さんと同じく一学年上にあたる、バスケ部の辛子優治だ。
 当然のごとく話しをしたことはなかったが、クラスメイトの噂を聞くにおおむね好評で、
背は高く顔の作りも端麗、一部の女生徒からは王子様扱いされているようだった。
 まあ葵にとってみればどうでもいいことだったが。
 葵はどうしてか、その二人の抱擁に魅入られていた。
 二人がこういう関係にあったということを知らなかった(皆には知れ渡っていたかもしれないが、
葵自身はそういう情報に興味がなかった)というのもあるし、
こういった場面を直に見たことが初めてだったから、というのもあったのだろう。
 さっさと立ち去るべきだとわかっていながら、どうしても動けずにいると――。
 ――男が顔をあげ、ガラス越しに葵を睨んだ。
 葵は陸上部の部室に立ち寄るのを忘れ、鍛錬の時以上のスピードで校門をくぐっていた。
 とにかく恥ずかしい。男と女の絡みを必要以上に嫌い、色恋沙汰を聞いたところで無関心を装ってきた甘味葵。
 しかしそれは、必要以上にそういった話に敏感であることの裏返しだったのである。
 今まで隠し通してきたその事実の片鱗を、あろうことか色男である辛子優治に見られてしまったのだ。
 思わず奇声を発してしまいそうなほどに恥ずかしい失態。
 うかつな自分自身の行動に、葵は胃が痛みそうなほどの後悔を覚えていた。
 公園あたりまで走ったところで、やっと疲れを自覚する。
 ペースを崩して走るなんて、マラソン選手にとって一番やってはならないことだ。
 葵は自省しながらベンチに座り込む。

「うわ……あ〜もう、嫌ぁ……」

 未だ後悔が残る中、大きく体を伸ばして溜息をいくつか吐く。

(興味がある……それは、事実。でも、そうなりたいって訳じゃない)
(仕方がないのよ、環境がそうさせたの。だから私がそういう事をしたいって訳じゃ、決してない)
(全部、お兄ちゃんのせいなんだ。お兄ちゃんが悪いんだ……)


 眉をひそめて乾いた唇を舐めていると、不意に視線を感じる。
 閉じていた目を開くと、正面にサラリーマン風の男が立っていた。
 彼の視線を追って下を見る……と、スカートから伸びた葵自身の脚があった。
 注意していなかった為、スカートがはだけており、
あと少しでショーツが見えてしまうほどに太ももがあらわになっていたのだ。
 葵は慌てて脚の間に両手を入れて男を睨みつけると、男はへこへこと頭を下げてその場を去っていった。

「最低」

 やっといつものペースを取り戻して、葵は一人ごちる。
 まったく、雄という生き物は救いようがない。死んだ方がいい、と冗談ではなく思う。
 何故なら葵はその外見からして告白ラブレターストーカーといった一方通行的恋愛行為の被害には事欠かない為、
男性との思い出で心地よかったことなど生まれてこのかた一度も無かったのである。
 そして何より、兄の存在が大きい。まったく彼こそ、救いようのない男なのである。
 葵の家は父子家庭であり、また父は東京に単身赴任しているため、
駅に近いだけが取り柄の六畳二間のアパートに住んでいるのは、葵とその兄である甘味正樹だけである。
 正樹は高校卒業後、定職につかず、現在ニートをやっている。
 引きこもりという言葉をフリーターという言葉で誤魔化していたとすれば、
ニートはなんという言葉を誤魔化しているのだろう。
 わからないが、もしそんな言葉があるとすれば、
その枕詞に「死んだ方が良い」とつけたところで違和感のない言葉に違いない。

(あいつみたいな男が全員、ってわけじゃない。それは、わかってる)
(でも、少なくとも魅力的な男に会った事が今まで一度もない)
(悪い、普通まで会ったことはあっても、良い男に会ったことがないんだ)
(そりゃ、格好良いとか、そういうのはわからなくないけど、そういう奴に限ってろくな男いないし)
(やっぱり、男は嫌い)

 気づけば呼吸が整っていたので、立ち上がって家路につくことにする。
 公園を抜けて、人気のない住宅街を進んでいると――。
 ――後ろから足音が聞こえてきた。
 ざっ、ざっ、ざっ……一糸乱れぬテンポで聞こえてくる足音。気味が悪くなり少し早足になると、その足音もテンポが早まった。

(やば……これ、マジ?)

 更にスピードを速めるものの、足音はやはり離れていかない。
 ここまで早足になってしまった以上、後ろを向いて確認するのも気が引ける。
 不自然とはわかっていたが、駆け足になって――。
 ――足音が、どんどん近づいてくることに気がついた。

(ウソ! 結構本気で走ってるのに……!)

 周囲を見わたすが、人影は不気味なほどにない。
 月明かりと街灯が照らすアスファルトは不自然なほどに明るく、逆に夜闇が色濃く感じられる。
 更にスピードを上げる。同時に近づいてくる足音もスピードを上げる。
 もはやなりふりかまっていられず、ペースも何もなく全力疾走すると――。
 ――背中を掴まれた。


「ひっ!」

 慌てて後ろを向く。そこには先ほどのサラリーマン風の男がいた。
 ただ、その瞳は先ほどまでの人間味はない。
 光を反射しない瞳は、葵の顔に向いてこそいたが、見ているようには思えなかった。
 その男は抗いがたいほどの力で葵の体を引き寄せると、唐突に抱き寄せてきた。
 情熱的、と言うのに無理があるほどに無理矢理な抱擁。

 葵は嫌悪感に体を震わせて、男を突き放そう、とするものの、力が足りずになすがままになってしまう。

「ちょっ、離して! 離してよ! 誰か、助けてぇ!」

 いつもの気丈な態度を崩し、必死に助けを求める、ものの、
不気味なほどに人の気配の感じられない住宅街に、声は空しく吸い込まれて行く。
 ついには押し倒されてしまう。背中に感じるアスファルトの低い温度。
 男は相変わらず無気力な瞳で葵を見つめ、しかし動物的な動きで葵の制服に手をかけ、上着を力の限り引っ張った。
 引きちぎられる制服。布の裂ける音を聞いて、葵は恐怖に身を強張らせた。

「い……いや……」

 あらわになる白いブラジャーを両腕で覆いながら、男に懇願の目を向ける。
 しかし男は動きを止めない。もはや瞳は意思を持っておらず、
筋肉だけが機敏に動き、葵のブラジャーの紐を掴むと、力の限り引っ張って――!

「青い夏を過ごせなかった憐れな子よ」

 唐突に、女性の声が周囲に響き渡った。男は紐を引っ張る手を止めて、ゆっくりと後ろを向く。
 葵が男の肩越しに見た女性。街灯の逆光で顔こそ見られなかったが、容姿は観察することができた。
 肩からは、紫を基調にしたローブが伸びている。その下にはスクール水着と見まがう露出度の高い肌着。
 豊満の胸の下にはコルセットのような作りの鎧を装着しており、その下からひらひらした紫の布が、
ちょうどスカートのように伸びている。
 短めのスカートの下からは細い脚が伸び、ちょうど膝の上部からタイツ地らしい白のオーバーニーが覆っている。
 靴は丸みのあるデザインだが丈夫そうな作り。
 そして何より特徴的なのは、華奢な手が握る長いホウキ。

「神が許さなくても、私が許しましょう。だから目を覚ましなさい」

 女性は一歩前に出た。それにより逆光が解かれ、顔を直視できるようになる。
 紫色の大きな帽子をかぶったその女性は――見たことのある顔だった。
(苗、さん……?)


 ついさっき、バスケ部の色男、辛子優治と抱き合っていた甘口苗さん。
 彼女の名をつぶやいたつもりだったが、恐怖で喉が動いていなかった。
 彼女は葵を一目見たが、反応は見せず、男の一挙手一投足を見逃さないように睨みつけた。

「ブルー……サワー……」

 意思を持っていないと思われた男だったが、その女性を見て確かに単語を口にする。

(ブルーサワー?)

 状況を読み込めない葵をよそに、男は葵から手を離すと、油断無い動きで立ち上がり、女性と向かい合う。

「貴方、まだ意識があるのね? ならまだ救いようがあるわ」

 そう言って女性はホウキを上に振り上げると、男の目先に向かってホウキの先を突きつける。
 竹の枝が詰まっていると思われたホウキの先だったが、その中央には赤みがかった水晶が見え、
その周囲は布で覆われていた。
 その玉の中には五芒星が描かれており、それは淡く明滅しているように見える。

「ブルー・サマー・オブ・レイニー・ブルー。メランコリック・レイニー・ブルー……」

 彼女が英語の言葉を唱えた途端、その五芒星の明滅が激しくなった。
 淡い白の光だったそれは、だんだんと青い色合いを混ぜてゆく。

「ノー、ノー、ブルー・オブ・レイン・イズァ・サイン・オブ・クリア・ウェザー。
アンド・ザ・サマー・オブ・ユー・フー・ヴィジッツ」
「あ……あ……!」

 男はその光を見てたじろいでいるようだった。
 もはや葵のことなど忘れているようで、逃げるように後ろへ退いている。
 しかし女性の詠唱は止まらず……やがて赤みがかった水晶は、完全に青い光に支配される。

「イッツ・プロミスドゥ・スィート・サマー」

 その言葉が放たれるや否や、その水晶から青い光が一気に解き放たれる。あまりの光量に目を閉じる葵。
 やがて。時間をおいて、恐る恐る目を開くと――
――ちょうど足下に、男が倒れ込んでいた。
 慌てて脚の間に手を入れたが、どうやら男は気を失っているらしく、微動だにしない。
 念のため顔を覗き込むと、穏やかに寝息をたてて眠っていた。

「なんだったの……?」

 まだおさまらない動悸に深呼吸していると、男の向こうに立っていた女性がこちらに歩み寄ってきた。

「怪我とか、ない?」


 その声は、やっぱり苗さんの声に聞こえた。
 だから葵は唾を飲み込んでから、まるで漫画に出てくる魔法少女のような服装をした苗に問いただしてみる。

「苗さん、だよね? わかる? 私、陸上部の葵だけど」
「わかってるわ。それより、怪我は?」

 やっぱり苗さんだった。葵は安堵に溜息をもらすと、小刻みに頷いて笑って見せた。

「大丈夫。服破れちゃったけど……ま、家に帰るまでならなんとかごまかせると思うし」
「念のために、これをあげるわ」

 そう言って、苗さんはローブの内側にあるらしいポケットに手をさしいれる。
 今気づいたが、そのローブの前を留める部分が、ホウキの先に入っていた赤い水晶と同じ形状をしていた。
 ちょうど苗さんの豊満な胸に傾斜して乗っかっている。

(立派な胸……私とは大違い)

 はだけてしまった自分の胸と彼女の胸を見比べて、ちょっとした無力感を覚える葵。
 葵自身、異性を忌み嫌っている為、セクシーになりたいと考えたことはなく、
胸を大きくするために牛乳を毎日飲んだりお風呂でマッサージをしたりと、
同年代の子がやっているような行動をとったことはない。
 しかし、だからといっていつまでたっても成長しない自分の体をもどかしく思わないわけでもないのだ。
 実際、この幼い容姿がカメラ小僧にとって格好のエサになっているわけであって、
さっさと成長して大人の女性となり、キャリアウーマンにでもなって男に一切頼らずに生きていきたい、とすら考えている。
 まだ中等学園二年生なのだから仕方ないといえばそれまでだが、苗さんは葵とたった一歳しか年齢が変わらないのだ。
 無力感を覚えて当然である。

「葵さん?」
「え? あ、ごめん、気が散ってた」
「これ、着て帰って」

 そう言って渡されたのは、見慣れた巾着袋だった。

「私の体操着……?」
「これ、陸上部の部長から預かったの」苗は若干早口でまくしたてた。「葵さんが体操着忘れていったから、
渡してあげてくれって。ほら、私の家って隣町だから駅使うじゃない? だから、駅に近い葵さんの家は通り道だから」
「はあ……」


 葵は相づちをうったものの、若干それを疑っていた。
 先ほど部室に向かった時、確かに苗さんはそこにいた(何をしていたかは、まあ置いておいて)ものの、
隣の陸上部部室は明かりが消えていたし、そもそも陸上部は今日は休みだったのだ。
 葵と同じように、部長が偶然部室に寄ったと考えれば、済む話ではあるのだが……。
 とりあえず、破れた制服のまま帰るのは気が引ける。人影がないのを利用して、葵は苗さんを盾に体操服に着替えた。

(ちょっと湿ってる……あ〜、やっぱり昨日持って帰っておくべきだったなぁ)

 不潔な体操服にうんざりする葵。同時に違和感を感じる――ブルマが小さく思えるのだ。

(やだ、またお尻大きくなっちゃったの? もう、勘弁してよぉ……)

 着替えを終えた葵は、ボロ布になってしまった制服を巾着袋に入れると、かねてから疑問に思っていたことを口にする。

「で、苗さんはいつから魔法少女になったんですか?」

 言ってから、少し後悔する。嫌味のように聞こえてしまうかもしれない、と思ったからだ。
 しかし苗さんは実際に魔法のようなものを使って暴れていた男の意識を失わせたのである。事実なのだから仕方がない。
 苗さんはうつむくと、こちらを伺うように上目遣いで葵を見つめた。
 男だとしたらいじらしく思う仕草に違いない、と他人事のように思う葵をよそに、苗さんははにかみがちに口を割った。

「一年前からなの。ずっと、星結市の平和守ってきたんだ。って言っても、信じないよね?」
「えっと……」葵は目の前で寝息をたてているサラリーマン風の男を一瞥してから、
苗さんと向き合う。「とりあえず、信じます」
「ありがとう」
 苗さんは優しげな笑み……葵では絶対に出来ないであろう柔らかな笑みを浮かべて、
とんでもない事を言ってのけたのである。

「あの、ちょうどよかった。ねえ、魔法少女やってみない?」




「ただいま〜」
 葵は挨拶もそこそこに靴を脱ぐと、ダイニング兼リビングの部屋のソファーに腰をおろす。
 体操服のままだったが、放課後から色々なことがあったため、着替えることすら億劫だった。
 魔法少女のお誘い。当然のことながら断った。
 しかし苗さんは困っているようだった。何故なら彼女は受験がせまっていたからである。

『別に、今日すぐって話じゃないの。でも、我々ブルー・サワーは何十年という間、星結市を悪から守り続けてきた』
『悪って何ですか?』
『悪……その根源は、欲望よ』
『欲望?』
『そう、私達の中に渦巻いている欲望。人はその欲望を扱うことは出来ない。
せいぜい抑制するぐらいで、自由に扱うことは絶対に出来ない。その欲望が、いわゆる悪の根源なの』
『そんな大雑把に言われても……』
『さっきの男は何故貴方を襲ったかわかる? あなたを見て性的な興奮を覚えていたから。
あとは欲望を助長するだけで、彼は貴方に襲いかかるの』
『助長するだけ? 誰が?』
『それが私達が長年戦い続けてきた相手。通称レッド・サマー。
貴方、異邦人って小説を読んだことある?』
『あ、はい。太陽が暑かったから人を殺したっていう……あ』
『そう。昔から、人は醜い欲望を持っているわ。そしてそれを発散させることに意味なんてない。
ただ、体調や運、いわゆるタイミングで、どんな善良な人でも大罪を犯しかねないの。
そのタイミングを悪い方向に運ばせるものがレッド・サマー。
そして、それを良い方向に運ばせるもの、それがブルー・サワーなのよ』

 ほんの十数分前に交わされた冗談じみた会話を思い出して、とりあえず笑ってみる。
 おかしい、のではない。ではどうしてか、それもわからない。わからないから、とりあえず笑ってみたのだ。
 あまりにも冗談じみた話は、どうやら冗談ではないらしく、世界は実際に正義と悪が存在して、
身近にいた先輩がその悪と日々戦っていたのだという。
 考えれば考えるほど馬鹿馬鹿しい内容だというのに、
巾着袋に入った破けた制服を見てはそれを笑い飛ばすこともできない。
 デリカシーのない新聞部。一目をはばからないカップル。
女子中学園生に興奮する変態サラリーマン。そして世界の平和と戦う魔法少女……。
 あれこれ考えている間に眠たくなってしまった。ここ最近、運動をよくするためか、すぐ眠たくなってしまう。
 ベッドに向かおうとも思ったけれど、全速力で男から逃げた時の疲労がここにきて落ちてきたようだった。
 一晩洗濯していない体操着を着たまま、リビングのソファーで眠りに落ちた――。




「うへ……うへへへへ……」

 甘味正樹は実の妹である葵の腕から注射器の針を抜くと、堪えていた笑いを解禁した。
 注射器の中に入っていたのは海外より取り寄せた特殊な薬液で、
十時間ほど強制的に睡眠させる簡易版麻薬である。
 これを静脈に打った以上、打った直後から十時間は絶対に目を覚まさない。
 正樹がこうやって妹にこの薬を打つのは、今回が初めてのことではなかった。
 ここ数ヶ月の間、チャンスがあればこうして葵が眠っている最中に薬を打ち、悪戯をして遊んでいた。

「普段は生意気な葵が、こんなに大人しくなっちゃって……それにブルマーを着ているんて、
僕を誘惑したかったんじゃないだろうねぇ? ええ?」

 そう言って正樹は素っ裸になるとここ数日お湯に触れたこともない股間をさすった。
途端に大きく膨らむチンポ。その先端を、みっともなく腰を突き出して葵のふっくらとした唇に押し当て、
たいして抵抗もなく中に挿入する。

「んちゅっ……ちゅむっ……ぶちゅっ……ずちゅっ……」
「ん〜……湿り気がたりないなぁ……」

 どうやら葵は水分を取ることなく眠ったらしく、口の中は湿ってこそいたが、舌のざらざらが気になった。
歯を磨かずに眠ったようで、粘着性のある水分が口内にこびりついているのは心地よかったが、
もっとチンポの先に吸い付く触感がほしかった。

「じゃあ、僕のジュースを飲ませてあげるからね」

 正樹は腰を前後に振りながら肛門の堰を外すと……尿を口内に溢れさせた。
 溜まっていた尿が勢いよく垂れ流れて行く。

「ん……んこっ……んくっ……こほっ!」

 最初はなんとか飲み込んでいたが、勢いが強かったために飲みきれず、溢れさせてしまう。
 正樹は急いで口から抜くと、体操服に向かって尿を放つ。
 ナイロン地の体操着が黄色の尿に湿って行き、更にブルマまで湯気を放ちながら黄ばみ始める。
 残り少ない尿はムッチリと張った葵の太ももに出し切ると、葵はすっかり正樹の尿にまみれていた。
 水も滴るいい女、という言葉を思い出しながら、正樹は自分の尿に濡れた妹を見て、更にチンポを固くさせる。

「尿素は肌にいいらしいからね……塗り込んであげるよ」

 そう言って葵の太ももに両手を添えると、太めかつ筋肉質な脚にかかった尿を全体的に伸ばしていった。
 艶を放つ太もも。もともと張りのある艶々しい太ももが、水気で更に艶を放つ様はフェティッシュで、
その原因が自分の尿のためだと思うと正樹の興奮も増して行く。


「よし、じゃあ体勢を変えようね〜」

 葵の太ももと背中を抱えると、くるりと回して俯せにする。
 腰元を引き上げると膝を曲げて、いわゆる雌豹のポーズを取らせた。

「ああ、大きいお尻だ……葵はエッチだなぁ」

 少し湿ったブルマの上から大きな尻に顔を埋めて大きく息を吸う。
 汗の臭いと一緒に尿の臭いがしたが、絶世の美少女である実の妹が臭いことを考えるだけで、
倒錯した興奮が下半身を熱くした。

「よし、じゃあいつも通り、気持ちよくしてあげるからね」

 そう言って葵のブルマーとショーツを一緒に引き下げる。あらわになる葵の白いお尻。
 歳や外見に比べふくよかで、また肉も詰まっており、何より筋肉質で艶のある巨尻。
 正樹は葵の前に回り込んで腰を下ろすと、大きく手を振り上げ――その巨尻に平手を喰らわせた。

「ふぐっ!」

 パァン、と乾いた音が響くと共に、葵はこもった悲鳴を漏らす。
 といっても意識が覚醒するわけではない。ただ痛みに肺が萎縮して空気が漏れただけだ。
 正樹はそれに構わず巨尻に平手を連続して喰らわせてゆく。
 何度も、何度も……三十分ほど休みなくそれを行った頃には、
葵のお尻は赤く熱を持っており、時折痛々しくお尻の筋肉が締まった。
 こうして昏倒した妹にスパンキングをするのが、正樹の密かな日課だった。
 妹のお尻が大きくなっていったのは、もちろんマラソンのおかげでもあるが、
数ヶ月前から定期的に行っているこのスパンキングのおかげだと正樹は思っている。
 そして、その日課は葵の体に重大な変化をもたらしていた。

「さて、さっき僕の小便を飲ませてあげたけど、甲斐はあったのかな?」

 正樹はそう言ってヒリヒリした手のひらを片方の手と擦り合わせると、中指を伸ばして葵の股間に滑り込ませる。
 毛が生えていない幼い作りのオマンコは、外周に触れただけで熱が伝わってくる。
 割れ目の中に指先をさしいれると、まるで指先をくわえ込むように柔らかく指を迎え入れ、
中は熱く感じるほどに熱が、そして中に誘い入れるだけの湿り気に満ちていた。

「濡れ濡れじゃないか……え?」

 正樹はオマンコの中を浅く擦りながら、自分のでっぷりとしたお腹に頭を埋める葵の顔を覗き込む。
 その頬は赤く染まっており、小さな口は半開きで、悩ましげに眉をひそめながら荒い息を吐いていた。
 そう、スパンキングを日課のように行うことで、ただ痛ましげだっただけの葵は、
叩かれることで被虐的な快感を覚えるようになっていったのだ。


「よし、じゃあこれも食べさせてあげるからね」

 そう言って正樹はビンビンにそそりたったチンポを改めて葵の唇の中に挿し入れた。
 先ほどとは違い、口内は熱い唾液で湿っており、亀頭に感じる快感も先ほどの比ではなかった。
 更に――。

「ちゅっ……ちゅろっ……れろっ……ぷちゅるぅ……」
「よし、そう、そうだ……舌を絡ませるんだ、そう」

 葵は無意識にも、張りつめた亀頭に舌を絡ませ、しゃぶりつくようになっていたのである。
 身体的な快楽から、淫らな夢を見ているに違いない。
 遅々とした動きながらもしっかりと淫らな舌の動きで、
普段は馬鹿にしている実の兄の汚らしい亀頭にしゃぶりつく。
 尿に湿った舌は不潔な粘着性を持つ唾液とまじり、亀頭から精液を絞り抜こうと蠢き続けた。

「ああ、すごい、エロいよ、葵……ああ、いっちゃう、いっちゃうよ、ドピュドピュいっちゃうよぉ……!」

 正樹は葵の顎を掴むと、乱暴に腰を振り立てた。苦しそうにうめく葵だったが、しかし舌の動きは止めない。

「い、いく、いぐっ、あ、ああああああああああ!」

 どぴゅるっ、どぷっ、ぴゅるるるっっ!
 勢いよく絞り出された精液は葵の口内で暴れ回る。
 葵は最初はそれを飲み込んでいたが、正樹の射精はなかなか終わらず、
やがて飲み込みきれずに唇の端からあふれ出した。
 その精液は黄ばんでおり、また半固形となっているため賞味期限の切れたヨーグルトのようになかなか型を崩さず、
また勢いもやむことはなく葵の口内に吐き出され続け、葵の顔や髪の毛、
首もとにそのヨーグルトがこびりつくようになって、やっと射精は勢いをゆるめた。
 正樹はチンポを唇から抜いた。葵の熱を持った舌や唇は名残惜しそうに亀頭にからみついてからチンポを手放した。

「おいしい? おいしいだろう? ほら、全部飲ませてあげるからね……」

 そう言って指で顔中にこびりついた精液をすくうと、葵の柔らかな唇に指をさしいれる。
 途端に指先にからみついてくる葵の舌と唇。
 まったく、すけべな妹である。無意識でありながら、男の精液を搾り取ろうと舌をうごめかすとは……。

「今日は10時間、たっぷり変態プレイをしようね、葵……」

 正樹は股間をさすり、柔らかくなりつつあったチンポを再び膨らませながら、葵の赤く腫れたお尻に舌を這わすのだった……。




「ん……いつっ……!」

 葵は朦朧とする意識を覚醒させてゆくうちに、お尻がヒリヒリしていることを自覚する。
 うめきながら目を開くと、リビングの光景が飛び込んでくる。
 周囲を見わたせば、下はフローリング、後ろはソファー。
 どうやら眠っている最中にソファーから落ちてしまったらしい。

「いたた……また変な落ち方しちゃった」

 こうしてお尻の痛みと一緒に起床することは、ここ数ヶ月の間になんどもあった。
 お尻が重いから落ちてしまうのか、嫌でも成長する際に避けられないお尻の痛みなのか……
……色々理由は考えられるが、お尻を見てみると赤く腫れていることから、成長痛ってわけではないのだろう。
 きっと寝相が悪いのだ、と葵自身は考えており、故に修学旅行とかに行きたくないなぁ、などと思いを巡らすのだった。

「ん……また臭い……そっか、歯磨くの忘れてた」

 口内からじんわりと匂ってくる生臭さに、重い溜息をつく葵。
 そう、お尻がこうして痛む時は、大抵口内がこの臭いに満たされている。

 歯を磨いた後でもこの臭いがする時もあるが、昨日は歯を磨かなかったため、なるべくしてなったと言える。

「それに……」

 そこまで言って唇をきゅっと閉じると、身を守るように両手をクロスさせて肩を抱えると、眉をひそめてから思う。

(体が、熱い……)

 それは風邪や熱といった病的な熱さではない。むしろ心地よいほどの体の熱さなのだ。
 お尻が痛み、口内が臭う日は、大抵がこうしてもどかしい体の具合になっている。
 しかし、そういった問題に鈍感な葵には、その熱をどう扱っていいのかわからないのであった。

「体操着も臭うし……シャワー、浴びよ」

 お尻の痛みに顔をしかめながら、シャワー室に入って服を脱いだ。
 しみる為、なるべくお尻にお湯が触れないように注意しながらシャワーを浴び、外に出ると、
洗濯機の上にいつも用意している制服に着替えた。


(困ったなぁ……制服破けちゃった。とりあえず替えあるからいいけど、
お父さんに言ってもう一着買ってもらわなきゃ。それに、体操着どうしよ……一着しかないし)

 考えた結果、葵はお風呂場で直接体操着を洗うことにした。
 まだ朝の6時頃、朝練のために早起きするようになっていたのが幸いした。

 今日は朝練を休む羽目になるものの、2時間近く乾かせばぎりぎり着られるほどになっているだろう。
 洗濯を終え、ベランダにそれを干すと、昨日の夜にやり忘れた家事をはじめた。
 掃除、洗濯、朝食の用意……本来なら兄の正樹と交代してやる仕事だったが、
正樹にいくら言ってもやってくれなかった。
 結果、葵が甲斐甲斐しくもすべての家事をこなすはめになったのだ。

(ふざけんじゃないわよ、クソ兄貴……)

 家事の大抵を終えると、葵は正樹の部屋の前に立った。深呼吸をしてから、部屋の扉を開ける。
 そこが天外魔境といっても差し支えない、おぞましい空間だった。
 床にびっしりと敷き詰められた本だのCDだのDVDだのコンビニの袋だの、不潔極まる空間。
 少し視線を散らすだけで、少女漫画に出てくるような女の子がいかがわしいポーズを取っている箱が目につく。
 世間ではそれをエロゲーと言うらしい。実写のものは見当たらず、大抵がそういった漫画のキャラなのである。
 そう、正樹はオタクだった。
 窓の前にあるベッドは、これまた様々なグッズが溢れかえっており、その中でデブが体を丸めて眠っていた。
 甘味正樹、美少女と騒がれる甘味葵の兄である。
 また、そのベッドの向かいにあるパソコンのディスプレイには、
まさにいかがわしい行為をしている最中の少女絵が描かれていた。
 絵の下には四角い箱があって、その中には
『お兄ちゃん、私を叱って! 無茶苦茶にお仕置きして!』と書かれている。

(最低! 私が掃除してあげてんのわかっていながらあんな画面にしてるわけ! セクハラじゃない!)

 葵はふつふつと湧いてくる怒りをおさえこみながら、慌ただしく、しかし音はたてないように掃除を始める。
 何故こうして掃除を始めるのか。その理由は正樹の為では決してない、葵自身のためだ。
 正樹の部屋を数日でも放っておけば最後、
ゴキブリやらムカデやらその他諸々の虫やらが窓から入り込んでくるのである。
 いくら注意しても正樹は掃除を始めてくれなかった。故に葵は嫌々ながら毎日のように掃除をしているのだ。

(前掃除してからたった2日しかたってないのに……どうしてこんなに汚すことが出来るわけ? 信じらんない!)

 エロゲーの箱やらCDケースやらを投げ捨てながら場所に分ける。
『姉妹どんぶり』『魔法少女エターナルレディ』『陵辱! 柏木姉妹』
……数々のエロゲーの箱を見て嫌悪感を覚えながらも、タイトルがどうしても目についてしまう。
 まったく、こんな物を使って、こう、変なことするなんて、最低の兄貴ではないか。
 やがてあらかたの掃除を済みそうなその時、手が滑ってパソコン台の下にエロゲーのCDが入ってしまった。
 放っておいても良かったが、さすがに気が引けたため、葵はしゃがみ込んでパソコン台の下に手を伸ばす。


「なか、なか……届かない……!」

 葵は溜息をつくと、四つんばいになって再び手を伸ばす。それでも届かない。
 葵はお尻を後ろに突き出すようにして上半身を床につけると、限界まで手を伸ばし……
……やっとCDに手が届いた。なんとかそれをこちらに引き寄せ掴み、外に出ようとした所で……。

「え? ちょ……いたっ!」

 台の下に無理な姿勢で入り込んでしまった為、上半身が台にぴっちりとはまってしまい、
出られなくなってしまったのだ。

「大丈夫かい? 葵」
「へ……?」不意に聞こえてくる正樹の声。そして気づく今の葵自身の状況。
「い、いやああっ! こっ、こっち見るな!」

 伸ばしていなかったほうの手でお尻を隠そうとするが、
上半身の半分以上が台にはまってしまったため、思った場所まで伸ばせない。
 そう、今、葵はがっこうの制服を着ており、スカートは短めになっているわけで、
お尻を後ろに突き出しているため後ろから見ればショーツが丸見えなのだ。
 つまり、正樹にスカートから覗く大きなお尻を、ショーツを見られているというわけである。

「見るなって言われても……それよりお前、なにやってるんだい?」

 正樹の平然とした声に、葵は頬が赤くなるのを感じながら答える。

「そ、掃除してやってたんじゃない! そしたらCDが下に入っちゃって、それを取ろうとして……」

 言いながら、膝を後ろにずらしてゆく。お尻を上げるとショーツが見えてしまう為、
寝転がる姿勢になって見えないようにしようとしたのだ。
 しかし、途中で、何かにスカートがひっかかり、今度はお尻が全て見えてしまいそうになる。
 仕方なく姿勢を元に戻すと、やっぱりお尻を正樹に突き出すような姿勢になってしまう。

「CD? おい、そのCDっってなんてCDだ!」

 いきなり正樹の声が大きくなる。葵はそれにひるみながら、CDの表に書かれた文字を読む。
 途端、葵は息を飲む。
 それは、作った連中の頭がおかしいんじゃないかと思うほどおぞましく、また無駄に長い文字列だったからだ。

「早く言え!」

 しかし正樹の声があまりに大きく、怒っているようだったので、
葵は深呼吸をしてからそのタイトルを読んだ。


「……お……お兄ちゃんのオチンポ大好き、ちゅ、ちゅぱちゅぱして精液びゅるびゅる出して、
変態な妹のお、おま、おまんこをぐちゃぐちゃにして……」
「お前!」

 恥ずかしさに涙ぐみそうになっていた葵をよそに、正樹は激昂した。
 ずんずんと足音が聞こえてくる。どうやらこちらに向かっているらしい。葵は身を固くした。

「も、もういいでしょ? それより、助けて……」
「ふざけるな!」正樹は本当に怒っているようで、その声は震えていた。「それはな、
俺が友達と一緒に作ってるゲームなんだよ! データはそのCDにしか入ってない!
それが読み込めなくなっていたらどうする!」
「ちょっ、たかだかエロゲーでしょ?」
「たかだかだと!」

 途端、乾いた音が室内に響き渡り、葵のお尻に激痛が走った。

「ひゃっ……!」
「俺がどれだけ本気でそのゲームに取り組んでいるかわかるか!
これで成功してニートを卒業しようと思っていたのに! それをたかだかだと? ふざけるな!」
「ご、ごめんなさい! だから、暴力は……!」

 パシィン。

「ひぐっ!」
「お仕置きだ、覚悟しろ!」

 そう言って、正樹は葵のお尻を叩き始めた。
 もともとひりひりしていたお尻だけに敏感になっており、正樹の一撃一撃が脳に響く。


「やあっ! あ、謝るから、つっ、許して!」
「許すか! さあ、もっとお尻を上げろ!」
「ふざけっ! くふ……ないでよ! この、変態兄貴!」
「なんだと! あと100発追加だ!」

 よく考えれば、怒られる理由なんてこれっぽっちもないのだが、
状況が状況であり、葵は冷静な判断を出来ないでいた。
 いつしか葵は正樹のスパンキングの痛みに身を強張らせるばかりになり、抵抗すら忘れるようになる。
 十分ほど続いただろうか。すでにお尻の感覚はほとんど無くなっており、しかし心臓の動悸は速まるばかりだった。
 また、その頃になると、とある感覚に身をさいなまれるようになる。
 それはお腹の奥から来る疼きに違いなかった。

(お、おかしいよ……叩かれてるのに、こんな……体が熱くなるなんて)

 その熱は、今朝起きた時のような心地よさを含む熱だった。
 お仕置きされているのに、何故あの熱と同じものを感じているのだろう。
 葵は自分が何か病気でも患っているのではないだろうか、と本気で考え始めていた。
 スパンキングは続く。いつしか葵は息をもらすだけで、まるで義務のようにお尻を叩かれ続けた。

「ふっ……あふっ……ふぁあっ……あんっ……」

 股間がもどかしく感じる。葵はお尻を左右に振ってそのもどかしさを取り除こうとするものの、
一向に取れる気配はなかった。

「……おい、お尻が下がってるぞ。もっと上げるんだ」
「……はい」

 葵は朦朧とする意識で答えると、大きなお尻を更に高く上げた。途端、いつもより強くショーツの上から叩かれる。

「ひゃうん!」
「ん? 葵、もしかして喜んでないか?」
「そ、そんなわけないでしょ!」息を荒らげながら葵は答える。
「……だから、お仕置きするならさっさとやってよ……学校があるんだから」
「ふふ……わかったよ」

 こうして、お仕置きは登校時間まで続いたのだった。


 ■

 葵は正樹からのお仕置きをたっぷりと受けた後、夢見心地で登校し、1時間目と2時間目の授業を適当に受けた。
 そして3時間目の体育の授業。
 いまだに湿り気のある体操着に着替え、体育委員として体育倉庫に入った途端、その光景を見たのだった。

「苗、さん……?」

 暗い体育倉庫のマットの上で、昨日の夜のように魔法少女の格好をした苗さんが横になっていた。
 しかしその姿は、昨日とはまったく違っていた。
 何故なら、着ているローブは所々破け、スクール水着のような作りの肌着も煤に汚れ……
……細い足には血さえにじんでいたからだ。

「葵、さん?」満身創痍の苗さんは葵に気づくと、力ない笑顔を浮かべた「ちょうどよかった……」
「ちょ、だ、大丈夫ですか!」朝からぼうっとしていた葵は、
いきなり目が覚めたような心地で苗に駆け寄った「救急車でも……」
「ううん、大丈夫」苗は首を振ると、真剣な顔で葵を見つめた。「それより、お願いしたいことがあるの」
「なに? 保健室?」
「いえ……貴方に、ブルー・サワーを継いで欲しいのよ。今すぐに」
「へ……?」

 突然の提案に言葉を失う葵。しかし苗さんは真剣な表情で続けた。

「さっきまで怪人と戦っていたのだけれど、負けてしまったの。
怪我をしているから、まともに戦うことも出来そうにない。
でも、あの怪人をどうしても倒さないといけないのよ……昨日の貴方のように、被害者が出てしまう前に」

 いまだ現実味を持てない話を真剣にされては、成績の優秀な葵とて混乱せざるをえない。
 しかし苗さんは一刻を争うと言わんばかりの危機迫る表情で葵に懇願してきた。

「お願い、ブルー・サワーになって。星結市を救うために」
「あ〜……でも、学校が……」
「被害者が出ていいっていうの?」

 そう言われ、昨日のおぞましい出来事を思い出す。

「でも、それは警察が……」
「つべこべ言ってないで! 怪人は校舎の中に入っていったわ!
このままでは生徒が犯されてしまうかもしれない!」

 苗さんのマシンガンのような言葉に、葵は唇を噛むと、溜息をついて答えた。

「……わかりました。やりますよ」
「……助かるわ。じゃあ、ちょっと待って」

 そう言って苗さんはローブの前にとめてある宝玉に触れると、
周囲が光に包まれ、途端、元の制服姿に戻る。制服は破けてはいないが、脚の傷はそのままだった。
 そして、その苗さんの隣に出現したのは……。


「みゅ? みゅみゅ?」

 奇妙な小動物だった。
 紫色で、猫のような耳があるが、額には五芒星が描かれている。
 内臓がどう配置されているのか気になるほどにまんまるで、愛くるしい目や唇が形よく配置されていて、
顎もと(というか腹部?)には紫のクローバーのマークが逆に配置されていた。
 手はなく、丸い体の後ろからは尻尾が、下部からは細い足がぴょこんと伸びているだけだった。

「か、かわいい……」

 思わずつぶやいてしまう葵。実は葵、こういったかわいい小動物に目がなかった。

「その子はエーテルイーターのユッピ」苗さんは傷元をおさえながら続けた。「詳しく説明する時間はないけど、
その子と融合することで魔法少女に変身するの」
「融合?」

 眉をひそめている葵をよそに、ユッピという小動物は葵の足下までぴょんぴょん跳ねてくると、
小さいからだからは想像がつかないほどのジャンプをして、葵の肩にのった。

「その子とキスをして」
「き、ききききききす!?」

 わかりやすく動揺してしまう葵。

「大丈夫、その子両生類だから」
「いや、そういう問題じゃ……」
「早く! 怪人が校舎に!」
「ああもうわかりましたってば!」

 葵は息を吸い込むと、思い切ってユッピの唇に自らの唇をあわせた。
 途端、世界が真っ白になる。

(なに? なにがおこってるの?)

 状況が読み込めない葵。ただ、体がふわりと宙に浮いて、やたら明るい世界でぽつんとしている感覚。
 しかしその感覚は3秒ほどで終わり、気づけば体育倉庫に戻ってきていた。

「え……?」

 下を見る。五芒星の書かれた宝玉に紫のローブ、
スクール水着のような肌着、コルセットのような鎧に短めのスカート……。
 そして、手に握られた竹ホウキ。


「変身完了よ」

 苗さんの言葉を聞いて、やっと理解する。葵は魔法少女に無事変身することが出来たのだ。

「はは……ウソみたい……」

 茫然自失とする葵をよそに、苗はうめきながら立ち上がると、スカートのポケットに手を入れた。

「呪文とかは自然と口から出てくると思うから安心して。
 基本的に、怪人の心を正常に戻したいという意思だけで魔法は意思を成すから。

 でも、今回の敵はかなり手強いわ。だからこの宝玉をあげる」

 そう言ってポケットから取り出したのは、中央に五芒星の書かれた、赤ではなくピンク色の宝玉だった。

「それを胸の宝玉と取り替えるだけでパワーアップができるわ」苗は眉をひそめながら続けた。
「ピンチになったらそれに入れ替えて」
「え? でも、パワーアップするなら最初からそっちにしたほうが」
「この宝玉は、呪われた宝玉なのよ。だからおいそれと使ってはいけない。
魔法力はアップするけど、その代償として……」

 そう言って苗さんは言いよどむ。

「なに? 何が起こるんですか?」
「いえ……とにかく、なるべく赤の宝玉で怪人と戦うんですよ。怪人は旧校舎に向かったわ、がんばって!」

 言いくるめられた気がしたが、実際に怪人が暴れ回っているとしたら一刻の猶予もなかった。
 葵はピンクの宝玉をローブのポケットに入れると、体育倉庫を出て行った。




 星結中等学校屋上は体育の授業も出来るように、屋上の端にプレハブの用具倉庫が建てられている。
 中にはボール類がいくつか入っており、作られた当初はかなりの頻度で使われていたらしい。
 しかし、少子化が進むに連れクラス数も減ってゆき、
結果として全クラスの体育の授業が体育館とグラウンドだけで回るようになってしまった。
 雨が降るごとにプレハブ小屋自体が錆びて行くこと、中にあるボールも異臭を放つようになったことから、
いつしか昼休みや放課後に遊びに来る者も少なくなった。
 故に、授業中ともなれば人がいなくて当然の場所。

「ここに怪人がいる……何故かわかっちゃう。これも魔法の力なのかしら?」
 なんとか生徒達の目につかず屋上まで上がってきた葵は、プレハブ小屋の前でつぶやく。
 そう、プレハブ小屋の周りに赤いモヤのようなものがかかって見えるのだ。
 これが苗さん曰く「レッドサマー」の放つ気配なのだとすれば、ここに怪人がいることに間違いないようだった。
 ともあれ、ここなら誰かに見られる心配もなかった。不幸中の幸いだ。
 魔法少女となって怪人と戦うところを見られるなど、着替え中を覗かれるのと同じぐらい恥ずかしい。
 いや、もっと恥ずかしいかもしれない。だからこの服装のまま階段を駆け上る時ですら、葵は赤面しっぱなしだったのだ。

「どうしよ……」

 葵は唇を噛んで床を見つめる。やっと気づいたが足が震えていた。
 当然だ。昨日の夜、葵自身を襲ったような怪人が中にいるのである。

 そんな相手と、使い勝手もよくわからないホウキで戦わなきゃいけないのだ。
 負けるかもしれない、と考えて当然である。
 かといって、このまま逃げるわけにもいかなかった。
 もちろん学校の生徒のため、という殊勝な理由もあったが、
何よりこんな格好で突っ立っているのもそれはそれで我慢ならなかったからだ。
 葵は震える脚を平手で叩くと、唾を飲んで、プレハブ小屋の扉を開けた。
 立て付けの悪い扉が開く。闇が支配する奥行き五メートルほどの空間を光の槍が貫くと、奥のマット置き場で男が座っていた。

「くっ……もう見つかったか!」

 その男は小柄な男だった。腹が出ており、脚も短く、顔が大きい、
容姿的魅力というものがまったく感じられないおじさん。
しかしその目は鋭く切れ目で、眼球部分が赤く染まっていた。
 男は動かなかった。いきなりの激闘を想定していた葵は面食らう。
 どうやら男はかなり疲弊しているようで、丸められたマットにもたれかかるように寝転がっていた。
 こちらを睨む目にも、気持ち力が無いように感じられる。


(苗さんと戦っていたからかしら。でも、苗さんが負けたんじゃなかったの?)

 疑問に思うが、しかしそんな余裕はなかった。敵が動けないのはまたとない幸運だ。
 葵は震える体をなんとかコントロールして、男にホウキの先を突きつける。

「ブルー・サマー・オブ・レイニー・ブルー。メランコリック・レイニー・ブルー……」
 無意識に脳裏へ浮かんでくる単語を、咬みそうになりながら唱える。
 すると次第にホウキの先の宝石が青い光を放って行く。
「ノー、ノー、ブルー・オブ・レイン・イズァ・サイン・オブ・クリア・ウェザー。
アンド・ザ・サマー・オブ・ユー・フー・ヴィジッツ」
「や、やめろ! 助けてくれ!」

 懇願を叫ぶ男。その無様さに葵は苦笑しつつ、最後の呪文を言い放った。

「イッツ・プロミスドゥ・スィート・サマー」

 途端、用具倉庫全体が青い光に満たされた。
 葵は光に目をつむりかけたが、薄くあけた瞼から見える光景に息を飲んだ。
 それは海の見える海岸だったのだ。
 プレハブ小屋の錆びた壁などは見えず、そこには青い海と青い空、そして白い砂浜。
 まるで楽園のような眺め。
 やがてその眺めが白い光に満たされ――いつものプレハブ小屋に戻る。
 マットの上ですやすやと寝息をたてているのは、先ほどまで赤い目をした男だった。

「勝ったの……?」

 まさしく棚ぼた勝利。初めての戦闘に緊張していた葵は拍子抜けする。
 苗さんが負けたというから、てっきり最初からかなりの強敵が出てくるのかと思っていたが、
苗さんとの戦闘によって敵も体力を消耗していたのだろう。
 だから苗さんにとどめをささず、人気のないここに逃げ込んだのだ。

「まあ、最初なんだからこれぐらいがちょうどいいよね」

 言ってから気づく。

「――まあ、もう魔法少女なんてやるつもりないけど」

 葵は溜息をつき、胸の宝石に手を伸ばす。
 これを取ればこのへんてこりんなコスプレも解けるのだろう。
 勝利の余韻に浸るより、さっさと元の格好に戻りたいというのが葵の本音だった。

「おっと、そうはさせねえ」

 だからその声を聞いた時、この格好を見られたことに羞恥を覚えた。
 そんな場合でなかった事を知るよしもなかったから。


「誰?」

 葵は胸元と股間のあたりに手をあてながら周囲を見わたす。
 その声は用具室の中から聞こえたものに違いなかったものの、声が反響してどこから聞こえたか判然としなかった。

「俺? 俺はおめえ、レッドサマーだよ」
「え?」
(なんで? 倒したんじゃなかったの?)

 そう思う間もなく、床が、壁が、天井がゆがみはじめる。
 呆然と立ちつくす葵。やがてそのゆがみは一瞬動きを止め――いきなり葵に向かって縮小した。
 衝突。

「いやああああああああああああっ!」

 ちょっと前までプレハブ小屋だったそれは、その眺めを有耶無耶な模様にかえて葵の体を嬲っていた。
 マットに見えたものが脚にからみつき、バスケットボールに見えたものが胸を擦り、
錆びた壁に見えたものが葵の唇にあてがわれる。
 しかもそれらは人肌並みのぬくもりがあって、触り心地もなめらかで繊細だった。
 まるで世界に食べられているかのような奇妙な感覚に、葵は悲鳴を上げることしかできない。

「こんな単純な罠にひっかかりやがって」口調からして性格の悪さがうかがえるその声は、
葵の体を包み込む奇妙な世界全体から響き渡った。「プレハブ小屋のコピーを置いただけなのによ。
場所を正確に把握しておけばこんな罠には引っかからなかっただろうに。ひひっ!」

 言われて気づく。そうだ、プレハブ小屋は屋上の扉を開けて、裏手に回り込んだ場所にあったのだ。
 開けてすぐの場所にあったらスペースが無駄になる。考えてみれば不自然に思えて当然のことだった。
 しかし、このプレハブ小屋自体がほとんど誰も使わないのである。
 屋上によく訪れる人たちならまだしも、葵は部室棟と教室、グラウンドを中心に学校で生活していたし、
何よりプレハブ小屋のリアリティに騙されてしまったのだ。
 ずっと前からそこにあったかのように建てられたプレハブ小屋を見て、まさかこれが敵の罠だと見破れるわけがない。
 しかし時既に遅し。葵は敵の罠によって捕らえられてしまった。

(そうだ、魔法を……!)

 なんとかまだ握っていたホウキに力を込めてみる。しかし肝心な呪文が思い浮かばない。

(なんで!)

「魔法は使ってから当分は使えなくなるんだよ」敵の声がそれに答えた。
「エーテルイーターがエーテルを補充し終えるまでな。そんな基本的なことも知らないとは、
本当に素人のブルーサワーだな」
「うるさい!」
「まあ、俺の作った世界……『レッドサーバー』に捕らわれている限り、エーテルなんか補充させないがな。
仲間の恨み、たっぷりと晴らしてやるよ」

 うねうねとうごめく世界。それを眺めているうちに、葵の意識も白んでゆく。

(そうだ……あのピンクの宝石……)

 スカートのポケットに手を伸ばそうとするものの、それも叶わず葵は意識を失った。




 気がつくと、そこはやっぱりプレハブ小屋の中だった。葵はマットの上で横になって寝転がっていた。

「うっ……あの後、私は……」

 朦朧とする意識に渇を入れて上体を挙げると、額に手をあてて頭を振る。
 頭痛がひどい。それにお腹の奥も痛んだし、体の節々も疲れに張っているようだ。
 葵は今にも戻してしまいそうな心地悪さの中でゆっくりと目を開けて……。

「……なにこれ……!」

 やっと気づく。
 葵はまだブルーサワーの服を着ていた。スクール水着に紫のローブ。
 しかし、そこから伸びる太ももの幅が、いつも以上に太かった。
 元から太かったというのに更に一回り大きくなっている。
 また、それが連結する臀部もいつも以上に大きくなっており、スクール水着のゴム部分がパンパンに張っていた。
 それだけではない。最大の異変は胸だった。
 胸囲がないことを年相応に悩んでいた葵の胸は今、小さめのスイカを二つ入れたかのように膨らんでいた。
 苗さんまでとはいかないが、それでも背の低い葵には充分、
いや、逆に(葵自身でそう感じてしまうほど)変態的なまでに大きく膨らんだ胸は、
自分でもわかるほどに見事な釣り鐘型をしていて、スクール水着を窮屈そうに押し出している。

「媚肉を詰め込んでおいたぜ」

 葵はプレハブ小屋の入り口から響くその声に振り返る。
 締め切られたプレハブ小屋。目が闇に慣れてくると、入り口手前に立つ男の輪郭が浮かび上がってきた。

「媚肉っていうのはな」葵が聞いてこないのを悟ってか(葵からすればそんな余裕が無かっただけの話だったが)、
男は説明を続けた。「レッドサマーが産み出した人工脂肪のことだ。
皮下脂肪の隙間に注射で打ち込むだけで勝手に神経結合してくれる優れものでな、
媚肉のつまっている部分に刺激……温点、冷点、触点、痛点、いわゆる感覚点からくる刺激が伝わると、
それを快感の電気信号に切り替えて脳に伝えるようにする。それも、ただの快感じゃねえ。
性器の最も敏感な部分並の感度になる。つまり、君のお尻と太もも、
およびそのだらしなく膨らんだ胸全体がクリトリスになったってことだ。ひひっ!」


 品のない笑いに怖気を覚えながら、葵は唇を噛みしめた。

(なんですって……!)

 それはつまり、葵自身の体が改造されたということか。葵は恐る恐る膨らんだ胸に触れ――。

「きゃうん!」

 嬌声をあげてしまう。

「ははっ! 女子中学生とは思えない嬌態だな!」

 男の声を聞きながら、葵は呆然としていた。
 胸を軽く触れただけで、頭が真っ白になるほどの快感を覚えたのだ。

「それだけじゃねえ」男は品のない口調のまま続ける。「お前の内臓にも媚肉をちょちょいと入れておいた。
特に排泄孔の近くは入念にな。お前が小便大便を絞り出す時、男で言うところの射精をする時のような快感を覚える。
それに胸も、ミルクが出るようにしておいたぜ。それもただのミルクじゃねえ。
それ自体が濃厚な媚薬になるように遺伝子レベルで改造してある。
お前は自分の体で媚薬を作って発情しちまう体になっちまったんだよ!」

 不可解な男の言葉に鼻白む葵。しかし男はそんな葵に構わず続けた。

「ま、言葉だけじゃわかんねーだろうからな、直接体に教えてやるよ……レッドサーバー起動!」

 男の叫び声に、再び世界がゆがみはじめる。同時に葵の意識も白み始め……。




 暗闇が明滅する。朦朧とした意識を光の連続が覚醒させる。

「ん……」

 深い眠りから起きた時のように、たいした抵抗もなく目を覚ますと――そこは白銀の世界だった。
 雪ではない。
 写真のフラッシュだ。

「こっち向いて、ブルーサワー!」
「こっちも! ほら、胸をひねり出すように強調して!」

 そこは相も変わらず体育倉庫のプレハブ。
 狭い部屋に十人程度すし詰めになったキモイ男達。
 そしてその中央のマットの上で、スクール水着――ブルーサワーのローブを脱いだ姿で、
グラビア女優のように前屈みに座ってポーズを取っていたのが、葵だ。

(な、なになに!? は? どうしちゃった訳!?)

 心中では疑問に思いつつも、体はごく自然に淫らなポーズを続ける。
 客にオーダーされたように、スクール水着の生地をはち切ろうとする釣り鐘型の胸を突き出す。
 バシャシャシャシャッ! ――継いで連続するフラッシュの嵐。

(や、やだやだ、キモイ! あんた達、ふざけないでよ! なに勝手に撮ってんのよ!)

 そう思うのもつかの間、体は男達の期待に応えるように俯せにかがみ込むと、
胸を左右に振って見せる。またもたかれるフラッシュ。
 次々にポーズをとってゆく葵の体。
 仰向けに寝て誘うようなポーズ。
 尻餅をついて脚を八の字に折って、怯えるようなポーズ。
 立ち上がって胸の下で腕を組み、巨乳をすくい上げるようなポーズ。
 後ろを向いて前屈みになり、レゲエダンスのように尻を振りたくるポーズ。
 それは十三歳の少女が取るようなポーズではなく、
熟練のストリップダンサーがポールダンスをしているような、男の求めるところを押さえたポーズだった。


「お、いくっ、うぅ……!」
(え……?)

 淫靡にお尻を振っている最中に、男の声が聞こえる。途端、太ももに感じる生暖かい感触。

「俺も……うおっ!」
「尻、たまんねぇ……いく、うううっ!」

 立て続けに太ももや臀部に当たる感触。それは液体のようだった。
 葵の体はダンスを続けながら、臀部や太ももにかかったそれを引き延ばすように撫で上げると、
振り向きざまにその手を眼前に寄せた。

(うぷっ……臭い! それに――ああ、なんてこと!?)

 それは葵の最も忌むべき液体。兄が毎日のようにティッシュにくるまらせている液体――精液だった。
 そして、男達はマイクを片手で構えながら――もう片方の手を、自らの陰部に当てて摩擦しているのだった。
 自らの手にねっとりとからみつく生臭い臭いをたてるそれに、葵の体は勝手に鼻を近づかせる。

(いやっ、臭い! やめてよ!)

 いくら思っても、葵の体は精液から顔を離さなかった。
 やがて、その臭いを認識してゆくうちに、葵自身の思考も鈍ってくる。

(ああ……なんて臭いの……でも、これって私のお尻を皆が見たから出たのね……)
「じゃあブルーサワー、メインイベントだよ!」

 男達に促され、葵の体が動き出す。
 まず、手にこびりついた精液を胸部のスクール水着の生地に押しつけると、大股開きでしゃがみ込んだ。

(な、なに……なにする気よ……!)

 嫌な予感は感じつつも、ただ男達の欲望にたぎった目に怯える葵。
 しかし葵の体はむしろそれに応えるように頷くと――腹部の堰をゆるめた。

(や、やめて! こんな人前でやめてよぉ!)

 次第に下がってくる尿意。そう、葵の体は人前で失禁しようとしているのだ。
 なんとか腹部に力をこめようとするが、やはり意識が体と断絶している。
 それに、ここまで下がりきった尿をせき止めることなんて、女である葵には無理だった。


『お前の内臓にも媚肉をちょちょいと入れておいた』レッドサマーの言葉を思い出す。
『特に排泄孔の近くは入念にな。お前が小便大便を絞り出す時、男で言うところの射精をする時のような快感を覚える』
(も、もしかして――い、いや、いやああああああああああああっ!)

 やがて尿は最後の通路を通って……スクール水着の生地へと放出。
 途端、頭が真っ白になった。

「あひゃああああああああああああああああああああああああああああぁ!」

 その声はまさに葵の本心の声だった。
 尿道を液体が通過した途端、体中のコントロールが効かないほどの超絶快楽が背筋を貫く。
 それが続くのだ。ナイロン越しに出している為、出も遅い。
 溜まった尿がナイロンにこされて、噴水のように四方へと散る。
 そして葵の意識は、抑えるものすらなく八方へと散り――
 ――絶頂。

(い、いっぐううううううううううう! ひうううううううううううん!)

 もはや葵の思考と体は同調していた。
 葵は男達に見せつけるように股間を突き出し、尿とは別の液体をも放出していた。
 男達のフラッシュが絶え間なくたかれ続ける。
 やがて全てを出し終え――葵は体から力を抜いて、仰向けにくずおれた。

(ああ……もう、どうなっちゃってもいいよぉ……)

 葵は無意識に誘うような視線でカメラ小僧達を眺めようとして――
――カメラ小僧達が消えていることに気がつく。

「レッドサーバーダウン――へへ、新人ブルーサワーは随分な素養があったみたいだな」

 かわりにそこに立っていたのは、レッドサマーの男だった。
 変化はそれだけではない。葵が座っていたのは、屋上の冷たいコンクリートの上だった。
 プレハブ小屋こと消えていた。

(な、なに? 何が起きて……)
「レッドサーバーさ。これもレッドサマー作」男は得意げに続ける。「発動者の望む世界を一時的に創り出す。
そう、お前は俺の妄想に付き合わされたって訳だ。十三歳女子中学生たるその生身でな。
まあ今日はこれで勘弁してやるよ。俺も満足したしな。次はもっと気持ちいい目にあわせてやるよ……
……新人ブルーサワーちゃんよ」

 そう言って、男は立ち去ろうとする。葵は確かな物足りなさを感じながら男の後ろ姿を眺めていた。
 だから、そうそう、と言って振り返った時に一抹の期待を抱いたのだった。

「その胸な、生活に支障をきたすようなら、中からミルクを搾り取っておくことだ。
一日で元に戻るし、媚薬の効果で体中ほてっちまうだろうがな……へへっ!」

 階段をおりてゆく男。
 葵は一人、夕焼けの照る屋上の上で身を守るように腕で胸を隠し、脚を体に引き寄せながら、
確かな火照りに体を持て余すのだった。