「シティに名を轟かせている怪盗といっても他愛ないものだな…」

羞恥のあまり、意識を失った美音に向かって夜暗はぽつりと呟く。
と同時に美音の身体が糸を切られた操り人形のように崩れ落ちていった。
どさっ
音を立てて床に倒れこむ美音。
夜暗はゆっくりと近づいていき、足で怪盗少女の身体を仰向けに転がす。

「それにしても、良い身体をしている…」

夜暗は思わず唾を飲み込んだ。
その視線は少女の裸体からまとわりついて離れない。
仰向けにもかかわらず、型崩れせずにおわん型を保つ大きな胸。
つんと天井を向いて元気よくその存在を主張している小さな桜色の乳首。
程よく引き締まったウエストにしゃぶるつきたくなるような足。
そして黒ずんだ恥毛の茂みの下の陰部。
手と足、そして顔には装着品が残っているが、それが逆にフェティシズムな興奮を呼び起こす。
怪盗アクアメロディ、いや水無月美音という少女はどれをとっても極上の『女』だった。

「…っと、いかんな。ここで手を出すわけにはいかん…くく、俺もまだまだボウヤということか」

思わず理性の歯止めがきかなくなりそうだった自分の欲望を夜暗はかろうじて押さえた。
自嘲しつつダークを取り出すと美音の額へと当てる。
ぽぅ、と黒い光が淡く光り輝いた。

「…ふむ、やはり他のジュエルの影響があるようだな。情報が引き出せん」

夜暗が試みたのはエレメントジュエルの情報の奪取だった。
ダークの力は生物の身体と意識の両方を操ることにある。
その力によって彼は美音を操りジュエルの在り処を自白させようとしたのだ。

「さて、困った…」

言葉とは裏腹に夜暗の表情には暗い炎が宿っている。
確かにジュエルの力では情報を引き出すことはできない。
だが、アクアメロディは既に手の内にある。
ならば彼女自身の口から自分の意思で吐かせればいいだけ。
そう彼は考えていたのだ。

「そうとなれば、準備をするか」

夜暗は携帯を取り出し、ボタンをプッシュする。
これから始まるのは一大イベントだ。
その仕掛け人は自分。
そして主役は…

(さて、アクアメロディ…水無月美音。目を覚ました時にお前がどんな表情をしてくれるのか、楽しみだよ)

「ん…」

冷気を纏った空気が頬をなでる感触に顔を顰めつつ、美音は目を覚ます。
周囲は一面の暗闇。
上下左右全てが闇に包まれている空間。

「ここは……!?」

自分の状況を思い出した美音は目を見開くと慌てて周囲を見回した。
だが、目に映るのは相変わらずの暗闇だけ。
わかるのは、自分の身体が自由に動くようになっているということだけだった。

「っ手が…」

ギシリ、と美音の頭上から何かが軋むような音を発した。
両手は頭上でまとめられていたのだ。
足が地面につかないということは宙にに吊り下げられていることを示している。
ダークの力の束縛から物理的な束縛への変化。
手に食い込む手錠の感触に顔を歪めさせながらも、美音はそこに微かな光明を得た。
少なくとも今の自分は思ったように身体を動かせるのだ。
手は縛られていても足は動く。
見張りがいるのなら、近寄ってきた時にその者を蹴ることもできる。

「それにしても、ここは一体…」
「おや、ようやくお目覚めかな?」
「っ! 塔亜夜暗!」

暗がりの中でも耳の良い美音にはその声音をハッキリと聞きとることができた。
怪盗少女は声の発生地を睨みつける。

「くく、本当に威勢のいいことだ…先程まで裸を見られて半泣きに、しまいには気絶までした女と同一人物とは思えんな」
「…っ、この、変態!」

カアッと頬を染めながら美音は怒鳴った。
反動でゆらゆらと吊り下げられた体が前後に揺れる。

「ここはどこ!? 一体何をたくらんでいるの!? 私を…どうするつもりなの…!?」

己の意思には関わらず強制的にストリップをさせられ、男の前に裸を晒された美音の精神は少しばかり追い込まれていた。
普段の冷静さを失い、か弱い乙女のように喚き散らす。
本人にそのつもりがなくても、怒号と共に美音の身体は震えた。

「やれやれ…」
(さあ、近づいてきなさい…!)

だが美音も伊達に怪盗アクアメロディを名乗ってはいない。
恐怖と寒さに震えながらも、もう一方ではそれを利用して夜暗の気配が近づいてくるのをじっと待っていた。
しかし夜暗はもう少しで蹴りの射程範囲というところで立ち止まり、それ以上近寄ろうとはしない。

「くく…どうした?」
「……っ」
「お前の考えていることがわからないとでも思ったか? これ以上は近寄らんよ」
「くっ…」
「しかしまだ刃向かうだけの気力が残っているのか、大した精神力だ」

心底感心したかのような夜暗の台詞。
だが、勿論美音はそんな言葉が嬉しいはずがない。
身体が恐怖以外の感情、すなわち怒りによって震えた。

「さて、折角だ。先程の説明に答えてやろう……おい、外せ!」

夜暗が何がしかの合図を送ると共に布が擦れるような音が美音の耳に届く。
と同時に美音の視界に光が差し込んでくる。
ばさっ!
そんな音と共に視界が一気に開けた。

「な、なに…!?」

パシャパシャパシャパシャ!!!
一斉に無数の閃光が美音を包んだ。
シャッター音がひっきりなしに鳴り続ける。

「こ、これは…?」

美音は狼狽した声を上げた。
周囲には数え切れないほどの人、人、人。

「どうだ? この趣向はお気に召したか?」
「これは…一体…!?」
「何、怪盗アクアメロディという世紀の大犯罪者を捕まえたんだ。折角なので派手に行こうと思ってね」

美音と夜暗がいるのはサクリファイスシティの中央通りだった。
歩道には無数の人間が詰め掛けている。
怪盗アクアメロディを一目見ようと夜半にも関わらず一般人が押し寄せてきたのだ。

(これじゃあ、晒し者じゃない…!)

ギリ、と少女は口を噛む。
美音は今整備された道路のど真ん中で見世物のように吊り下げられていた。
怪盗少女を吊り下げているのはクレーン車だった。
おそらくは連行のために用意されたものだろうが、その巨体は場違いといえるほどの存在感を示し、沈黙を保っている。
クレーンの先は改造が施されていた。
手に負担をかけないよう手首を包み込むような手錠が先端に備え付けられ、それが美音の手を拘束している。
空中に吊り上げられた足と地面の間の距離は一メートルには達しないといったところだろうか。

「あっ!」

自分を包む光に美音は慌てて自分の格好を意識する。
気を失うまでは丸裸だったからだ。
だが、服はきちんと元に戻っていた。
勿論仮面もそのままである。
ほっと息を吐く。
全裸では護送に支障があると判断されたのか、それとも何かの仕掛けがあるのかはわからない。
しかし裸のままでなかったことは僅かではあるがこの状況においては救いであった。

「あれがアクアメロディか!」
「まだ高校生くらいじゃないか」
「くそっ、ここからじゃあ顔がよく見えねえ!」
「ついに捕まったのかー」

野次馬の声が美音の耳に次々と届く。
道路と歩道の間には警官隊が配備されているため、野次馬たちからは美音の姿はよく見えない。
我も我もとつめかけ、人ごみが形成されているのだからそれは当然だといえるのだが。
なお、野次馬の大半は男だった。
女性もいるにはいるのだが、やはりアクアメロディが女性ということもあり、前面に出ているのは男ばかりである。

「はーいどいてください。え、許可? ちゃんともらってますよ! ほら!」

と、喧騒の観衆から二人の男が警官隊の規制を潜ってクレーン車へと近づいていく。
夜暗はにこやかにその二人を迎える。

「ども、梶軽視! このたびは独占放送を許可いただきありがとうございます!」
「何、こちらとしてもアクアメロディの敗北を広く知らしめたかったので願ったり敵ったりですよ」

夜暗にぺこぺこと頭を下げている男に美音は見覚えがあった。
覗井照、シティ放送のリポーター。
その強引とも言える取材姿勢とセクハラまがいの言動で好感度ワーストワンの男である。
男からの人気は高いリポーターなのだが、女である美音は当然のことながら彼が嫌いだった。

「さて」

覗井の合図と共に後ろに控えていたもう一人の男―――カメラマンがTVカメラを構えた。
同時にシティ中の街頭テレビ、及びシティ上空を旋回する飛行船型巨大スクリーンに覗井の顔が映る。

「皆さんこんばんわ! さて、大ニュースです、なんとシティのアイドルアクアメロディがついに逮捕されてしまいました!」

非常に残念そうな表情で語る覗井。
内容はアクアメロディの擁護なのだが、夜暗は全く気にするそぶりを見せない。

「さて、こんなむさいおっさんの顔ばかり映していても仕方ないので早速ですが噂の怪盗少女にカメラを向けてみたいと思います!」

クルリ、とカメラが回りそのレンズが美音の顔をとらえる。
ぱっと映し出される仮面の少女。

「あ、あれがアクアメロディか!」
「すげー美人!」
「ビデオ予約しておけば良かったーっ!」

怒号のような歓声が野次馬の間から巻き起こる。
怪盗アクアメロディはその隠密性と報道規制により、一般市民で彼女の姿を知る者は少ない。
公開されている情報は、若い女性だということくらいで、姿形については精々が偶然カメラに収まったシルエットくらい。
つまり、シティの人々はたった今アクアメロディの実像を目にしたのである。

(うっ…)

スクリーン越しとはいえ、多数の視線を集めることになった美音は僅かに顔を伏せた。
仮面をしているとはいえ、顔をジロジロ見られるのは好ましくなかったからだ。
無論、それは気休め程度の抵抗でしかなかったのだが。

「おお、これは噂以上の美少女ですね! ええと、二三質問させてもらってよろしいでしょうか?」
「……」
「ありゃ、顔を背けられちゃいました。まあとりあえずだめもとで続けさせてもらいます。
 まずは…貴女のお名前は?」
「……」
「ひゃはっ、まあ答えられるはずがありませんよね、失敬失敬。えーとではそうですね…胸の大きさは?」
「っ!!」
「うわっ、怒らないでくださいよ。僕はただシティの男の気持ちを代弁しただけでしてね?」

野次馬からどっと笑いが起こる。
セクハラではあるが、ひょうきんな覗井のリポートは人気がある。
勿論、それは見ている分にはの話で、リポートされる側としてはたまったものではない。
現に美音は無礼な質問に顔を真っ赤にさせていた。

「しかし本当に大きいおっぱいですねぇ。そんなに発育がよくては盗みの邪魔になりません?」

セクハラなコメントに、再び場がわいた。
夜暗は笑いこそしていないが、表情は愉快そうに歪んでいる。
美音は屈辱に打ち震えた。
下衆な質問にもだが、何よりも自分の胸に集まりだした視線に耐えられなかったのだ。

「おや、まただんまりですか……ああそうか! 僕としたことがとんだうっかりを! マイクがないのに喋れませんよね」
「……あ、ちょっ」

覗井は素早く美音に近づくとマイクを少女の口元に伸ばし始める。
美音は吊り下げられていて身長差が発生しているため背伸びをする格好だ。
ぽにゅん。
そんな擬音をマイクが拾う。
マイクは美音の胸に挟み込まれるような形で設置された。

「おお! 手を離しても落ちない! すごい、すごいおっぱいですね!」
「こ、これを取りなさい!」
「おほっ、これはまた可愛らしいお声! いいですねいいですね、その調子で質問にも答えていただけると嬉しいのですが」
「バカなことを言っていないで…こんなの、セクハラじゃないっ」
「おっとこれは手厳しい。ですが私は一般人、貴女は犯罪者。特に問題はないと思われますが」
「…そ、そんなこと!」

関係ない。
そう美音は言いたかったのだが、口をつぐんだ。
覗井のやり口はこうやって相手を挑発して反応を引き出すというものだ。
ならば露骨な反応は相手を喜ばせるだけである。

「おや、またしてもだんまり…困りました、これではリポートになりません。ふむ、ここは一旦梶警視にお話を伺いましょう」

意外にもあっさりと引いた覗井をいぶかしむ美音。
が、次の瞬間彼の狙いがなんなのかを察し、慌てて口を開こうとし―――そしてそれは間に合わなかった。

「マイク返してくださいね、それっ!」
「あっ、きゃあっ!?」

ぶちぶちぶちっ!!
胸の谷間に埋まっていたマイクを勢いよく引きずり落とすように引っ張る覗井。
反動で衣装のボタンが弾け飛ぶ。

「おおっ、これは思わぬハプニング!」

自分でやっておいて何を、と全ての視聴者が思うほどわざとらしい仕草で覗井が喜ぶ。
美音の上着は首元からおへそのあたりまでのボタンが千切れ飛んでいた。
のこっているのは一番下段のボタンだけ。
当然、上着の前面は綻び、その中から真っ白な乙女の肌が露出する。

「きゃっ…」

反射的に手を動かそうとする美音だが、両手は手錠につながれ吊り下げられたまま。
彼女に露出した肌を隠す方法はなかった。
開かれた上着は首元からおへそまでを綺麗に露出させていた。
幸い、大きく開くことはなかったので胸は乳首を含めてまだ衣装の中にある。
だが、谷間はハッキリクッキリと闇夜に曝け出されてしまった。
しかも服は大きくたわんだままなので、今にも胸がこぼれ出てきそうな状態なのだ。

(し、下着が…なくなってる!?)

美音は焦った。
つけているはずのブラジャーがなかったのだ。
押さえを失った胸は本来の形と大きさを取り戻し、服の中で嬉しそうに揺れている。
夜暗はニヤニヤと美音を見つめていた。

(くっ…アイツの仕業…私を、辱めようと…!)
「カメラさん、もっと下から見上げるように! そうそう…」

美音が狼狽している間に覗井はカメラマンに指示を出していた。
カメラが美音の腰から上を下から見上げるようなアングルで映し出す。

「や、やめなさい!」

たまらず美音は叫んだ。
夜空に浮かぶ巨大スクリーンには美音の胸がデカデカと映し出されている。
その大きさたるや、胸に隠れて美音の顔が見えなくなるほどだ。
だがそれを不満に思う男は視聴者にはいない。
これほどのボリュームを誇る胸を画面越しとはいえじっくりと見物できるのだから。

「あ…う…!」

たまらず美音は顔を背けた。
まだ完全に露出していないとはいえ、自分の胸に注目されて恥ずかしくないわけがない。
しかもこれはシティ全域放送なのだ。
多数の男たちが今自分の胸を注視していると思うと、心臓の鼓動は張り裂けんばかりだった。
身じろぎした反動で三分の一ほど露出した胸がたぷんっと揺れる。
男はそんな映像に地鳴りのような歓声をあげるだけだった。