その晩。宝月家の地下室にある小さな金庫。
香織は今まで手に入れたタロットを取り出すと机に広げ、考え込んでいた。

「お嬢様、何をなさるおつもりです?」

お茶を運んできた神崎が、その真剣な表情に息を飲む。

「こないだの飯綱との戦いで、私は分かったのです。
 カードの魔力を引き出した人間が相手では、『月』だけでは無理だと。
 そしてあれだけ大々的に宣戦布告をしてきた影山は、確実に魔力を
 引き出していると考えていいでしょう」

影山 勉。
年の頃は五十歳ほどだろうか。
痩躯ながら長身で、神経質そうな男だ。
表向きは政治家なのだが、裏では暴力団と手を組んで脅迫や地上げなど
相当悪どいことをやって財を成したという噂が絶えなかった。
その財の裏では沢山の人が泣いていることは想像に難くないのだが、
何故かそれが明るみにならないことから、警察との癒着が噂されたこともある。
ただでさえ恐ろしいそんな男が、タロットの魔力を引き出して
手ぐすね引いて待ち構えているというのだ。

「しかし『月』では無理だというのでは……」
「だからこそ、封印したカードの力を借りるのです」

ポンッと、名案だと言わんばかりに手を打つ神崎。

「その手がありましたか! ここにあるすべてのタロットの力を使えば
 どんな相手だろうと倒すことは赤子の手をひねるより容易いことでしょう」

楽観的な声をあげる神崎とは対照的に、香織の表情は暗い。

「いえ、事はそう簡単ではありません。
 この一ヶ月間、私は実験と鍛錬を繰り返してきました。
 それでも、一晩で変身出来るのは……三回が限度なのです」
「三回……でございますか?」
「そう、『月』を入れると残り二回ね。それでも体への負担は大きいの。
 だからこそ使いどころを過てば全てが終わる……私はそれが怖いのです」

思い悩んだ香織は、机の上に並べられたタロットを手で弄んだ。
煌びやかな宝石に彩られたカードは指が触れるたびに怪しい光を放つ。

「それでは、強力なカードを使うに越したことはありませんな。
 名前から察するに……『戦車』なんてのはいかがですか?」
「盗みに入った家を重火器で爆破、皆殺しにしろというのですか?」
「なッ!? じゅう……?」

どうやら『戦車』とは虚空から古代の魔法兵器を出現させる能力らしい。
確かにそれを用いれば倒すことは可能だろうが、同時に周囲の建物や
一般人に与える被害は甚大となるだろう。
それは、もはや怪盗と呼べる行為ではない。

「そうなのです。強力なカードは強力であるが故に使えないの。
 それらの持ち主が魔力を引き出していなかったことに感謝したいですね」

そう溜め息をつく彼女の手に握られたノートに神崎は目を向ける。

「ところで、それは何ですかな?」
「これ? お父様とお母様が残してくれた研究メモです。
 もっとも十四年前に途中から破れてしまったみたいですけど」
「そんなものが……知りませんでした」
「両親は私にこれを託してから息を引き取ったの。
 でも、これから戦う相手の能力がどんなものかは書かれていない。
 残りのカードはもともと宝月家が所蔵してなかったものだから」
「……はぁ、それは……しかしお嬢様、あまり根を詰めては……おや?」

神崎の言葉を途中で止めさせたもの。
それは、机の上で一際目立つ一枚のカードだった。
そのカードは他のカードに比べて特段煌びやかなわけではない。
むしろ、逆だからこそ神崎の目を引いたのだ。
宝石が光り輝くカードの中にあって、何の装飾もないくすんだカード。

「これは……何ですかな?」

そのカードをぞんざいに手に持ち、香織は面白くなさそうに答えた。

「『愚者』のカードです。やっぱり目立ちます?」
「それは、どのような能力なのですか? 名前からは……その」

好奇心からか尋ねた神崎に、香織は怪しげな微笑みを向けた。

「なんなら神崎、貴方に使ってあげましょうか?」
「え!? お、お嬢様、ご冗談はおやめくださいまし」

諫める神崎の言葉に耳を傾ける様子もなく、香織は『愚者』の
カードを胸に押し当てて魔力を引き出した。
銀色の光が香織を包み込み、やがて変身を終える。
そこには、普段と変わらないアンバームーンの姿があった。

「衣装は『月』と変わらないんだけど。それじゃいきますわよ、神崎」
「ちょっと、お嬢様それは!」

両手で体を護るかのようにして慌てふためく神崎をよそに、
アンバームーン、いやアンバーフールの手に魔力が込められていく。
周囲の空気が歪み、力がどんどん膨れ上がり凝縮されるのが分かる。
その尋常じゃない魔力に神崎は戦慄する。

「ひぃぃーッ!!」
「くらいなさい、神崎!!」

神崎は目を瞑り、体を丸めた。
襲うのは体を打ち抜き吹き飛ばす衝撃か。
それとも肉を切り裂き骨を砕く斬撃か。
はたまた、思いも及ばない恐ろしい別の何かか。
十数秒後、恐る恐る目を開けた神崎の身には。

何も起こっていなかった。
どういうことなのか理解できない神崎に、変身を解いた香織が謝る。

「ごめんなさい、神崎。悪ふざけが過ぎました」
「お、お、お嬢様……どういうことなのですか」
「あのね、能力は『何も起こらない』ことなの。
 何か凄いことが起きると思わせておいて相手を驚かす。
 振り回されてビビった相手の顔が『愚者』だというわけ」
「は、は、はぁ……悪い冗談です。死を覚悟しましたぞ」
「本当にごめんなさい、神崎。でも使えないカードだってことが
 はっきり分かったでしょう?」
「し、心臓に持病を抱える相手なら使えることが分かりました」

両手を合わせてしきりに謝る香織だったが、神崎には
その後二、三日口を聞いてもらえなかった。

そして肝心の対策もそこそこに、第二の決戦がすぐそこまで迫っている。