「ぶげらぁっ!?」
「ウィッチィに何をしてるんだよっ!」

小柄な少女の怒声と共に放たれたドロップキックをまともにくらい、男は吹き飛ばされる。
それでも手に握ったウィッチィのパンティを手放さないところは見上げた根性だろうか。
だが、男にできたのはそこまでだった。
いたいけな少女に不埒な真似をしようとした代償として顔面が陥没するほどの蹴りを受けた彼は
幾人かを道ずれにあっさりと気絶してしまう。

「ウィッチィ、大丈夫!?」
「は、はい。助かりました…ありがとう」
「これで全員合流できたな。後はここを突破するだけだ」

ラビットがウィッチィを助け起こそうとする隙を続けて現れたブレイドが守る。
一度はバラバラにされたトライアングルムーンたちだったが、これで全員が集合できた。
だが、不利な状況は依然としてかわりがない。
三人の少女を取り囲むように円を作った男たちは彼女たちを拘束するべく飛び掛る機会を窺っているのだ。
ウィッチィとしては脱出は勿論、下着も取り返したいところだが、既に犯人の男は人波の中に隠れてしまっている。
スカートは膝まであるのでそう簡単には中身は露出しないだろうが…
普段あるものがないという状態は酷く落ち着かなかった。

(いけない。こんな時に何を考えているの私…っ)

ぶんぶんと首を振る金髪の少女。
絶体絶命の危機という瀬戸際に羞恥心などもってのほかである。
だが、ウブな少女は一度意識してしまった自分の状態を思考から消すことができなかった。
無意識に足が内側に寄り、僅かながらもかがみこむように内股になってしまう。

「オラァァ!」

と、膠着状態に痺れを切らしたのかウィッチィの前にいた一人の男が動いた。
続いてブレイドとラビットの方にも一人ずつ男たちが飛び掛る。
だが、連携も作戦もあったものではない無秩序なその突撃は怪盗少女たちには何の意味も成さない。
ブレイドの剣、ラビットのハイキック、ウィッチィの鞭の連打。
男たちは瞬時に床を舐めることになった。

「ふん、いくら数がいようとも所詮は烏合の衆」
「ボクたちの敵じゃあないねっ」
「さあ、道を開けてください」

男たちを瞬殺した少女たちの凄みによって包囲に動揺が走る。
手柄はほしい、だが自分の身は可愛い。
その迷いが男たちの一歩を躊躇わせる。

「ウィッチィ。ブレイドの前方に窓があるのは見える?」
「え? は、はい、見えます。まさかあそこから脱出を?」
「その通り。ちょっと高い位置にあるけど逃げるならあそこからしかない」
「ですが、私の跳躍力では…」
「大丈夫、ボクが踏み台になるから」
「となると順番はウィッチィ、ラビット、そして私だな」
「幸い奴らは今動揺している。つけ込むなら今しかないよ」
「わかりました。行きましょう」

小声の雑談を終えた三人は意を決したように頷きあう。
包囲陣の男たちも気配が変わったことに気がついたのか、いぶかしげに様子を窺っている。
一瞬の静寂の間、それを女剣士は見逃さなかった。

「行くぞ! はあっ!」

ブレイドは大きく足をたわませるとまるで猛獣が獲物に襲い掛かるかのように床を蹴った。
まさか向こうから動くとは思っていなかったのか、完全に不意を突かれた形になる包囲の面々。
しかしその隙をブレイドが逃すはずもなく、繰り出された突きが包囲の一角を文字通り突き崩す。

「行こう!」
「はい!」

ラビットとウィッチィがその後ろに張り付くように駆け出す。
この時点でようやく状況を飲み込めた男たちが少女たちを再度包囲するべく動き出すが既に手遅れだった。
女剣士の突破を妨げることもできず、無様に怪盗たちの後を追うばかり。

「はっ…はっ…はっ…!」

窓までの距離は百メートルもない。
だがここまで四面楚歌の中で戦ってきたトライアングルムーンたちの脚色は明らかに鈍っていた。
とりわけ、一番後ろを走っているウィッチィは疲労が濃い。
見る見るうちに後ろからの追撃者たちが追いついてくる。

「まずい、追いつかれる! ウィッチィ、頑張って!」
「はぁっ…はい……っ!?」

ラビットの励ましも虚しく、ついに男たちの足はウィッチィを捉えた。
少女を取り押さえるべく複数の手が伸びる。

「い、いやっ……」

このままでは再び床に押し倒され、辱められてしまう。
ウィッチィの脳裏で、先程の陵辱が蘇った。

懸命に駆けるもののスピードは上がらない。
ラビットとブレイドは前を走っているため急に体勢を反転させる事は無理。
もはやこれまでか――
そう絶望しかけた瞬間、思わぬ事態が発生した。
多人数が密集して走っていた弊害か、男たちの後尾勢が足を絡ませてドミノ倒しが起こってしまったのである。

「つかまえ……たぁああっ!?」

獲物の肩に手をかけた。
そう確信した刹那、後ろからの圧力によって先頭の男が前のめりに倒れこんでいく。
それでもなんとかウィッチィを捕らえようと手は伸びる。
だが、虚しくも指はスカートの裾を掠めるのが精一杯。
後はもうむさ苦しい仲間たちに圧し掛かられるだけだった。

「あははっ、ラッキー! よし、ウィッチィ…ボクの背中をっ!」
「はいっ…」

息を切らしながら金髪の少女はぐっと足を踏み込む。
とんっ
軽く床を蹴り、跳躍。
更に前方にいる軽くしゃがみこんだラビットの肩を踏み、二段ジャンプでウィッチィは宙を駆ける。

(…これなら、届く!)

十分な助走とジャンプ台のおかげでウィッチィの身体は窓へと向かって一直線に進んでいく。
しかしその瞬間、男たちの歓声が少女の耳に突き刺さった。

「おおっ、ウィッチィのスカートが!」
「中が見えるぞ!」
「えっ!?」

振り向いた先に見える男たちの視線はウィッチィの下半身へと注がれていた。
跳躍によってスカートがひるがえり、きわどい部分まで持ち上がってしまっていたのである。
スカートにすっぽり覆われていたはずの膝から上はロングソックスを越え、既に素肌を露出させてしまっている。
下から見上げる形になっている男たちから見れば、今のウィッチィはおしりを突き出すような体勢だ。
ぐんぐんと少女の身体が上昇するにつれてスカートの中の露出が大きくなっていく。
ぷりっと丸みを帯びたヒップが今にもヒラヒラの布地の中からこぼれ出そうな按配だ。

「だ、ダメですっ!」

ウィッチィは咄嗟に身体を丸めると右手で股間を押さえる。
その動作の代償として完全にスカートがめくれ返ってしまうが、間一髪手のほうが早い。

惜しいっ!
それがウィッチィを凝視していた男たちの心の叫びだった。
スカートがめくれあがっていたため、綺麗な半球形を描いているヒップは見えたが肝心の部分は手に隠されて見えない。
とはいえ、それでもウィッチィからすれば恥ずかしいことには変わりはなかった。
ぽつりと

「えっち…」

と呟くとその身を窓ガラスにぶつけ、粉々になった破片と共に夜空へと身を投げ出した。
そして、続け様に踏み台になっていたラビットが動き出す。
こちらは華麗にバク転から軽やかに床を踏み込むと伸身ムーンサルトで宙を舞う。
勿論、そんな大げさな動作をすれば短いスカートがひるがえるのだが、露出するのはスパッツなので問題はない。
体操選手もかくやというムーブメントに思わず目を奪われてしまう男たち。

「じゃあねっ」

パチリ、とウインク一つを置き土産にラビットも壊れた窓から身を投げ出した。
ここは十階にあたるため、飛び降りたらただで済むはずもない。
しかし少女たちに躊躇の色はなかった。
つまり、何らかの落下手段を確保しているのは間違いないわけで。

「い、いかん、逃がすな!」

包囲の半分が慌てて部屋を出て行く。
しかし十階から地上までたどり着くには時間がかかる。
手遅れなのは明白であり、ウィッチィとラビットの二人を取り逃がすことになるのはもはや確定的だった。

「くっ、せめてコイツだけは…」

最後に残ったブレイドへ殺気を向ける面々。
ここまで有利な状況を演出されておきながら全員取り逃がすなどあってはならない。
だが既にブレイドは壁際まで移動している。
ジャンプした瞬間を狙えばあるいはどうにかなるかもしれないが、飛び掛るには距離が足りない。
近づこうにも女剣士の発している剣気に気圧されてしまう。

「ふん、こないのか? ならば私も脱出させてもらおう」

一人の女に気圧されている男たちに侮蔑の視線を向ける女剣士。
ぐ、と足が強く床を踏み込む動作に男たちがハッとしたように動き出すがもう遅い。
彼らにできるのは、怪盗の飛翔の瞬間を見守ることだけだった。

(…よかった。下に人はいないみたい)

ジャケットの背中に仕込んでいた小型パラシュートに揺られつつ、ウィッチィはほっと息をつく。
夜中とはいえ、下から見上げられたらスカートの中身が見えてしまうかもしれない。
懐中電灯やライトで照らされた日には乙女の秘密が丸見えだ。
空圧で持ち上がりそうになるスカートを両手で押さえながら金髪の少女はふわりと地面へと着地する。

「よっ…と」

送れて数秒、ラビットも同様に着陸。
待ち伏せがいるかもしれないと念のため周囲を警戒してみるが、やはり人の気配はない。
罠に自信があったのか、あの部屋にいた人員が全兵力のようだ。

「いやー、結構危なかったね」
「はい、間一髪でした」
「けどウィッチィ。怪盗が物を盗まれたらダメなんじゃない?」
「え? あ……ど、どこを見てるんですか!?」

スカートに注がれる視線にウィッチィは思わず頬を染める。
いくら同性とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
しかもそこは今ノーパンなのだ。
だからこそラビットは揶揄してきたのではあるが。

「次にくる時は、下着も取り返さなきゃね?」
「も、もう。言わないでください。本当に恥ずかしいんですし、怖かったんですから…」
「あはは、ゴメンゴメン。けど、ブレイドどうしたんだろ? 随分遅いけど」

ラビットが上を見上げるのにつられるようにウィッチィも視線を上に向ける。
月明かりに照らされた夜空に仲間の姿はない。
何か不測の事態でも起きたのだろうか?
不安が二人の心を包み込み始める。

「どうする? ここで待つか、一旦撤退するか。それとももう一度踏み込む?」
「もう少しだけ待ってみましょう」
「そうだね。あのブレイドがそう簡単にやられるとは思えないけど…」

しかし待てども待てども女剣士の姿は現れなかった。
そうこうするうちに大勢の足音が近づいてくる。

「…仕方ありません。撤退しましょう」
「…うん、残念だけどもう一度踏み込むには準備か足りないしね。それに、ブレイドならきっと大丈夫!」

不安をかき消すようにラビットが笑う。
ウィッチィは一度窓の部分を振り向き、仲間の身を案じながら駆け出すのだった。

キィンッ!
金属が金属を弾く甲高い音が鳴り響く。
ブレイドは手に持った剣で弾き飛ばしたものを一瞥する。
それは曲線を描いた刀、円月刀だった。

「…誰だ」

女剣士は油断なく前方を見据える。
跳躍の瞬間、自分に向かって飛来してきた円月刀によって脱出は邪魔されてしまった。
今現在追撃が来る様子はないが、だからといって跳躍中に先程の攻撃が来れば防ぐのは困難だ。
だからこそ、相手を見極める必要があった。
小さなどよめきと共に包囲が真っ二つに割れる。
その間から一人の男が姿を現した。

「なんだなんだぁ? 一人しか残ってねえじゃねえか! お前ら、何してたんだよ?」
「も、申し訳ございません!」
「ったく……まあ、一人でも残っていたのは僥倖か。なあ、トライアングルムーンよぉ?」
「貴様、何者だ」
「おっと、これは失敬。俺の名はジャック。一応こいつらの上司さ」

ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら歩み寄ってくる男にブレイドは眉をひそめる。
もっとも嫌いなタイプの男だ。
しかし先程の投擲の正確さから考えても腕が立つのは間違いない。
後ろを見せるのは論外、となるとこの男を倒す他脱出の道はない。
そう考えた女剣士は正眼の構えをとり、キッとジャックを睨みつけた。

「おお、怖い怖い。けどそんなんじゃあ折角の美人が台無しだぜ?」
「戯言を。女だからといって油断をすると痛い目にあうぞ」
「いいねいいねぇ! その済ました顔を真っ赤な泣き顔に染め上げるのが今から楽しみだ!」

ジャックはカラカラと笑いを上げると両手に一本ずつの円月刀を取り出した。
剣気がぶつかる。
瞬間、ブレイドは察した。
目の前の男は物を、人を斬り慣れている。

「…外道が」
「ひっひっひ! さて、いくぜぇ! 安心しなよ、他の奴には手を出させない、一対一の決闘ってやつさ!」
「参る!」

もはやブレイド、いや、カグヤの目にはジャックしか入っていなかった。
剣士としての憤りと誇りがただ目の前の男を倒せと叫んでいる。
カグヤは心の声の赴くがまま、剣を振り上げた。