「あなたのその自信って何処から来るのか、ほんと興味そそられますよ!」
素早く飛び掛るブラッディレイの拳をかわすと懐から黒い銃のようなものを取り出す南條。
「かわしましたか…流石ですね。…むっ?それは…?」
「アメリカの警察が全米規模で採用したテイザースタンガンですよ!どんな物かは身を以ってご確認を!」
テイザースタンガンとは銃型の発射機から帯電したダーツを有線式で打ち出す射出型スタンガンだ。
米国の警察やFBIなどで採用された鎮圧用の装備である。
「ご免ッ!」
南條の声とともにダーツが勢いよく射出されてブラッディレイへと向かって行く。
身を翻して第一波を交わすブラッディレイ。
「その程度で避けきれるとでも?」
素早くダーツを射出機に引き戻して第二波を射出すると同時に自信有り気に言う南條。
だが…
「そりゃあそうでしょう。だって避ける気無いですし♪」
ブラッディレイが言うのと同時に彼のマントにダーツが突き刺さった。
緊張気味だった南條の顔が勝利を確信して一瞬緩む。だが…
ダーツはバチバチとスパークしながら濃紺のマントから剥がれ落ちてしまったではないか。
しかもマントのダーツが刺さった跡には縫い目のほつれ一つ無い。
「なっ…!?」
「なかなか面白い玩具ですが…私のマントは特別製でして…ねっ!」
微笑みをたたえながら言うと、アンカーが引き戻される瞬間ワイヤーに向けて何かを投げつける。
と、ワイヤーが切れてダーツ本体が床に転がった。
忍者が使う苦無を思わせる形状の黒い小型ナイフだ。
ワイヤーが切断されればもうテイザースタンガンは役に立たない。
「目の付け所はなかなかいいですね。だけどまだまだ詰めが甘い。それでは…。」
「ううっ…。」
「いい夜を!」
ドスッ…
「ぐえっ…。」
ブラッディレイの拳が腹部に喰いこみ、蹲って動かなくなる南條。
その時!
「南條さんはしくじったか…。まあ、言っちゃあ悪いけどここまでは予想通りの展開だな…。」
そんな声とともにどこからか白い糸の束が襲い掛かった。
壁に張り付いた粘性を持つそれを回避して糸の束が伸びてきた先を赤い瞳で睨みつけるブラッディレイ。
「相変わらず節操が無い格好だな。吸血鬼なのかコソ泥なのかはっきりしろよ。」
剣崎雅人の声だ。しかしその姿は人間のものではなかった。
黄色と黒に彩られ、表面は外殻に覆われた体。人間のものとは程遠い瞳の無い爬虫類を思わせる目。
先ほどの糸は左腕から出ているらしい。
肩口からは四本のクモの脚を思わせるツメが生えている。
これこそ、剣崎雅人のミュータントととしての姿である。
この世界には所謂「人外」と呼ばれる者達が居る。吸血鬼や人狼、人魚、雪女などがそれだ。そして
これらの種族がある程度その姿に人の面影を残し、蝙蝠や狼など脊椎動物の能力を
得ている事に対してあからさまに人間とは異なる姿を持ち、彼のように蜘蛛や百足、あるいは昆虫の類といった
本来人間とは根本的に体の構造が異なる生物の能力を持つ者をミュータントと言う。単純な身体能力だけなら
他の人外を凌駕するが、催眠術や精神操作で巧みに人間を操って人知れず人間の世界に溶け込める
他の人外と違い、ミュータントはそのような能力を一切持たない。さらに
短くても数百年、下手すれば数千年という歴史を誇る人外達と違い彼ら
ミュータントは最初の個体が生まれてから僅かに四半世紀ほどしか経っていない。
既に各所に庇護組織を持つ吸血鬼などと違いバックボーンが全く無いのである。
不気味な外見と相まって彼らは人間の世界に溶け込むには極めて不利な種族であると言えよう。
剣崎雅人が雇われの警備員などという怪しげな職に就いているのもこれが理由である。
「私は確かに吸血鬼とも言える存在ですがそれ以前に怪盗なので別に吸血鬼として
フォーマルな格好で居る理由は無いんですよ。それにどうも私はタキシードと
いう物が好きになれないのでしてね。あなたこそいつもながら不気味なお姿ですねえ。」
薄ら笑いを崩さないまま言うブラッディレイ。
雅人の言うとおり、彼(正確には彼女であるが)は吸血鬼である。しかし彼が何故吸血鬼でどういう経緯でここに居るかはまた少し後で語る事としよう。
「そんな事お前に言われなくても本人の俺が一番良く判ってるよ。
少しはしおらしくする事を覚えておかないと捜査の時に相手方の心証が悪くなるぜ」
「それはごもっとも。しかし捕まるつもりは毛頭無いのでしてね。」
それを見ても怯む事無く先ほどテイザースタンガンのワイヤーを切ったナイフを数本両手に構えると雅人を挑発するブラッディレイ。
「その減らず口いつまで続くかな!」
凄まじい速さで拳を交え始めるブラッディレイと蜘蛛人間=雅人。普通の人間に過ぎない南條と比べると
雅人は中々に手強い。
「背中から追い詰められるのは嫌いじゃないですがあなたのような人には御免被りたいものですな!」
雅人の右腕から放たれた糸の束を交わすとナイフを投げつけるブラッディレイ。
「振り向いたら負けさ!ってか?」
そのナイフを片手で払うと左腕からも糸を出す雅人。
「決められた道をただ進むよりも選んだ自由に傷つく方がいいというものです!」
熾烈な戦いを繰り返す2人。
その時!
軽い銃声とともに足音に火花が散った。
「夢色チェイサーしてるところ悪いがてめえらそこを動くんじゃねえぞ!蜂の巣にされたくなかったらな!
…まあ、動かなくても撃つかもだけどな。」
K1A1を構えた星鳴洋孝が叫んだ。
「クリスタルを渡してもらおうか!」
彼に続いてやってきたK1A1やAK-101を構えた数人のゴツイ男達も彼に習い、2人に銃を向ける。
「マシンガンとは無粋な…。あなた方に捕まるつもりなど毛頭ありませんし返すつもりはもっとないものでね。」
雅人の雇い主は彼らである。自分がブラッディレイの捕獲に失敗するまで彼ら自身は手を出さないと
打ち合わせされていたのにも関わらずこれはあまりにも酷い仕打ちではないか。
「こいつは俺の獲物だ!なぜこの段階であんた達が手を…うっ!」
K1A1の3点バースト射撃の音とともに雅人が蹲る。
「黙ってないと次は蜂の巣にしてやるぞこの蜘蛛男が!」
洋孝がヒステリックに言った。しかし次の瞬間!
「ガラ空きですよ!」
フラッディレイの回し蹴りが彼の顔面に食い込んだ。
「ええいこの間抜けめ!撃て!ぐわッ…。」
倒れ伏す彼を尻目にK1A1やAK-101を構える男が次々と壁に吹っ飛ばされる。
いかな火器を備えているとはいえ所詮人間に過ぎない彼らで適う相手では無かったのだ。
最後の1人がK1A1を撃ったがフルオート機構(引き金を引いている間中断続的に弾が出る機構)を備えていない
K1A1の3点バースト射撃ではブラッディレイを捉える事は出来ず、程なくして彼も仲間に倣って壁に吹っ飛ばされた。
「くうっ…。」
雅人は外骨格の胸の部分。先ほど洋孝に撃たれた箇所を押さえて呻いた。
ミュータントである彼はこの程度では死にはしない。
傷はじきにふさがるだろうがそれでも血液が後から溢れてくる。
ぼやけた視界におぼろげながらブラッディ・レイが銃を構えた自分の雇い主達を殲滅した姿が映った。
「また逃げられるのか…今日こそはと思ったのに…。クッ…。」
手の甲に残る全ての力を集中する。
先ほどブラッディレイを捕まえかけた糸の束を出した穴から白い針が顔を出した。
先端からはピンク色の液体が滴っている。
蜘蛛の能力を持つミュータントである彼は糸の他にも武器を持っている。それがこの毒針だ。
ほぼ無制限に使える糸と違ってこの毒針は彼の切り札的な武器である。
ただし今彼の毒針に仕込まれた毒はやや特殊な効果を持っていた。それは強力な催淫効果である。
もっとも…この毒針、女ならば絶頂を迎えるまで体を苛み続ける凄まじい効果を及ぼすが
男にはせいぜい強制的に勃起させる程度の効果しか及ぼさないのだ。
だから彼はブラッディレイと始めて相対してから今日に至るまでこれを使おうとはしなかったのである。
無論彼や南條以下ブラッディレイを追う者達はブラッディレイが実は女など言うことなど知るよしもない。
今にしても捕まえようとして使おうとしている訳ではない。このまま逃げられるのは
どうにも癪だからせめて一矢報いたいと言うだけの事だ。
ブラッディレイはボディスーツ姿だ。勃起した局部を隠すには難儀な格好である。
かなり格好悪い状態に追い込まれるのは確実だ。
「食らえっ!」
ブスッ。
「ううっ…!?」
肩口に命中。ブラッディレイは一瞬よろめくが、すぐに態勢を立て直すと立ち去っていく。
「くっ…。逃げられたか。おい、バカども!いつまで寝てるんだ。警察に捕まりたくなかったら立って走れ!星鳴、お前もだ!」
立ち上がった男達が銃を拾うと何処かへと逃げ去っていき、後には雅人と倒れ伏した南條達だけが残った。
「…またやられてしまったと言うのですか…。くぅっ…む、雅人くん。そのケガは?それにこの臭いは硝煙!?」
「これなら心配無い、この辺調べるだけなら他の奴にやらせればいいでしょ。あんたは奴を追った方がいいすよ。
手傷は負わせたからまだそう遠くには行っていない筈っす!」
よろよろと立ち上がった南條と警官達に人間の姿に戻った雅人が言った。
「そうですか…。では、後を頼みます。」
南條はおぼつかない足取りで玄関へと向かって行く。
「またタダ働きの無収入、か…。」
雅人はそんな彼を見送りながら呟く。
監視カメラを通じて一部始終を見ていた者がいた。
玉座とも言うべき豪著な椅子に座り、巨大なプロジェクターに投影された映像をその何者かは見つめている。
「りあるたいむデ送ラレテ来テイル映像。見テノ通リ星鳴ガぶらっでぃれいニクリスタルヲ奪ワレタ。ドウスル大帝様?」
その玉座に寄り添うように佇む人物が無感情に言った。…なかなかの水準を誇るバスト
や引き締まったスタイルから女性である事は判るが
全身にしきりに明滅している電子機器が装着されているプロテクターを纏っており、
顔面も赤いバイザーの付いたヘルメットのようなもので覆われていて
声にも強い音声処理が掛けられており、地声や地顔を窺い知る事は出来ない。
「星鳴…あの愚か者めがッ!」
玉座に座った人物はセロの如き唸り声を挙げると、吼えた。
「音波。レーザービークを偵察に出せ。もっと詳しく様子を知りたいのだ。」
傍らの女性…「政宗音波(まさむねおとは)」に向き直ると大帝
(おおみかど)と呼ばれた男…この組織の実質的なリーダー
「大帝正三」おおみかどしょうぞう)は静かに言った。
「了解大帝様。…聞コエタナ?」
「はいお姉…いえ、音波様。このレーザービークにお任せ下さい。」
部屋の隅に隠れるように蹲っていた影がゆっくりと立ち上がる。
背中に黒いカラスのような羽を生やし、全身に音波のそれと同じように様々な電子機器を備えた
プロテクターを装着したその少女…(レーザービークと呼ばれているようだが
恐らく本名ではないだろう。)は一礼すると部屋を出て行った。
彼らはどういう組織で一体何を狙っているのだろうか?それもまた少し後に語られる事であろう。
その頃
「うっ、ぅぅぅっ…あ、ああん…はぁ、はぁ、あ…熱…い。こ、こんなぁ…。」
彼女…ブラッディレイが屋敷に侵入する際に変身したのと同じ場所…先ほどの
屋敷の近くの倉庫から艶っぽい声から漏れている。
しかし知らない者がそれを察知してもその主がブラッディレイだとすぐには気付くまい。
常に相手を揺さぶるような笑みを浮かべている口元はだらしなく開き、喘ぎ声を漏らしており、左腕はズボンに
入り込んで股間に指を走らせており、そしてその股間は愛液でしとどに濡れそぼっていた。
「はぁぁん…切っ…ないのぉ…気持ちいい…うぅん…。」
と、不意に糸がほどけるようにブラッディレイのコスチュームが分解され始める。
彼女の体は見る間に赤い光に包まれ、それが収まったとき、変身する前と同じブレザーを着た少女がそこに居た。
「くう…び、媚薬なんていう奥の手があったとはね…。ちょっと甘く見すぎていたかも…ッ…ああ!んぅッ…。」
クチュクチュ…
理性はやめろと命じるが左手は止まらなかった。それどころかブラッディレイに
変身している時は萎んでしまっていて攻めるに攻められなかった胸の膨らみを右手までもが攻撃し始めた。
「んんっ…んんんんっ…んぅん〜〜〜!」
体がビクリと震え、太ももを蜜がツーッと伝っていく。
その時!
「計算上ではこの辺りに逃げてきたはずだ…。うう…しかしまだ腹が痛いな…。」
聞き覚えのある声だ。何者かが倉庫に入ってきたらしい。
「こ、この声は…な、南條刑事!?」
彼女にとっては最悪の展開であった。
倉庫から入ってきたのは南條守道その人だったのだ!