夜の街を、濃紺の影が疾駆する。
屋根から屋根へ跳び移るたびに、艶やかな銀髪が踊る。
その腰には、以前にはなかった小さなポーチが揺れていた。

「影山……首を洗って待ってなさいッ!」

電柱の上に降り立った怪盗アンバームーンは深呼吸をすると、
大きく身を縮めてから空へと飛翔した。
雲をも突き抜けんとばかりに上昇すると空中でピタリと動きを止め、
一転して重力に身を任せ目的地へと急降下していく。
その姿は獲物を狙う猛禽のようであった。

「な、なんだ……うごぉッ!!」
「お、お前はアンぶげぇッ!!」

黒いスーツの男の背中に着地した怪盗は、驚愕して動きを止めている
周囲の男達の首に、あるいは腹に、素早く蹴りをお見舞いし倒していく。
一分後。
庭で警備にあたっていた黒服の男達は全員地面を舐めていた。

「いかにも悪徳政治家の手先って感じね。ヤバそうな連中がうようよしてるわ」

ぼやきながら邸内に入り込んだ怪盗は、そこにいた黒服達の銃撃を
辛うじてかわすと、宙を舞うかのような動きで確実に蹴りを叩き込んでいく。
最後に一人残されたサングラスの男は、既に弾切れとなった銃を
ガチンガチンと連射しながら座り込んでいた。

「あ……あ……」
「震えなくても大丈夫よ、優しくしてあげるから」

甘い声で近づくと、怪盗はしゃがんで男の頭を撫でた。

「一つ教えてちょうだい。貴方達のボスはどこかしら?」
「わからない……さっきまでは確かにいたんだが、
 いつの間にかいなくなっちまった……」
「そう」

隙を突いて襲いかかろうとした男を手刀で気絶させると、怪盗は周囲を見渡した。

(おかしい……確かにカードの魔力は近くに感じるのに……)

次の瞬間、警戒を緩めないようそろそろと歩く怪盗を異変が襲った。

「あうッ!?」

怪盗の腹部を強烈な衝撃が突き抜けたのだ。
何が起きたのか分からないといった表情で、腹を押さえながら
なんとか崩れ落ちるのをこらえる怪盗。
周囲を見回しても、そこには倒れている黒服しかいない。
にもかかわらず、

「はぅッ!! あぅッ!? きゃぁッ!!」

次は背中を蹴られたような衝撃が襲い、体がのけぞった瞬間
再び腹部に拳を叩き込まれたような衝撃が襲い、膝をついたところを
胸を鷲掴みにされたような感覚が襲う。

(まさか……これが影山の能力……)

気づいた時には既に遅く、女怪盗は見えない手に首を絞められ気絶した。


(う……ぅん……?……ここは……?)

目を覚ましたアンバームーンは、自分の両手が手錠に拘束され、
天井から吊り下げられていることに気づいた。
どうやら地下の一室らしく、壁も床もコンクリートの打ちっ放しで
家具のような物は何一つない。
天井も同じように一面コンクリートなのだが、室内を薄暗く照らす
ランプと、フックのついた鎖が垂れ下がっている。
そのフックの一つに、怪盗は手錠で繋がれていたのだった。

(この展開……悪党の考えることは同じなのかしら……)

怪盗はこれから自分を襲うであろう恥辱を想像して身を震わせるのだった。

「お目覚めかな、怪盗アンバームーン」

コツコツと床を鳴らして近づいてきたその男は、テレビで
何回か目にした覚えのある影山勉その人だった。
だが国会で答弁をする時と同じスーツ姿にもかかわらず、
嗜虐心を滲ませたその表情はまるで別人のようだった。

「ええ、モーニングコーヒーでもいただけるのかしら?」
「ふふふ、気の強い女だ。だがそうじゃないとおびき寄せた甲斐がない。
 せいぜい私を楽しませてくれよ」

そう言った影山の姿がみるみる透き通っていく。
間もなく完全に姿が消え、声だけが室内に響いた。

「さすがのアンバームーンも、『隠者』が相手とあっては
 手も足も出ないか……おわッ!?」

声の聞こえてくる方向を頼りに、怪盗が足を出したのである。
しかしどうやらあと少しのところで不発に終わったようだった。

「この……ッ!!」
「はぁうッ!!」

次の瞬間、ズムッという音とともに怪盗の体が少し浮いた。
腹部に見えない拳が食い込んだのである。
怪盗は叶う限り体を折って苦悶の表情を浮かべる。

「危ない所だったよ。少しお仕置きをしなければな」

ズムッ! ドムッ! ズムッ!
「ふぅッ、ぐぅッ、はぁぅッ!!」

怪盗のコスチュームが歪み、何度も何度も強烈なボディブローを
喰らったことを示している。
その衝撃に銀色の長い髪は乱れ、怪盗の顔にかかって揺れた。
艶やかな唇からは一筋の涎が垂れ、膝はガクガクと震えている。
強制的に体を支えている手錠の拘束がなければ、
床を転げてのたうちまわっていることだろう。

「ハァ……ハァ……今度抵抗してみろ。
 地獄の苦しみを味わわせてやるからそう思え!」
「うぐ……ふぅ……」

怪盗は与えられた苦痛に顔を歪め、弱々しくうなだれた。