「……ぅ……っ!?」
痛みに顔を顰めてフルシアが目を開けると、目の前にフェイルの顔があって。
それにフルシアは驚いて慌てて距離を取ろうとすると、
「ぐっ!? ……〜っ!」
「……ん……?」
背中に激痛が走り、フルシアは声にならない悲鳴を上げて悶える。
すると、その物音で今まで眠っていたフェイルが目を覚ました。
「だ、駄目だよ起きちゃ!」
「セシリア様と、瞬様は……!?」
起き上がろうとするフルシアを見て、フェイルは慌ててそんなフルシアを止める。
そして、搾り出すように叫ばれたフルシアの言葉を聞いて、フェイルはそんなフルシアを安心させるように微笑んだ。
「大丈夫、お2人とも無事だよ。セシリア様はショックで流産されたと聞いているけれど……、
それでも、母子ともに命に別状は無いと聞いているから」
「そ、そう……」
そのフェイルの言葉を聞いて、フルシアはほっとしたように身体の力を抜く。
すると、ぷぅ、と頬を膨らませたフェイルが、ぐい、とフルシアに顔を近付けて、口を開いた。
「一番重傷なのは君なんだよ?背中一面にガラスの破片とかが突き刺さってたんだから。
医者の話では、いくつかは一生消えない傷になる可能性があるらしいのに」
「え、あ……」
そう言いながらどんどんと顔を近づけて来るフェイルに、フルシアは思わず赤くなる。
すると、急にフェイルはくしゃ、と表情を歪ませ、フルシアの首元に顔を埋めた。
「な、な、なーっ!?」
「……いる……んだよね? ここに……」
途端に真っ赤になるフルシアには構わず、フェイルはすりすり、とフルシアに擦り付く。
まるで本当にフルシアがいるのかを確かめるように擦り付きながら、フェイルは口を開き……。
「……良かった、いる……。大好きな君がいる……」
「〜っ!?」
そうフェイルに言われて、フルシアは思わず硬直した。
「ふぇ、フェ……イル……?」
「……」
膨れっ面をしたままで、フルシアの首筋にしがみ付いたままのフェイル。
そんなフェイルを、フルシアが真っ赤になったままで見ていると。
「……返事、いらないよ? セシリア様と瞬様から、君の気持ちは、聞いてるから」
「〜っ!?」
そうフェイルから言われ、思わずフルシアは真っ赤になったまま硬直する。
そんなフルシアからフェイルは一度身体を離し、優しい目でフルシアを見つめながら、口を開いた。
「……僕は、君が好き。それは本当の気持ちだし、僕は君の事を大切にしたいと思ってる。
だから、それでいいんじゃないのかな? 別に付き合うとかじゃなくてもいい、ただ一緒にいられたら、それでいいんだ」
そう言うと、フェイルはぽんぽん、とフルシアの頭を撫でる。
すると、今の今まで硬直していたフルシアがようやく立ち直ると、妙なほど静かに口を開いた。
「一緒に……いて、くれる……?」
「うん。僕で良かったら、ずっと一緒にいるよ」
そう言ったフルシアに、フェイルは微かに微笑みを浮かべながらそう答える。
すると、フルシアが手を伸ばし、そっとフェイルの指先に自らのそれを絡めて、口を開いた。
「……いて、くれ……ずっと……、ずっと!」
「うん。ずっといる、ずっと傍にいる。ずっと一緒にいるから」
そして、うつ伏せたままで泣き出すフルシアを、フェイルは優しい瞳で見つめ続けた……。
すると。
「……さて、ラブラブなのはいいんだが、そこまでだ」
「そこまでですわよ♪」
「「〜っ!?」」
いきなり病室に入って来た瞬と赤ん坊を抱いたセシリアがそう言い、フルシアとフェイルは思わず飛び上がる。
そして、フルシアは慌てたようにセシリアに向かって叫んだ。
「ど、どうして出産したばかりなのに出歩いているのですか!」
「……私が出産したのは2日前で、フルシアは丸2日間意識不明でしたのよ?」
そのフルシアの叫びは、あっけらかん、とそう答えたセシリアに簡単に迎撃された。
……少し時は遡り、場所も日本へと移る。
「……っ! 瞬さんが……セシリアさんまで……!?」
「ああ。幸いにも2人の命に別状は無いらしいが、秘書の女性が意識不明の重体らしい」
「……フルシアさん……!」
日本に着くなり大山からその事を聞かされて、涼人は悲痛な声を上げる。
しかし、胸の中にこみ上げて来る何かを抑え込むように、涼人は深呼吸を1つした。
「……一美さんに、会いに行きましょう。元々僕達はそのために日本へ来たんですし。
……それに、瞬さんとセシリアさんが爆殺されかけたのなら、国際手配は確実にされるでしょうから」
そして、そう異様なまでに落ち着き払った声色で言う涼人に、大山は思わず口を開きかける。
しかし、涼人の拳が痛い程握られていることに気付くと、すぐに口を噤んだ。
と、
「……涼人……」
「……ぁ……」
そっ、とその握られた右拳を里緒が包み込み、涼人は思わず声を上げる。
そんな涼人に、里緒は微笑みかけながら、口を開いた。
「……大丈夫だよ、涼人。みんな、大丈夫」
「里緒……、ありがとう」
そう言った里緒に涼人が微笑みかけると、里緒もはにかむように笑い返す。
そんな2人を見て、シャルルはいたたまれなくなったかのようにマリアンヌに声をかけた。
「……居辛くないですか?」
「シャルルん、ここは我慢だよ〜?」
そう、シャルルの言葉に答えるマリアンヌだが、その表情は微妙に引き攣っていて。
そんな2人に苦笑しながら、大山は涼人と里緒に向かって口を開いた。
「……そろそろ行こうか、涼人、里緒君」
「はい。……一美さんが、待っていますしね」
その大山の言葉に、涼人は真剣な表情で頷く。
……里緒は、今まで包み込んでいた手を慌てて話して、真っ赤になっていたが。
「……に、しても、よく里緒を事情聴取に参加させる事を認めてくれましたね……」
「全く聴取にならないんだ。使える手なら何でも使うさ」
病院の廊下を歩きながら、ふと涼人は感心したように口を開く。
そんな涼人に大山はそう答えると、一度小さな溜息を吐き、口を開いた。
「男が聞こうとしても怯えるだけ、女が聞こうとしても錯乱するだけ、だ。
親に会わせてもそれは全く変わっちゃいない。だが、出来るだけ早く話を聞く必要があるからな」
「それで、里緒ですか……」
そう言った大山に、涼人は納得したように1つ頷く。
そして、ふと首を傾げると、そのまま大山に向かって聞いた。
「……錯乱、ですか? 一美さんが、そこまで弱い女の人だとは、思えないのですが……」
「しょうがない面も、あるがな」
そう、一美の心の強さを知っている涼人が聞くと、大山はそう答える。
一美はこんな事になっても人前では笑顔を見せる事が出来る女性だと思っていた涼人が首を傾げていると。
「……彼女が保護された時、隣の部屋に何があったか、調書は見てるよな?」
「ええ。確か、一美さんが保護された部屋の隣の部屋に、男の死体があった、と」
そう大山から言われ、涼人は微かに首を傾げたままそう答える。
……そして、右隣で話を聞いていたマリアンヌと同時に、涼人は顔色を変えた。
「りょーと!」
「まさか……!」
「ああ、そのまさかだ。
……その男、彼女が恋をしていた男だったらしい」
そう、悲鳴じみた声を上げる涼人とマリアンヌに、大山はそう言うと、黙りこくる。
その大山の言葉を聞いて、涼人は表情を歪ませると、口を開いた。
「……里緒、無理に話を聞こうとしないでいい。一美さんを、慰めてあげて」
「う、うん!」
そう涼人から言われて、里緒はこくり、と頷いた。
「一美!」
「……ぇ……」
そう、声を上げて病室に飛び込んで来た里緒に、一美はゆらり、と顔を上げる。
その目は完全に死んでいて、里緒は一瞬だけたじろぐが、すぐに気を取り直して一美に近付き、
「っ!?」
「……」
ぱちん、と里緒は一美の頬を叩き、一美は思わず目を見開く。
そんな里緒を見て、シャルルは思わず口を開きかけ……、
「……もがっ!?」
「はいはい、黙ってようねー♪」
……マリアンヌに口を塞がれ、半ば強制的にシャルルは黙らされる。
そんなシャルル達には気付かずに、里緒はぎゅっと一美を抱き締めた。
「……一美……」
「里緒……、りおぉ……。う、えぐ、あああぁあぁぁっ!」
そのまま、一美の名前を呼ぶ以外は何もせずに、ただ一美を抱き締める里緒。
そんな里緒に、一美の瞳からはみるみるうちに涙が溢れ出した。
「高畑さんが、たかはたさんがぁっ!」
「一美、思いっ切り、泣いて。悲しいの、全部吐き出しちゃえ」
そのまま泣き叫ぶ一美を抱き締めながら、里緒はそう言う。
そんな2人を見つめながら、涼人は大山に囁きかけた。
「……そう言えば……、高畑さん、ですか? 彼、毒殺だと聞きましたけど……」
「ああ。耳栓の中に毒針が仕込んであってな、耳栓をしたらバネ仕掛けで針が撃ち出される仕組みだった。
青酸カリがたっぷり塗られた針が脳を直撃したんだ、助かる訳が無い」
「耳栓……?」
その大山の言葉を聞いて、何故か涼人は怪訝そうな表情を浮かべる。
そして、しばらく考え込んでいたが、急にはっとしたかのように顔を上げると、一美の方を振り向いた。
「一美さん! 辛いことは分かってます、だけど、1つだけ教えてください!」
「涼人……?」
「涼人さん?」
ようやく一美が泣き止んだ所に、そう涼人が噛み付くように口を開いて、里緒も一美も首を傾げる。
それを見て、首を傾げられるだけの余裕が一美に戻っている事に安堵しつつ、涼人は続けた。
「……高畑さん、彼、『組織』の一員じゃありませんでしたか?」
「……ええ」
「「「なっ!?」」」
「そう、ですか……」
高畑が『組織』の一員だと知らされて、涼人以外の刑事3人は驚きの声を上げる。
そして、涼人はその答えを聞いて、怒りを堪えるような表情でそう言うと、呟いた。
「……そうか……そう言う事か……、……そう言う事かよ、くそっ!」
「お、おい、どう言う事だ?」
そう、怒りに満ちた声色で吐き捨てる涼人に、首を傾げた大山が聞く。
そんな大山に、涼人はまだ怒りがおさまらないと言った風情のままで、口を開いた。
「高畑さんが『組織』の一員なら、彼を殺す理由は1つしかありません。
……彼も、一美さんの事を好きになってしまった。そう言う事でしょうね。
そして、それならば、何故彼が別室で亡くなっていたのか、その理由も説明が付きます」
そう言い切った涼人に、誰も何も言う事が出来ない。
そんな全員を一瞥して、涼人はさらに続けた。
「まともな神経の持ち主なら、好きな相手が犯されているところを見たいとは思いません。
もしこの時点で彼が止めに入っていたら、裏切り者として堂々と粛清していたでしょうね。
そして、そんな見たくない彼に向かって、あの男はこう言って耳栓を放るんです。
『見たくないんなら、隣の部屋で休んでろ』」
「……それは……!」
そう言って何かを放る仕草をする涼人に、シャルルは何かに気付いたような叫びを上げる。
そんなシャルルに1つ頷いて、涼人は続けた。
「そういえば、彼はこれ幸いと隣の部屋に行くでしょう。
そして、壁が薄くて声が筒抜けならベストです。
彼は声を消すために耳栓を付けたでしょうね」
そう言い切った涼人に、誰も何も言う事が出来なかった。