フレイヤが盗まれてから一週間後の夜
アクアメロディこと美音は塔亜家近くのビルの屋上にいた

「さて、警備はどうなっているのかなっと…」

暗視望遠鏡をとりだすと美音は塔亜家の観察を始める
流石にシティ有数の富豪だけあり、塔亜家の敷地は広い
庭にはところどころ懐中電灯の光がちらついていた

「外は二十人ってとこか…それにしても、なんで警察はいないのかしら?」

美音は盗みをする前日に予告状をジュエルの持ち主に送る
これは決して彼女が目立ちたがりだというわけではない
盗みという悪を働くがゆえのケジメなのだ
騙まし討ちのように盗むのではなく、正々堂々と目的を明かして盗みに臨む
それが美音なりのプライドだった

「ま、そちらのほうが楽でいいけれど…」

ふに落ちないものを感じつつも美音はにっこりと微笑んだ
正義のために頑張る警官たちよりも、金に雇われた警備を相手にするほうが気分的には楽なのだ

「さ、はじめますか」

美音は地面に置いていたバズーカを取り出すと、塔亜家の庭に向けて構えた
弾は特性の硝煙弾である
美音の父親は発明家だった
母よりも先に病気で死んでしまったため、世には名が出ていないが、彼は一種の天才だった
ジュエルを集めることを決意した日、美音は倉庫で数々の父の発明品を発見し、それを使うことにした
美音自身運動能力は高いものの、流石に女の身一つで怪盗をするのは難しい
そういう意味では父親の発明品は美音にとって正に天からの贈り物だったのである

「ファイヤッ!」

どぅんっ!!
派手な着弾音と共に塔亜家の庭に煙が立ち込める
その量は火事と見紛うほどのものであり、現実警備の男たちはそう勘違いした

「か、火事だ!」
「消火器をもってこい」
「おい、風見さんに報告だ!」

慌しく男たちが持ち場を離れて動き始める
そしてそれが美音の狙っていた瞬間だった
ハンググライダーで混乱の中を強襲した美音はアッサリとベランダから塔亜家への侵入を成功する

「さて、ウインドルはっと…」

薄暗い廊下を警戒しながら歩く美音
と、彼女の耳は自分に近づいてくる足音を聞きつける

「おい、こっちから物音がしたぞ!」
「急げ―――ぐはっ!?」

曲がり角を男二人が曲がった瞬間、内側にいた男が美音のスタンガンをくらい昏倒する
それを呆然と見ていたもう一人の男はすぐに我に返ると大声を出すべく大きく息を吸い込む
だが、それは誤りだった
その大きな隙を美音は見逃さない
ひゅっと風の切れるような音と共に美音の片足が大きく持ち上がり、薄闇の中短いスカートから中身が露出する

「―――っ!?」

ハイキック一閃
スカートの中を見ることも、悲鳴を上げる間もなくもう一人の男はこめかみに衝撃を受け、床に叩きつけられた

「ぐ…」
「さて、質問。ウインドルはどの部屋に?」
「だ、誰が…言うか」

意識を朦朧とさせつつも職務に忠実な男
だが、美音は落胆することもなく男の懐へと手を伸ばす

「何を…!」
「あ、あったあった。やっぱりね、こんなに広いんだから持っていると思った…屋敷の見取り図」
「く、くそっ…」

目的のものを見つけた美音は顔をほころばせて見取り図へと目を落とす
しかし、それがいけなかった
男はその隙に最後の力を振り絞り、気絶する寸前に口笛を吹いたのである

「なっ…」
「ワンワンワンッ!」

廊下の向こうからけたたましい鳴き声と共にドーベルマンが美音めがけてかけてくる
先程の男の口笛は犬を呼ぶものだったのだ

(数は…三!)

美音は先頭の犬に対し催涙ガスの入ったボールを投げつける
きゃいん、と情けない悲鳴と共に先頭の一匹が逃げ出す
しかし残りの二匹はガスを迂回して両サイドから美音へと襲い掛かる!

「このっ…」

僅かに先に到達してきた右の犬に対して美音はスタンガンを差し出す
発電の光が廊下を包み、犬は気を失う
だが、彼の犠牲は無駄ではなかった
左側に回っていた最後の一匹が美音に攻撃する僅かな隙を作り出したのだ

「ひゃっ…」

足に噛み付こうと大きく口を開けた犬に悲鳴を上げる美音
しかし彼女も伊達に修羅場は潜っていない
咄嗟に跳躍し、犬の攻撃から身をかわす

「ガウッ!」

だが、それは僅かに遅かった
足に噛み付かれることこそなんとか避けた美音だったが、その代償としてスカートに噛みつかれてしまったのである

「きゃぁっ」

ぐいぐいとスカートの裾を引っ張られる感触に美音は細い悲鳴を上げた
慌てて犬を剥がそうとするも、相手が足にすがりつくようにくっついているのでスタンガンは使用できない
かといって素手では力の差から犬を剥がすことはできないのだ

「こ、このっ」

頬を赤らめた美音はどうにか犬を引き剥がすべく拳を振り上げた
犬に直接打撃を与えるのは気が引けるが、状況が状況なのでやむをえない
そう覚悟した美音だったが、振り上げられた拳は犬の頭へ振り下ろされることはなかった
牙に引っ張られたミニスカートが美音の腰からずり下がってしまったのだ

「ひゃあんっ!?」

ずるる、と腰から離れていくスカートに美音は素早く手を伸ばす
そのおかげか、かろうじてスカートを奪われることを防ぐことには成功する
だが、状況は悪化した
両手がスカートから離せなくなってしまったのである

「は、離しなさい! このすけべ犬っ!」

羞恥と怒気に顔を真っ赤に染め、怒鳴りつける美音だったが犬は当然口を離さない
そうこうする内に美音に焦りが生じ始める
既に自分の侵入は知られていると思ったほうが良い
となるとここでいつまでも時間をかけているのは危険以外の何者でもない
今この瞬間にも応援が駆けつけてきてもおかしくないのだから

(そ、それに、こんな姿見られたら…!)

今の美音の格好は犬にスカートを取られそうになっているという図だ
しかも既にスカートは膝の部分までずり下げられている
つまり、パンティは丸見え
怪盗アクアメロディとしても、水無月美音という一人の女の子としてもこんな場面を他人に見られるわけにはいかない

しかし、そんな美音に更なる危機が到来する
引っ張り合いにスカート布地の耐久値が限界に達しはじめたのだ

「!?」

ビリ、という音と共にスカートに切れ目が生じる
美音は焦った
このままではスカートが引きちぎられてしまう
だが、犬は離れないし焦りからか良い考えも思いつかない
びびび、と広がっていく亀裂

(こ、こうなったら…)

スカートを離して攻撃するしかない
勿論、手を離すということはスカートが奪われるということに他ならない
しかし、このままというのはもっとまずいのだ
下半身がパンティ一枚になるのはとても恥ずかしいが背に腹は変えられない
スカートは犬を倒した後すぐに奪い返せばいい…!
美音は多大な羞恥心と共に決断する
だが、神は彼女を見捨てていなかった
スカートの裏に忍ばせていた催涙玉がスカートの破損によって転がり落ち、犬の顔面で破裂したのだ

「ぎゃわんっ!?」

たまらず悶絶してひっくり返る犬
と同時に複数の足音が廊下の向こうから現れる

「いけないっ…」

ほっとしたのも束の間
美音はすぐさまスタンガンで犬を気絶させるとその場を離れるべくスカートを引っ張りあげながら駆け出すのだった