「さて、梶警視。こうしてアクアメロディを見事に捕らえたわけですが」

名残惜しそうにチラチラと目線を捕らわれの怪盗少女に向けながら覗井はマイクを夜暗に向けた。
つい先程まで美音の胸の谷間に埋まっていたマイクである。
視聴者の男たちは思わずそれを向けられている夜暗を羨ましがった。

「ええ、流石は噂の凄腕怪盗。苦労しましたよ」
「しかし今まで幾度となく取り逃がしてきた怪盗をこうして逮捕したのも事実。さぞ鼻が高いのでは?」
「私一人での功績ではありません。全ては部下達の協力と、不断の努力の結果です」
「またまた、ご謙遜を」

あからさまともいえるレベルで夜暗をヨイショする覗井。
実のところ、この二人には個人的な付き合いがある。
覗井は特ダネの提供者として、夜暗は便利なマスコミ関係者として。
そんなビジネスライクな関係だが少なくともお互いの人格を嫌ってはいない。
そもそも、塔亜邸にて夜暗が電話をかけた先が覗井なのだ。

「しかし噂の女怪盗がこのような年端も行かない少女だったことに関してはどう思われますか? まあ身体は大人のようですが」
「相変わらずジョークがお好きな人だ。そうですね…実に嘆かわしいことだと思っています」
「ほほう?」
「どういった理由で彼女が盗みを働いていたにせよ、犯罪は犯罪です。
 彼女くらいの歳の少年少女の犯罪が増加傾向にある昨今、彼女の今まで起こしてきた事件は若年層に悪影響を及ぼすものでしかありません」
「ですが、被害にあっている富豪たちは皆悪徳な人ばかりで一般市民からはむしろ喝采が起こっているようですが」
「確かに、そこは私たち警察の怠慢であり、謝罪の念が耐えません。
 ですが先程も言ったとおり犯罪は犯罪。こうして逮捕した以上は彼女には罰を受けてもらわなければなりません」
「なるほど、それではこの状況はいわば見せしめだと?」
「ははは、これは手厳しい。そこまでは言いませんよ。勿論そういった面もあることは否定しませんが」
「しかしそれにしてもこれは少々やりすぎの感があるのでは? 未成年に…」
「未成年だからこそです。悪事にはそれに応じた罰を。これは当然のことでしょう?」

(何をぬけぬけと…!)

美音は悔しさに唇を噛んだ。
まるで初めから決まっていたかのようなやり取りにも反吐が出るし、自分が一方的に悪いように言われているのも腹が立つ。
女性である以上、覗井のセクハラ発言も嫌だ。
だが、何よりも許せないのは夜暗自体が犯罪者の類であるということだ。
法を遵守するべき警察官が平気で超常の力と犯罪に手を染め、行使するなど不届き千万。
思わず夜暗の正体をびちまけたくなる衝動に駆られる美音。

ひゅうぅ…

「っ!?」

だが、そんな彼女の激情を押さえ込んだのは一凪の風だった。
そよ風程度の夜風が美音の身体を優しく通り過ぎる。
瞬間、美音は下半身に妙な感触を覚えた。
何故か、普段よりも風通しがよいように思えたのだ。

(まっ、まさか…?)

恐る恐るといった風情で美音は内腿を微かにこすり合わせた。
そして途端に蒼白になる。
スカートの下に、あるべき布地の感触がなかったのだ。

(う、嘘…っ!?)

美音は慌ててスカートの前を股に挟み込むようにして内股になった。
そうすることによってスカートの後ろが僅かにめくりあがるが怪盗少女はそれには気がつかない。

(パ、パンティまでっ……!)

美音は俯いていた顔を僅かにあげ、それをした犯人であろう夜暗を睨みつける。
だが、次の瞬間少女の顔は怒りの表情を羞恥の表情へと変えた。
夜暗がカメラや覗井から見えない位置のポケットから深い青の布地。
すなわち美音がつい先程まで穿いていたパンティをチラリと覗かせたのだ。

(こ、こんな…こんなことって…!)

見せ付けられた布切れに美音は自分がノーパン状態であることを強く意識させられる。
しかもそれだけではない。
彼女は今、ブラジャーもつけていないのだ。
怪盗の衣装こそ身につけているが、水無月美音という少女が身につけている装飾品は二つとも彼女の身体から離れてしまったのである。

「ありがとうございました。では再びアクアメロディへとカメラを戻したいと思います」
(え…っ!?)

覗井の言葉に美音の心臓がドクンと跳ねた。
気丈な表情に微かな怯えの影が走る。
いつもは自分の身体を守る最後の砦の布二枚がないという事態は確かに彼女の心に弱気の二文字を刻んでいたのだ。

「おや…?」

そして覗井はそんな怪盗少女の様子を見逃すほど素人ではなかった。
彼はニヤリ、と小悪党な笑いを口元に浮かべると再度吊り下げられた美音へと歩を進めた。

「さて、今から護送ということになるわけですが、今のご心境は?」
「……」

ぷいっと顔を背ける美音。
覗井は全くそれを気にすることなく質問を繰り返す。
だが、彼の目線は素早く美音の身体全体を走っていた。
目の前の少女が何かを隠しているということに気がついたのだ。

「そういえば、こんなに短いスカートで寒くないですか?」
「っ」

その質問を出した瞬間、覗井は攻めどころを悟った。
他の者には見えないほどの僅かな挙動だったが、美音は確かにビクリと怯えたように震えたのだ。
合図を受けたカメラが怪盗少女の下半身をズームする。
すると、黒いニーソックスに包まれた張りのある健康的な生足がスクリーンに映った。

「あっ…」
「これは綺麗なおみ足! しかしやはり寒いものは寒いようですね。ここなんてこんなに震えてますし」
「ひゃぁんっ…!?」

するっと太ももをなで上げられて美音は思わず声を上げてしまう。
くすぐったさと快感の中間のような甘い声に男性陣は一様にして股間を押さえた。

「しかし本当に短いですねぇ。これじゃあちょっと動いただけでパンツが見えちゃいますよ?」
「そ、その手をはなしなさい!」

つままれたスカートの裾を見て美音は思わず上擦った声を上げてしまった。
少女の過敏ともいえる反応に覗井は確信を得て、手に力を込める。

「アクアメロディの下着の色は何色かな?」
「や、やめっ…」

ゴクリ、とスクリーン前の男衆が息を飲んだ。
短いスカートの下から徐々に隠されていた太ももが露出していく。
美音は前部分を股に挟み込んでいたため、サイドからの露出になっているのだが、それが逆に淫靡さをかもし出していた。

すすっ…

更に持ち上げられていくスカート。
もう下着が見えてもおかしくないところまで露出は進んでいる。
この時点で覗井は既に美音がノーパンであることを悟っていた。
数々のセクハラを行ってきた彼からすれば、女の反応一つであらかたのことは察することができるのだ。

(へへっ、大方梶のダンナの仕込だろうが…見せてもらうぜ、美少女怪盗のおま〇こをよ!)

足でスカートを挟み込んでいるといっても身体的な構造上それは完璧なものではない。
よって、男である覗井がぐっと力を込めれば挟み込まれたスカートもずるずると引きずりだされていく。

「ひっ…」

美音は思わず目を瞑った。
公衆の面前で下着のないスカートがめくられてしまう…!
最大級の恥辱を目前にして美音は目を開け続けることができなかった。

「流石にそれ以上はやりすぎですよ?」

だが、怪盗少女のスカートが完全に持ち上がりかけようとしていたその瞬間。
救いの手は意外なところからやってきた。
夜暗がガッシリと覗井の手を掴んで彼の暴挙を止めていたのだ。

「あ、あんた、なんで…」
「流石にやりすぎだ。このままでは風当たりが強くなる」
「くっ…」
「そんなに残念そうな顔をするな。俺は急くなといっているんだ。これからチャンスはいくらでもある」
「…本当か?」
「ああ。それに今から例のゲームを始める。打ち合わせをしただろう?」
「…! そうだったな。すまねえ、つい…」

見た目は過剰なセクハラをしようとしているリポーターを止めようとしている刑事。
だが実際は小声であからさまに怪しい密談がかわされていた。
勿論、それを聞いているのは至近距離にいた美音だけなので野次馬もテレビの前の視聴者もなんら疑問を持っていない。

(げ、ゲーム…?)

会話を聞き取っていた美音は危機の回避にほっとしつつも不穏な単語に戦慄を覚えていた。
話し合いが終わったのか、覗井がくるりとカメラの前に顔を見せた。

「いやはや、怒られちゃいました! そういうわけなので男性の視聴者の皆さん、ごめんなさい!」
「反省がたりないようですね、覗井さん?」
「いやいやいや! ちゃんと反省してますって! だから逮捕しないで!?」

滑稽なほど深々と謝罪の礼をする覗井にあちこちから笑いの声が起こる。
どんなに逸脱した行為をとっても彼はこうすることによって状況を誤魔化すことができるというスキルをもっているのだ。

「…しかし先程から思っていたのですが、一つ貴方は肝心な質問をしてきませんね?」
「肝心な質問? はてなんでしょう?」

わからなーい! とおどけてみせる覗井。
だが、美音にはそれが演技だとわかった。
何故なら、彼の目が夜暗とそろって自分を見つめていたからだ。
いぶかしむ美音。
しかし次の瞬間、少女は夜暗の口からでた言葉に背筋が凍えた。

「彼女の素顔……知りたいとは思わないのですか?」
(なっ……!?)

美音は大きく目を見開いた。
同時にスカートをめくられそうになったとき以上の衝撃が心臓を襲う。

(す、素顔……私の素顔!?)

美音は恐怖に蝕まれていた。
仮面の下には当たり前だが水無月美音という少女の顔が隠れている。
そして、美音は天涯孤独の身ではあるが、友人はいる。
学校の同級生、近所の人々、その他の知り合い達。
テレビの前か歩道にいるであろう彼らに素顔を見られればすぐさま素性はバレてしまうだろう。
そんなことになればもう二度と彼らの前には顔を出せない。
怪盗アクアメロディが水無月美音だと知られてしまう、これ以上の恐怖は美音にはなかった。

「そ、それは勿論知りたいとは思いますが…」

覗井の視線が美音へと向く。
カメラも怪盗少女の顔をズームする。
シティ中の目が仮面に隠された素顔へと集まる。
美音は、焼け付くような視線を感じぎゅっと目を閉じた。

「これから、ちょっとしたゲームをしたいと思います」
「ゲーム?」
「そう、ゲームです。チャンスは三回の公平なゲームをね」

パチン、と夜暗が指を鳴らした。
思わず身構えてしまう美音。
だが、身体にはなんの変化も起きない。
覗井もカメラマンも警官たちも、不審な動きを見せるものは誰もいない。
しかし――

うぃぃぃん…

機械の発する電子的な音が美音の耳へと届く。
その音はすぐ後ろから聞こえた。
美音は思わず振り向きかけるが。

「おっと、動かない方がいい」

夜暗の声に身体が固まった。
ダークの力が行使されたのである。

(な、何を…)

不気味な機械音に美音は怯える。
やがて、後頭部のすぐ傍に音は停止した。

「スクリーンにご注目を」

夜暗の声に美音もスクリーンへと目を向ける。
そこには、美音の後頭部で何かを掴んでいるマジックハンドの姿があった。

(ああっ…!?)

クレーン車から伸びたマジックハンドが掴んでいるものに美音を含めた観衆は唸りをあげる。
機械の手は、アクアメロディの仮面の結び目をつまんでいたのだ。

「ルールを説明しましょう。今からクレーン車が進む間、警官隊は邪魔しません。
 我こそはアクアメロディを救うものなり! という方はどうぞここまでいらっしゃってください。
 ここに辿り着いた方がいらっしゃれば私はその時点で何もしません。ですが…」

夜暗はポケットからリモコンを取り出す。
そこには大きなボタンが一つだけついていた。

「誰もいらっしゃらなかった場合、このボタンを押します。このボタンはあのマジックハンドを動かすキーです。
 つまりこれを押せばあの手は彼女の仮面の結び目をほどいていくわけです」
「なるほど、それで?」
「それを三回、ここから中央通を抜けるまでに三分の一ずつの距離で行います。
 皆さんの誰かが彼女を助けようと思い、行動を起こせばアクアメロディの勝ち、仮面は剥がしません。
 ですが、誰も行動を起こさないようなら…仮面の下の素顔は公開されることになります」
「…それは面白いゲームですが…その、いいのですか? このようなことを独断で?」
「ははは、勿論処罰は受けるでしょうね。ですがこれは必要なことだと思います」
「というと?」
「彼女を身を挺してでも助けたいという方がいるというのならば私も考えを改めなければなりませんから。
 見ず知らずの一般人に庇われるほどの犯罪者を晒し者にはできませんしね」
「なるほど」
「では…一回目をはじめましょうか」

にっこりと宣言する夜暗に連動してクレーン車が動き出した。
ゆっくりと進みだした巨体の機械は怪盗少女を先にぶら下げて街中を闊歩する。
だが、そこに近づいてくるものは誰もいない。
当然だ。
夜暗の言うとおりにアクアメロディへと駆けつければちょっとしたヒーローだが、彼女はあくまで犯罪者。
ゲームとはいえ当然なんらかの罰則が与えられるのは間違いない。
いくらアクアメロディが美少女だからといって、人生を棒に振ってまで助けに入ろうなどという奇特な一般人はまずいないのだ。
…そして数分後。

「…到着ですね。まあ中央通の三分の一といっても数百メートルしかありませんが」

ぐるり、と野次馬を見回しながら夜暗が呟く。
勿論、彼に近づいてくるものはいない。

「では、一回目です」

カチッ
夜暗の手がスイッチを押す。
美音のすぐ後ろで操作されたマジックハンドが動いた。