数メートル先を走る影が、廊下の角を左に曲がる。
その光景に、あたしは内心で小さくガッツポーズを決めた。
ここまでは拍子抜けするくらい予想通りにことが運んでいる。
今あたしが追いかけているのは、最近巷を騒がせている怪盗ってやつだ。
最初の犯行から約半年、その短期間で両手に余る回数をこなしていながら毎回警察の手をかいくぐる奇跡の男、なんて一部の低俗な週刊誌なんかは祭り上げているけど、まあこのあたしを相手にしたのが運の尽きってもの。
そんなことを考えながら、その怪盗さんに遅れること数秒、あたしも廊下の角を左に曲がって足を止めた。
数メートル先には、同じように足を止めている男がいる。
それも当然、なにせこの先はあたしが前もって封鎖しておいたんだから。
向こうもこの建物の構造は下調べしてあったんだろうけど、それならこちらはそれを踏まえて予想される逃走ルートを塞いでおけば――、
「袋のねずみってわけよね」
手に持った2mほどの長さの棒を構え、挑発的な言葉を投げかける。
するとそいつは観念したのか、随分落ち着いた態度でこちらに向き直った。
結構な長身で手足がすらりと長い、いわゆるひとつのモデル体型。
着るものを着ればかなり決まるんだろうそいつは、今はそれはそれはイタい格好をしておられた。
基本は全身黒一色で、ただその顔にだけは対照的に真っ白な仮面をつけている。
少女探偵なんて持ち上げられてるあたしが言うのもなんだけど、犯行現場に残すカードで怪盗を名乗っているのはどんなもんよと思ってた。
けど、それ以上に仮面はないでしょ、仮面は。
目立たないように全身を黒で統一するのはわかるし、目撃された時のために顔を隠すってのもまだわかるけどさあ。
と、その時、こちらの心中などお構いなしで、初めてそいつが口を開いた。
「やれやれ、君みたいなお嬢さんに追い詰められるとはね」
仮面の向こうから聞こえてくるのは、少しくぐもっているけど頭の中にスッと滑り込んでくるみたいな感じで妙に耳に心地いい美声だった。
「大人しく捕まるならよし。
 抵抗するなら痛い目見るよ」
「へぇ、それは怖いな。
 けど、君一人でってのは、さすがに無謀なんじゃないかな」
棒の先を小さく揺らめかせながらの警告に、こいつはこの期に及んでまだあたしのことを甘く見てるのかそんな返答をする。
「とはいえ、私も女の子に手荒な真似はしたくないからね」
そう言って男はその手を持ちあげる。
反射的に突きを打ち込みかけたけど、その手のいく先が男自身の頭部だということに気づいて攻撃をやめる。
一応、大人しく捕まるなら手荒なことはしないと宣言しちゃったからね。
案の定、男は滑らかな動作で仮面を外す。
どうやら本当に観念したようだ。
と、思ったのも束の間――、
「さて、折り入って頼みがあるんだけど、このまま見逃してくれないかな」
にっこりと微笑みながら、そいつはそんなバカなことを言いやがったのだ。

そいつの顔立ちは、正直言えばかなりのレベルと言ってよかった。
体型のこともあるし、普通に会ってモデルをやっていると言われたら信じてしまいそうなほどだ。
とはいえ、この状況。
あたしの中に込み上げてくるのはふつふつとした怒りだけだった。
jこれはつまりあれだ。
こいつが仮面を外したのは、あたしがその顔にクラッときて、美形だから見逃してあげようかなーって思うと考えてのことだったということだ。
いや、主に警察関係者とかに歳とか性別とかでなめられることはよくあるけど、ここまでの侮辱はなかなかないね。
棒を握る手に力を込めて、無言の意思表示をする。
次にバカなことを言ったら迷わず打ち込む、と。
どうやらそれは伝わったらしく、男は「やれやれ、やっぱりダメか」といったジェスチャーを見せた。
そんな仕草が妙に決まっているのも、なんだかイラつくな。
「なら仕方ない、少々手荒な真似になってしまうが――」
瞬間、照明の関係だろうか、男の目がギラリと光ったような気がした。
「――眠れ」
それまでのこちらをからかうような調子ではない、静かな声音。
それを聞いた瞬間――、
「――な!?」
突然、眩暈に襲われる。
それは本当に一瞬のことで、倒れこむことはぎりぎりで我慢することができた。
だけど安心してはいられない。
目に映るのは、それを隙と見たんだろう、こちらに走りこんでくる男の姿。
「――このっ!」
反射的に棒を横にないで男の足を打ち払う。
この反応はさすがに予想外だったんだろう、男の体はそれをまともに受けて宙にひっくり返った。
そして、まともに受身も取れないままうつぶせに倒れ込んだ男の背中に棒の先端を置く。
その一連の動きに一切のよどみはない。
頭の中には、まださっきのことで多少の混乱は残っている。
それでも、いやそれだからこそ、小さいころから体で覚え込んでいる動きが自然に再生されたんだ。

「ぐっ……なんだ、これは」
男がその声に焦りと混乱をにじませる。
それもそのはず、今やこいつは背中の一点に軽く棒の先端を宛がわれているだけだというのに、立ち上がるどころか手足を動かすことすらほとんどできないだろう。
あたしも以前ばっちゃんにこれをされた時は、何がなんだかわからなかったもんだ。
「ともあれ、これで本当に詰みだね」
少しでもずれたら意味がなくなるから、自分も動けなくなるのがこれの欠点だけど、怪盗にはなくて探偵にはあるものと言えば警察の応援だ。
動けない怪盗を拘束することぐらいなら任せてもいいだろう。
とっくに連絡はしてあるから、たぶんそろそろ――、
「と、心の声でも噂をすればってやつかな」
結局あれがどんな手品だったのかわからないけど、警察も手を焼いていた怪盗を単身捕まえたことであたしの名声はうなぎのぼりでめでたしめでたしってね。
遠くから聞こえるサイレンの音に、あたしは集中を維持したままでほっと一息つくという高等技を披露してみせた。




「こ、こいつが、あの怪盗ですか」
あたしが怪盗を取り押さえてから数分後、駆けつけてきたのは2人の若い警官だった。
彼らはずっと自分達を翻弄してきた男があたしみたいな女の子に押さえ込まれて無様に這いつくばっている姿を前にして、揃って何ともいえない微妙な表情を浮かべていた。
ちなみに怪盗の方はこの間一言も喋らず、無駄なあがきもみせていない。
色々とムカつくこともあったけど、その潔さだけは認めてやらないでもないかな。
「そ、さっさと手錠かけちゃってよね。
 これやってると結構気疲れするんだからさ」
「りょ、了解しました」
声をそろえて怪盗のわきに屈みこむ2人の警官。
その背中の向こう側から、またあの声が――。
「――怪盗は、その女だ」
言葉の内容自体は、苦し紛れの言い逃れにしたってあまりにも低レベルなものだった。
あたしはこれまでにも何度か警察に協力しているから、この2人だってあたしの顔は知っているはずだ。
その状態でそんなこといって誤魔化せると思ってるんだろうか。
「は、なにバカなこと言って――」
けどその怪盗の声が響いた瞬間、2人の体がビクンと震えて硬直する。
そして、あたしの心の中に得体の知れない不安が込み上げてきた直後にそれは起こった。
一瞬石像のように固まっていた2人が動きを取り戻す。
けれどそれは、さっきまでの続きではなく、まるでばね仕掛けのようにこちらにむかって飛び掛ってくるというものだった。
「――ななっ!?」
わけもわからないまま、それでも身の危険を感じて再び体が反射的な防衛行動にでる。
2人はちょうど棒を挟むように左右両側にいた。
だから大きく振り払うことで片側で右側の彼を弾き飛ばしながら、反対側を使ってもう1人も突き飛ばす。
一瞬で大の男2人を跳ね除けることに成功し、だけどできたのはそこまでだった。
3人目、棒による押さえつけから解放された怪盗が床から立ち上がってこちらに向かってくるのを視界の端に捕らえたものの、棒の両端でなぎ払うという直前の動きが大きく、またそれが自分の身長以上の長さを持っているせいで、そのままではすぐに目の前の男に対処できない。
それを理解し、とっさの判断で棒から手を離す。
こちらが武器を手放したことで、怪盗が唇の端を小さく吊り上げた。
だけど――、
「――だから、甘く見るなってのっ!」
体格の差を逆に生かし、すでにほぼ完全に立ち上がっている怪盗の懐にこちらから飛び込み――投げ飛ばした。

再び床に叩きつけられた怪盗が痛みに顔をゆがめるのを確認している暇はない。すぐに左右から襲い掛かってくる警官達に対処しなくてはいけないからだ。
けど、まずい。
内心込み上げてくる焦りが否定できなくなっていた。
素手でも1対1なら負けない自信はあるんだけど、さすがに3人を同時に相手にするのは難しい。
こんなことなら最初の一撃で骨の一本くらい折っておけばよかった。
投げ飛ばしても投げ飛ばしても懲りずに立ち上がって向かってくる警官達に、ついそんな物騒なことを考えてしまう。
棒での打撃なら狙って足の骨を折るくらいできるけど、投げ技じゃそんな都合よくピンポイントで攻撃できない。
関節技はわずかな時間とはいえ自分の動きも止まっちゃうから、今この状況じゃ使えない。
頭から落としたらさすがに気絶しそうだけど、それは万が一と言うことがあるからやりたくない。
選択肢がどんどん消えていって、焦りだけが積み重なっていく。
どうする、どうすれば。
「――って、あんた何高みの見物決め込んでんのよ!」
いつの間にか、こちらに向かってくるのは2人の警官だけで、怪盗は余裕の表情でこちらを眺めていた。
なまじ綺麗な顔をしているだけに、その微笑があたしをイラつかせる。
「いや、彼らと違って、私は女の子に投げ飛ばされて喜ぶ趣味を持っていないからね。
 それに、激しく動いている時はこれができないんだよ」
またあの飄々とした態度。
そして――、
「――君もいいかげん諦めろ」
また、あの、声。
「――く、ぅ!?」
一瞬の眩暈は今度こそ致命的な隙になり――、
「ぁぐ!」
全身を貫く衝撃に、目の前が真っ暗になった。




どれくらい気を失っていたのか、次に目を覚ました時、状況は最悪になっていた。
両手は後ろで、そしてご丁寧に両足もそれぞれ手錠で拘束されている。
少し離れた場所では、その手錠の持ち主のはずの2人が床に倒れこんでいて、唯一この場所で立っているのはまたあの悪趣味な仮面を付けている怪盗だけだった。
「ようやく目が覚めたかな。
 いや、こちらの次の狙いを見抜いた上に、予めこちらの逃走ルートを読んで塞いでおいたことといい、あの強さといい、たいしたものだったよ。
 一撃で昏倒するあたり、少々打たれ弱い気もするが、そこはまあ愛嬌の範疇だろうね」
高みからこちらを見下ろすやつは、勝者の余裕を隠そうともしない。
「押さえ込まれて動けなくなったときはさすがに少々冷や汗をかいたが、彼らが来てくれたおかげで助かったよ」
そして背後で倒れる2人を示しながら、そんな風に付け加えた。
そう、それは本当に誤算だった。
「まさか警察にあんたの仲間がいたなんてね」
苦虫を噛み潰したら、きっとこんな気分になるんだろう。
今になって悔やまれる。
気にはなっていたんだ。
警察だってそこまで無能の集まりじゃない。
この程度のやつがどうしてこれまで警察を手玉にとってこれたのか。
直接対峙してみれば、こいつが頭脳的にも身体的にも警察を圧倒するだけの能力を持っているわけじゃないってのはすぐにわかった。
その時点で警察内部にいる裏切り者の可能性に思い至るべきだったんだ。
そしてそれは別にこの2人だけじゃないんだろう。
少なくともこの2人をこちらに寄越した上司もまたかなりの確率で黒だろうし。
そんなことを考えていると――、
「いや、別に彼らは私の仲間じゃないよ」
そいつは、そんなことを言い出した。
「な、何言ってんのよ。
 そんなわけが……」
そんな台詞、到底信じられるわけがない。
だというのに、怪盗は追い討ちをかけるようにさらに信じられない言葉を吐き出した。
「種明かしをするとだね、私は他人を操ることができるんだよ。
 ありていに言えば催眠術みたいなもので、中には君みたいにうまく効かない相手もいるんだがね」
ぺらぺらと、まるで覚えたての手品をひけらかす子供みたいに喋り続けるそいつに、あたしは開いた口が塞がらない。
けど、それをただの妄言と切って捨てる事もできなかった。
警官2人があたしに襲い掛かってきただけだったら、そいつらが元々向こうの仲間だったでいいんだけど、それだとあたし自身が何度か感じた眩暈のことに説明がつかないんだ。

「さて、予想外に長居してしまったが、私はそろそろお暇するとしようかな」
混乱するこちらのことなんてお構いなしで、怪盗が去っていこうとする。
逃げる、なんて言葉とは無縁の落ち着いた足取りが癇にさわるけど、今はそれよりも考えないといけないことがあった。
とりあえずあいつの力とやらのことは置いておいてこの後の算段だ。
あいつが角を曲がって見えなくなったら、警官達の懐から手錠の鍵を探り出す。
そこから追いかけて間に合うかどうかはわからないけど、このまま逃がすわけにはいかなかった。
「ああ、そうだ」
「――ッ!?」
怪盗の後ろ姿が角の向こうに消えて、あたしが芋虫みたいに這い出そうとした瞬間、まるで見透かしたようにあいつが仮面をつけた顔だけをのぞかせた。
「彼らに触れない方がいいと忠告しておこうかな。
 今は眠らせてあるが、私の力はまだしばらくは効果が切れないからね。
 目を覚ませばまだ君の事を怪盗、つまりは犯罪者だと思っているはずだ。
 若い男達の暴走した正義感が引き起こす結果は、いくら男を知らないお嬢さんでも想像ぐらいはできるだろう」
「――なっ!?」
あまりといえばあまりの言い草に、思わず絶句するあたし。
「心配しなくとも、その2人が戻らなければその内別の誰かが来るだろうさ」
そう言い残して、再び怪盗の姿が視界から消える。
今度こそ遠ざかっていく足音を聞きながら、あたしはこれまで以上の怒りで頭の中が沸騰しそうになっていた。
「誰が、それまで待ってなんかやるもんか――!」
あたしは当初の予定通り警官達に近づいて、背後に回された手をその懐に差し込んだのだった。

正直、頭に血が上って軽率な行動を取ったかもしれない。
「ちょ、あんた達、自分がやってることわかってんの!?」
怪盗が去ってから数分後、状況は輪をかけて最悪になっていた。
懐を探られる感触で目を覚ました警官が、怪盗の言葉通りの行動にでたんだ。
仰向けの状態から、足首に手錠をかけられた両足を持ち上げられる。
そのまま頭の両側に膝が来るように折りたたまれると自然スカートがめくれ上がって下着が露になってしまった。
いくらあたしでも両手両足を拘束された状態で大の男2人の力に抵抗できるわけがない。
無理な体勢による息苦しさと恥ずかしさ、そしてそれらを凌駕する怒りで顔が火照っていく。
「お前こそ、自分がやってるのが犯罪だって知らないのかよ
 ったく、こんな子供があの怪盗だったなんてな」
「ああ、しかもこの制服、あそこのだろ。
 あの超お嬢様学校の。
 金持ちのくせになんで盗みなんてやってんだろうな」
「あれだろ、ゲーム感覚ってやつだよ。
 金持ちだから万引き程度じゃ満足できなかったんだろ」
勝手なことを言い合いながらも、2人のぎらついた視線があたしの全身を舐め回す。
「つっても、これ、高等部の制服だろ。
 こいつ、どう見てももっと下だぞ」
「ぐっ!」
自分でも気にしていることを指摘されて、さらに屈辱感と怒りが募る。
「じゃあ、コスプレってやつか。
 まあ、ちょうどいいや。
 俺、一度あそこのお嬢様とやってみたかったんだよな」
けど、片方からだて露骨な台詞に背筋にゾッと寒気が走った。
「おいおい、そりゃまずいだろ」
制止の言葉を吐くもう片方も、その顔はいやらしくニヤついていて、下卑た本心が容易に透けて見えている。
案の定――、
「いや、悪いことした子供にお仕置きするのは大人の義務だろ。
 一回痛い目みりゃ、こいつも更生するって」
「ああ、それもそうだよな」
そんな“説得”にあっさりうなずいて見せたそいつに、あたしの最後の理性がぷっつんと切れた。

「んー、ぬぐーー!」
せめてもの抵抗に唯一自由になる口でここには書けないような罵詈雑言を浴びせかけてやったら、その最後の自由も奪われてしまった。
「やっぱコスプレ確定だろ。
 あそこのお嬢様があんな言葉知ってるわけがねえって」
「だよな」
猿ぐつわをされてうめくことしかできなくなったあたしの下着に、男の指が伸びていく。
その指から逃げることなんてできるはずがなかった。
一気に膝の辺りまで引き下げられ、男達とあたしの目の前に恥ずかしい場所が惜しげもなく公開された。
その光景に男達が息を飲む。
「マジか、一本も生えてねーぞ」
標準的なクラスメイトより2回りは小さい身長や胸以上にコンプレックスになっている場所を凝視されるのは、それだけで死にそうなくらい恥ずかしい。
だけど必死にそれを隠そうとしても、せいぜい左右に小さく揺らすことぐらいしかできないのが悔しかった。
目の辺りが熱くなって、視界がにじむ。
だけど最後に残ったプライドが、こんなやつらに涙を見せるのを拒んだ。
こうなったら、何をされたって反応なんてしてやらない。
そう覚悟して猿ぐつわを力いっぱい噛み締めた。

男の大きな両手で腰をがっしり固定され、股間に舌を這わされる。
わざと立てられているべちゃべちゃという下品な音と、生暖かい舌の感触。
それだけでも吐き気がするのに、もう1人には足首を押さえつけられたまま、空いた手で胸を触られていた。
挙句の果てに――、
「なんつーか、小さすぎて制服の上からだと触ってる気がしねーな。
 反応も薄いしよ」
「胸も毛も薄いしな。
 いや、薄いって言うよりないのか」
頭の悪い冗談で爆笑する2人に殺意すら覚え始めて、思わず視線が床に転がる棒にいってしまう。
あれさえあれば、こんなやつら叩き伏せるのは造作もないのに。
「ん、何よそ見してんだよ」
そんなあたしの視線を追った男の1人が、あたしの見ていたものに気づく。
続けて浮かべたそいつの笑みに、あたしの中で嫌な予感が湧き上がった。
「そう言えば、あれは痛かったよなぁ」
股間を舐めていた方の男が一度離れて、あたしの棒を拾い上げてくる。
ぽんぽんと、その感触を確かめるように手の中で遊ばせながら戻ってくる男。
「他人の痛みがわかんねえから、軽々しくこんな物騒なもん振り回せるんだよな」
その目に宿る嗜虐的な光。
それを読み取り、あたしは次の瞬間襲ってくるだろう痛みに備えて全身を緊張させた。
だけど――、
「てことで、いっちょ自分で味わってみろよ」
棒を突きつけられたのは、あたしが予想もしていない場所だった。
男の唾液で濡れ光る場所に宛がわれた棒の先端を、一瞬呆然と見つめてしまう。
その隙を突くように、一気にそれを押し込まれていた。
「――ぁ、ぐぅぅ!?」
精神的な備えを失っていた瞬間への激痛に、猿ぐつわの置くから搾り出すようなうめきが漏れる。
それは、痛いなんてものじゃなかった。
文字通り体を引き裂かれると同時に、その断面をやすりがけされるような激痛。
目の前で白い光がスパークして、何も考えられなくなる。
ずっと堪えていた涙が零れ落ちるのをもう止めることができなくなっていた。

「なんだ、初めてだったのかよ。
 そりゃ、悪いことしたな」
押し込む時と同じように、一気に引き抜かれる。
その先端についた血の色に、男が実際には悪びれる様子もなくそんな言葉を口にする。
「あ、あ、ぁ、……」
だけど、そのことに対する怒りはもう湧いてこない。
男の、そしてあの怪盗が指摘した通り、あたしは初めてだったんだ。
それをこんな形で失うことになった絶望と、棒を引き抜かれてもまだ残る激痛のせいで、あたしの心は粉々に打ち砕かれていた。
「へへ、じゃあお詫びに俺が本当に男ってのを教えてやるよ」
もう用済みとばかりに棒を投げ捨て、自らの性器を露出させる男。
「おい、俺にも少しぐらいやらせろよ」
「お前は口でもやってろよ。
 いい加減、抵抗する気もなくなったみたいだしよ」
「ちっ、早めに代われよな」
唾液をたっぷりと吸った猿ぐつわが外されて、代わりに赤黒いグロテスクなそれを目の前に突きつけられる。
ムッとする異臭。
得体の知れない液体で濡れるその先端を、中途半端に開きっぱなしになった口にねじ込まれる。
喉の奥を突かれる肉体的な刺激と、他人の排泄器官を含まされちえるという認識にそれまで以上の吐き気が込み上げる。
それをむりやり押さえつけるように、男は腰を前後に揺り動かした。
噛み切ってやろうかという気持ちが浮かんできたのも一瞬、まだジンジンと痛む股間に別の感触が割り込んできてその考えは吹き散らされる。
棒と同じように硬く、そして棒とは違って焼けるように熱いそれが、今、口を犯しているそれと同じものだというのはすぐにわかった。
吐き気と痛み。
当たり前だけど、そこに快感なんて欠片もない。
「これに懲りたら、もう盗みなんてするんじゃないぞ」
でもそんなこと、犯罪者への罰という大義名分に後押しされているこいつらは全く気にもしていない。
自分達が満足するためだけの行為。
男の下劣な欲望を満たすための道具として扱われる時間。
喉の奥と膣の奥、2箇所で同時にその欲望を凝縮した液体を吐き出された瞬間、あたしは意識を失った。