「一体、どういうつもりなの…?」

怪訝な表情を浮かべながら、アクアメロディの仮面と衣装を身に纏った美音は呟いた。
身に覚えのない予告状。
それがテレビで放送されていたのだ。

「しかも場所が塔亜邸…あからさますぎる罠よね」

先日と同じく、塔亜邸近くのビルの屋上から美音は警備状況を盗み見ていた。
前回とはまるで逆に、庭に人の気配はなく、邸宅周辺にチラホラと警察官らしき人影が見えるくらいだ。
この件の指揮を取っているのが夜暗警視だというのならばお粗末極まりないずさんすぎる警備配置である。
あの後、美音は気絶した風見を厳重に縛って物置に監禁した。
最初は警察に突き出そうかと考えていたが、そうなると説明が難しい。
警察署の前にでも運び捨てようか…そう考えていたところでのニュースだったのだ。

「梶夜暗…何を考えているの?」

今まで全く情報の掴めなかったなかったダークが一度押し入った塔亜邸にあるなど常識で考えれば罠でしかありえない。
そして、そうなるとその罠をはったのは夜暗しかいない。

(それに…)

美音にはもう一つ気にかかることがあった。
それは今も物置で眠り続けているであろう風見のことだ。
何故彼は自分の家を知ることができたのか。
これは捨て置けない問題だった。
この件はアクアメロディの今後の進退に関わってくる。
はたして、美音のことを知っているのは風見だけなのか。
それとも、協力者がいて今も虎視眈々と美音の持つエレメントジュエルを狙っているのか。

(…ううん、今はそんなことを考えている場合じゃない)

ぶんぶんと首を振って雑念を振り払う美音。
そのことについては考えることは後でもできる。
今は、最後のエレメントジュエルを確保することだけを考える…!

「はっ!」

美音はふわりと跳躍するとハンググライダーを背中に装着し、塔亜邸へと侵入を開始するのだった。
…自分の運命が決まってしまったことを知ることもなく。

「どういうつもりですか、警視!」

その頃、怪盗捕縛チーム班長小銭警部は憤っていた。
いくら警視といえどもただ一人の若造に指揮を取られるのは彼にとって愉快なことではなかった。
だが、警察において階級は絶対である。
だからこそ彼は表面上は大人しく夜暗の指示に従ってきたのだが。

「どういうつもりとは?」
「警備配置のことです! 確かに下手な分散はアクアメロディの思う壺ですが、警備の大半をこの部屋に集めるなんて!」
「戦力の集中は基本だ」

この坊ちゃんは正気か!? 催涙ガスや睡眠ガスを打ち込まれたら一巻の終わりだというのに!
小銭警部はめまいがした。
現場からのたたき上げの警視というからどんなものかと期待していたというのに、なんという稚拙な対応。
いや、そもそもこの男は最初から怪しいところが多かった。
まず、今まで見つからなかったはずのダークが塔亜家にあるという情報を持ってきた時点でおかしかったし、
実際にダークがあったことは更におかしいのだ。
背後に鎮座しているダークを横目で確認しつつ疑惑の視線を向ける小銭。
だが、夜暗はそんな視線をまるで気にすることなく微笑んだ。

「ご心配なく、準備は万全です」
「…だと、いいのですがな」

諦めと共に溜息をつく。
こうなったら自分ひとりでも頑張るしかない。
そう決意した小銭の鼻に僅かな異臭が届く。

「ん、なんだこの匂い……むっ!?」

途端にばたばたと倒れ始める警備人員。
自身にも眠気が襲ってきたところで小銭は理解した。
自分が懸念していた通り睡眠ガスを使われてしまったのだと。

「…こ…のバカモノ…が…」

襲い来る眠気にあがらうこともできずどさりと倒れこんでいく小銭。
彼が最後に考えたことは、夜暗への侮蔑と。
何故かただ一人平気な顔で立っているの上司への疑問だった。

「さあ…やってこい、アクアメロディ」

ニヤリ、とガスの中で一人笑う夜暗。
その背後では不気味にダークが光り輝いていた。

バァン!
勢いよく開かれるドア。
同時に睡眠ガスがそこから逃げ場を求めるように拡散していく。
ガスが部屋から抜けきった頃、ドアから一つの影が現れた。
その影は言うまでもなく、怪盗アクアメロディだった。

「ようこそ、怪盗アクアメロディ!」

風見の時と同じジェスチャーで怪盗少女を出迎える夜暗。
彼は十数人の男が眠りに倒れこんでいる中、ただ一人余裕を持ってダークの前に立っていた。

「あなた…何者?」

美音は警戒レベルを最大にして夜暗を睨む。
他の人員を見る限り、睡眠ガスは間違いなく効果を発揮しているはず。
にもかかわらず夜暗に眠る気配はない。
ガスマスクを被っていたというわけでもない彼が平然と立っているのは異常以外の何者でもないのだ。

「梶夜暗…いや、お前には塔亜夜暗といったほうがいいか。そしてダークの持ち主はこの俺だ」
「塔亜!? それって…」
「そう、風見は俺の実の弟さ…まあ俺は一族から追放されたんで繋がりは血しかないがな」
「…まさか、風見を逃がしたのは」
「ご名答、風見を逃がしたのはこの俺だ。まあこうしてお前がここにいるということはアイツは失敗したということか」
「あなたの目的は一体何!?」
「平穏さ」
「な…」
「そして平穏を守るためには力が要る。過分な望みはなくても、力があって困るということはない」

ニヤリ、と弟そっくりに笑う夜暗の表情に嘘はなかった。
しかし美音はその答えに戸惑う。
エレメントジュエルは六つ全部を集めれば一国を支配することも可能な力を秘めている。
にも関わらずこの欲のなさ。
いや、これ以上ない欲深さに美音は戦慄した。

「それだけのために、こんなことをっ」
「こんなこと? 確かに犯罪者である弟を解き放ったのは罪かもしれんが、それだけだ。
 警察官として正義に励み、日々を平穏に生きる…ただそれだけの俺に何の罪があると?」
「エレメントジュエルは…危険なものなのよ!」
「いかな兵器とて使いよう…そうだろう?」

「…これ以上問答をしても平行線ね」
「そうだな、全く残念なことだ」
「最後のエレメントジュエル、渡してもらうわ」
「できるものなら」

ぶわ、と夜暗から黒いもやもやのようなオーラが放たれる。
そのあまりの禍々しさに一歩後ずさる美音。
と、その瞬間。
美音の足が何者かに掴まれた。

「えっ!?」

思わず目線を下に向ける美音。
自分の足を掴んでいるのは眠り込んでいたはずの警官の一人だった。

「――はあっ!」

美音は反射的に男の顔に蹴りを打ち込む。
だが、常人ならば失神確実の蹴りを受けたにも関わらず男は意に介さず美音の足を拘束していく。
驚きに目を見開く。
しかしそれは致命的な隙だった。

「あっ…!」

ガシッ! ガシッ! ガシッ!
眠っていたはずの警官たちが次々と身体を起こして一瞬のうちに美音の四肢を拘束していく。

「なっ、は、放してっ…」
「おやおや、大人気だなアクアメロディ」
「こ、これはっ…」
「これが我がダークの能力…その男どもは俺の操り人形だ。こいつらを眠らせてくれて助かったよ、おかげで随分と制御が簡単だ」
「そんな…!」
「正直、お前を捕まえるだけなら俺一人で十分だったのだがな。折角なのでこいつらには協力をしてもらおう」
「くっ…」

暴れる美音だが、大の男が数人がかりで少女の身体を拘束しているのだ。
当然拘束が解けるはずもない。
夜暗は巣にかかった蝶を見る蜘蛛のようにゆっくりと獲物の元へと近づいていく。

「いいザマだな、アクアメロディ。これが警察を散々梃子摺らせた怪盗だと思うと一警察官として歓喜の念がたえないな」
「こ、このっ…」
「しかし流石は特別チームの猛者たちだ。あのバカとは比べ物にならないほど使えるな」
「…あのバカ?」
「風見だよ。奴は操り人形にしたのはいいが時間の都合もあり半端に自我が残ってしまっていたのでね、迷惑をかけただろう?」
(風見まで…!? そうか…だから彼には気配がなく、あんなに様子がおかしかったのね…)
「まあ特に期待していたわけでもなし。それに、こうしてお前は俺の目の前にいるのだしな」

「私を…どうするつもり…!」
「エレメントジュエルのありかを教えてくれればすぐにでも解放してもいいが」
「お断りよ!」
「そういうと思ったよ…」

夜暗はゆっくりと美音の身体へと手を伸ばす。
男の接近にビクッと身体を振るわせる美音。
だが、夜暗は美音の鳩尾あたりに指を一本軽く触れさせただけだった。
ボウ、と夜暗の指先が光る。

「…何を?」
「何、お前が素直に俺の言うことを聞くようになるちょっとしたおまじないだ」

パチンと夜暗が指を鳴らすと美音を拘束していた男たちが一斉に離れていく。

(チャン……!)

千載一遇のチャンスとばかりに夜暗へ飛び掛ろうとし、美音は愕然とした。
足が石化したかのようにピクリとも動かなかったのだ。
いや、それどころではない。
首から上を除いた全ての部分が金縛りにあったように動かなくなってしまったのである。

「ど、どうして…」
「言っただろう、このダークの能力のことは?」
「まさか…」
「そうだ、お前はすでに俺の操り人形だ。もっとも、首から上は自由だがな」

呆然とする美音を余所に夜暗は再びパチンと指を鳴らした。
すると、美音の手が自分の意思に関わらず動き始め、武装を解除していく。
手に持っていたスタンガンも、隠し持っていた武器も、その全てが美音自身の手によって床に落ちていった。

「あっ…」
「これでわかっただろう? もはやお前に勝ち目はない」
「……」
「ほう、だんまりか。その胆力は買うが、沈黙を貫けば貫くほど後が酷いことになるぞ?」
「何かしたいのならっ……すればいいじゃない!」
「威勢のいいことだ。だが、意志の強さか、それともお前の持っているジュエルの影響か…意識を乗っ取れないとはな」
「…私はあなたなんかには負けない!」
「ふん…そんなことをいえるのも今のうちだ。要はお前の口から喋ってもらえばいいだけの話だからな」

パチン、と夜暗の指がなる。

「お前が素直になるように少々恥ずかしい目にあってもらうとしよう…そうだな、まずはストリップでもしてもらおうか」

夜音の命令に従い、美音の手はゆっくりとスカートへ向かいはじめた。