影山邸の地下室では、怪盗アンバームーンが震えていた。
腹部を襲う鈍い痛み。胃液が逆流しそうな苦しみ。
彼女にはもはや抵抗する力も気力もほとんど残ってはいなかった。

「ふふ……苦しいか、苦しいだろうアンバームーン。
 これに懲りたら大人しくしていた方が身のためだぞ」

姿なき声が地下室という密閉空間に反響する。
そのくぐもった声が、まるで彼女には悪魔の囁きのように感じられた。

「ふぅッ! あぁ……ぁぁ……」

ちゅばっ。れろれろ。ちゅぶっ。
首筋を舌でねっとりと舐められ、耳たぶをしゃぶられる卑猥な音が室内に響く。
コスチュームの胸部の繊維は指の形に歪み、ひとりでに蠢いているように見えた。

(……くぅッ、次はどこを……ひゃぅんッ! わ、脇……!?)

実は影山にとって、誰もいない地下室で姿を消すことにさして意味はない。
深い考えもなく、なんとなく能力を使っているに過ぎなかった。
だが、囚われの女怪盗を追い詰めるのにその能力は着実に効果をあげていた。
気配は確かに感じるものの、肝心の相手の姿が見えないため
次に自分の体のどこをなぶられるのかが分からないのだ。
今まで首筋を舐めていた舌が突如脇の下を責めだして意表を突かれる。
さわさわと黒タイツ越しに腿を撫でていた手が、今度は膝裏を刺激する。
不可視の愛撫は少しずつ、だが着実に彼女の官能を刺激していった。

「ぁう……んん……んむぅ!? ふむ……うむぅ……」

怪盗の顎に手が添えられると、顔を背後に向けられた。
次の瞬間、唇に生暖かい感触を感じ、怪盗は目を閉じて呻いた。
ちゅぶっ。ぬちゅっ。じゅぱっ。

(やだ……わ、私こんな音を立てて……)

影山の舌は怪盗の唇を吸ったかと思うと、一転して口の中に侵入し、
また顔面を舐めてその唾液で濡らす。
右手はミニスカートの中に潜り、美尻をさわさわと爪を立てて撫で、
尻たぶを劣情のままに揉みしだいた。
左手は依然として背後から胸を鷲掴みにし、人差し指で突起を刺激し続けている。

顔面と唇を唾液で蹂躙される音。
黒タイツの繊維が擦れる音。
時たま漏れる影山と女怪盗の吐息。
それらの淫靡な音が地下室に反響し、協奏曲を奏でる。
影山がコンダクターだとすると、女怪盗はさしずめ楽器であろうか。
魔手に逐一反応しないではいられない女怪盗は、自らの衣装と声が
奏でる音のあまりの淫靡さに、その身を紅潮させてよじった。


「ーーはぁうッ!!」

突然、背後から伸ばされた右手が、股の間をくぐり秘部に触れた。
立てられた人差し指と中指が割れ目に沿って動き敏感な部分を擦る。
その刺激に女怪盗は目を見開き声をあげずにいられなかった。

「だいぶいい声が出てきたじゃないか」
「……んんん……あぁぁ……そ、そこは……だめ」
「ダメと言われるとますます触りたくなるじゃないか」
「ああぁぁ……そんな……」

首を嫌々と振る女怪盗の反応を楽しむと、影山は下半身を覆う
黒タイツと下着をまとめて膝の辺りまでずり下げた。
女怪盗の白く滑らかな素肌がついに外気にさらされることとなる。
しかも完全に脱がされることなく中途半端な位置で止まっているタイツが、
女怪盗の羞恥心を一層煽る結果となった。
それは男なら誰しもが欲情するであろう卑猥な姿。
今の自分の格好を想像して震え、女怪盗は再び目を瞑り無心を試みた。
だが、影山の言葉がそれを許さない。

「下の毛も銀色なんだな。しかもなかなか濃いじゃないか。
 駄目だぞ、お手入れはこまめにしないとな。ははははははッ」
「ーーーーッ!?」
「やっぱり感じているんじゃないか。ここはもうぬらぬらと光っているぞ」
「いや……もう言わないで……」

恥毛を指でつままれ、割れ目を指で広げられ、辱めの言葉をかけられる。
これ以上ないほどの恥辱に、女怪盗は言葉が出ず唇を噛む。

じゅぷっ。

「ーーはぁうッ! ふぅん……んあぁぁッ!! うぅぅうう……」

ぴちゃぴちゃ。じゅぷっ。びちゅっ。
秘部に指が挿入され、かき混ぜるたびに溢れる蜜が淫靡な音を立てる。
女怪盗の口からは喘ぎ声が漏れ、協奏曲は終盤へさしかかっていく。

「ひぁあッ……んんんんん……んあぁぁッもうッ……もうッ!」

女怪盗の声からは余裕が失われ、切羽詰まったものに変わった。
顔を歪めて俯くと、次の瞬間、女怪盗の体が跳ねてピンと伸びた。

「うぅぅううぅぅ……だめぇッ……だめぇーーッ!!」

恥を忘れあげてしまった大声が薄暗い室内にこだまし、
シンバルのように協奏曲のラストを締めくくった。

「はぁ……はぁッ……わ、私……」
「さて、お楽しみのところ悪いが、次はお散歩の時間だよ?」

そう言って姿を現した影山の手には、いつの間にか首輪が握られていた。


人気のない夜の公園。
怪盗アンバームーンは街灯に体を預けて立っていた。
その手首は手錠により体の前で拘束されている。
だが拘束されているのは手首だけではない。
怪盗の首には家畜を思わせる赤い首輪がはめられており、鎖が伸びている。
その鎖の先を持った影山が、怪盗に非情な命令をした。

「さて、服を脱いでもらおうか」
「ーーッ!? そんなこと出来るわけが……ぁうんッ!!」

反抗的な言葉を吐いたその顔が、苦悶に歪む。
再び腹部に強烈な一撃が加えられ、湧き上がった反抗心を萎えさせた。

「そういや手錠をしているんだったな。
 自分で脱げないなら手伝ってやるよ」

ビビッ! ビリッ! ビビビッ!
深夜の公園に文字通り衣を裂く音が響いた。
その姿は見えないが、ナイフでコスチュームを切り裂いているらしい。
支えのなくなった衣装は重力に従ってストッと地面に落ちた。
薄手のトップスも、ミニスカートも、ポーチも、黒タイツも。
女怪盗の身を覆うものは、白い上下の下着だけとなった。

「怪盗のくせに随分と可愛い下着を履いてるじゃないか」
(……さ、寒いッ! 体がちぎれちゃいそうッ)

雪が降っていないのがせめてもの救いだが、十二月の深夜の公園に
裸体を晒した女怪盗は、吹きつける冷たい夜風にその身を縮めた。
その露出している美しい肌にも鳥肌が目立つ。
だが、その体を覆い隠している下着までも影山はずり下げると、
コードがついている棒状の何かを取り出し、女怪盗の秘部に挿入した。

「んッ!! くふぅ……い、嫌……もうやめ……」

怪盗の懇願を影山は意にも介さない様子で、下着を元の位置に戻す。
そして手に持ったスイッチをONにした。

ヴヴヴヴヴ……

「んんんッ!? い、いったい何を……ふぅぅぅッ」
「バイヴも知らないのか? てっきり毎晩使っているのだと思っていたが」

下着に包み込まれた機械はそれゆえ固定され、振動をやめない。
その刺激に女怪盗は内股になり、膝をガクガクと震わせて街灯にすがった。
だが、影山はその手を街灯から引き剥がし、地面へと投げ倒した。

「四つん這いになってもらわないと散歩にはならないだろう」
「さ、散歩ですって……んんん……くぅぅぅ……」

悔しさと股間の刺激に顔を歪め、片目で影山を見上げる怪盗。
その視線の先には虚空があるばかりだ。

「そうだ、散歩だ。分かったらさっさと歩け」
「あぁうッ!!」

パシィッ!
影山は露出した尻を後方から平手で叩いた。
反射的に前へと進み、結果命令を聞いた格好になってしまう怪盗。
張られた尻がじんじんと痺れ、下着の中では機械が怪しく蠢いている。
女怪盗はしばらく進んだ後、その刺激に負けて止まってしまった。

「くぅぅ……んぁぁあ……」
「歩けと言っているのが分からんのか、この雌犬が」

パシィッ!
再び尻を平手で張られ、突き上げられた双丘には紅葉の跡がつく。
怪盗は涙を流しながら、命令に従うほかなく前に進む。

「しかし、こんな姿を見られたらどう思われるだろうなぁ。
 私は今姿を消している。露出狂の女が尻を振って四つん這いで
 歩いているように見えるのではないか?」
「い、嫌ぁぁーッ」

能力のことは常に頭にはあったものの、今まで誰もいない地下室で
なぶられていたため、第三者の視点というものを女怪盗は忘れていた。
言われてみれば、確かに影山の姿は『隠者』の力で透明になっているので、
誰かに見られようものなら自主的に痴態を見せていると思われてしまうのだ。

「だから止まるなと言っているだろうがッ」

パシィッ! パシィッ!
今度は二回スパンキングされ、その痛みに渋々前へ進む女怪盗。
そこにはもはや余裕を湛えた美姿の面影はなく、敗北の惨めさに
頬を濡らして命令に従う哀れな奴隷のようだった。

幸い公園には人影がなかったものの、いつ人に見られるか怯えながら
小さな公園を四つん這いで一周して元の街灯の下に戻ってきた。
マスクの下を涙でぐしゃぐしゃにしながら、四つん這いのまま
体を亀のように縮こめる怪盗を影山は見下ろした。

「次は立って中腰で街灯に掴まるんだ。尻を突き出して、な」
「も、もう……許して……」
「駄目だ。命令がきけないのなら今度は腹を殴るぞ」

かけられた冷徹な言葉にビクッと体を震わせると、怪盗はおずおずと
立ち上がり、命令された通りの格好で街灯に掴まった。
影山はその突き出された尻から下着を膝の辺りまでずり下げると、
凶悪な姿を表したバイヴを掴んで動かした。

「んんんんんぁぁあ……ひぁぁ……」

ぐじゅぐじゅと音を立てて出し入れされる機械の刺激と、
人目に触れかねない夜の公園という状況に、怪盗は身悶えるほかなかった。


その時、恐れていた事態が起こった。

「お、おい……あ、あれ何だ……?」
「キャアッ! こんな所で一人で何してるの? 信じられない!」
(え!? この声もしかして……誰か、来た……?)

運悪く、散歩中のカップルに姿を見つけられてしまったのだ。
その声に、ホームレスらしき男達が数人集まってくる。

「あれって……怪盗アンバームーン……だよな?」
「バカ、本物がこんな所にいるわけないだろ。コスプレだよ。
 こないだボンキホーテに売ってたぜ」
「じゃあ、あの女は一人でコスプレしてる変態ってことか」
(ち、違う……これは影山に無理矢理……くぅぅ……)

どうやら彼らはコスプレの露出狂だと思い込んだらしい。
壮絶な光景にある程度の距離は置いているものの、
周囲を取り囲んで好き勝手なことを言っている。
そのざわめきに、女怪盗は青ざめた。

「ふふふ、気づかれてしまったな、アンバームーン。
 集まってくれたギャラリーにはサービスしてあげないとな」
「んふぅッ……な、何を……する気なの……あうッ!?」

影山は女怪盗の左足を抱えると、高く持ち上げた。
街灯に掴まっているので何とか姿勢は保っているが、それゆえに
大開脚となりバイヴの突き刺さった秘部が丸見えとなる。
首輪をしていることもあって、その光景は犬の排泄中のポーズを連想させた。

「お、おいッこっちに向かって足広げたぞ?」
「見せたがりかよ……おい、何か入ってないか?」
「ば、バイヴじゃねえか……変態ここに極まれりだな」
(お願い……もう見ないで……)

すっかり変態扱いされ、容赦なくかけられる辛辣な言葉に女怪盗はうなだれた。
すぐ傍では姿を消した影山が声を殺してクックッと笑っている。


その時、妙に聞き慣れた声がした。

「おいッ!! そこで何やってるんだ?」
(こ、この声……まさか棚橋さん?……なんでこんな所に?)

声のする方向を見ると、棚橋がこちらへ駆けてくるのが見えた。
実は影山邸でアンバームーンがフラフラと外に出ていくのを見て
追ってきたのだが、彼女はそれを知るよしもない。
とにかく助かったと思ったのも束の間、浮かんできた考えに青ざめる。

(今のは影山に向けられた言葉じゃない……私に向かって……)

よりにもよって好意を寄せている男に痴態を見られてしまった上に、
このままでは変態扱いされてしまうのは明白だ。

(こ、来ないで……お願い……)

だが無慈悲にも、棚橋はその歩みを止めることはなかった。

「お前、本物か? 何だってこんな所で……」

駆け寄ってきた棚橋は、ガシッと怪盗の肩を掴んだ。
しかし怪盗の表情は普段の強気なものではなく、屈辱の涙で濡れている。
その手には手錠が、首には首輪がそれぞれはめられギラリと光った。
ただならぬ異常を感じた棚橋の表情が厳しいものに変わる。

「た、棚橋警部……逃げて……」
「これは……影山の仕業、か?」

つい先ほど棚橋は影山の所業を金庫から発見している。
その家に盗みに入った女怪盗が異常な目に遭っていることから、
答えを導き出すのにそう時間はかからなかった。
だが、棚橋はタロットの魔力のことを知らない。
まさかその恐ろしい相手がすぐ傍に立っていようとは思いも知らなかった。

「ぐあぁッ!!」

腹部に突然強烈な打撃が叩き込まれ、棚橋はふっ飛んだ。
タロットで変身した状態の攻撃をまともに食らったのだ。
普通の人間なら内臓破裂は必至である。

「棚橋さんッ!! 嫌ぁぁーッ!!」

想いを寄せた男が吹き飛ぶのを目の当たりにして、つい状況を忘れて
「棚橋さん」と叫んでしまう女怪盗。
棚橋は腹部を押さえてよろよろと立ち上がった。

「くッ、何だ今のは……防弾チョッキがなかったら死んでたぞ」

影山邸に潜入するとあって念のため着ておいたのだ。
だが、命を取り留めた棚橋に、隠者が立ちふさがる。

「初めまして、えーと……棚橋警部、でよかったかな?」

ずっとその身を透過させて潜んでいた怪人が姿を現したのである。
見慣れたスーツ姿ではなく鼠色のローブを身につけてはいるものの、
確かに政治家 影山勉その人だった。
だが、その体は群青色に染まり、髪は逆立ち、顔には血管が浮き出ている。
異様な雰囲気に呑まれ言葉を失っていた見物人は、その異形を目にすると
蜘蛛の子を散らすように立ち去っていった。

「確かに初めましてだ。できればお目にかかりたくはなかったが」
「大丈夫だ、挨拶はじきに『さようなら』に変わる。
 それも永遠の別れ、ロング・グッドバイってやつにな」

そう言い放つと、影山は青ざめる棚橋の前から姿を消した。

「B級ホラーかよ……いまどき流行らないぜ」

そう言いながら後方に跳びしざった棚橋がいた空間を、見えない刃が薙いだ。
棚橋はとにかく動き回りながら投げ縄を腰から外して戦闘体勢を整える。
先日とは違い、その投げ縄の片端には重い分銅がついていた。
対凶悪犯用の投げ縄を持ってきたのだが、透明人間を相手にするには
最悪の装備としか言いようがなかった。
これが拳銃を持っていたのであれば、乱射すればまぐれ当たりも有り得る。
だが、投げ縄では一度投げてしまうと隙が大きすぎるのだ。

「ちっ、姿が見えさえすれば……」


今までぺたんと座り込んでいたアンバームーンは、その言葉に弾かれたように
街灯の下に駆け寄ると、手錠で拘束された手でポーチを拾い上げた。
そこから一枚のカードを取り出すと、胸に押し当てて念じる。
刹那、黄色の光が彼女を包み込み収束していく。
そこから現れたのは、黄色と黒を基調とした衣装を身につけた怪盗の姿だった。

「お願い、『吊るされた男』……力を貸してッ!」

そう言うと、地面に両手を押し当てて魔力を解放した。
その瞬間、地面からいくつもの縄が出現してその触手を伸ばす。
何もない空間を探し回るかのように伸びた縄は、何かに突き当たると
いっせいにその何かに向かって伸びていった。

「くッ! 何だこれは……縄!?」

焦る影山をよそに、縄は次々に彼を捕捉し絡めとる。
数秒後にはロープでぐるぐる巻きにされたミイラ男が出現した。
それはまるで、大きなボーリングのピンのようだった。

「これで姿は丸見えよ、『隠者』さん」

勝ち誇った声をあげる怪盗に棚橋は問いかけた。

「お、お前アンバームーンだよな? 何がどうなってるんだ?」
「今はアンバームーンじゃないわ。アンバーハングドマンとでも言うのかしら」
「女なのに『マン』なのか? 語呂も悪すぎるし、その衣装も栄養剤みたいだぞ」
「黄色と黒は勇気の印、かしら? 戦えるからいいんじゃないかしら」

どこかピントのずれた会話を交わす彼らに、ミイラからくぐもった笑い声が漏れる。

「これぐらいで勝ったつもりかね? 甘く見られたものだ」
「負け惜しみを……えッ!?」

影山の方を見やると、動きを封じる縄すらも背景と同化して、完全に透過した。
ブッ!ブッ!とナイフで縄を切る音がしたかと思うと、バラバラと
ロープの残骸が地面に落ちて姿を現した。
影山は怪盗の衣装を切り裂いたあのナイフの刃をとっさに立てておいたのだ。

「ふん、『隠者』の能力が自分の体しか透明に出来ないのなら、
 私は全裸じゃないとおかしいだろう?」
「くッ……デタラメ人間の万国ビックリショーかよッ!?」

状況がよく分かっていない棚橋だったが、目論見がご破算になったことだけは
理解して、絶望的な表情を浮かべた。
女怪盗もさぞ打ちひしがれているだろうと思いきや、
彼女は不敵な笑みを浮かべていた。

「気づくのが遅かったわ……棚橋警部、後のことは任せたわよ」
「いったい何をするつもりだ?」

怪盗はその質問には答えず、再びポーチからカードを取り出して魔力を引き出す。
今度は赤を基調とした衣装に身を包んだ怪盗の姿があった。

「お願い、『魔術師(マジシャン)』……力を貸して!」

次の瞬間、みるみると雲行きが怪しくなり、天から大粒の雨が降り注いだ。
どうやら『魔術師』の能力は天候を操ることらしい。

「お、お天気お姉さん泣かせだな……」

棚橋はふと正面に目を向けると彼女の狙いに気がついた。
そこには人型に切り取ったように雨が消えている部分があった。
影山が自分の体で雨を遮っている以上は、透明になろうがなるまいが
もはやその姿を隠すことはできなくなったのである。

「しまッ」

影山は慌てて逃げようとした所を投げ縄で足を掬われ、
脳天に必殺の分銅を喰らって気絶した。


棚橋は、傍に落ちていた『隠者』のカードを拾い上げ、
そしてサポートしてくれた女怪盗に礼を言おうと彼女に近づいた。

「やったなアン……おい、どうした?」

言いかけて、異変に気がつき彼女の元へと駆け寄る。
街灯の下に座り込んだ怪盗は、雨の中自らを抱きしめるようにして震えていた。
まるで必死で苦痛に耐えているような、そんな表情。
棚橋はしゃがんで彼女の肩を掴むと、わけもわからず抱きしめた。

「うぐッ!!……ぐぅぅ……うあぁぁ……」

自分の腕の中にいる彼女の体から、パリパリと力が溢れているのが分かる。
不安定で、制御しきれないとても強い力。
その力はしばらくすると収束して彼女の体へと戻っていった。

「ハァッ、ハァッ。や、やっぱり三回の変身はキツいわね。
 しばらく立ち上がれそうにないし、それに手錠はめられたまま。
 警部さん、私も年貢の納め時みたいね……」

いつになく弱々しい彼女に、棚橋は声をかける。

「捕まえねえよ」

予想外の返答に、怪盗は目を見開いて棚橋を見た。
棚橋は指で頬をポリポリと掻いていた。

「わけあって俺は今休暇中だ。それに……今回はお前も被害者みたいだしな」
「そうだ……私影山に……あ、あんな……うぅッ……うわぁぁーーッ」

怪盗は自らが受けた陵辱を思い出し、棚橋の腕の中で号泣した。
その表情を隠す長い銀髪の間から嗚咽が漏れる。
棚橋は怪盗の初めて見せた弱い女性の部分に戸惑いながら、
降りしきる雨から護るように、優しく、きつく抱きしめるのだった。

ひとしきり泣き終わると、怪盗はマスクの奥の赤く腫らした目で
棚橋を見つめると、そっと体を離した。

「本当にいいのね……もうチャンスはないかもしれないわよ?」
「バカ言え。次会うときがお前の最後だ」

二人は微笑み合うと、立ち上がってどちらともなく背中を向けた。
歩いて立ち去っていく怪盗の気配を感じながら、棚橋は胸ポケットからカードを取り出した。

「今回はタロットを守ったし、痛み分けってやつだな、
 怪盗アンバームーン……なッ!?」

その手にあるものはタロットではなくメッセージカードだった。

『男前の警部さんへ。女性の涙には気をつけることね。
 怪盗アンバームーンより』

「やられたか……まぁいいさ」

棚橋は微笑むと、彼女が立ち去った方向を見やった。
いつしか雨はあがっていた。

〜『隠者』奪還完了〜
残りカード枚数…四枚