「……くそっ! 奴は何処だ!」
「け、警部! 上です!」

そう配下の刑事に言われ、大山 司警部が上を見上げると、バルコニーに人影が映る。
小柄なその身体はぴっちりとしたボディースーツに覆われて、その体格とは不釣合いな程熟れた身体を存分に浮き立たせている。

「……名玉『虹の雫』、確かにいただいたよ♪」

そう言って左手に握った宝石を突き出すその人影。
その声色は、どう考えても中学生か高校生ぐらいの少女が持つもので。

「悔しかったら取り返してみろー♪」

そうおちょくるように言って来る少女に、大山は青筋を立て、

「……いいだろう! 怪盗『レインボーキャット』! そこを動くなあっ!」

そう言って、大山は警官隊を連れて階段に突進し、

「うん、じゃあ動かないね。……こっちまで来れないと思うけど♪」

……そうレインボーキャットが言うと同時に、警官隊が駆け上がる途中だった階段が崩れ落ちた。

「だあああっ!」

そう悲鳴を上げて落下した大山を見下ろしながら、レインボーキャットはくすくす笑う。

「じゃあね、ゴリラのおじさん! また遊んでねー♪」

そう言って楽しそうに走り去って行くレインボーキャットを見送って、大山は怒鳴り声を上げる。

「コラーッ! 誰がゴリラだ! 戻って来い、逮捕してやる!」

そんな大山の怒鳴り声を聞きながら、警官隊副隊長の小原 瞬は溜息を吐く。

「……一体いつの間に階段に切り込みを……。
 ……警部が言っていた『切り札』も、『レインボーキャット』の前では形無しだったようですね……」

その小原の呟きを聞き、大山は今気付いた、と言うようにあたりを見回す。

「……おい、そう言えば高原の奴は何処に行った!?」

……そう言われ、何故か小原は硬直した。

「へっへーん、楽勝楽勝♪」

そう言いながら、レインボーキャットは仮面越しにでも分かる笑みを浮かべ、廊下を走り抜ける。
……道々に転がる警官隊の中で身体を起こしかけている人にとどめを刺しながら。

「でもゴリラのおじさんじゃ、もうワンパターンすぎてつまんないなあ……」

そう言いながらレインボーキャットが廊下を走っていると、

「……だったら、面白くしてあげましょうか?」
「!!?」

そう声がすると同時に正面から光が浴びせられて、レインボーキャットは慌てて横に飛んだ。
と、一瞬前までレインボーキャットがいた空間を、捕縄が貫いた。

「誰っ!?」

そう叫んでレインボーキャットも右手に持っていたライトを光が差す方向に向け……、……一瞬、きょとん、とした。

「……えっと……ご同業さん? 変装中だったりします?」

そうレインボーキャットが呟いたのにも無理は無く。
一応警官の制服を着ているが、顔立ちからして明らかに若すぎる。
そう、恐らくは自分と同じ高校生くらいと思われる少年が、その人影だった。

「……誰が、泥棒ですか」

そう呟いた少年の顔に浮かぶ青筋を見て、レインボーキャットは苦笑を浮かべる。
しかし、その身体はほんの少しだけ沈み込んでいて。

「あ、本物の警官さん? ……だったら……突破っ!」

そう叫ぶと同時に、レインボーキャットは少年の少し右側を通るようにライトを投げ付ける。
そのライトを目で追ってしまった少年が自分の失敗に気付いた時には既に遅く。
逆側から回り込んだレインボーキャットが右手に握ったスタンガンを突き出していた。

「っ!!」

電撃をまともに受け、少年はものも言えずにうつ伏せに崩れ落ちる。
そんな少年を見下ろして、レインボーキャットは勝利の笑みを浮かべた。

「……ちょっとびっくりしたけど……、私の完全勝利だね♪」

そう言って走り去って行くレインボーキャット。少年は起き上がる事も出来ずに倒れ伏したまま。
しかし、その顔は勝利の笑みに彩られていて。

「……いいえ、僕の逆転勝利です」

……そう呟いて、少年―高原涼人―は、気を失った。身体の下にある、『虹の雫』の感触を感じながら……。


翌日。

「……う〜……」

完全に膨れっ面をして、夏目里緒はふてくされている。

「(……まさか、あの一瞬で取り返されちゃうなんて〜!)」

……そう、今膨れっ面をしている里緒こそが、怪盗レインボーキャットなのだった。
そんな事などクラスメイトは知る由も無く、教室の中は昨夜の話で持ちきりで。

「なあなあ、知ってるか!? 昨夜の『レインボーキャット』の初敗北!」
「『レインボーキャット』対策で外国から呼んだ警官が一騎討ちで取り返したんだろ!?
 凄えよな、その警官!」
「……」

話されている話題が話題だけに、里緒の機嫌は加速度的に悪くなって行く。
と、そんな里緒の前に、ふわふわとした笑みを浮かべた少女が座った。

「……一美……」
「どうかなさいましたか? ご機嫌が悪いようですが。
 ……里緒は『レインボーキャット』のファンですし、仕方ないのかもしれませんが」

そう言って笑う佐倉一美に、里緒は曖昧な笑みを浮かべる。
まさか教室でアンタ私の正体知ってるでしょうがとは言えないしなあ……、と里緒が考えていると、

「はいはい、みんな注もーく♪」

……突然そんな声が聞こえ、里緒が教卓の方を向くと、そこに人影が映る。

「HR始めるわよー♪」

そう言った人影は里緒の担任で、名前は前田淳子。気さくで明るい先生として、生徒からの人気は高いのだが、

「(……いつの間に?)」

……その忍者並みの神出鬼没っぷりが、彼女の唯一の謎だった。
教室内に漂う微妙な空気に気付いているのかいないのか、前田はさくさくと話を進める。

「……今日は、転校生を紹介します。……いいわよー、入ってきてー♪」

その前田の言葉に、里緒は教室の入り口に視線を送り……、
……入ってきた少年を見た瞬間、完全に凍り付いた。

そんな里緒には全く気付かず、その転校生は教卓の前に立つと、口を開く。

「……高原、涼人です。どうか、よろしくお願いします」

……そう、その転校生は涼人だった。
男の、しかもかなり美形な転校生に、里緒以外の女子生徒は色めき立つ。
そんな女子生徒達を手で制しつつ、前田は涼人に声をかけた。

「高原君。夏目さんの横……、1番後ろの窓際に席を用意したわ」
「あ、はい」

そう言って、涼人が席に向かうと、隣の席で未だ硬直している里緒が視界に入る。
凍り付いて動かない里緒に、涼人は首を傾げ、

「……大丈夫ですか?」
「!?」

そう言って涼人が肩を叩くと、里緒は飛び上がった。
そんな里緒に、涼人はにこにこと微笑んで声をかけた。

「えっと……夏目さん、でいいんだよね? ……これから、よろしく」
「あ、う、うん……」

そう微笑みを絶やさないまま言って来る涼人に、里緒は顔が引き攣るのを堪えるだけで精一杯だった……。