「すみませんが、今日は急いでるんです。失礼します」
「ちょ、ちょっと待ってください。だって今まで文庫本を読んで……」

いつもの喫茶店。
彼の姿を見るや会計を済ませて足早に走り去る香織の背中を、
棚橋は呆然と見送っていた。
本当に忙しかったんだろうと自分を懸命に納得させようとするが、
すれ違いざまに感じた明らかな拒絶は拭い去ることができない。
あちこち探し回った挙句やっと逢えたというのに。
先日のショッピングでいい雰囲気になったと思ったのは勘違いだったのか。
彼女の真意は見えないままだったが、次の日も、次の次の日も、
彼女は彼に冷たくあたるのだった。


「あ、宝月さん。こんばん……わ?」
「すみません、急いでるので」
(ごめんなさい……棚橋さん。私、貴方を傷つけてる……でも)

唇を噛みながら走り去る彼女の鞄の中で携帯が鳴るが、
香織はそれを取り出そうともしない。
棚橋は重く沈んだ顔で携帯の通話終了ボタンを押すと、警察署へと戻った。

その日は散々な一日だった。
仕事にまるで身が入らず、上司からは何度も叱責を受けた。
帰りにここ数日会えずにいた香織の姿をやっと見かけたかと思うと、
あからさまに背を向けて走り去られる始末。
気晴らしにバー「タイガーアイ」にでも行こうかと商店街を
通り抜けてふと目を向けた所に、そのお店はあった。


「骨董品店 天河石」

かなりガタがきていると思われるレンガ造りの小さな店。
ただでさえ地味な店構えの上、ビルとビルの間に挟まれてすっかり陰になっている。
そのお店は客が入っているところを見た者がなく、なぜ潰れないのかが謎だと
普段からこの界隈では囁かれている骨董品店だ。
その店に、半ば気まぐれで、半ば自棄になって棚橋は入ってみることにした。
ドアを開けると、チリンチリンとベルが鳴り、来訪者の存在を告げる。
店の奥からは店主だと思われる年老いて背中の曲がった男が姿を見せた。

「いらっしゃい」

店主はそう言うと、久方ぶりの客には興味がないらしく新聞を読み始めた。

(……無駄足だな)

普段は決して入ることのない店に入れば違った目が出るかと思ったが、
そのささやかな希望を叶えるには、あまりに店には魅力がなく
店主には商売気がなさすぎた。
並んでいる品物はひと目で掘り出し物ではないことが分かる物ばかりだし、
むしろお金を払ってでも引き取ってもらいたい商品が多数だった。


この店に何を期待しているのかが分からなくなり帰ろうとした彼の目に、
信じられないものが飛び込んできた。

『タロットカード入荷 ただし一枚限り』

汚い文字が書かれた紙が貼ってある棚には、あのタロットカードが鎮座していたのだ。
そう、宝石が散りばめられた、怪盗が血眼で狙い続けているあのタロットだ。

「爺さん、これは……?」
「ああ、俺の親の世代からそこに並んでるよ。
 一枚だけのタロットカードだからな、売れないのも無理はないさ」
「本物……じゃないだろうな。こんな店にあるわけがない」

本物だと信じるには、値段があまりに安すぎた。
また、怪盗ブームに乗っかった玩具メーカーが最近その
タロットカードの模造品を商品化しているということもあった。
まじまじと眺めてみても宝石の価値など分からない棚橋は
その値段に惑わされ、よく出来ているものの玩具だと結論づけた。

だが、どうにもそのタロットのことが気になって頭から離れない。
『恋人(ラバーズ)』と書かれたタロットは、彼を誘うかのようにキラリと光った。
それを目にしたとき、棚橋はそのカードを買うことに決めた。

「親父、これをくれないか」
「旦那、本当にそれを買うのかい? 確かにはまってるガラス玉は綺麗と
 言えなくもないが、一枚きりじゃ占いもできないよ」
「ああ、いいんだ。このカードが俺を呼んでる気がしたんだ」
「ふぅん……まぁ何でもいいさ、どうせこの店も来週には閉めるんだからな」

結局ただ同然でそのカードを手に入れた棚橋は、
スーツの胸ポケットに無造作に突っ込むと帰路に着いた。
『恋人』というからにはお守り程度にはなるだろう、という軽い気持ちだった。

そのポケットの中では、『恋人』が怪しい光を放ち続けていた。


その翌日、棚橋を待っていたのは、また違った意味での災難だった。
女難、と言ってもいいかもしれない。
警察署の廊下を歩くたびにすれ違う婦警に熱い視線を向けられ、
就業フロアでは彼のことを噂するヒソヒソ話が聞えてくる。
結局その日一日で四人に告白され、一人に押し倒された。
それも若い新人婦警から、色んな意味でどっしりしたお局様まで幅広く。
ついでに言うと、棚橋を押し倒したのは……お局様だった。

(……ったく、いったい何だってんだ)

ぼやきながら帰路に着く棚橋の目に、本屋に入っていく一人の女性の姿が映る。
その女性はしばらく文庫本を選んでいたが、どうやら平積みされている
ハードカバーの恋愛小説を買うことに決めたようだった。
香織だ。

自分を避けるかのような彼女の振る舞いを思い出して少し躊躇した棚橋だったが、
唾を飲み込むと、意を決したように声をかけた。

「こ、こんばんは、宝月さん。お仕事帰りですか?」
「あ……棚橋……さん? こ、こんばんは」

棚橋の顔を見た香織の様子がどうもおかしい。
ここ数日の彼女であれば、顔をそむけてにべもなく立ち去っているはずだ。
だが、目の前の彼女はというと、その瞳は潤み、頬は上気して赤く染まっている。
どうやって彼女を引き止めようかということしか頭になかった棚橋は、
予想外の反応に言葉をどう繋げていいものかわからず黙ってしまった。

一方、香織は戸惑っていた。
棚橋の存在に気づくや、適当な理由をつけて立ち去るつもりだった。
しかし、彼と目が合った瞬間、背中に電流が走ったような感覚をおぼえ、
彼から目を背けることがどうしてもできなくなってしまったのだ。

(なんで……私、ドキドキしてる……)

彼に聞こえてしまいそうなぐらい自分の鼓動が早くなるのを感じ、
それを意識するあまり頭が真っ白になってかける言葉が見つからない。
二人はしばらく沈黙して見つめ合っていたが、棚橋がなんとか言葉を紡ぐ。

「ほ、宝月さん。もしよかったら晩御飯でも、いかが、ですか?」
(……馬鹿、いくらなんでも唐突すぎだろ俺。くそ、また逃げられちまう)

「た、棚橋さん。ぜひ、その、ご一緒させて、ください」
(……え? なに言ってるの私。もう彼のことは諦めるって決めたじゃない)

お互い内心とは裏腹の言葉。
しかし、色よい返事を聞いた瞬間、棚橋の顔からぱぁーっと満面の笑みがこぼれ、
それを見た香織は今日の彼が放つ不思議な魅力に抗えなくなっていた。


一時間後。
バー「タイガーアイ」で棚橋は硬直していた。
カウンターに並んで座り、マスターご自慢のパスタを食べるところまではよかった。
だが、お酒をいくらも飲まないうちに香織が自分の肩にしなだれかかってきたのだ。
驚いて香織の表情を窺うと、気を許したのかすぅすぅと寝息を立てている。

「ぅん……たな……はし……さん……」

肩から伝わる彼女の温もりと心地よい重み、そして無防備な寝顔に
彼はいつになく動揺しながらビールを飲んでいたのだが、
舌足らずな寝言で自分の名前を呼ばれた瞬間、血が燃えるのを感じた。
かぁーっと顔が熱くなり、何も考えられなくなる。
そ知らぬ顔で氷を削っていたマスターと目が合うと、慌てて勘定を頼んだ。
マスターは苦笑していた。

バーの外に出てからも、香織は棚橋の腕を離そうとしなかった。
こんな積極的な甘え方は、ここ数日の香織はおろか以前の香織からも
とても想像できない姿だった。

「ほ、宝月さん。そんなにくっつくと歩きづらいですよ」
「あっ、ごめんなさい、でも今はこうしていたい気分なんです」
「え……あ……ま、まいったな。
 それより、宝月さんのお家はどちらですか? お送りしますよ」
「いやッ!!」

突然大きな声をあげた香織に、棚橋は驚いて歩を止める。
香織はフルフルと体を震わせ、涙目で彼の顔を見つめている。

「ご、ごめんなさい。今日の私、どうかしてますね……。
 でも、もう少し、もう少しだけでもこうしていたいんです。駄目ですか?」

自分の目にまっすぐに向けられた熱視線と、懇願するかのような
甘い言葉に、棚橋は自制心が音を立てて崩れていくのを感じていた。
昨日までは自分はわけもわからずけんもほろろに拒絶されていたのに。
関係をいくらかでも修正できればと思い本屋で声をかけただけだったのに。
それが、まさか一日でこんな展開になるなんて。

(安直な表現だが、これが夢ならば醒めないでくれ)

棚橋は心からそう思った。



棚橋は自宅アパートに香織を招き入れると、エアコンのスイッチを入れた。
暖かい空気がそよそよと流れ出し、二人の頬を撫でる。

「その辺に適当に座ってください。何か飲みますか?」
「い、いえ。おかまいなく」

二人の会話はどこかぎこちなく、まるで童貞と処女のようだった。
棚橋は、自室に彼女が存在していることを実感できずにいる。
香織は、自らの積極的な言動が自分のことながらも信じられずにいる。
二人ともどこか幻のような、油断すると泡のように消えてしまいそうな儚さを
感じながらも、同時にこの後に訪れるであろう展開を予感していた。
しかし、どう切り出したものかがわからない。
香織はベッドの上に座って俯いているし、棚橋は冷蔵庫からペットボトルの
お茶を取り出してグラスに注いでいる。
次第に暖まっていく部屋で、お互い無言でズズ…とお茶を啜ったとき、
そのタイミングが同じだったことに気づき、顔を見合わせて笑みがこぼれる。
直後、棚橋が真剣な表情になり、香織は胸を高鳴らせた。

「その笑顔……もう見られないかと思ってた」
「ごめんなさい。私、ひどいことをしたって思ってます」

責められたと勘違いした香織が下を向き、その頬に棚橋の手が添えられた。
香織は目を瞑り、愛おしそうにその手を両手で包み込んだ。

「理由、聞かないんですか? 私、棚橋さんのことを傷つけたのに」
「そんなのはもういいんだ、それよりも今を感じたい」

ちょっと臭かったかな、と指で頬を掻く棚橋の目の前には、
目を瞑って唇をそっと突き出す香織の顔があった。
その顔にうっかり見とれてしまった棚橋は、彼女に対する想いを
噛みしめると、時間をかけてゆっくりと唇を重ねた。

二人の初めてのキスは、優しく、淡い口づけだった。
怪盗アンバームーンとそれを追う警部、という立場では実は接吻は既に
経験済みなのだが、嘲笑が基にあるキスと恋焦がれた上でのキスとでは
まったく別物なのだということを香織は密かに感じていた。
しかも自信家で挑発的なアンバームーンとしての姿ならいざ知らず、
臆病な素の自分が精一杯の勇気を絞り出して求めたキスなのだから。

そっと唇が離れて見つめ合った後も、さらに二人は唇を重ね合った。

二回目のキスは、強く、むさぼるようなディープキスだった。
互いの口腔を舌で探り合い、歯茎をなぞり合い、唾液をからませ合った。


ちゅくっ。ぴちゅっ。くちゅっ。
狭い部屋にお互いの存在を求め合う音が響き、いやがおうにも情感は高まる。

「……ん……ふむぅ……ぅん……」

時たま口から吐息が漏れ、鼻息が顔にかかる。
アルコールと緑茶が混ざり合ったような何とも表現しがたいキスの味。
そろそろ離れようか。でもまだ離れたくない。あと少しだけ。
その時、棚橋の右手が香織の胸にそっと触れた。

「いや……恥ずかしい……」

顔を真っ赤にして俯く香織を、棚橋はそっとベッドに押し倒した。
抱きしめた彼女の体は温かく、それでいてとても華奢だった。
体重をかけると壊れてしまいそうで、棚橋はそっと体を浮かす。
仰向けになった彼女の体では、タートルネックのセーターが慎ましやかな
胸の形に膨らみ、細身のパンツが腰のなだらかな曲線を描いている。

「宝月さん、その、とても綺麗だ」
「そんなことないです。私なんて貧弱で、子供っぽくて、魅力がなくて…」

表情を強張らせて固く目を瞑る香織に、棚橋は強く言い放つ。

「そんなことはない!」

その語気にビクッと体を震わせ、恐る恐る目を開ける香織をそっと
抱きしめると、棚橋は優しく言い聞かせた。

「大好きな人にそんなことを言われると、とても悲しいじゃないですか。
 他の誰が何と言おうと、俺は宝月さんのことを綺麗だと思う。
 それじゃ……駄目ですか?」

香織はその瞬間、理解する。
自分に自信がない、なんて控えめで奥ゆかしい態度を取っているようでいて、
それは目の前の人を傷つける行為に他ならないのだと。
心の中で今日何度目かのごめんなさいを唱えながら、香織は涙目で微笑む。

「嬉しいです。棚橋さんも格好いいですよ」
「え!? いや、その、参ったなぁ……」

慰めた相手からの思わぬ逆襲に、思わずたじろいでしまう棚橋。
ゴホン、とわざとらしい咳払いをすると、彼は改めてそっと胸の膨らみに触れた。

「ん……」

今度は香織も拒絶しなかった。
棚橋は左手で彼女の腰を抱きながら、右手でさわさわと愛撫を続ける。

「んッ……く、くすぐったいで……ふむぅ……」

彼女が言いかけた言葉を唇で栓をする。
顔を赤らめて身をよじる彼女のセーターを下からまくり上げ、
露わになったブラの上から大きな手で乳房を包み込み、乳首を刺激する。

「んぁッ……くぅんっ……で、でんきを……電気消してください……」


切なげな吐息とともに吐き出された言葉に棚橋は頷く。
本当は彼女の姿をずっと見ていたかったが、明るいまま続けるのは
香織にはまだ酷だろうと思い直してリモコンを手で探る。
室内が暗転する。

闇の中で、触覚を頼りにセーターを脱がし、パンツのファスナーを下ろした。
その下の素肌に手が触れ、女性の肌のあまりの滑らかさにしばらく手で撫でる。
腿に、胸に、鎖骨に、棚橋の手が触れてそのたびに香織は身をくねらせた。

「んんん……ふぁッ……ああぅッ」

機を見てブラのホックを外そうと背中に手を回し入れる棚橋だったが、
暗闇ということもありなかなかうまくいかない。
焦る彼の頭を香織がそっと撫で、もぞもぞと動いた。

「大丈夫ですよ、……んっ」

いつも控えめな彼女が、俺のために余裕を演じて自分からブラを外してくれた。
それに気づいたとき、棚橋は膨らみにむしゃぶりつかずにはいられなかった。
彼の右手は背中から下腹部へと伸び、パンティの布地ごしに秘奥に触れる。
ふにふにと指で刺激するそこは、既に湿っていた。

「んあッ……そ、そこは……ふぅん、あッ……はぁう」
「とても可愛いよ、香織」

そっとパンティをずり下げる彼の手に軽く抵抗しながら、
彼が自分を名前で呼んでくれたことに気づいて、体を熱くさせる。

「はぅ……え、と……わ、私棚橋さんッ……の下の名前……」
「あ、そうか。『正弘』というんだ」
「くあぁぁッ……ま、まさひろ……んんんんぁぁぁ!」

下着をずり下げられ、直接秘部を指で刺激された香織は
初めて聞く彼の名前を呼びながら軽く達した。
はぁはぁと荒い息を吐く彼女が愛おしく、棚橋は彼女を軽く抱きしめた。
だが、その腕から逃れるように彼女が体を起こしたようだった。

「え? か、香織……?」
「こ、今度は私が正弘のことを……」

もぞもぞと動く彼女の手によって、棚橋の上着もズボンを取り払われた。
鍛え上げられた彼の体に、香織の唇が吸い付く。
細い指は股間に伸び、彼の怒張をそっと包み込んで軽くしごいた。

「くッ……あぁぁ……か、かおりぃ……」
「えと、その、気持ちいいですか?」

彼女は質問に対する返答を待つことなく彼のモノを口に含む。
突如訪れたその刺激に、彼は小さく呻く。
ごぷっ。ちゅばっ。ちゅぶっ。
闇の中に唇と唾液が奏でる淫靡な音が響き渡った。


(……わ、私……自分から男の人の……)

彼に懸命に奉仕しながら、香織は自分の積極的な行動に驚いていた。
彼女とて、男性経験が全くないわけではない。
しかし、コンプレックスの塊だった彼女にとって、初めての行為は
耐え難く苦しい、痛いだけのものだったのである。
首を振って抗う彼女を、当時の男は欲望に任せて乱暴に扱った。
それからだ、彼女が男性を恐怖するようになったのは。
だが、棚橋が相手なら不思議と嫌悪感はなかった。
いつも自分に優しく扱ってくれる棚橋になら、その想いに応えたい。
自分の感情を反芻しながら、彼女は不慣れな行為を夢中で続けた。

彼のモノが硬くそそり立つのを口の中で感じてからしばらくして、
彼の手がそっと彼女の体を誘導した。
ベッドの中で再び抱き合う形になったとき、彼がそっと言った。

「入れる、よ……?」
「はい……」

ぎこちない合図を交わし、彼は彼女の体に自分の分身を挿し入れた。
香織は彼の体の一部が自分の中に入ってくる感覚を噛みしめていた。

「くぅあッ……んんん……は、入ってきたぁっ……」
「うくっ……か、香織の中、とても温かいよ……」

お互いの体温を感じながら、そっと動き始める二人。
騎上位で繋がった二人の動きに、安物のベッドがギシギシときしむ。
棚橋は彼女の軽すぎる重みを感じながら、下から突き上げる。
香織は恥ずかしさに両手で顔を覆いながらも腰を動かす。

「あふッ……くあぁぁ……ふ、太いのぉ……んあああぁ」
「うっ……き、気持ちいいよ……か、香織は?……」
「わ、私も……気持ち……うんんんッ……いいです……お、おかしく……」

棚橋は暗闇の中で彼女の体に手を伸ばし引き寄せると、一度
彼女の体から自分のモノを抜いた。
不安そうな声をあげる香織の体をそっと反転させると、今度は
後ろから彼女の中に突き入れた。

「きゃっ……え? え?……んあぁぁッ!! お、奥までぇ……」
「くっ……うあぁ……か、香織……」
「これっ! これ……深いの……だめっ……だめなのぉ……」

声を押し殺すこと叶わず、先ほどより切羽詰った声をあげる。
二人の体がぶつかり合い、パンッパンッと音を立てた。
動きが加速し、その音が激しくなるごとに二人は乱れていく。

「あんッ! はぁうッ! ……あぁぁはぁう……い、いやぁッ!」
「んんんッ! くぉぉ……い、嫌なの?」
「い、いやじゃ……ないけど……んんん! は、激し……」


想いの深さゆえにどこかぎこちなくウブだった彼らが、今はお互いの体を
遠慮なく貪り、激しく求め合っている。
永遠にも思われたその時間は、やがて限界を迎えるとともに終わりを告げる。

「ふあッ! ああああぁぁ……わ、私もう……もう! あはぁぁ」
「ううぅぅ……うくッ! お、俺もイきそう……」
「だい……大丈夫ですから……んんん! な、中にぃッ!
 あああぁぁあ! イく、イくのぉ……うあぁあ! イく! イっちゃう!」
「うああぁ……ああああ!」

どくっ。びゅるっ。
熱い飛沫が彼女の中に放たれ、二人は抱き合いながら絶頂に達した。



「お、俺達……二人で、その、イけたんだね……」
「はぁッ、はぁ……は、はい……」

幻想とも思われる奇跡を彼らは手にしていた。
乱れた後だからこそ一層愛しく思える互いの体を寄せ合い、彼らは囁き合う。

「これも、あのお守りのおかげか……なんてな」
「お守り?」
「ああ……ほら、商店街にある骨董品店で見つけたんだ。ちゃちなおもちゃ
 なんだけど……でも世間を騒がせてるあのタロットにそっくりだろ?」
「!? あ、ほ、ほんとだ……そんなの売ってるのね……素敵……」

何気なく相槌を打ちながらも、香織は心臓が飛び出したかと思った。
彼の上着から飛び出したそのカードからは、確かに魔力を感じたからだ。

(間違いない……ほ、本物だ……でもそんなことって……)

「そうだ、これ香織にあげるよ」
「え!?」
「なんたって『恋人』だし、香織に持っててほしいんだ。
 本物をプレゼントできればいいんだけど……
 さすがに俺の給料じゃ無理か。はははは……」
「あ、あ、あははは……」

果たしてこんなことがあっていいのかという思いと
本物であることを告げられない罪悪感を秘めながら、
香織は顔をひきつらせながら乾いた笑いをあげた。
棚橋は幸せそうに笑いながら、寝息を立て始めた。


「お、お嬢様、昨夜はどちらに……?」
「ごめんなさい神崎。酔い潰れてしまって、茂木先輩の家に泊めてもらったの」

土曜日で学校は休みだったので、自宅まで電車で帰ってきた香織は
自室で静かに昨夜のことを思い返していた。
まだ股の間に何か挟まっているような感覚に顔を赤らめると、
鞄の中から『恋人』のカードをそっと取り出す。

今思うと、昨夜の自分らしからぬ行動は『恋人』のカードの魔力が
棚橋の体から漏れ出していた故なのだろう。
しかし、こうしてカードを手に入れてからも棚橋への想いは変わることがない。
この想いは決して魔力によるものなんかじゃないことを香織は確信していた。

(ありがと、『恋人』。そして、ごめんなさい……棚橋さん)

目を閉じ、臆病だった自分の背中を押してくれた『恋人』に礼を言うと、
再び開かれた彼女の瞳からは迷いは消えていた。
窓からは朝の光が差し込んで、彼女を照らしている。



〜『恋人』奪還(?)完了〜
残りカード枚数…三枚