「か、怪盗〜〜〜?」
「…さようでございます」
訝しげな声を上げる少女に執事は頭の悪い者に言い聞かせるようにゆっくりと答えた。
プライドの高い少女は馬鹿にされた気になり即座に怒鳴り返す。
「なんで!…この私がコソ泥の真似なんかしなくちゃいけないのよっ!」
今にも噛み付きそうな八重歯が光る怒り顔。
しかし執事は慣れているのか変わらない口調で語る。
「何をおっしゃいます。『怪盗』とは…
見目麗しく聡明で類い稀なる運動能力を持つ者のみが名乗れるものでございます。
…お嬢様はその全てを満たしておいでと私めは思っているのですが?」
…執事の少女に対する評価の「大部分は」世辞ではなく本心だった。
執事の口調はやはり気に入らないが、その内容は真実と思っている少女。
怒り顔から膨れっ面へとややクールダウンした。
表情としては良いものではないにも関わらず怒り顔も仏頂面も大変に愛らしい。
そして運動能力も高かった。揺れる双乳すら加速に使われているかのような俊足。
標準以上の胸と尻以外は華奢な彼女の走る様は実速より疾く感じるせいもある。
その柔軟さ、高いバランス感覚も彼女の魅力を引き立てる要素である。
様々なスポーツ、要所の局面で衆目を集めるポーズが自然に決まる。
腰まである緩やかなふわふわの頭髪が揺れることで芸術点も加味される…
だが「聡明」だけは彼女の『家』の威光、そのおかげだ。
大財閥の令嬢…学校のほうからそれとなく試験内容がリークされる仕組み。
それでもトップは取れない有様…優秀とは言い難い。
そんな彼女だ。少し褒められただけでその気になりかけてる。
流石に「すぐ食いついては馬鹿っぽい」と自覚しての仏頂面だ。
「その通りだけど……でも………」
膨れっ面に頬を染めて執事の言葉を待つ。
「既にお嬢様は何をなさっても頂点におられます
お嬢様ではない別人…『怪盗』という存在でもなければ下々の者たちは驚きますまい
世間の噂話に花を添えることも高貴なる者の務めかと………」
「…そ、そこまで言うなら仕方ないわね!」
…こうして怪盗『ルミナルージュ』は「赤園寺 彩香」の仮の姿として誕生した。
―――――
「なんで………私が………こんな………」
標的の屋敷に忍び込んで直ぐさま彩香は後悔していた。
赤園寺財閥と肩を並べる青乃宮コンツェルンの豪邸……
見つかっては、捕まっては大財閥の一人娘と言えどもただでは済まない。
…いや、ライバルである青乃宮だからこそマズいことになる。
「そのほうがスリルがありましょう?」とは執事の言。
そもそも「面白い退屈しのぎはないか?」→「怪盗など如何でしょう?」という流れ。
「無理ならばもっと格下の標的を探しますが何か?」的な事を言われ
意地で「やる」と言った自分が愚かなのだが………
「へへへ、侵入者は女だってな」
「身体は相当エロいらしいぜ?」
「イカれたコスプレしてるらしいから頭は悪いだろ?」
「何でもいいさ…ここは治外法権だからな……やりたい放題……」
屋敷本館へ辿り着く以前に見つかり凄い人数に追い回された。何とか逃げ切り…
…今は使用人用の家屋、その男子トイレの個室。
用を足しながら雑談する男どもを殴りたいのを彩香は必死で耐えていた。
女性用トイレもあったが捜索の最中で隠れられず止むを得ず…だが。
(こんな……臭くて汚いとこに…………!)
別に普通のトイレなのだが贅を極めた「お嬢様」には耐え難いのだろう。
場所も男どもの言い草も。
(見つかったら……どんな目に遭うか……)
正体を明かさなければほぼ間違いなく…いや、確実に輪姦される、
だがバラせばこれを材料に『家』にどれほどの迷惑をかけるかわからない。
…どちらも絶対に駄目だ。
(仕方ない、ギブアップするか…………)
それも彩香にとっては苦汁だが…所詮は遊び、その割にリスクが高すぎるのだ。
執事から「もしもの時に」と預かった機器のボタンを押した。
『その時点でお嬢様の安全は保証されます』…執事の言葉を疑いもしなかった。
ジリリリリリーーッッ
ボタンを押した機器自体が轟き叫ぶ。それを持つ彩香は気絶しそうになった。
隠れている、見つかりたくない状況を抜きにしてもだ。それ程の大音量が鳴り響く。
…何も言う間もなく、何も考える間もなく蹴破られる個室のドア。
その向こうには…信じられない人数が詰め寄っていた。
トイレには大小合わせて10基ほど便器があるが…その数倍。
ネコ一匹通る隙間もない。…彩香は一瞬にして何十人もの男に包囲された。
…
男の数は増える一方、場所は本館の大広間に移動された。
そこで天井から吊される彩香…
その名が示すように鮮やかな真紅のチャイナドレス、
スリットからは網の大きいストッキングが覗きガーターベルトまで見える。
仮面舞踏会で使っていたマスクは目の穴が大きく彼女の美貌を殆ど隠していない。
知っている者なら正体を見抜く…というか彩香以外何者でもない。
それは男どもも気付いているのだろう。
ざわめきの中にその気配を感じる。まだ吊されただけで済んでいるのは
上からの指示を待っているだけだと思われる。
直接手を出せない、まだ本名を呼べない腹いせか?
男たちは盗んだモノと引き換えに置くはずだったカードに書かれた名で嘲る。
「ルミナルージュちゃん、色っぽいねえ!」「男子トイレで何をしてたのかなあ?」
「決まってんだろ?…オナってたんだよ!」
「オナだけじゃ我慢出来なくなって自分から居場所を知らせたってか?」
言い返したいのを歯を食いしばって耐える。
その怒りを込めて拘束具…SMで使うような革手錠を引っ張るがビクともしない。
手首を覆う幅が広いのでさほどは痛くないぶん思いきりなのだが…
(これから…私……犯され…ちゃう?
……この私が?………そんなの……許されるはずないでしょ?!………ッ)
…だが現実は無情だ。助からない。
「おやおや、これはこれは…」
新聞のトップにもよく載る、新聞など読まない彩香でも知っている。
青乃宮コンツェルン総帥のご到着だ。
好色そうな、舐めるような視線。
彩香はボディラインどころか中身まで見透かされたような気分になりゾっとする。
「さてどうしたものか…
本来の貴女として『丁重に』もてなすか… 不法侵入の犯罪者として扱うか…
…貴女に選ばせてあげましょうか?」
「く………っ」
どちらも選べる訳がない。そして総帥の目を見て思う。
(こいつ…弄んだ後で『家』に言うつもりだ………っ)
最悪のシナリオ。その中でも『家』に知られることだけは絶対に避けたい彩香だが…
(…お父様にだけは…知られちゃダメ!……でも…ここで媚びても………っ
とにかく…時間を稼がないと………)
だがその方法が思いつかない。時間を稼いでも解決しないことも気付かない。
「仕方ありませんね、では手始めに…」
そう言うと総帥は銃を取り出し彩香に狙いを定める。
手始めと言う単語など忘れて彩香は恐怖してしまった。
人を殺しても完全に隠蔽出来る連中だから無理もないが…
「ちょ…! やだ! やめて! …………ッッ!」
なまじ卓越した視力がある為に引き金を絞る動きがよくわかる。
その瞬間に思わず目を閉じてしまった。が、聞こえるはずの銃声が無い。
変わりにチャイナドレスの裾に濡れた感触を覚える。
目を開けて確認するとやはり濡れている。
彩香は恐怖のあまり失禁してしまったのかとゾッとする羞恥に襲われるが
その割には下着は濡れてない。確認すべく総帥を見て銃口から滴る水にようやく気付く。
「…み、水鉄砲?」
安堵と屈辱が溢れるが総帥の次の言葉にそれは戦慄と羞恥に変わる。
「もちろん普通の水ではありませんが……」
効果は説明を聞く前に理解した。
ドレスの濡れた部分が乾燥していき…その部分の布地も蒸発していく。
「人体には無害…さて、射撃大会を始めましょうか♪」
下卑た笑いを浮かべた男たちは配られた水鉄砲を手に集中砲火を開始した………
…彩香も頑張った。
人体には無害と聞き縛られていない、そのスラリとした足で直撃するはずの水を蹴る。
身体を激しく揺らしながら足を大きく回し迎撃するが…
その動作のたびに眩しい太股、根本まで晒してしまう。
さらに蹴った際の細かい飛沫までは防げるはずもない。
少しづつ確実に溶けていく衣装…
右肩、上半身を覆うチャイナドレスの要に被弾すると衣装はベロリとめくれ、
その豪華な装飾のブラがあらわになる。…途端に動きは悪くなった。
しかし狙いはその揺れる双乳に集中する。防御する足を高く上げなくてはならない。
上品なレースのパンティの露出率も上がり…恥じらいが更なる失敗を呼ぶ。
天井の装飾、シャンデリアから伸びる鎖に唯一の盾、足を絡めてしまった。