賑やかな夜の街、その中で一際大きな光を放つ巨大看板の前を人影が横切る。
「いたっす!あそこっす」
屋上を指差し、無線機を口へ当てる警官達。
歩道は人が溢れかえり、車道には警察車が渋満する。
点滅する赤ランプが建物を周期的に染めていた。
「あっちへ跳んだっす!見失うな、追えっす」
あぶり出された影の主は、光沢あるタイツに見事な体を包んだ若い女。
屋上から屋上に跳び移る身のこなしはかなりの運動神経。
「雷警部、今連絡が来ましたっす。守衛は皆、床に伸びておりセキュリティケースは開いているそうっす」
「グギギ…!おのれぇ泥棒小娘め、またしても一体どうやって、忍び込みおったか…」
女の跳び去った屋上へ、老警部の雄叫びが虚しく響く。
「ぐ、ぐやじぃぃっ!」

満月が眩しい夜空と、色鮮やかなネオンの街が上と下から包んでくれる。

ビルの狭間を跳躍し続ける女は眼を閉じて、素晴らしい光景に鼻唄を口ずさんだ。

「ミルキー!御用だ」
軽やかなステップを正確に刻み、落下防止のフェンスで強く跳んだその時、対岸のビルに男が現れた。

(ええ!唐崎さん?まさかそこでずっと待っていたの?)

宙返りしながら男の頭上へ覆い被さる。
「わあふっ」
正面から抱きつき、男の頭を自分の胸へ急いで包み込んだ。
「ふぐむむ」
(いや、男の人の頭ってこんなに大きくて固いですかあ?)
暴れる男の頭が妙にくすぐったい。
胴に巻き付けた長い脚を男が太い腕で押し返す。
「ミルキー、わ、悪あがきはそこまでだ。今日こそ顔を拝んで…」
(ちょっと、あまり頭や体をくっつけないで!これ下に何も着てないんですう!)
密着し過ぎた体を離し、抑えた頭部から首元に手を滑らせ、強く横へ捻りを入れた。
「うんげ…ぐっぐ…」
泡を吹いて膝から崩れ落ちる男。

タイツが冷や汗で身体に張り付いた女は大の字になった唐崎の横へ心配そうに腰を落とす。
ヒールのついたパンプスを傾け、丸いお尻を突き出し、そっと顔を近付けた。
(ごめんなさいです…)
男の前髪を指で動かし、唇を額へ軽く当てた。
秋風に乗ってサイレンがこちらに近づく―

「う…う…ん」
薄れる意識のなか、唐崎は女の顔を見たように感じた。
少しウェーブの効いた柔らかそうな髪―小顔を半分ぐらい隠して風に揺れる―
艶で濡れた唇にミルクのように白い肌―長い睫毛―
月の明かりで伸縮素材のタイツは輝いて、めり張りのある体を浮かび立てた―
「クスッ気がついたですか」
「えっ?」
まだだ、まだ、彼女はここにいた。
唐崎を心配するように横で正座していた。
「き、きみは…」

「唐崎さん、大丈夫っすかあ」
階段から足音が近づいて来るので、女が立ち上がる。
人差し指と中指を唇の上でそっと弾ませた。
「バイバイキン」
かなり意味不明な言葉を発し、ミルキーは満月と重なりながら次のビルへ跳んだ。
同時に屋上の扉が開いた。